「こんなところにお城があるなんて知らなかったな」
今、俺たちがいるのは森を抜けた先にある城の門前だ。冬木には外人の別荘などが多いが、ここまで立派なものがあったとは。
「バーサーカーのマスターは私たちに気づいているはずです、出迎えを待ちましょう」
道中には結界などが多く仕掛けられていたらしい、攻撃されていない所を見るに話は聞いてもらえそうだ。
……なんだか、急に緊張してきたな。
俺の家族かも知れない少女、一体どうやって接すればいいんだ。
「シロウ!よく来てくれたわね、ようこそアインツベルン城へ!」
門が開くなり、叫び声をあげてイリヤがタックルをかましてきた。
なんとか受け止めるとそのまま猫のようにぶら下がってくる。
「うわっ……と、イキナリ危ないだろ、転んで怪我したらどうすんだ」
「えへへ、シロウは絶対に受け止めてくれるから大丈夫だもん」
花のような子供らしい笑顔を浮かべるが、コホンと一息つくと落ち着きのある魔術師の顔へと切り替わる。
「ん、改めまして、ようこそアインツベルン城へ。城主として歓迎するわ」
そういってヒラリと優雅な所作でスカートの端を持ち上げる。
「とりあえず、中へどうぞ。おいしいパンケーキと紅茶も用意してあるのよ」
なんか、歓迎ムードだな。
交戦の意思がないことを示すためにわざわざ朝に来たとはいえ、もっと警戒されるかと思っていたんだが。
◇
「話はすでに分かっているわ。アンリマユによって汚染された黒き聖杯。それを無色に戻すために停戦の申し出に来たんでしょ」
「あ……あぁ、遠坂から聞いたのか?すでに残りサーヴァントは3騎になっている。これ以上戦って脱落者が出れば、呪いが顕現してしまう。それを防ぎたいんだ」
「うん、そもそも聖杯の管理についてもアンリマユの召喚に関してもアインツベルンの責任でもあるし、停戦どころか聖杯を元に戻すまで、全面的に協力させてもらうわ」
遠坂といい、イリヤといい、随分と物分かりがいい。汚染された黒い聖杯なんて突拍子もない話、疑ったりしても良さそうなものだが……
「ライダー陣営は停戦に応じてくれないでしょうね。それどころか妨害してくると考えたほうが良いわ」
「ん、イリヤはライダー陣営について何か知っているのか?」
「えぇ、ライダーのマスターはマキリ・ゾォルケン。500年の妄執に憑りつかれた哀れな男よ」
マキリ・ゾォルケン
衰退したはずの御三家の一つ、その当主たる男にして聖杯の作成に携わった張本人らしい、
蟲を使役して、体を入れ替え続けることで現代まで生き延びてきたという。
「彼にとっては聖杯が何色だろうと関係はない。溢れ出た莫大な魔力で穿たれる孔とその先の第三魔法にしか興味はないはずよ、キャスターが聖杯に近づこうとすれば必ず妨害してくるでしょうね」
よく分からない用語があったが、どうやらライダーとは戦うことになりそうだ。
そう覚悟を決めていると――
「――バーサーカーのマスター、服を脱いでもらえるかしら」
唐突にキャスターが衝撃発言を行った。
「なっ……キャスターが可愛いもの好きだとは知ってたけど、さすがに子供の裸に興味を抱くのは……」
「違うわよ!関心があるのはこの娘の小聖杯としての機能です」
小聖杯?どういうことだろうか?
