Fate/Rainy Moon   作:ふりかけ@木三中

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2月 2日 夜 セイバー召喚

「遅いわね……」

 

 ソワソワと手持ち無沙汰にしながら、坊やの帰りを待つ。

 時計の針は既に9時を回っていた。召喚は真夜中に行う予定とはいえ、早めに帰ってきてほしいのだが……

 

「あら?この魔力は……サーヴァント、それも2騎、戦闘をしているようね」

 

 どのクラスかまでは分からないが、強大な二つの魔力がぶつかり合っている。

 

「場所は……えっ、ここって、まさか坊やが?」

 

 魔力の発生源は坊やが通っている学校だった。

 まさか敵に見つかったのか、私とのリンクはごく希薄なもののはずだが……

 いや、サーヴァント同士が戦っているのだから坊やが狙われているわけではないのか。

 

 とりあえずは坊やと連絡を取らなければならない、そう思い念話を繋ごうと思ったのだが――

 

「――パスが途切れた……」

 

 その瞬間、彼の存在が消えていくのを感じた。

 まさか坊やが殺されるとは……彼のことだから止めに入ろうと不用意に近づいたのかもしれない。

 まだ、ギリギリ息はあるようだが――

 

「残念だけど……さよならね。嫌いではなかったのだけれど」

 

 まだ敵が近くにいる可能性もある、助けに行くことはできない。

 

 目を閉じて僅かに感傷に浸る。

 正義の味方になりたいなどと言って、私なんかを助けるからこうなるのだ。

 

「さて……私もここから動かなくては」

 

 坊やが死に、サーヴァント召喚ができなくなった以上ここに居座る理由もない。

 もっと魔力の集めやすい場所に拠点を移すか、そう思い立ち上がった瞬間。

 

「!!魔力が戻った?いったいなぜ?」

 

 坊やの魔力が、生命が回復した。

 彼は治癒魔術を使えないはず……他のサーヴァントかマスターの仕業か?

 

「……とりあえず、召喚の用意をしなくては」

 

 状況が読めない以上、下手に動くのは得策ではない。すでに呪文一つで召喚できる手筈にはなっているが、もう一度確認しておくとしよう。

 

 

「ただいま、キャスター」

 

 何でもないというような顔をして坊やは帰ってきた。

 しかし、その脇腹には何かで刺されたような跡があった。

 

「何があったの、突然パスが途切れたのだけど。それより傷は、傷は大丈夫なの」

 

 見捨てようと考えていたことを悟られぬよう、大仰に心配する。

 傷口からは僅かに呪いの痕跡を感じる、そしてそれを莫大な魔力で治療した跡も。

 

「俺もよく分からないんだ。青い男と赤い男が戦ってると思ったら、青い奴に突然刺された」

 

 青い男……おそらくランサーだろう。彼は呪いの槍を所持していたはずだ。運悪く戦闘に巻き込まれてしまったのか。

 

「それで、刺された傷は?」

「えっ?キャスターが治療してくれたんじゃないのか?なんか宝石が落ちてたし……」

 

 そう言って、ポケットから赤い宝石を出す。当然ながら心当たりはない、他の陣営の仕業か?

 ランサーの呪いを祓うには膨大な魔力が必要になる。

 

 いったい何の意味があって……?

 

 思考をまとめようとしていると、水を差すようにカランカランと甲高い音が鳴り響く。

 結界の警戒音、侵入者だ。

 

「この魔力は……ランサー!」

 

 ランサーが結界をこじ開けようと攻撃を繰り返している、坊やを追ってきたのだろう。

 

 ちらりと坊やを見る。

 彼を置いて、転移魔術で逃げるか?

 いや、ランサーは仕留めきるまで追ってくる可能性が高い。

 

 それよりも今すべきは――

 

「坊や、土蔵に行くわよ。早くサーヴァントの召喚を」

 

 2対1になれば十分に勝ち目はある、逃げるよりも打って出るべきだ。

 靴も履かずに庭に飛び出す、同時に結界が破壊されたのを感じた。

 

「あー?こりゃあ、どういうことだ?殺し損ねたガキを追って来たら、殺したはずのキャスターがいるたぁ。あのまま消滅したと思っていたんだがな」

 

 朱色の槍を携えた男が、行く手を遮るように立つ。

 前回の気だるげな様子とは打って変わり、その目には獣のごとく好戦的な光がみえた。

 

「ま、何でもいいさ。おめえとは2度目だからな、今度はきっちり殺してやるよ」

 

 高速の槍が私を襲う。

 咄嗟に防御しようとするが――

 

「ハッ――しゃらくせえ」

 

 振るわれた槍はあっさりと魔力障壁を破壊した。

 強い、前回は手を抜いていたのか?

