Fate/Rainy Moon   作:ふりかけ@木三中

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1月30日 朝 パンケーキと作戦会議

 外を見るとすでに日は上り、時計は6時を指していた。

 今日は藤ねえと桜は用事があって来れないらしい。

 キャスターについても考える時間が欲しいし丁度よかった。

 

 ちらりと布団に横たわるキャスターを見る。

 青い髪は絹のように美しく、どこか遠くを見つめているような蒼色の瞳。

 そして、その所作からはどこか気品の良さと女性らしい細さを感じる。

 

 ぼんやりと昨日のことを思い返す。

 蒼い月の光と土砂降りの雨の下、血だらけで倒れていた女性。

 その時は驚いたが聖杯戦争について聞かされた時はもっと驚いた。

 この町で殺し合いが起こっているなんて冗談じゃない、人々に被害が及ぶとなれば尚更だ。

 そう思い、俺は聖杯戦争への参加を決めたのだった。

 

 僅かに赤みがかった自身の左手に視線を落とす。

 キャスターとの契約は完了したが、未だに令呪とやらは形になっていない。

 なんでも敵に気づかれないように特殊な契約となっているらしい、詳しくは分からないが俺なんかでキャスターの助けになれているのなら良いことだ。

 

「とりあえず、何か食おう。食べながら今後について話し合おう。嫌いなものとかないよな?」

「サーヴァントに食事は必要ないのですが……せっかくですから頂きます。この時代の食事はよく分からないのでおまかせにします」

 

 そういえばキャスターは過去の時代から召喚された英雄だった、あまり日本的なものは合わないかもしれない。

 怪我もしてるし、あまり脂っぽいものとかはやめたほうがいいよな……

 

 

 食事を取りに部屋を出て行った坊やを待つ。

 サーヴァントに食事とは坊やには本当に魔術の知識がないらしい。

 サーヴァントにとっての食事とは魔力のことだ。契約したマスターから魔力を受け取り、血肉へと変換する。

 

 といっても現在、流れ込んできている魔力はごく少量だ。

 これはあの坊やとの契約をわざと希薄なものにしたからである。

 

 本来のサーヴァント契約では令呪の縛りを受けるし、なにより新たなサーヴァントの召喚権を失ってしまう。

 そこで坊やを存在の要石とすることで世界の修正だけを回避するという方法を取った。

 これならば令呪の縛りは効ないし、受け取る魔力が少ないとはいえ負担はだいぶ減る。坊やには敵に悟られないようにするためと適当なことを言っておいた。

 

 そういうわけで、消滅の危機こそ逃れたものの魔力は未だに不足している。

 精液などでも代用できるがそこまでのことを許すつもりはない。

 子供の姿など消費が少ない姿になるという手もあるが存在の変換はリスクが高い。

 

 あれこれと考えていると、坊やが料理をもって部屋に戻ってきた。

 

「お待たせキャスター。パンケーキ持ってきたけど食えるよな?」

 

 パンケーキ?

 聞いたことのない食べ物だ。パンの一種だろうか?

 

「特売の時にパンケーキの粉を買ったんだけど、量が多くて余らしててさ。女性ならこういうの好きだろうし丁度いいと思って」

 

 そう言ってさし出したのは、3つ重なった薄いパンにハチミツとクリームが掛けられたものだった。

 添えるようにちょこんと置かれたオレンジがどうにも可愛らしい。

 

「ちょっと可愛らしすぎないかしら……私には似合わない気が……」

「んっ?気に入らなかったか?じゃあ俺が『食べないとは言っていません!!!』おっ、おう」

 

 フォークでそっと刺し、パンケーキとやらを食す。

 クリームの甘さとオレンジの酸っぱさが絶妙にマッチしていて中々に美味だ。

 魔力はほとんど回復していないが、心が満たされていくのを感じる。

 

「…………」

 

 食べていると坊やのジっとした視線を感じた。

 何かおかしな所作をしただろうか、聖杯からは食事のマナーの知識までは受け取っていない。

 

