Fate/Rainy Moon   作:ふりかけ@木三中

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2月10日 朝 仮初の日常

「うっ、あぁ――?」

 うなされるように目が覚めた。

 視界に入るのはいつもの天井、重たい体をゆっくりと動かす。

 

「あれ……ここどこだっけ……」

 自宅ということは理解していた。

 ただ、何かを確認するかのように口から言葉が漏れていた。

 

「というか今日は何日だ」

 どうにも記憶が釈然としない、ここ数日の記憶が靄でもかかったように思い出せない。

 フラフラとした足取りで居間に向かう。

 体が鉛のように重い、そのくせポッカリと穴の空いたような感覚がある。

 

 テレビをザッピングして、天気予報を見る。

 

「本日10日の天気は昼まで晴れますが、夕方からは天気が崩れ夜まで雨となるでしょう」

「10日!そんなに寝てたのか、かなり経ってるな」

 だんだんと思い出してきた、俺は風邪をひいて数日の間、寝込んでいたのだった。

 体の丈夫さには自信があったのだがこんなに寝込んでしまうとは。

 

「っと……それより早く学校に行かないと」

 

 時計はすでに8時を指していた、まだ体は本調子ではないが授業もかなり進んでしまっているだろう、これ以上は休むわけにいかない。

 慌てて、制服に着替える。

 

「む……?」

 袖に左手を通した時、強烈な違和感を覚えた。

 あるはずのものが、なければならないものが無くなったような感覚。

 改めて左手を見るが、特に変わったところはない。

 何の異常もない正常な手、手の甲には傷一つ付いていない。

 

「っと…そんなことより早く学校に行かないと」

 違和感はあるが、たぶん大したことではないのだろう。思考を切り上げて家を出る。

 

 妙に軽くなった左手を抱えて。

 

 

「やぁ、衛宮。随分と長いこと休んでたじゃあないか。まさかサボってたんじゃあないだろうなぁ。商店街で小さい娘とお前が歩いているのを見たって奴がいるぜ」

 学校に来るなり慎二が声をかけてきた、こいつなりに心配してくれていたのか?

 

「慎二か……いや、風邪をひいちまってさ。ずっと寝込んでいたんだ。ソイツは人違いだろう」

「ふぅん馬鹿は風邪ひかないっていうけど、そんなことはないんだな。おっと、あまり近づかないでくれよ、馬鹿と風邪がうつる」

「ははっ、なんだよそれ」

 久々の学校……といっても1週間ちょいだが、なにか懐かしいような気すらする。

 

「あー、悪いんだけどノート見せてもらってもいいか、かなり休んじまったからな」

 一成に借りてもいいのだが、こういうのは慎二の方が上手く纏めてある、要領がいいのだろう。

 

「はあ?なんで僕が衛宮にノートを貸さなきゃいけないのさ。だいたい、僕もしばらく学校を休んでたからね、ノートはとってないよ」

「ん?お前も風邪だったのか?」

「ちがうさ、爺さんが面白いオモチャを貸してくれてね、しばらく遊んでいたのに都合が変わったとかいって取り上げられたんだよ」

 途端に不機嫌になる慎二。

 オモチャで遊んでたって、ゲームか何かしてたのか?お前こそサボってるじゃないか。

 

「オモチャといえば……衛宮、通り魔がこの辺に出てるの知ってるか?」

 今度はニヤニヤと笑いながら問いかけて来る、なぜオモチャといえばで通り魔なのだろうか。

 

「そういえばニュースでやってたな、人が行方不明になってるって」

「あぁ、お前も夜道には気をつけた方がいいぜ、死にたくなけりゃあな」

 そういってクックッと笑う。

 しかし通り魔か……すでにかなりの被害者が出ているらしい、確かに気をつけておいた方がいいだろう。

 

 

 その後、一成からノートを借りて写していると意外な人物に声をかけられた。

 

「おはよう衛宮君。風邪だったらしいけど体調はどう」

「あ、ああ。まだ違和感があるけど、熱はもうない」

 遠坂が声をかけて来るなんて珍しいな、いつも他人には興味ないって感じなのに。

 

「1週間近くも寝込むなんて大変だったんじゃない?」

「いや……かなり朦朧としてたみたいでさ、下手にうなされることもなかったよ」

 記憶が飛ぶほどの熱ならかなり苦しかったはずだが全く記憶にない。

 食材が減っていたので料理もしたはずだがそれすらもだ。

 

「……ふぅん話は聞いてたけどホントなんだ。本当に何も覚えてないのね」

 遠坂が小声でなにか呟く、よく聞き取れなかった。

 

「今、なんて――」

 聞き返そうと視線を向けると、遠坂と目があう。

 冷たい目をしていた。

 哀れむような、責めるような視線だった。

 何だよ……俺なんかしたっけ?