「ふーん、さすがキャスターね、隠すつもりだけどばれちゃったか」
「えぇ、初めて会った時はバーサーカーに気を取られて気づきませんでしたが、ここまで間近で見ればさすがに分かります」
キャスターが視線を厳しくしてイリヤを見る。
「どういうことだ?小聖杯ってなにさ?」
「……シロウは、聖杯が顕現する原理について覚えていますか?」
確か、前に説明してもらったな。聖杯と言っても物質的に存在しているわけでなく、サーヴァントの魂が霊地に集まることで姿を現すらしい。
「小聖杯はそれを留めておくための受け皿、大聖杯を呼び出すためのカギ。彼女は人の身でありながら願望器としての機能も備わっているようです」
キャスターの解説にイリヤが誇らしげな顔をする。
「そう、私こそがアインツベルンの最高傑作。聖杯であり、生命であり、マスターでもあるスゴイ存在なんだから!……といってもアンリマユは私じゃなくて大聖杯のほうにプールされちゃってるだろうから、私を介しても初期化できない思うけど」
「それでもです。小聖杯の構造を把握しておけば聖杯からあふれるアンリマユの呪いを魔力を逆流させることで防げるかもしれませんし、それに……少し気になることもありますから。さぁ、触診しますから服を脱いでください」
その言葉にイリヤはしょがないという風にため息をつくと、着ている服をスルスルと脱ぎだした。
「わっ……じゃあ俺は部屋から出て……」
「ダメ―、シロウはここにいて!」
さすがにマズイと退室しようとするがイリヤに止められてしまう。今のイリヤは薄いシャツ一枚の状態だ。
「ほぅ……現代でここまでの人工生命を造れるとは……いえ……なるほど、そういうことね」
横たわったイリヤの小さな胸をキャスターが撫でる。なんか、いけない感じの雰囲気だ。
「探知魔術で詳しく見せてもらいます」
「んっ……きゃ、……あっ…ん」
キャスターの手が怪しく光り、イリヤの全身をさする。その度にイリヤの口から嬌声が漏れる。
「さて、だいたい分析できました。やはり小聖杯からでの干渉ではアンリマユの初期化はできませんね。直接、大聖杯のある場所に向かわなくてはなりません」
大聖杯は円蔵山の洞窟の中に隠されているらしい、早速、夜にでも向かうこととしよう。
「そしてイリヤスフィール、あなたはホムンクルスと人間の……アイリスフィールと衛宮切嗣の娘ですね」
「やっぱりか……ということはイリヤは俺の妹ってことになるのか?」
「妹じゃなくて、姉!こう見えてもシロウより年上なんだよ!」
イリヤがムキ―と唸る、その姿は子供にしか見えないが、そうか……切嗣が冬木に来る前に生まれているのだから俺より年上でもおかしくないのか。
「えーと、イリヤ……姉さんって呼んだほうが良いのか?」
「今まで通り、イリヤでいいよ。私もシロウって呼ぶし……あっ、もしかしてお兄ちゃんって呼ばれた方がシロウは嬉しい?日本人は妹萌えに弱いって聞いたし」
「誰に聞いたんだよそんなこと……俺のこともシロウでいいよ」
不思議な感覚だ。
イリヤとはまだ数回しか喋ったこともないのに、一度は殺されかけたというのに、藤ねえと喋っている時のような安心感がある。
聖杯戦争がどんな形で終わるにせよ、きっとこれからはイリヤと家族として――
「シロウ……言いにくいのですが、その……」
キャスターが俺とイリヤを見比べて口ごもるが、意を決したように口を開く。
「彼女の命は、もう長くありません」
その言葉に頭が真っ白になる、どういうことだ。
「生命と願望器としての機能の両立、それは本来、不可能に近いことです。今こうして話していることさえ奇跡と言っていい。それがサーヴァントの魂を取り込んで聖杯の完成へと近づけば……人間としての彼女は死ぬでしょう」
絶句しイリヤを見る。イリヤは何でもないというような表情をしている。
「いいの、もともと私はそのために生まれたんだもの。最初から覚悟はできてるわ」
「そんな……、キャスターの魔術でなんとかイリヤを延命する方法はないのか?」
「ダメね、仮に聖杯として完成しなかったとしても生命としての寿命が近いわ。少しずつ弱って1年ほどで死ぬか聖杯としての本分をまっとうするかしかないでしょう」
キャスターが冷たさを含んだ声音ではっきりと断言する。
「じゃ……じゃあ聖杯にイリヤの存命を願えば……」
「それもダメでしょうね、聖杯としての機能を使った時点でイリヤスフィールの人間としての生命は終わるわ。復元できたとしてもそれはよく似た別物でしょう。万能の願望器であっても自らの依代には干渉できない、皮肉な話ね」
嘘だろ……イリヤが俺の家族だって分かったのに、俺が失ってしまったものを取り戻すことができたのに。
また……失ってしまうのか。
「もう、そんな顔しないでよ。人間として死んでも、聖杯となれば私は生き続けることができるわ。それで私が誰かの願いを叶えてあげられれば満足なの」
「でも……人間としては死ぬんだろ、食べたり歩いたり話すことができなくなるんだろ!イリヤはそれでいいのか?」
俺は……嫌だ。
やっと会えた家族だというのにまだ何もしてないじゃないか。こんなことならもっと早くイリヤとちゃんと話をしておくべきだった。
そうすれば、きっと――
「しょうがないなぁ、シロウは」
後悔に震える俺をイリヤが抱きしめる、その姿はまさに弟をあやす姉のようであった。
「私もね……ホントはもっとシロウと色んなことをしたかった、家族としてシロウとの時間を過ごしたかった。一緒に遊んでみたかった。でも、もう時間もないから」
イリヤの手が俺の髪を梳く。
「だから、もし、もしも私とまた遊ぶ機会があったら、その時はたっぷりと遊んでね」