転生河童の日常譚   作:水羊羹

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第八話 健気なパチュリーと天然咲夜

 咲夜に寝室へと案内された私達は、そのまま館に泊めてもらった。

 泊まり道具を持参していなかったのだが、咲夜が一瞬で用意したのだ。

 流石、瀟洒なメイドである。

 人の意を汲む事には、非常に長けていた。

 そんなこんなで、次の日。

 朝早く、吸血鬼のレミリアが優雅に眠っている時間帯。

 私の姿は、図書館の中にあった。

 

「貴女が、レミィが言っていた妖怪ね」

「そうだよ。そういう君は、たしか魔女の」

「パチュリー・ノーレッジ。好きなように呼びなさい」

 

 興味がないのか、こちらを一瞥もしないで読書している紫髪の少女──パチュリー。

 緩やかにページがめくられる音が響き、傍らには無言で佇む咲夜もいる。

 テーブルの上には紅茶とクッキーが置いてあり、雰囲気は穏やかなお茶会だ。

 ただ、開催の場が重々しい大図書館内でなかったらだが。

 

「じゃあ、紫もやしって呼ぶね」

「それはやめなさい」

「えー、好きに呼んでいいって言ったじゃん」

「撃つわよ?」

 

 パチュリーは本を読んだまま、右手をこちらに突きつけた。

 涼しい顔つきで魔力を高めている事から、どうやら彼女は本気のようだ。

 傍にいる咲夜は、従者らしく傍観の構えを見せる。

 お腹の前で綺麗に指を揃え、伏し目がちに立っていた。

 思ったより、私の呼び名は気に食わなかったらしい。

 仲良くなるためのジョークだったのだが、難しいものである。

 そもそも、この呼び名を考えたの私じゃないし。

 

「わかったわかった。じゃあ、パチュリーって言うよ」

「わかればいいの」

「あ、咲夜は咲夜って呼んでるけど、大丈夫?」

「構いません」

 

 右腕を下ろして読書を再開するパチュリーと、事務的な口調で肯定した咲夜。

 明らかに、二人は私と仲良くする意思表示を感じさせていない。

 レミリアの指示だから仕方なくここに招いた、といった雰囲気がひしひしと伝わってくるのだ。

 それもそうだろう。

 紅魔館は異変を起こしたばかりであり、また霊夢や魔理沙に退治されたばかりでもある。

 勝負の内容は引きずっていないだろうとはいえ、そこに得体の知れない妖怪一匹。

 警戒しないと思う方が、無理な話だ。

 しかし、今後のためには彼女達の協力が不可欠で、私個人としても仲良くしたい。

 その第一歩として、雑談を試みよう。

 パチュリーから借りた学術書を読みながら、私は二人に問いを投げかける。

 

「二人は好きな食べ物とかある?」

「ない」

「ありません」

「じゃあ、好きなものは?」

「静かな時間」

「お嬢様方です」

「そ、そうなんだぁ。私はね、きゅうりが好きなんだよ」

「興味ないわ」

「左様でございますか」

 

 ……会話が続かない。

 特に、パチュリーのサバサバとした反応。

 あまりにもおざなりすぎて、悲しみを通り越して笑いが出そうだ。

 嫌われているというより、本当に欠片も興味が窺えない態度である。

 こんな時、文が側にいてくれれば、巧みな話術でコミュニケーションを広げていただろう。

 しかし、彼女はなにやらやる事があると告げ、今朝方妖怪の山に帰ってしまった。

 これ以上面白いネタがないと思って逃げたのか、はたまた本当に用事があったのか。

 どちらにしても、この館に文はいないのだ。

 ……仕方ない。

 これ以上の無駄話はやめて、さっさと本題に入る事にしよう。

 パタンと本を閉じると、ここに来てから初めてパチュリーが目を上げた。

 注ぎ直された紅茶を口に含んだ私は、冷徹な七曜の魔女に尋ねる。

 

「レミリアから話は聞いているよね?」

「ええ、妹様についてでしょう?」

「そう。レミリアの妹についてで、私はここにいる。とりあえず、まずは魔女殿の見解を聞かせてもらおうかな?」

 

 意趣返しも込めて不敵に微笑めば、パチュリーは瞳の中の湖畔を波打たせた。

 微かに目を細め、膝の上で本を閉じると口を開く。

 

「……そうね。私達の認識のすり合わせは必要かしら」

「魔法面のアプローチではどうなの?」

「ダメだったわ。レミィに言われて調べてみたりしたけど、妹様の狂気を取り除く方法は見つからなかった」

 