「んっ、ああ、ごめん。見られると食べづらいよな。キャスターの食べ方が綺麗だったから。絵画でも見てるみたいでさ、キャスター自身も美人だし」

「なっ……」

 

 私の中で坊やへの警戒度を引き上げる。

 無知な子供かと思っていたが女たらしの匂いがする。

 

「……とりあえず、今後の方針について話し合いましょう」

 

 話題を変える。

 私はもう誰かを愛するつもりなどない、利用されるだけだと分かっているからだ。

 この坊やとも聖杯を手に入れるために利用しているだけで深く関わるつもりはない。

 

「まず、全てのサーヴァントが召喚されて本格的に戦争が始まる前に、やっておかなければならないことが2つあります」

 

 自慢ではないが私は今回の聖杯戦争において最弱の自信がある。

 そもそも魔術を扱うのがキャスターのクラスなのに対魔力のスキルを持ったクラスが4つもあるのだ、この時点で真っ向勝負では勝てないと分かる。勝つためにはそれなりの下準備をしなけれならない。

 

「一つ目は魔力です、魔術を使うには魔力がいります。これがないと何もできません。魔力を集めなくては」

「といってもな……魔力ってようは生命エネルギーだろ、どうやって集めるんだ?まさかとは思うが、人から吸収したりしちゃだめだぞ」

 

 人から吸収する……か、確かに町中の人間から吸い上げればかなりの量になるだろう。他のサーヴァントとも真っ向から渡り合えるほどに。

 だがそこまでするつもりは無い、そこまでして勝ちたい訳では無い。

 

「安心してください、そんな物騒なことをするつもりはありません。それに魔力とは世界中にあふれているもの。地脈を少しいじればそれなりの量が集まるでしょう」

「地脈……そんなことして、街に影響が出たりしないのか?」

「えぇ、少し流れを誘導するだけですからそこまで大きな影響はありません。ただし他のサーヴァントたちは気づくかもしれませんし、この街を管理する魔術師などは攻撃してくる可能性もあります」

 

 前マスターが持っていた資料に記された名を思い出す、確かこの街の管理者は遠坂といったか……いずれ戦うことになるだろう。

 

「そこで他のサーヴァントに対抗するためにもう1騎、新たにサーヴァントを召喚します」

「もう1騎?サーヴァントってそんな簡単に呼べるもんなのか?」

「私一人では亡霊崩れが精々だったでしょう。ですが、あなたがいれば正規のサーヴァントを呼べるはずです」

 

 サーヴァントを呼び出す際に何より重要となるのは縁だ。

 死者である私には縁を作れない。

 

「そうなのか……俺がキャスターの力になれるってんなら嬉しいけど……聖杯で願いが叶えられるのはサーヴァントとマスターの一組だけだろ。新たに呼びだしたサーヴァントは協力してくれるのか?」

「それは問題ありません。私の願いは故郷を一目見ることです。人理を改変しない形での時間移動なら、ほとんど魔力は使いません。私が適切に聖杯を使えば十分にお釣りがくるでしょう」

 

 この言葉自体に嘘はない、私が聖杯を手に入れられれば1組だけなどとケチ臭いことは言わず何個でも願いを叶えることができるだろう。

 もっとも、坊やにも呼び出したサーヴァントにもその力を使わせるつもりなど毛頭無い。

 

 私は奪う側であなたたちは捨てられる側だ。

 

 サーヴァントを召喚したら、坊やから令呪を奪い取って無理やり命令を聞かせる。

 用済みとなった坊やのほうは記憶を消去して、その辺の道端に転がしてやろう。

 

 服の下に隠した自身の宝具を握りしめる。

 

「とりあえず、夜になったら魔力を集めに行きましょう。地脈の誘導には実際にその場にいかなければなりません」

 

 そう言って微笑むと、応えるように坊やも笑った。

 その笑顔が絶望で歪むのが今から楽しみだわ。

 


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