転生河童の日常譚   作:水羊羹

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第九話 小悪魔三姉妹

 暫くパチュリーと魔法談義していると、疲れた顔のレミリアがやって来た。

 早くも吸血鬼としての威厳が崩れているが、部外者の私に隙を見せても良いのだろうか。

 まあ、私個人としては、こちらのレミリアの方が接しやすいが。

 

「さて、詳しい話を聞かせてもらおうか」

 

 唐突に現れた豪華な椅子に座り、悠然とした笑みを形作るレミリア。

 背後には咲夜が音もなく控え、この場面だけ見れば非常に荘厳だ。

 しかし、先ほどのきゅうけつきを見てしまった私達からすれば、子供が背伸びしているようにか思えなくなってしまう。

 力や風格、その他諸々は大妖怪と言っても遜色ないのだが。

 まあ、その事には触れないで内心に留めておこう。

 肘掛けに頬杖をついているレミリアに、私はテーブルにある紙を渡す。

 

「概要はここにまとめてあるよ」

「ふむ……」

 

 受け取った紙を持ち、レミリアは目を通していく。

 読んでいるその様子は気だるげで、ともすれば適当とすら思えそうだ。

 しかし、真紅の瞳に宿る、深い知性。

 強い真剣さを感じさせる雰囲気と合わせれば、レミリアの心境は言葉にせずとも理解できる。

 また、仕草の多くからは気品が溢れており、微かに上がる口角が威厳を露わにしていた。

 先ほどまでの醜態がなかったかのようだ。

 背後に従者を侍らすその姿は──まさに、王者の言葉が相応しい。

 まあ、プライベートでは、カリスマブレイクしてしまうようだが。

 

「どう?」

「……なるほどな。私には理解できない部分があったが、大まかには理解した。つまり、あの幻想郷の賢者と似たような能力を再現するんだろう?」

「おお、よくわかったね」

 

 目を丸くして驚く私に、レミリアはふんと鼻を鳴らして紙を放る。

 

「フランの狂気を鎮め、意識を表に引き寄せる。そのために、二つの境界を弄らなければならない。それを再現するのがお前の技術で、能力を増幅させて生成するのがパチェの魔法。相違ないな?」

「パーフェクト!」

 

 流石、紅魔館の当主だ。

 わかりやすく説明をまとめていたとはいえ、一通り読んだだけで理解するとは。

 しかも、専門外の用語があったのに。

 私達が考えた方法は、概ねレミリアが推察した通りだ。

 まず、私が科学方面からアプローチをかけ、フランドールの狂気を抑えるプログラムを組む。

 もちろん、妖力と合わせたなんちゃって科学だが。

 私の眼に映った通りならば、フランドールの意識と狂気は繋がっている。

 だから、狂気を消すとフランドールそのものにも影響が出てしまう。

 それをなんとかするために、狂気の占める割合を減らすのだ。

 今のフランドールの心は、狂気が九割ほど満ちている。

 これを四割ほどまで下げられれば、増えたフランドールの意識が主導権を握れるはず。

 そうすれば、彼女の意識は多重人格レベルから、ちょっと情緒不安定程度まで改善されるだろう。

 もちろん、最終的にはフランドール個人の力で、この狂気を乗り越えてもらうつもりだ。

 と、無駄に思考を連ねたが、一言で表すと──魔法科学凄い。

 

「彼女が作った道具に私が魔法を施して、魔道具化して効力を強める感じね。何回か試行錯誤するだろうけど、まあ直ぐにできると思うわ」

「ほぅ、それは頼もしい言葉だ。期待しているぞ」

 

 気負いもなく告げたパチュリーを見て、レミリアは八重歯を光らせて笑う。

 そして、手の甲に頬を置き直しながら、私に流し目を送る。

 ただ目を向けただけなのに、まるで魅了の魔眼を使ったかのようだ。

 紫とはまた違う、見る者を妖しく惑わす双眸。

 一々行動が芝居かがっているような気もするが、不思議とレミリアなら鼻につかない。

 気品と畏怖が入り混じった、目が離せなくなるような魅力があった。

 思わず苦笑いした私は、レミリアの促しを察して口を開く。

 

