「うっ…………」
頭がふらふらする、目は開いているが脳が動いていない。
「あ――?」
半覚醒の脳で考える。何か重要なことを忘れているような気がする。寝る前に何をしていたのだったか――
「っ……バーサ―カー!」
昨夜の恐怖を思い出し、体が凍りつくのを感じる。
俺はキャスターをかばい、バーサーカーにぶっ飛ばされたのだった。
その後はよく覚えていないが気絶してしまったのだろう。
「坊や……目が覚めたのね」
隣を見ればキャスターがいた。
俺が起きたたのを見て、安堵したように呟く。
心配してくれていたのだろうか。
「セイバーを呼んでくるので待っていちょうだい」
セイバーも無事らしい、あの強敵相手に誰もやられなかったのは奇跡的だろう。
改めて自分の体を見まわす。
バーサーカーの攻撃が直撃したはずなのに脇腹に青白い痣が浮き出る程度で済んでいる。
バーサーカーからすれば羽虫を払う程度の軽い攻撃だったのだろうが、それでも地面を砕くほどの威力があった。下半身が消し飛んでいてもおかしくなさそうだが……
「マスター……目が覚めたのですね」
ふすまを開けてセイバーが入ってくる、彼女も目立った怪我はない様だ。
「ああ、キャスターのおかげだよな。教会で使った魔術は防御かなんかの魔術だろ?」
俺が教会の前で宣言した後、キャスターは何かの魔術を俺に使った。
きっと、あれのおかげで死なずに済んだのだろう。
さすが『魔術師』のサーヴァントだ。
「…………」
ところがキャスターは少し言葉を選ぶように考え込むと、意外なことを口にした。
「確かに魔術は使ったけれど……あれは、ただの強化魔術よ。サーヴァントの、それもバーサーカーの攻撃を防げるはずがないの」
強化魔術
へっぽこ魔術師の俺が使えるくらいに初歩的な魔術だ。しかし極めだすと奥が深く、様々な用途に応用できる魔術でもある。
他者の強化はかなり難易度が高いはず。それをあっさりしてしまうのはさすがキャスターだが、バーサーカーの攻撃を防げるはずがないとはどういうことだろうか?
「でも実際、痣ができる程度で済んでるぞ?」
「ええ、だから不思議なのです。あるいは……体質的な問題なのかもしれませんね」
なんでも俺の起源は『剣』らしい、ゆえに俺を強化すれば『剣』のように『硬く』なるのかもしれないというのがキャスターの仮説だった。
「それでも、これほどの頑丈さになるとは考えにくいのだけれど……」
まだ、納得していないというようにキャスターが呟く。
「……まあ、この考察は後ですね、とりあえず話すべきことがいくつかあるでしょう」
◇
「さて…それじゃ、改めて自己紹介といこうか」
一息ついてから話し合いを始める。
セイバーの召喚からずっとイベントばかりでゆっくり話し合う暇もなかった。
セイバーはどこか警戒するような雰囲気を放っている。
「えーと、とりあえず……セイバーでいいんだよな。俺は衛宮士郎、一応マスターってことになるらしいけど、堅苦しいからシロウって呼んでくれ」
よろしくと言って手をさし出すと、わずかに警戒が緩んだのを感じた。
「よろしくお願いします、シロウ。それで……そちらの彼女のことは……」
だが、キャスターの方に視線を向けると再び身を硬くする。そういえばまだちゃんと説明してなかったな。
「彼女はキャスターだ、前マスターがやられてしまって、7日前から俺と契約している」
その言葉にセイバーの目つきが険しくなる。
「二重契約…ということですか」
「あー、その辺の話はキャスターから頼む」
魔術契約やら聖杯のことはからっきしなのでキャスターに投げる。
キャスターはセイバーに敵意がないと示すように微笑むとゆっくりと語り出した。
「セイバー、貴女が私を嫌がるのは分かるわ。聖杯に願いをくべられるのはマスターとサーヴァントの1組だけですものね。でも、それは通常の使い方をすればの話。キャスターのサーヴァントである私が効率的に扱えば複数の願いを叶えることも可能よ」
「……バカな……聖杯は全てのサーヴァントを倒さなねば現れないはず……」
セイバーは未だ信じられないようだ。
「私ならば可能よ……聖杯をあなたに授けると約束してもいいわ。なににせよキャスターの私ではセイバーである貴女には勝てない、危険だと思えばあなたの宝具で切り捨てればいいでしょう」
キャスターはじっとセイバーの瞳を見つめる。
「……分かりました、とりあえずは二重契約ということで受けいれましょう。ただし、私にも叶えなければならない願いがある。もしキャスターの言葉が虚言だと分かった時は――」
そう言って発たれたのは紛れも無い殺意だった。
聖杯が手に入らないとなればセイバーは本当にキャスターを殺すだろう。
「……えーと、一緒に戦うなら情報を共有した方がいいよな。セイバーの真名とか宝具とか教えてくれないか?」
場を和らげようととりあえず発言してみるが。
「申し訳ないが真名を教えることはできない……私はまだキャスターを信用しきれていない」
バッサリとセイバーに拒絶された、真名の露呈は弱点の暴露と同義だ。教えたくない気持ちも分かる。
「宝具の銘も教えることはできませんが……特性は伝えておきます。セイバーの名の通り剣の宝具です、対城宝具で魔力を放出することができます」
聞いた感じ、割とシンプルな宝具のようだ、攻撃に特化して特殊能力などはないらしい。
銘を言わないのは真名に繋がるからだろう。
「魔力を放出するということは消費が大きいのではなくて?」
「はい、2発……いえ、3発放つのが限度です。3発目を撃てば私は魔力不足で消滅するでしょう」
キャスターの問いにセイバーが答える、不利になりそうな情報だが教えてくれた。その程度には信用してくれているということか。
「セイバーの願いってのは、教えてもらえるかな……」
一応聞いておく。
無いとは思うが世界の破滅を願われたりしたら大変だからな、僅かな逡巡を見せた後にセイバーが口を開く。
「私の願いは……歴史の改変です。私は生前、間違ってしまったらしい。その間違いを正したいのです」
歴史の改変。
英雄と呼ばれる存在でも、いや、英雄だからこそ後悔の1つや2つはあるのだろう。
「そんなことして大丈夫なのか?歴史が変れば世界も改変されるんじゃ?」
口ぶりから察するに重要な事なのだろう。
キャスターの『家族に会いたい』などとは与える影響が違う。
「詳しい事情を聞かないと何とも言えないけれど……多分、新しいパラレルワールドができるだけでしょうね。歴史とは当事者の認識によって形作られる。セイバーが本来の歴史を知っている以上は干渉をしても世界が分岐するだけよ」
「それならそれで構わない。あの一瞬を取り消して、別の可能性が生まれるというなら」
静かに語るセイバーの口調からは揺らぎない決意が感じられた。
歴史の改変……か、そんなことが本当に可能なのだろうか?