「学校から帰ってきたら、サーヴァントを召喚するんだよな」
朝食を食べながら今夜の事について打ち合わせをする。回路が開いた後遺症もなく坊やは張り切っていた。
そう、今夜あなたはサーヴァントを召喚し、私に裏切られるのよ。
「どんなサーヴァントが召喚されるんだろう、良い奴だったらいいけど」
そんなこととは露知らず呑気な顔をしている。
術者に似たサーヴァントが召喚されるというなら、きっと扱いやすい人物が現れるだろう。
「私としてはどんな英雄かよりも、何のクラスで呼ばれるかが気になりますけどね」
聖杯戦争で呼び出されるクラスはセイバー、アーチャー、ランサー、キャスター、ライダー、アサシン、バーサーカーの7クラス。
キャスターである私自身と、襲撃してきたランサーを除けば残る枠は5つ。私が後衛タイプである以上、戦闘タイプのサーヴァントが理想的だ。
だが強力な三騎士などはすでに召喚されていると考えたほうが良いだろう。
「エクストラクラスってのもあるんだっけか」
「ええ、もっとも召喚されることは無いでしょうけど」
エクストラクラスであるルーラーとアヴェンジャー。
前者は世界の危機でないと召喚できず、後者は呪文を挟めば簡単に召喚できるが呼ぶつもりは無い。
『復讐者』のクラスなど扱いづらいに決まっているからだ。
実際、過去にアヴェンジャーが召喚された際は扱いきれずに早々に敗退したらしい。
「もし危険な奴が召喚されたら、倒すことも考えないとな。世界征服とか願われたら困るし」
そんな勿体ないことをするつもりは無い。
そもそも令呪で無理矢理に命令を聞かせるつもりなのだ、どんな性格のサーヴァントであっても関係はない。
それに、聖杯戦争において危険でないサーヴァントなど存在しない。他者を殺してでも自らの願いを叶えようとする連中なのだから。
「そういえば……坊やは何か聖杯にかける願いがあるのかしら?」
坊やが聖杯戦争に参加することになったのは成り行きだが、願いの一つくらいはあるはずだ。
どんな浅ましい願いか聞いてあげましょう。
「んー、一般人に被害が出ないようにってくらいかな。後はキャスターの願いが叶ってほしい、かな」
しかし、返ってきたのはなんとも無欲な言葉だった。
「そんなことは無いはずよ、あなたも聖杯にかけたい願いくらいあるでしょう。お金でも女でも名誉でも、なんでも手に入るのよ」
「お金は確かに欲しいけど聖杯に願うほどのことじゃないしなぁ。彼女も魔術で無理矢理ってのは嫌だし。名誉も特に興味ないな」
当然のことのように語る。嘘だ、そんなはずはない。人間とは自らの願いのために他者を裏切る醜い生き物のはずだ。
「願いっていうか……夢なら一つあるんだけどな」
ほらやっぱり、願いのない人間など存在しないのだ。
「それで、願いというのは?」
「ああ、俺は正義の味方になりたいんだ」
少し照れたように、しかし誇らしげに、そんな子供じみた夢を口にした。
「せいぎの……みかた」
英雄になりたいということだろうか?
バカな男にありがちな承認欲求というやつだろう、かつて私に近づいてきた男達が思い出される。
王に、英雄になりたいと身の程知らずな夢を持った愚かな男。
聖杯を手に入れて魔術師としての箔をつけたいと語った無能な男。
坊やも結局は彼らと同じということか。
「俺は切嗣に死にかけていたところを救ってもらった。その時切嗣は笑ってたんだ。その姿に、その笑顔に憧れた。俺もああなりたいと、誰かを救いたいと思ったんだ」
だが、そう語る姿にかつての男たちのような汚らわしさは見えなかった。
その輝く理想があまりにも眩しくて――
自らの醜さを晒されているようで――
無知だった頃の私を見ているようで――
「およしなさい、他人を救うだなんて利用されて捨てられるのがオチよ」
気が付けば、そんな忠告じみた言葉を口にしていた。
「そうかもしれない。けどさ、それで誰かが救えるなら俺はそれで本望だ」
それでもかまわないと坊やが笑う。
くだらない、口ではなんとでも言えるものだ。
実際に手ひどい目に合えば醜く地べたを這いずり回るのだろう。
かつての私がそうだったように。