「レミリアの出番は、当日までお預けね」

「なに?」

「お膳立ては私達がするから、妹はレミリアに任せるよ」

「言われるまでもない。フランは私の妹だ。当日は私一人で前に出るぞ」

「お嬢様、それは」

 

 この言葉は看過できないのか、咲夜が話に割り込んできた。

 従者としてあるまじき事をしたが、レミリアが意に介す様子はない。

 むしろ、咲夜へと笑みを向けている。

 

「なんだ、私を心配しているのか?」

「万が一の可能性を考え、妹様の件は私かみずは様に任せるべきです」

 

 さらっと、私を頭数に入れている。

 自分を含めてレミリアの捨駒にする姿勢、素晴らしき従者の鑑で目頭が熱くなってしまう。

 咲夜の忠誠心の高さは嫌いではない……嫌いではないが、当事者からすれば微妙な気持ちだ。

 私は客人ではなかったのだろうか。

 いつの間にか、客から肉壁へジョブチェンジしているのだが。

 そんな風に考えている私をよそに、レミリアの浮かべていた笑みの種類が変わる。

 泰然としていた笑顔から、獰猛さを湛えた笑いへと。

 

「愚問だ……ああ、愚問だな。私はフランの姉だぞ? 妹に負ける姉がどこにいる?」

 

 私の知る限りでは、結構な割合でいると思う。

 というか、フランドールの能力を加味すると、普通にレミリアでも危ないのでは。

 まあ、最初に言った通り、作戦実行の時はレミリアに任せるつもりだった。

 本人がここまで乗り気なのが意外であったが。

 いや、意外でもないか。

 辛い思いしている家族を止めるのは、同じ家族と相場が決まっている。

 紅魔館のメンバーも家族と言っていいかもしれないが、やはりフランドールを助けるべき相手はレミリアだ。

 私達は、確実に助けるためにサポートするだけ。

 改めて再確認した後、私はレミリア達に声を掛ける。

 

「それで、そろそろ始めてもいいかな?」

「ん、ああ。そうだな。早速始めてくれ」

「おけおけ。ふっふっふ、久々に全力を出しちゃうよぉ」

 

 指を絡めて音を鳴らし、同時に首もコキコキと鳴らす。

 自然と表情には笑みが張りつき、喉の奥からくつくつと声が漏れる。

 普段も本気だったとはいえ、正真正銘全力を出すの久しぶりだ。

 私の纏う雰囲気が変化したのに気がついたのか、この場にいる全員が注視している。

 パチュリーや咲夜は目を見開くが、レミリアの反応は片眉を上げるのみ。

 三者三様を尻目に、私はリュックから三つのノートパソコンを取り出す。

 

「それは?」

「私自作のパソコン。見た目は機械っぽいけど、中身はファンタジー要素満載だよ」

「ほぉ、自作なのか」

 

 興味深げなレミリアを一瞥した後、私はリュックに妖力を込める。

 すると、リュックから二つのアームが飛び出し、それぞれ左右のパソコンのキーボードに近づく。

 

「……なにをするつもりなの?」

「まあまあ、見てたらわかるって。じゃあ、いっくよー!」

 

 気合いを入れた私も指を添え、タイピングを始める。

 カタカタッと小気味よい音を響かせていき、やがて音色の間隔が徐々に細かくなっていく。

 高速で流れる三つの画面に目を走らせ、アームの操作も怠らない。

 そして、口笛を吹きながら、私はプログラムを組み始めた。

 

「これは……」

 

 レミリアの驚く声が聞こえたが、あいにく表情を確認するほどの余裕はない。

 片目というハンデもあり、脳の酷使が強くなっているのだ。

 本当はアームを四本使うつもりだったが、流石にこれ以上は難しいだろう。

 万全の状態ならば、パソコンを五つ使うつもりだった。

 ただ、今回は早めがいいとはいえ、制限時間が設けられていない。

 私を含めたパソコン三つでも、十二分に問題ないだろう。

 タイピング音が場に響き、無機質ながらも音色を奏でる。

 同時に、緩んでいた私の頬が、歓喜に吊り上がっていく。

 楽しい──そう、楽しいのだ。

 自分の能力が試されており、レミリア達の未来は私の腕にかかっている。

 見なくともわかる、期待に満ちた熱い眼差し。

 彼女達はフランドールのために、私へと運命を託したのだ。

 つまり、部外者である私を……いや、私の技術力を買ったのだ。

 ある意味、これはレミリアからの挑戦状である。

 依頼を完璧に遂行してくれるよな、と。

 ここまでさせて燃えなければ──技術者ではない。

 

