自転車を漕ぐ。商店街に買い物に向かうためだ。
大飯ぐらいの藤ねえがいないとはいえ、特訓で疲れた俺とセイバーはかなりの量を食べる。すでに冷蔵庫は空になりかけていた。
腹が減っては戦はできない、こうして買い足しに来たという訳だ。
「何がいいかな……セイバーは味付けにうるさいし、キャスターは甘いものが好きだからな……」
肉が安いな、セイバーにはしっかり食べてもらって、キャスターはサラダとかさっぱりしたモノのほうが良いか……
あれこれと考えながら商店街を練り歩く。誰かのために料理を作るというのは中々に楽しいものだ。
「ん……あの店は……」
目についたのはヌイグルミ屋だ。
前にキャスターと来た時は羊のヌイグルミを欲しそうにしていたな。
「ありゃ……売り切れちまってるな」
ショーウインドウにはSOLD OUTと書かれた札が置かれていた、羊のヌイグルミは既に売り切れてしまってようだ。
聖杯戦争が一段落したらキャスターと買いに来ようと思っていたのだが仕方ない。そのうち仕入れるだろう。
「へー、シロウってそんな可愛いものに興味があるんだ。それとも誰かへのプレゼントかしら?」
クスクスと笑うような声が聞こえた。
マズイ、恥ずかしいところを知り合いに見られてしまった。
ていうか、誰だ?
俺のことをシロウなんて呼ぶ奴はそう多くないはずだが……
「お前は……!」
振り返るとそこには銀髪の少女がいた。
雪のような、か弱い印象を受ける少女。
しかし俺にとっては恐怖の対象でしかない。
「バーサーカーのマスター、何故ここにいる!」
咄嗟に飛びのき周りを警戒する。
バーサーカーの気配はない、何かの罠か?
「もう、シロウったらそんな怖がらなくても大丈夫だよ日が上ってるうちは戦っちゃダメなんだから」
そういって、にっこりと微笑む。そこに敵意は感じられない。
「……何が目的だ?同盟の誘いとかなら悪いけど……」
「違うってば!私はシロウとお話に来たの!」
ムーと頬を膨らます少女、友好的な態度をとる相手に警戒しすぎていたか。
しかし、お話とはどういうことだ?聖杯戦争とは関係のない世間話でもするつもりか?
「うん、そうだよ。ゆっくりお話しできるような時間はもう無いだろうから、今のうちに話しておきたいと思って」
そういって少女が俺に抱きつく。その姿はあの夜に見た冷酷な印象とはずいぶん印象が異なる。
「とりあえず立ち話も何だし、公園ででも話そう」
商店街で銀髪の少女と話している姿はあまりに目立つ。
学校を何日も休んでしまっているわけだし、知り合いに見られれば変な噂を広げられてしまう。
◇
「それで……えっと、君の名前は確か……」
公園に移動し少女に語りかける。
アインツベルンの家系だということは聞いたが少女の名はなんだったか……
「イリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ。この前も名乗ったのに、私みたいな美女の名前を忘れるなんてとってもシツレイなんだよ」
キコキコとブランコを漕ぎながら、ジトッとした目でイリヤが睨んでくる。
そういえばバーサーカーにふっ飛ばされた後、そう名乗っていた気もする。
「そういってもな……あの時はバーサーカーの攻撃をまともに喰らって意識が飛びそうだったんだぞ。覚えてなくたって仕方ないだろ」
その言葉にイリヤが申し訳なさそうな顔をする。
「あの時はゴメンナサイ……バーサーカーも叱っておいたわ。怪我はもう大丈夫なの?」
「え……あぁ、もう怪我は治ったよ。ほらこの通り」
ぶんぶんと腕を振って見せる。
素直な謝罪に思わず毒気が抜かれてしまった。
「ふぅん……ほんとに治ってるみたいね。そもそも、そこまで重症じゃなかったのかしら。あの時はキャスターに強化魔術をかけられていたわよね?」
こちらの手の内を話してもいいか迷ったが隠すほど複雑な魔術でもないので素直に頷く。
そんな俺のことをイリヤはじっと見つめると――
「シロウはキャスターのことが好きなの?」
突然、そんなことを言いだした。
「はあ!なんでそうなるんだよ!」
「だって、強化の魔術を生物にかける場合は信頼度が重要になってくるでしょ。だからキャスターのこと好きなのかなって」
「いや、確かにキャスターを信頼してはいるけど、イリヤが思っているような感情じゃない」
「それじゃ、キャスターとはどういう関係なの?」
「そりゃ、キャスターとは――」
そこで言葉に詰まる。確かに俺はキャスターを信頼している。
だが、俺にとってキャスターとはどういう存在なのだろうか?
マスターとサーヴァント?
俺とキャスターの契約は令呪の繋がりがない希薄なものだ。マスターらしい振る舞いができているとも思っていない。
それにただのサーヴァントというほど冷酷な関係でもない。
パートナー?
俺とキャスターではとても対等とは言えないだろう。パートナーとは互いに助け合うことを言うはずだ。
魔術の師匠?
確かに魔術は教えてもらったが、師匠というにはちょっと違う気がする。
恋人?
ありえないな、確かにキャスターは美人だが触れたら壊れてしまいそうな儚さを持っていて近寄りがたい。
キャスターも俺のことは子供としか思っていないだろう。
もちろん友達やらビジネスライクな関係という訳でもない。
俺にとってキャスターは――
「……イリヤの方はバーサーカーと上手くやれてるのか、あのクラスは理性が消失するんだろ?」
答えが出ずに話をそらした。
イリヤはあの獣じみた巨人と絆を築けているのだろうか。
「うん、バーサーカーは最強の英雄。どんな悪い奴からも私のことを守ってくれる。ずっと一緒にいてくれるの」
イリヤが誇らしげに胸を張る。
俺にとってバーサーカーは恐怖の対象でしかないがイリヤにとっては自慢のサーヴァントらしい。
「イリヤにとってバーサーカーはお姫様を守る騎士ってことか」
「うーん、というよりお父さんみたいなものかな?」
イリヤの顔に僅かに影が差す。
「お父さん?」
「うん、私のお父さんはね小さいころにいなくなっちゃたの、でもお父さんが大きな手で私を撫でてくれたことは覚えてる。バーサーカーのおっきな手を見てるとその時のことを思い出すの」
アインツベルンは代々、聖杯戦争にも参加している、イリヤの父親は前回の聖杯戦争ででも死んでしまったのだろう。
「昔はねお父さんのことすっごく恨んでた、なんで私を置いていっちゃたのって。一人でずっと泣いてた。でも今回の聖杯戦争でお父さんが私を愛してくれてたって分かったの。誰かから愛されることを、誰かを愛することの温かさを思い出せたの」
目を細めてどこか遠くを見つめるイリヤ。
しかしヒラリとブランコから降り立つと真面目な表情になる。
「シロウがキャスターのことをどう思っているか分からないけど、キャスターとちゃんと向き合ってあげたほうが良いわよ。お互いに人を信じることに慣れてないみたいだから」
そんな忠告めいた言葉を残してイリヤは去って行ってしまった。
人を信じることに慣れてない……か、確かに俺は人と一定以上に関わることが怖いのかもしれない。
愛した人がいなくなってしまうのが怖いのだろう。
かつて、あの地獄で家族を失った時のように。
イリヤが妙にデレているのはちゃんと理由があります