「坊や、大丈夫!?」
目を開けるとキャスターの泣きそうな顔が目の前にあった。
俺が目覚めたのを見ると、安堵したように寄りかかってくる。
「キャ、キャスター?というか、ここは……?」
状況を確認する。
俺は自室の布団の上で寝かされていた。
視線を横に向けるとセイバーが微笑んでいる。
確か俺は敵サーヴァントと交戦していたはずだ。
そして強化魔術の失敗で体を鉄にしてしまい、その挙句、魔眼によって石にされてしまった。
左手を広げじっと見る、石でも鉄でもなく正常な人間の手だ。
「すまない、動くなって言われてたのに勝手に動いて迷惑をかけちまったみたいだ。キャスターが元に戻してくれたのか?」
「えぇ、あなたは半日も鉄と石の塊になって固まっていたのよ」
キャスターに言われて外を見る。
未だ暗く、時間は経っていないと思っていたが、日付を跨いでいたのか。
「とにかく、何が起きたのか教えてくれないか、敵サーヴァントや結界はどうなったんだ」
「…………」
問いかけるとキャスターは何故か口をつぐんだ。俺に関わってほしくないといった感じだ。
そんなキャスターを見てセイバーが口を開く。
「キャスター、あなたがシロウをこれ以上危険な目に合わせたくない気持ちも分かりますが状況は思ったより複雑なようです。キチンと話をしておいたほうが良いでしょう」
◇
「まず私達が結界に突入した後、敵の陽動にかかってしまいました」
セイバー曰く、あの結界の中には蚊のような使い魔が無数に放たれていたらしい。
そいつは敵サーヴァントの血液を吸っていて、キャスターの探知魔術に引っかかるようになっていた。
「おそらく敵マスターは聖杯戦争の経験者でしょう。結界でこちらの手段を狭め、キャスターの探知魔術の高さを逆手に取る。英霊の特性をよく把握している。悔しいが完全に翻弄されてしまいました」
セイバーが悔しそうに唸る。
「仕方ないので、1匹づつ潰していたところ士郎の魔力を感じて慌てて駆けつけたのです」
「それで、駆けつけたら石化した俺がいたって訳か、トドメを刺される前に助け出せてもらえてよかったよ」
「あっ、いえ、確かに駆けつけた時すでにシロウは石化していましたが、あなたを守っていたのはアーチャーです」
アーチャーが?
あいつもあの場所に来ていたのか。
「私達が駆けつけた時に見たのは、無数の剣を使って敵と交戦するアーチャーでした」
俺のことを敵視していたくせに、俺のことを庇ったのか。
遠坂に命令されたのだろうか。
「あの無限の剣……あれは、あの能力は――」
黙り込んでいたキャスターが考え込むようにポツリと呟く、アーチャーのことを考察しているのだろう。
「敵は私達の姿を見ると、天馬の宝具を使って逃走しました。おそらくライダーのクラスでしょう」
あの女、ライダーだったのか。
身のこなしからアサシンかと思っていた。
「石化したシロウを放って行くわけにもいかず、敵にはそのまま逃げられました。結界は解除されていますが、次に何をするかわかりません」
結局、ライダーの目的はなんだったのだろうか、魔力を集めるのが目的だとしたら無差別な殺戮をしていたのはなんの意味があって――
「ッ―――と」
急に目が眩んだ、思わず眉間を指で抑える。
「まだ、完全に体が癒えていないようですね。体が石と鉄の塊になっていたのだから無理ないですが、しばらくは眠っておいたほうがいいでしょう。ライダーのことはキャスターと私で話し合っておきます」
セイバーが労わるようにこちらを見て、部屋から出て行く。
キャスターも去り際に俺のことを不安げに伺っていた。
気になることは他にもいくつかあったが頭がガンガンと痛んで考え事なんてできそうにない。
ここは大人しく眠っておこう。
そうして目を閉じると俺の意識はすぐに闇に落ちていった。
◇
「……ロウ、シロ……」
体を誰かに揺さぶられる、セリのような香りが鼻腔をくすぐる。
「ムっ……?」
意識が覚醒する。
目を開けると金髪の少女がそこにいた。
「セイバー?どうした、何かあったのか」
少しオドオドとした様子でセイバーがこちらを見つめていた。
時計を見れば0時少し前を指している。
「い、いえ、ただ少し話をしたいと思いまして、体はもう大丈夫なのですか?」
「ああ、ちょっと寝たらだいぶスッキリしたよ。キャスターの魔術のおかげだな」
石化の魔眼に天馬、おそらくライダーの正体はギリシャ神話に登場するメドゥーサだろう。
その石化と俺の強化失敗による鉄化を治療できるとは、さすがキャスターだ。
「……あなたはキャスターのことを恨んでないのですか?」
セイバーがオズオズとした態度で問いかける。
キャスターの話をしているのに自分の話をしているかのようだ。
「恨む?なんで?」
「だってあなたは、わた……キャスターに協力したからこんな目に遭っているのですよ。ランサーの時やバーサーカーの時だって死にかけていたではないですか」
「協力したいって言ったのは俺からだし、今回は俺が勝手に動いたのが原因だしな。キャスターを恨む理由なんて無いよ」
キャスターは俺に聖杯戦争に参加しろとは一言も言わなかった。
むしろ、マスターになりたいと無理を言ったのは俺の方だ。感謝こそすれ恨みなど無い。
そう答えるとセイバーが俯いてしまう、髪に隠れて表情が見えないがどうしたのだろうか。
「ですが……ですが、キャスターは何を考えているかわかりませんよ。あの女は『裏切りの魔女』です。きっとシロウのことも裏切ろうと考えているはずです」
叫ぶようにセイバーが訴える、その声音は何か必死なものが感じられた。
「どうしたんだ?そんなことを言うなんてセイバーらしくないぞ。セイバーだってキャスターは悪人じゃないって言ってたじゃないか」
「なっ……セイ、私が?」
目を見開き、驚愕の表情を浮かべるセイバー。
さっきからどうしたんだ……
「俺はキャスターに願いを叶えてやるって約束した。何があっても俺はキャスターの味方だよ」
念を押すように改めて宣言する。
顔を上げるとセイバーがポロポロと涙をこぼしていた。
「お、おい大丈夫か?」
さすがに面食らい、手を差し伸べる。
そんな俺の体にセイバーがトッともたれかかっきた。
そのまま、しなやかな手つきで腕が背中へと回される。
「ちょ、セイバー?」
なんだこの状況は、もしかして夢を見ているのか?
「ごめんなさい、聖杯戦争にまきこんでしまって。そしてありがとう、信じてくれ嬉しかったわ。あなたはこんな私のために身を挺して戦ってくれた、私との約束を守ろうとしてくれた」
動揺する俺をよそに、静かに言葉が紡がれる。
「最初は口先だけだと思っていた、でもアーチャーを見て確信したわ。ホントにあなたは他人のために命を投げ捨てられる、投げ捨ててしまうような人なのだと」
セイバーの姿が、その周囲の空間がドロリと崩れる。
金色の髪は海のような青色に変わり、少年のような凛々しい瞳が儚さを伴ったものへと変わる。
「え、キャスター?なんで……」
疑問を問うよりも先にドスリとわき腹に衝撃を感じた。
見れば奇妙な形をした短剣が刺されている。
痛みはない、フワフワとした浮遊感に襲われる。
「『破壊すべき全ての符』、これであなたと私の繋がりは切れたわ。私との約束ももう守る必要はないの。ありがとうシロウ、だからこそ、もう――」
そんな泣きそうなキャスターの声を耳にしながら、俺の記憶はそこで途切れた。