 

「くっ―――Atlas」

 

 重力を上げる。

 ランサーは僅かに眉根を寄せるが、その猛攻が止まることは無い、対魔力のランクが高いのだろう。

 

「これで終いだ」

 

 渾身の力で打ち出された赤い槍は、魔力障壁をあっさりと破り私に迫る。

 私はタダ、ギュと目をつむり殺される痛みに耐える。

 だが、予想した衝撃はいつまでたっても襲ってこない。

 

「キャスターに……手を出すなあああ!」

 

 おそるおそる目を開けて飛び込んできたのは、果敢にランサーに立ち向かう坊やの姿であった。

 手にはポスターを丸めて武器としている。微かに感じる魔力は強化魔術を使用しているようだ。

 しかし、勢いだけの突進はあっさりと避けられる。

 

「おお、すげえ気迫だな。坊主、キャスターとはどういう関係だ?あいつのマスターは死んだはずだが……」

「お前が殺したんだろ!」

 

 坊やが破れかぶれに武器を振り回す。ランサーはそれをニヤニヤと笑いながらかわす。

 

「俺が殺した?あぁ、そう説明されたのか……なるほどな」

 

 チラリと射貫くような視線がこちらに向けられる。

 

「おい坊主、その女に肩入れしても碌なことにはならんぜ、下らない理由で協力してるんなら手を引くんだな」

 

 そんな忠告じみた言葉にも、坊やは聞く耳を持たず攻撃を続ける。

 

「そうか……そんなに死にたいってんなら、お望み通り殺してやるよ!」

 

 軋むように槍が振るわれ、坊やの体が土蔵へとはじき飛ぶ。

 整理したはずのガラクタが振動でバラバラとあたりに転がる。

 

「馬鹿な奴だ、キャスターに騙されているとも知らずに……ま、男なんていつの時代も愚かってことか」

 

 呆れたような呟きと共に槍が坊やの心臓へと穿たれる。

 防御魔術では間に合わない、ただ彼が死にゆくのを見ていることしかできなかった。

 スローモーションのように風景が流れる、死をもたらす槍がゆっくりと動く。

 坊やは悔しげに歯を食いしばり、睨むようにランサーを見ている。

 

 その瞬間、風が吹いた。

 

 風は雲を動かし、月の光があたりを照らす。

 ビュウビュウと荒ぶるように吹く風、いや、これはただの風ではなく……

 

 

「問おう、貴方が私のマスターか?」

 

 

 召喚の影響で魔力が乱れ、風となって吹き荒れる。

 

 その中で黄金の髪と銀の鎧を纏った少女が立っていた。

 

「ほう、6人目とは……面白れえじゃねえか」

 

 突然の乱入者にも驚くことなく、ランサーがその槍を向ける。

 

「サーヴァント・セイバー、召喚に従い参上した。マスター指示を」

「えっ……ああ。そっちのローブを羽織ってるのはキャスター、味方だ。その男を相手してくれ」

 

 セイバーがスッと目を細めて探るように私を見る、僅かに思案した後に手に持った透明な剣を構えた。

 

「―――これより我が剣はあなたと共にあり、あなたの運命は私と共にある。――――ここに、契約は完了した。命の通りに敵を排除します」

 

 セイバーが敵に飛び掛かりランサーが応戦する。

 きらめくような剣戟と獣のような乱舞がぶつかり合う。

 火花が飛び散り、大地が震える。これが真の英雄同士の戦いということか。

 

「ちっ――――」

 

 セイバーの猛攻に押されランサーの体が後退する。

 

 勝てる。そう確信した時、ランサーの手元に膨大な魔力が集まるのを感じた。

 

「宝具!」

 

 おそらく強力な死の呪いだろう。あれに撃たれれば対魔力が高いセイバーとはいえ、タダでは済まないだろう。

 そう、もし撃たれれば――

 

「Atlas」

 

 魔術で重力を上げる。

 ランサーには僅かな影響しか与えられないが、一流同士の戦いではその僅かが圧倒的な差となる。

 刹那のスキをついてセイバーの剣が振るわれ、ランサーは宝具の使用を中断して槍で攻撃を受ける。

 その衝撃を利用して大きく飛びずさると、ヤレヤレというように頭を振る。

 

「面白くなってきたが……ここまでだな。新たなサーヴァントが召喚された以上、マスターに情報を持ち帰えらないといけないんでね」

 

 ピョンピョンと獣じみた跳躍力で屋根に飛ぶと、そのまま姿をくらましてしまった。

 戦いが終わったと思い、ほっと息をつく。

 

 しかしセイバーはその警戒を緩めない。

 

「マスター、近くに他のサーヴァントがいるようです。いかがなされますか」

 

 そう、これは戦いの終わりなどではない。

 

 むしろ始まりだ。

 

 この夜、7騎のサーヴァントが召喚されて、ついに聖杯戦争が開始されたのだった。

 


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