 

「……まあいいわ、それより今日の夜どうするか分かってるわね?」

「はあ、なんだよ突然?今日の夜?とりあえず家に帰って――」

 

 

―イエニカエッテハナラナイ―

 

 

「あれ?家に帰って――」

 なんとなく、家に帰ってはいけない気がする。

 なぜだったか……

「最近、通り魔が出て物騒だからな。家にはしばらく帰れない」

 そう、通り魔だ。

 家にいたら襲われる危険がある。しばらく帰るわけにはいかない、当然のことだ。

かといって野宿するわけにも行かない、どうするんだったか……

 

「教会に行くといいわ、あそこにいれば安全だから」

 遠坂がアドバイスをくれる。そうか教会は安全だったな。今日はそこに泊めさせてもらおう。

 

「それと……衛宮君、夜は外に出ちゃダメよ。危険な目にあいたくなければね」

 そういって、遠坂は去って行く。

 なんだ慎二といい遠坂といい、そんなに通り魔とやらは危険なのか。

 

 

「問題なく学校生活を送れているようね。もう私たちが見ていなくても良いでしょう」

 記憶を失い、日常に帰った士郎を見てキャスターが呟く。

 今、セイバーとキャスターが居るのは、とあるビルの上だ。

 平穏な日々を送る人々を非日常の存在である彼女たちはどこか懐かしげに眺めていた。

 

「ごめんなさいね、セイバー。急に計画を変更することになって」

 昨日の夜、キャスターはいきなり士郎との契約を断ち、陣地を移すと言いだした。

その時はキャスターの反乱かと警戒をしたセイバーだったが、彼女の目に僅かに涙が光っているのを見て問い詰めることはやめたのだった。

 

「記憶を操作した、とのことでしたがシロウに害はないのですね」

「えぇ、彼は風邪で学校を休んでいたということになっているわ。多少の違和感はあるだろうけど、それもすぐに消えるでしょう」

 私たちの存在なんて所詮その程度のものよ、と自嘲するように呟く。

 

「……他のサーヴァントに襲われる危険があるのでは?」

「それも対策済みよ。教会に行くように暗示をかけておいたし、しばらく夜に出歩かないようにもしておいたわ」

 もっとも精神破壊の危険を考えてそれほど強力な暗示ではない。

 念のためアーチャーのマスターあたりに声をかけておこうかと思案する。

 そんなキャスターを見て、セイバーが問う。

 

「キャスター、貴女はこれで良かったのですか?」

「……えぇ、彼は本来、聖杯戦争なんて物騒なモノに関わる運命ではなかったわ。こうして平和な時を過ごすべきよ」

 私と出会わなければ、何度も悩むことも死にかけることもなかったと懺悔するようにキャスターは語る。

 

「私が問いたいのはそういう意味ではありません。貴女は士郎が居なくても良いのですね?」

 セイバーが詰め寄るように問う。

 先程からキャスターは士郎の安否ばかりを気にして自身の本音を語っていない。

 もし悔いが残っているのならばキチンと士郎と話すべきだとセイバーは考えていた。

「だってしょうがないじゃない、彼は優しすぎるわ。私みたいな女を信じてくれるほどに、でも私は彼に何も返すことはできないのよ。私は『裏切りの魔女』だから、誰かを助けることも何かを与えることもできない。できるのは傷つけることだけ、だったら離れるしかないじゃない。」

 そう、魔女メディアは裏切りの女。

 契約したものに破滅を与える反英雄だ。

 愛すれば傷つけ、慈しめば縛り付ける。 

 かつて愛した国も民も男もそして家族すらも、彼女は全てを壊したのだ。

 ゆえに彼女が士郎にできるのは遠かることだけだった。

「そうですか……覚悟の上だというのなら私は口出しをしない。シロウに平穏に過ごして欲しいと思うのは私も同じですから」

「……ごめんなさいね、貴女も聖杯にかける願いがあったはずでしょうに。こんなことになってしまって…でも、聖杯を貴方に使わせるという約束は守らせてもらうつもりよ」

 キャスターが『破壊すべき全ての符』で契約を断った時、一緒にセイバーの契約も切れてしまった。

 今はキャスターの契約下という特殊な形で現界している。

 

「構いません、正直な話……初めて貴女にあった時はあまり良い印象ではありませんでした。ですが今ならば剣を預けてもよいと思っています」

「あらっ、ありがとう。こんな可愛いらしい騎士さんに守ってもらえるなんて光栄だわ」

「なっ…可愛いとはなんですか、可愛いとは」

「ふふっ、さあ…陣地を作るために霊脈を探さねばならないわ、夜になる前に動くとしましょう」

 そう言って2人は動き出す。

 血に濡れた聖杯を手に入れるために

 自らの願いを叶えるために。

 平穏な日常に戻った士郎を残して。

 


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