 自分の至らなさが悔しいのか、下唇を噛んで目を伏せたパチュリー。

 ほとんど動かない表情を見ていたから、てっきり彼女には情がないのかと思っていた。

 いや、なくはないのだろうが、少なくとも感情を乱すほどではないと考えていたのだ。

 魔法使いとは、常に冷静な思考が必至である。

 人間のように心を揺り動かしてしまえば、たちまち魔の深淵へと引きずり込まれてしまうだろう。

 私はそう教えられたし、実際知り合いの魔法使いはそう実践していた。

 しかし、目の前のパチュリーからは、僅かだが人間らしい部分が見えている。

 魔法使いからすれば、落第もいいところなのだろう。

 ただ、私はこちらのパチュリーの方が、先ほどの澄ました顔より好きだ。

 自然と柔らかい笑みを浮かべ、心を乱した魔女へと告げる。

 

「問題ないよ。私とパチュリーが力を合わせれば、なんの心配もいらない。だって、目の前にいる魔法使いは、私が知る限り最高の魔女だからね」

「……随分と、持ち上げるわね。貴女に魔法を見せた事なんてないのに」

「見なくたってわかるよ。レミリアの妹のために、こんなに一生懸命になれるんだから、パチュリーは最高の魔女に間違いないって」

 

 パチュリーの膝の上に視線を移す。

 本のタイトルには、精神面の魔法について書かれてる。

 先ほどから、パチュリーが私に適当だったのはこのためだ。

 よく見れば目の下のクマが濃くなっており、それこそ寝る間を惜しんで方法を模索していたのだろう。

 魔法使いに睡眠が必要だったのかまでは知らないが、少なくともパチュリーは顔に表れるほど頑張っていた。

 こんな健気な姿を見て、パチュリーの力量を信じられないだろうか。

 いや、そんなはずはない。

 誰がどう言おうと、私はパチュリーを信頼できる。

 そんな風に考えていると、最高の魔女は呆れた様子でため息をつく。

 しかし、緩やかに綻んでいる口元を見れば、彼女の心境を察せるだろう。

 

「レミィが連れてきた妖怪は、変わっているわね」

「そう?」

「そうよ。咲夜だって、そう思うわよね?」

 

 水を向けられた咲夜は、目を瞑ったまま小さな微笑を零す。

 そこには、先ほどまでの固い雰囲気はなく、どこか隙が垣間見えていた。

 

「パチュリー様の仰る通りですわ」

「まあ、たしかに私は色々と変わっていると思うけども、なんか釈然としない」

「みずは様」

「んー……って、名前」

 

 咲夜の呼びかけに、私は驚きで目を見開く。

 つい先ほどまで、彼女は私の事をフルネームで呼んでいたのだ。

 その事も距離を感じると思った理由だが、今の咲夜は下の名前を告げた。

 これは、少しは私を認めてくれたのだろうか。

 自然と嬉しくなっていると、瀟洒なメイドは数瞬、従者としてではなく、一人の少女としての顔を見せつける。

 気品溢れるお辞儀ではなく、真心が篭った暖かみのある礼をしたのだ。

 

「どうか、妹様をよろしくお願いいたします」

 

 もちろん、言われるまでもない。

 一度やると決めたのなら、なんとしてでも遂行するのが私のポリシーだ。

 しかし、やはり誰かに頼まれるのは、気持ち的にも嬉しい。

 頬を緩めた私は、腕を振り上げて気合を入れていく。

 

「おっけー! このみずはさんにまっかせなさーい!」

「不安ね」

「ちょ、出鼻をくじくような事は言わないでよー」

 

 口を尖らせてそう返した私に、パチュリーはジト目を向けた。

 いや、普段からジト目気味の眼差しだが、更に呆れた色が増したというか。

 ともかく、肩に垂れる髪を払ったパチュリーは、膝の本をテーブルの上に置く。

 

「まあ、いいわ。それより、早く始めましょう」

「……そうだね。じゃあまず、私達の考え教え合おうか」

「妥当ね。貴女の見解も聞かせてもらうわ」

 

 こうして、私達は様々な本や資料を開きながら、対談していくのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──こんなものかしら」

 

 手元のペンを置き、そう呟いたパチュリー。

 眉間の間を指で挟み、俯き気味に疲れた様子を見せる。

 対して、私も背筋を逸らして、ボキボキッと凝り固まった身体を鳴らす。

 一瞬で注がれた咲夜の紅茶を飲み、ふぅっと一息つく。

 

