「ふーん。汚染された黒い聖杯、それが10年前の火災を引き起こしたってわけねぇ」
遠坂邸にて、その家主がフムフムと頷く。
「……なんだか、あんまり驚いてないみたいだな」
遠坂にとって聖杯は一族が追い求めてきたもののはず。もう少しリアクションがあっても良さそうなものだが……
「えっ、いや、十分に驚いたわよ。とはいえ、元々聖杯に願いを叶えてもらおうなんて考え自体に懐疑的だったから」
確かに、遠坂は自分の願いは自分の力で叶えるといったキャラだ。聖杯ではなく勝利のために戦争に参加していたのだろう。
「それより、衛宮君が本当に聖杯戦争に戻ってきたことの方が驚きね、キャスターに記憶を奪われ暗示まで掛けられていたのに」
そういえば、俺が最後に遠坂と話したのは記憶を失って聖杯戦争から離脱している状態だったな。
「あの時はありがとな、教会に行くように言ったのは俺のことを心配してくれてたんだろ。それにライダーとの戦いでも俺はアーチャーに守られていたらしいし」
キャスターの話では石化した俺を守るようにアーチャーが戦っていたらしい。遠坂の指示なのだろう。
「あぁ、いいわよ。こっちとしても必要なことだったし、それにあの一件のことは私よりもキャス『アーチャーのマスター!それ以上は言わない約束の筈ですよ!』」
遠坂の言葉を遮るようにキャスターが叫ぶ、何かあったのか?
「……アーチャーはいるのか、一応あいつにも礼を言っておきたい」
あいつのことはどこか苦手に感じているが、助けてもらった以上は礼を言った方がいいだろう。
「…………」
しかし、遠坂は悲しそうに目を伏せる。
「アーチャーは昨日の夜に消滅したわ」
消滅?
あのしぶとそうな赤い弓兵がすでにやられてしまったというのか。
「誰にやられたんだ、ランサーか?ライダーか?」
「いえ、アーチャーをやったのは黄金のサーヴァントよ。無数の宝具を打ち出し、金ピカな鎧を着た」
無数の宝具に金ピカの鎧?
そんなサーヴァントは知らない、ということはそいつが7人目のサーヴァントということか。
「聞いた感じ、アサシンではないよな」
そういえば、ランサーも7人目はアサシンではないと言っていたな。エクストラクラスというやつなのだろう。
「ギルガメッシュとか名乗ってたけど、宝具の詳細までは分からないわね」
ギルガメッシュ、世界最古の王と謳われる古代メソポタミアの王。
この世の全てを手に入れ、神々にすら牙を剥いたという男だ。
「その逸話通り、無数の宝具を扱っていたわ。アーチャーも剣を出して応戦してたんだけど、最後はヘンなドリルみたいなのにやられたの。あれは多分――神造兵器ね」
神造兵器。
それは神や星によって鍛え上げられた最上位の奇跡だ。
そんなものを使われれば並みの英雄に対抗する術は無いだろう。
「ま、アーチャーもタダでやられたわけじゃなくて、ギルガメッシュに一発を食らわせてやったんだけど」
さすが私のサーヴァントね、と遠坂が胸を張る。
ギルガメッシュとやらが俺たちの目の前に現れないのはその時の傷を癒しているのだろうか?
「何にせよ、私はもうサーヴァントを失い聖杯戦争から脱落してしまったわ。停戦の申し出にわざわざ来てもらって悪いけど、私にできるのは、もう結末を見遂げることだけよ」
そう言って遠坂が俺の目を見据える。
「いい、衛宮君、これからアナタには過酷な運命が待っていると思う。そんな時は今まで歩んできた人生を、選んだ選択を、そしてその中で手に入れた強さを信じなさい」
遠坂が何か確信しているかのように静かに語る。
今までの人生、選んだ選択、手に入れた強さ。
チラリとキャスターを見る。
俺の選んだ強さとはいったい何なのだろうか。
◇
「7人目のサーヴァント……ギルガメッシュか、対策を考えないとな」
遠坂の家から我が家への帰り道。
キャスターと先ほど聞いたサーヴァントについて話す。
セイバーが消滅した現状、俺たちの戦力はかなり低い。
果たしてアーチャーがかなわなかった相手に勝てるのだろうか?