「ハッハー! 私の両手が唸るぜぇ!」

「その目を見ていると不安だわ」

「大丈夫なのでしょうか……」

「くくっ、見世物としては面白いな」

 

 なにやら聞こえるが、気にせずタイピング速度を上げる。

 今の私は絶好調だ。

 視界のハンデ以上に、高揚していた気分が力を漲らせていた。

 このスピードなら、三日ほど徹夜すれば骨組みはできるだろう。

 その後は、パチュリーに魔法関連を任せる。

 概算をした後、私はキーボードを叩きながら口を開く。

 

「今から三日ほど、私はここから動けなくなりそう。だから、ご飯はこっちに持ってきて」

「かしこまりました」

「レミリアはパチュリーと魔法関連についてまとめておいて」

「ふむ、構わん」

「じゃあ、集中するから話しかけないでね」

 

 そこで会話のリソースを打ち切り、唇を舐める。

 待っていろよ、フランドール。

 必ず、君が普通になれるようなプログラムを組んでみせるから。

 だから、全てが終わった時には、妖怪らしく自由な姿を見せてくれ。

 何物にも囚われない、雲のような孤高な姿を。

 内心で笑いながら、私は意識を研いでいくのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 それから、咲夜に簡単な料理を食べさせて貰いつつ、私は三日三晩プログラムを組み続けた。

 段々テンションが上がっていき、変な笑い声が漏れたのはご愛敬だ。

 そんな私の様子を見て、パチュリーは引いていたが。

 ともかく、どうにかこうしてひと段落つく事ができたのである。

 

「終わったー!」

 

 両手を振り上げ、喜びを全身で表現した。

 しかし、直ぐにテーブルに頬をつけ、ぐでーっと身体の力を抜く。

 横になった視界で、呆れた表情のパチュリーが目に入る。

 

「理解不能ね。貴女のやり方は」

「まあ、魔法使いのパチュリーには馴染みがないよね。とりあえず、あとは任せたー」

 

 顔を横にしたまま、プログラムを組み込んだ腕輪を差し出す。

 見た目はシンプルなブレスレットで、ただのアクセサリーに思える。

 しかし、これはパチュリーと共同で開発した、対フランドールの狂気を抑える魔道具なのだ。

 骨格は私が組んだので、残りの細やかな部分はパチュリーの領分である。

 パチュリーはブレスレットを受け取り、少し触った後テーブルに置く。

 

「これから、私はこれを魔道具化するけど。貴女はどうするの?」

「うーん……ちょっとパチュリーの様子を見てから、寝る」

「そう。じゃあ、勝手にやってもいいのね?」

「どうぞー」

 

 下りそうになる目蓋を抑えながら、私は手を挙げてひらひらと振る。

 いつもより脳を使ったからか、今は酷く眠い。

 とはいえ、なにか問題が起きると危ないので、パチュリーの様子を見ておきたいのだ。

 この場にはレミリアも咲夜もいないし、なにかがあったら私が止めなければ。

 まあ、パチュリーに限ってミスをするとは思えないが。

 霞む思考を巡らせていると、目を瞑ったパチュリーから魔力が迸る。

 周囲には様々な魔法陣が描かれ、荘厳な佇まいと合わせて神秘的だ。

 本棚から無数の本がパチュリーの元に集い、開きながら回っている。

 一つ一つが力ある魔導書で、魔理沙等が見たら生唾を飲み込むしれない。

 

「──」

 

 私には理解できない言語で、パチュリーは滔々と呪文を紡ぐ。

 それに呼応してか、ブレスレットが淡く輝き始める。

 辺りには魔力の圧で風が吹き、私の髪やテーブルにある紙を靡いていた。

 ゆっくりと身体を起こした私は、あくびをしながら目を細める。

 実際に魔法を見るのは初めてだが、凄い。

 いや、初めてと言うと語弊があるか。

 魔法っぽい物を見たのは、パチュリーのが初めてと言うべきだろう。

 ともかく、少年心をくすぐるような体験が、今目の前で起こっている。

 私も魔法を使ってみたくなった……どうにかして使えないだろうか。

 火や水を出してカッコよく決めてみたい。

 今のはロイヤルフレアではない、アグニシャインだみたいな感じで。

 大魔王みずは……素晴らしい響きではないか。

 やっぱり、これは魔法を習得するしかないであろう。

 そんな事を考えていると、魔法の行使を止めたパチュリーが瞳を開く。

 魔の理を映す紫色の双眸は、水面のように澄んでいた。

 

