「剣といえば、坊やは何を思い浮かべるかしら?」
結局、徹夜で地獄のトレーニングをこなす事となった。
さすがに集中力が切れ、しばしの休憩タイムだ。
その間にもイメージの補強を行う、それは魔術を扱う上で重要な点だ。
「んー、『硬い』『鋭い』『よく切れる』とかか」
「どうにもイメージが薄いわね、剣の中には『切断』ではなく『粉砕』を目的としたものもあるでしょう。他にも剣は『硬さ』だけでなく『しなやかさ』も持っているはずよ。イメージの幅は強化のバリエーションにつながる。もっと『剣』について考えなさい」
強化魔術とは対象の特性を上げる魔術だ、俺の場合は『剣』が持つ特性をそのまま強化することができる。
イメージがしっかりすれば強化の持久力も伸ばすことができる。
「さて、それでは特訓を続けましょうか、次は防御のために服を強化してみましょう」
「ん?肉体を強化した方が防御には効率がいいんじゃないか?」
「えぇ、普通の場合はね。あなたのやり方では体ごと鉄塊になってしまう危険があるわ。やらないほうが良いでしょう」
なるほど、一般的な魔力を鎧とする強化なら簡単だが、俺の場合は根本の形を作り変えている。
失敗すれば体ごと剣になる可能性があるってことか。
体は剣でできている
そんなフレーズが頭に浮かんだ。
脳裏に浮かぶのは黄金の剣のイメージ、それこそ俺の強化魔術の到達点の一つなのかもしれない。
「そういえば、セイバーに強化魔術を掛けないのか?」
もともと強いセイバーをキャスターが強化すれば滅茶苦茶強くなるんじゃないのか?
「えぇ、二つ問題があってね、一つはセイバーの問題よ。彼女は私のことを警戒しているから強化も受け入れてくれないでしょうね」
生物に強化魔術を掛ける場合は相手との信頼関係が無くては異物として弾かれてしまう。
さらにセイバーは対魔力が高い。
本人としては受け入れているつもりでも、無意識レベルで弾いてしまえば効果は格段に落ちるのだろう。
「もう一つは強化魔術の限界点でもあるのだけど……そうね、キチンと教えておきましょう」
そう言うと、キャスターは強化の練習に使っていた紙を手に取った。
「これは何かしら?」
「何って……ただの紙だろ。今は強化魔術を使ってない」
「そう、『白紙』の紙、『普通』の状態ということね」
次にキャスターは紙にサラサラと何かを書き足した。可愛らしい羊の絵だ。
「この『羊が描かれた紙』とさっきの『白紙』の紙、どっちが『価値』があると思うかしら?」
「そりゃあ…『羊が描かれた紙』だな」
『価値』が付け加えられた。つまりは強化魔術が使われている状態だということなのだろう。
「その通りよ。では、例えばここに世界に一つしかないような『名画』があったとして、そこに『羊の絵』を描き足したら?」
……『価値』が下がるということか。
もともと完成度の高い『名画』に手を加えても『価値』を下げるだけ。
同じようにセイバーに強化魔術をかけた所で行動を阻害しかねないということなのだろう。
「まあ、私の魔術はこの落書きとは違い、それなりの効果はあるでしょうけどね。どちらにせよ効率がいいとは言えないわ」
なかなか上手くはいかないようだ。
だが、効果があるというならやってみてもいい気がする。
セイバーの警戒が効果を薄くしている要因なら、俺からキャスターのことを話せば警戒も薄まるかもしれない。
今度、ゆっくりセイバーと話してみるか。
◇
「さて、それでは始めます」
場所は変わって、剣道場。
強化魔術の出来を見るということでセイバーと簡単な模擬戦をすることになった。
セイバーが竹刀で打ち、それを俺が強化魔術で防御するというものだ。
「ハッ―――」
小手調べとばかりに真正面から打ち込んでくる。服を強化で『硬く』して受け止める。
「ふむ、強化スピードと硬度は問題ないようです。ならば――」
突きによる攻撃、ピンポイントに強化できるかということだろう。
構造解析で服の構造を完全に把握し、該当箇所をより『硬く』する。
「ほう、大したものだ。では、次で最後です」
大きく竹刀が振るわれる、服の強化では防御しきれない。
こちらも竹刀を強化する、『硬さ』だけでなく衝撃を逃がしきれるように『しなやかさ』も。
そしてセイバーの剣を受けようと構えたのだが――
「イダッ」
セイバーの剣は急に軌道を変え、頭に思い切り打ちつけられた。
「ここまでですね、とりあえず強化魔術の方は問題ない様だ。他マスターの攻撃やサーヴァントの流れ弾にもある程度は耐えられるでしょう」
スッと竹刀を下ろし、セイバーが評価を下す。
「しかし問題も多い。やはり魔力量が致命的に足りていない。長期戦になれば底を尽きてしまうでしょう」
いくら俺の強化魔術が普通より燃費がいいといっても、それなりの魔力は使っている。
使いどころを適切に見極めていくことが重要となるだろう。
「それに最後のフェイントもあっさり引っかかりましたね。今後は魔術だけでなく体術の鍛錬も必要なようだ」
まさかセイバーが教えてくれるのか?
キャスター以上にスパルタそうだ。
「ですが、ある程度の攻撃なら耐えられると思います。今夜の見回りに外に出ても大丈夫でしょう。私も無関係な民が襲われているというのは気がかりでしたから」
なんとか及第点はもらえたようだ。
もちろんサーヴァントに勝てるほどの力ではないが即死しない程度の力はついているはずだ。
早速、今夜から見回りを開始するとしよう。
補足
士郎は強化魔術と変化魔術をほとんど同一視しています。これは二つの魔術が『固有結界』から派生したモノであって、やっていることに大差が無いからです。
また、強化魔術はデリケートなため士郎が強化した上からキャスターが強化するということはできません。
強化魔術関連の説明は分かり辛かったかもしれませんが、物体を剣みたいに硬くして防御できるようになったという認識で良いです