「とはいえ、今は停戦に向けて動いてますし、下手に動くのは得策ではないでしょう」
それもそうか、自分を倒す策を練っているような奴に停戦を申し入られても聞き入れる訳がない。
キャスターの願いを叶えるために他のサーヴァントをいずれは倒すつもりでいるが、目下のところは聖杯を無色に戻すことが目的だ。
もし、そのギルガメッシュというサーヴァントが現れたならば、笑顔で接して停戦の申し入れをし――――
「ようやく見つけたぞ……雑種風情が!」
思考を遮るように声が聞こえた、地獄の底から響くような怒気を含んだセリフ。
声のする方向を見れば、電柱の上に一人の男が立っていた。
金色の髪に紅色の瞳、そして髪と同じ眩い黄金の鎧を纏った男。
どこか人を超えた雰囲気を感じさせる男だ。
特徴から察するに、こいつが遠坂の言っていたギルガメッシュなのだろう。
だが―――
「――負傷している?」
黄金の鎧はひび割れ、その胸部からは血が溢れ出ていた。
アーチャーが一発を食らわせたらしいがそれは昨夜の話のはずだ。流れ出る血はまだ新しいように見える。
いったい何が――
「開け、我が財よ!エミヤシロウを串刺しにしろ!」
困惑する俺をよそに、ギルガメッシュの紅い瞳が充血によってより赤く染まっていく。
その背後の空間が歪み、無数の剣が切っ先を覗かせる。
その一つ一つが紛れもない宝具であり、俺を殺すために向けられていた。
「ちょっ……おいおい、待ってくれ、俺たちは戦う意思はないんだ!聖杯はアンリマユってやつに侵されていてマトモに使える状態じゃ――」
俺の叫びを無視して、ギルガメッシュの背後から剣が放たれる。
負傷しているせいか、異様な怒りからか、その狙いはメチャクチャだ。なんとか避ける。
「おのれぇぇぇぇ、雑種如きにぃぃぃぃ」
ギルガメッシュがさらに殺気を放つ、それは紛れもなく俺にのみ向けられたものだった。
「おい、何でそんなに俺に怒りをぶつけるんだ!俺が何かしたか?」
その言葉にギロリとギルガメッシュがこちらを睨む。
「ハッ、未来の自分に聞くのだなぁ!」
訳のわからない答えが返ってくるが、その意味を考えている暇はない。
さっきの数十倍の数の宝具が一斉に放たれたからだ、もはや、避けることはできない。
ならば――――
「――強化開始」
体を強化して耐える。
ライダーの時は失敗して体ごと鉄に変化させてしまったが、そのおかげで感覚を掴むことができた。
人間として存在を保てるギリギリまで硬度を上げる。
「グッ――――」
流石に無傷ではなかったが、何とか凌ぐ。
奴に魔力が残っていないのか、放たれる宝具にスピードが乗っていなかったのも幸いした。
「小賢しい――天の鎖よ!」
声が響くと共に鎖が俺の周りを囲んでいた。
逃れようとするが変幻自在に伸びる鎖に体を絡め取らてしまう。
「シロウ!」
キャスターが悲鳴を上げる、駄目だ、下手に動いたらキャスターまでやられる。
そう叫ぼうと思ったのだが声が出ない、空間ごと固定されているかのように口も指も目線すら動かすことができなかった
「これで終わりだ。目覚めよ――エア」
ズルリと新たな宝具が取り出される。
円筒状の断層が重なった奇妙な武器、剣であって剣でなく、神々の壮大さを感じさせる神秘と地獄の業火を連想させる死がその宝具には秘められていた。
鎖で縛られた今、逃れることはできない。強化魔術なんて使ったところで無意味だという確信があった。
なんとかキャスターだけでもこの場から――
「天地乖離す――」
風が奴の手元に集まり嵐となって世界を切り裂かんとする。その様はまさに神代の奇跡、その再現に他ならなかった。きっとコレにアーチャーもやられたのだろう。
「開闢の――」
解放される真名、だが、その真名が最後まで述べられることは無かった。
「な……おの、れ……あんな下らない宝具に……」
驚愕と憤怒の表情を浮かべたギルガメッシュの体が崩れ落ちて、展開していた宝具と共に光となって消えていく。
「私たちの前に現れた時から既に魂核が破壊されていたようね。治癒系の宝具でなんとか繋ぎ止めていたみたいだけど、あんな強力な宝具を使おうとしたから限界がきたのね」
あっけない幕切れ。
光の粒子となったギルガメッシュに視線を向ける、いったい誰に魂核を砕かれたのか?
傷口から察するにナイフのようなもので鎧ごと貫かれたようだった。
バーサーカーの怪力ならもっとグロいことになっているだろうし、ライダーの鎖では黄金の鎧を貫けるほどの威力はないはずだ。
「……今の消え方はまさか……いえ、需要なのは魂の総量ですし問題ないでしょう。とにかく、これで残るサーヴァントは3騎です。気が付けば聖杯戦争も終盤に差し迫っているようですね」
キャスターが呟く。
聖杯戦争が終結に向かうのは喜ばしいことのはずだが、今は事情が異なる。
聖杯が完成しえしまえばアンリマユの呪いも顕現してしまうからだ。
溢れ出る泥を想像して、頭を振る。
「……早く聖杯を元に戻さないとな。」
気になることは幾つもある。
ギルガメッシュを倒したものの存在、ライダーの不穏な動き、イリヤと切嗣の関係。
だが、俺のすべきことは分かりきっていた。
聖杯を無色に戻し、それを使ってキャスターの願いを叶える。
ただ、それだけだ。