Fate/Rainy Moon   作:ふりかけ@木三中

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1月30日 夜 キャスターとデート?

 夜の道を歩く、傍目には俺一人だけが歩いているように見えるだろう。

 

「キャスター、いるよな?」

 

 虚空に向かって呼びかける。

 外を出歩くので魔力の節約もかねて、霊体化とやらで透明になっているらしい。

 しかし一般人からだけでなく俺からも見えないので連いてきているのか不安になる。

 

「大丈夫ですよ、そんなに何度も確認しなくてもちゃんといますから」

 

 耳元から聞こえるキャスターの呆れたような声。

 

 そうは言っても、俺が最初にキャスターを見たのは血だらけの姿だったんだぞ。

 そのせいか、目を離すとキャスターが遠くに行ってしまうような気持ちになる。

 

「それで、今から向かう場所はどんな所なのですか?」

 

 朝に決定した通り、地脈の通り道へと向かっているのだがキャスターからは人通りが多いところに向かってほしいと指示された。

 人は無意識に魔力に引き寄せられ、人通りが多いところは魔力も多いという理屈らしい。

 

「あぁ、商店街とかどうかなって。いつもは人が多いけどこんな時間には誰もいないし、キャスターも動きやすいだろう」

「商店街ですか……なるほどそれは良いですね」

 

 キャスターのお墨付きをもらい意気揚々と歩く、道中もしっかり確認したいということで自転車は使わない。

 商店街まではそれなりの距離がある。

 

「キャスター、なんか喋らないか?人も少ないし怪しまれないだろう」

「構いませんが……いきなりフられても、話題が……」

「む……じゃあ、互いの呼び方について話そうか。キャスターは俺のこと『あなた』って呼ぶだろ。なんか他人行儀な感じしてさ、これから一緒に戦うわけだしもうちょっと親しみやすい呼び方をしてくれよ」

 

 本当はマスターと呼んで頼りにしてほしいと思うのだが、俺の魔術師としての実力不足は自覚しているので自分からは言わない。

 

「呼び方……ですか、では本名で『シロウ』と」

「む?発音がおかしくないか『士郎』だぞ」

「『シロウ』でしょう、間違ってはいないはずです。魔術において言語学は重要な分野、キャスターである私の方が日本語としての本来のイントネーションに近いはずです」

 

 確かに日本語として正しいのはキャスターの方なのだろう。

 ただ、なんというか正確すぎて普段の呼ばれ方とは違う気がする。キャスターはキャスターでもニュースキャスターの喋り方みたいだ。

 

「私は神代の魔術師として女神に師事し、高速神言すら扱えるのですよ。その私の発音が間違っているというのですか!」

 

 キャスターの怒ったような声が聞こえてくる。

 女神に師事した?それって真名のヒントになるんじゃ……

 考え込んだ俺をどう思ったのかキャスターがムキになったように叫ぶ。

 

「シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ。どうですか、私のこれが『シロウ』の正しいイントネーションです」

 

 見えないがきっと見事なドヤ顔をしているのだろう。

 やっぱり、その言い方はちょっと違和感があるな。

 

「……不服なようですね、もういいです。名前やマスター呼びではなく、あなたなど『坊や』で十分です」

「なんでさ!」

 

 そんな……せめて『あなた』呼びでよかったのに。

 いや、親しみやすい呼び方という意味ではこれでもいいのか?

 

「それで、坊やは私のことをなんと呼んでくれるのかしら?」

 

 呼び方だけでなく、口調も少し砕けた気がする。

 仲良くなれるならそれに越したことはないが……

 

「真名は教えてくれないんだよな」

 

 俺は暗示に対する抵抗が薄く、敵に情報が洩れるかもしれないということでキャスターの本当の名前は教えてもらえなかった。

 いったい、どこの英雄なのだろうか?

 

「んー『キャスター』ってクラス呼びはお固い感じだしなぁ、あだ名とかどうだ?」

「あだ名、ですか……出会って1日もたっていないのですよ。私のことは何も知らないでしょう」

 

 そりゃそうだ、俺はキャスターのことを何も知らない。

 あだ名をつけるのは難しいか。

 

「生前の通り名とか役職とかないのか?」

 

 英雄と呼ばれるほどの人物なら、それなりの役職でカッコいい二つ名とかもあるのだろう。

 そう思って聞いたのだが――――

 

「…………」

 

 キャスターは何も答えない。

 

「どうした?」

「いいえ……何でもありません。役職はとうに捨てましたし、二つ名ではあまり呼ばれたくないの。これまで通り『キャスター』と呼んで頂戴」

 

 冷たい声で返すと黙り込んでしまった、結局は俺が『坊や』と呼ばれるようになっただけか。

 

 

 商店街につくと予想通り誰もいなかった。

 昼はあれほど賑わっているのに、今は店にシャッターが下ろされ夜の静寂に包まれている。

 

「こちらで地脈の調整をおこなうから、坊やはゆっくりと歩いてちょうだい」

 

 地脈のことなんて分かるわけがないので、おとなしくキャスターの指示に従う。

 

 キャスターが呪文を唱えると何か肌がざわつくような感じた、意識を集中させれば地面からわずかに魔力が漏れ出ているようだ。

 これに沿って歩けばいいのだな。

 

「…………」

 

 トコトコと歩き出す、周りを見れば茶色や赤色の幕なんかが掲げられていた。

 

「あの幕は何、お祭りでもしているのかしら?」

「あぁ、あれはバレンタインのキャンペーンだな」

「バレンタイン?」

 

 サーヴァントは聖杯から現代知識を教えられているらしいがバレンタインの知識までは無いらしい。

 

「2月14日に女性が好きな男性にチョコを渡すんだよ」

「ふーん、安っぽい行事ね」

 

 学校の女子はチョコづくりに向けて盛り上がったりしているがキャスターは興味がないらしい。

 

「まぁ、もともとは感謝のしるしとして贈り物をするイベントだったらしいけど」

「そうなんですか」

 

 どうでもよさげなキャスターの返事。

 まぁ、聖杯戦争中なのにバレンタインのことなんか考えている余裕はないよな。

 

 

「ストップ止まって」

 

 商店街を4分の3ほど歩いたところでキャスターの声が響く、何か問題でもあったか?

 

「…………」

 

 じっと待つが、キャスターからの声は聞こえない。

 

「キャスター……?」

 

 気配のする方を見る、霊体化しているので何をしているかは分からないがヌイグルミ店の前にいた。

 すでに店は閉まっているがショーウインドウからはファンシーな人形が見える。

 

「もしかして……ヌイグルミを見てるのか?」

 

 そういえば朝にパンケーキを出した時も可愛らしいと呟やいていた。

 キャスターは大人っぽい美人だが、意外にこういう子供っぽい可愛らしいものが好きなのかもしれない。

 

「なっ……いえ、これは魔術的な見地からその精巧さに感心していただけです。決して羊のヌイグルミが可愛いなどとは思っていません」

「別にごまかさなくてもいいよ。今は閉まってるけど、また来よう」

「いえ、ですから私はヌイグルミが欲しいなど一言も……ちょっと坊や、聞いてるの!」

 

 そんなこんなで地脈の誘導は完了した、これで我が家に魔力が溜まるという寸法らしい。

 必要ならば他の地脈にも調整に行くが、今はとりあえずこれで良いとのことだ。

 

 しかし、ヌイグルミか……聖杯戦争なので余裕があるか分からないが、いつかキャスターと買いに来れれば良いな。

 


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