「ふぅ……とりあえず、なんとかなりそうだわ」

「それは良かったけど、体調とかは大丈夫なの?」

「今日は調子がいいから、問題ないわよ」

 

 胸元に手を添え、小さく頷いたパチュリー。

 この三日間の間で、咲夜が世話をしていたから知っていたのだが。

 やはり、パチュリーは喘息を患っているようだ。

 酷い時には死にそうになっていたので、慌てて駆け寄ったのも記憶に新しい。

 まあ、大丈夫なら一安心だ。

 

「じゃあ、私はもう寝ようかなぁ」

「そうしなさい。後は私に任せて……こあ!」

「──はいはーい」

 

 パチュリーが声を上げると、どこからか少女の声が返ってきた。

 彼女はこあと言っていたが……そうだ。

 そういえば、紅魔館のメンバーのうち、まだ会っていない人がいたではないか。

 この大図書館の司書……あれ、実際は違うんだっけ。

 まあ、それはどうでもいい。

 ともかく、パチュリーと一緒にいる悪魔の一種──小悪魔である。

 全く出会わなかったから、てっきりこの世界にはいないのかと思っていた。

 自然と期待に満ちた顔になり、ワクワクと小悪魔が現れるのを待つ。

 やがて、本棚の影から赤い髪の少女が──

 

「呼びましたか?」

「御用はなんでしょうか?」

「今は本の整理をしていたのですが」

「ちょっと、手伝って欲しい事があるのよ」

 

 私の視線の先にいるのは、確かに小悪魔だ。

 背中には悪魔のような羽もあり、服装も馴染み深い白いシャツに褐色のベスト。

 ただ、問題なのが一点。

 パチュリーの元に現れた小悪魔は、なんと三人いたのだ。

 

「ええええええ!?」

 

 思わずひっくり返った私は、椅子から転げ落ちてしまう。

 どんがらがっしゃーんと大きな音が鳴り、場の全員の注目が集まる。

 

「いきなりどうしたの?」

「いや、だって……えぇ」

 

 お尻をさすりながら起き上がり、パチュリー達の元に近づく。

 隣に立って小悪魔を見つめるが、やはり三人いる。

 髪の長さはロング、ミドル、ショートと違うが、顔立ちや服装は全く同じ。

 一体、どうなっているのだろう。

 徹夜のし過ぎで幻覚でも見ているのか、あるいはここが夢の中なのか。

 頭を悩ませている私を見て、小悪魔達は同時に頭を下げる。

 

「初めまして、小悪魔です」

「この部屋の管理をしています」

「どうぞ、よろしくお願いします」

「ああ、うん。よろしく?」

 

 困惑していると、パチュリーが小悪魔が複数いる理由を教えてくれる。

 

「ああ、こあは分裂できるのよ」

「ぶ、分裂?」

「ええ。さしずめ、【分裂する程度の能力】といったところかしら。こあが一人いれば本の管理が楽でいいわ」

 

 小悪魔が能力持ちだとは知らなかったが、まあそういうものなのだろう。

 あまり深く考えるのも、良くない気がする。

 紫も言っていたではないか。

 幻想郷は全てを受け入れるのよ、と。

 たかが小悪魔が分裂できたところで、大きな問題はないであろう。

 どうにか折り合いをつけたが、どっと疲れが押し寄せてきた。

 

「よくわかんないけど、わかった。なんか疲れたから寝るよ」

「そうしなさい」

「部屋にご案内します」

「頼むよ咲夜……あれ?」

 

 しれっと、咲夜が話に混ざってきた気がする。

 振り向いた私の視界には、瀟洒なメイドが佇んでいた。

 いつの間に……まあ、流石である。

 とりあえず、早くベッドインしたい。

 後のその他諸々は、一眠りしてから考えよう。

 思考を放棄した私は、咲夜に連れられてここを後にするのだった。

 

 

 

 

 


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