「とりあえず、大まかにはまとまったかな」

「お疲れ様です」

 

 咲夜が労いの言葉を掛けてくるが、個人的にはそこまで大変ではなかった。

 やはり、パチュリーという視点があったからだろう。

 普段では手に入らない、魔法使いとしての話は非常にためになったのだ。

 技術者としてはむしろ、礼を言いたいほど充実した時間だった。

 紙に書かれた内容を見とがめ、私は笑みを浮かべる。

 

「さて、パチュリー。少し休憩したら早速始めようか」

「ええ、そうね。早く、妹様には自由でいてもらいたいもの。そのためには、一分一秒を惜しんでいてはいけないわ」

「──進んでいるようだな」

 

 瞳に決意を秘めたパチュリーに、第三者の声が投げかけられた。

 声の方向に目を向けずともわかる、カリスマに溢れた言葉。

 緩んでいた辺りの雰囲気が、ピンと張り詰められた糸のように固くなる。

 自然と、休んでいた脳の回転も急稼働を始めてしまう。

 それほどまでに、彼女の言葉一つには、気を抜けない魔性が込められていた。

 私達の注目を一身に浴びる中、泰然と歩む吸血鬼──レミリアが口角を上げる。

 

「レミィ、起きたのね」

「大切なフランの転換期に、おちおちと就寝する事はできないからな」

「お嬢様、今はまだ陽が」

「いい」

 

 慌てた様子で駆け寄ろうとする咲夜を、レミリアは手で制して私に目をやった。

 綺麗な紅い瞳は揺れているが、表面上は凛とした姿勢を崩していない。

 虚偽は許さないといった刃物のような眼差しで、レミリアは腕を組んで口を開く。

 

「どうだ?」

「うーん、理論上は大丈夫だと思うけど」

「思うけど、だと?」

「わぁお……」

 

 剣呑に光る、レミリアの瞳。

 小さな身体から妖力を膨れ上がらせていき、私達から発言の意を奪う。

 大図書館に重苦しい圧が落とされる中、レミリアは解いた右手を上に向け、なにかを持つように握り締めた。

 そして、私の目を真っ直ぐに見つめ、大胆不敵に笑いかける。

 

「胸を張れ。発言には自信を持て。お前は、この私が見込んだ妖怪だぞ? 思うけど、ではない。お前なら必ず、成功する……いや、成功させろ」

 

 レミリアの言葉を聞き、私ははっと大事な事を思い出した。

 自分の理論に自信がないなんて、私らしくない。

 実験はトライアンドエラーが常だが、毎回その理論を信じて実践していたではないか。

 失敗したらなにがダメだったのか調べ、次の実験時には必ず成功すると確信を持つ。

 そうやって、いつも自分の力を信じていたのだ。

 発案者の私が信じなくて、誰がこの理論を信じられるだろうか。

 他人がどう思おうと、この理論では無理だと言おうと、私だけは信じ切るべきだ。

 

「……うん、そうだね。多分でも、恐らくでもない。絶対、大丈夫。それに、天才な私だからね、レミリアの妹をなんとかするぐらいわけないよ」

「それで、いい。お前はただ、確定された結末(運命)を紡げ」

 

 ニヤリ、と互いに笑みを向け合う。

 なんとなく、レミリアと通じ合った気がする。

 言葉を介さずにも理解したというか、心の中で思った内容は同じだろうとか。

 初めて、孤高な吸血鬼を身近に感じた。

 そんな事を考えながら、私は笑顔にからかいの色を混ぜる。

 

「ところで、レミリア」

「なんだ?」

「随分と、可愛らしいパジャマを使ってるんだね」

「はっ?」

 

 なにを言っているんだこいつ、といった様子で眉根を寄せたレミリアだったが。

 直ぐになにかに気がついたのか、さっと顔色を青ざめさせて自分の服を見る。

 恐らく、普段起きない時間だったから、寝ぼけていたのだろう。

 カリスマ一番、と書かれたピンクのパジャマを着ていた。

 

「あ、あ、あ、あ……」

「たしか、それってレミィが自分の威厳を見せつける日の前日に着る、いわゆる勝負服よね」

「はい。お嬢様は客人に舐められぬよう、就寝前にこれを着込んで己を見つめ返すのです。吸血鬼としての振る舞いを再確認するために」

「たまに着て練習していたのは、そういう事だったのね。いつもはネグリジェだったから、ちょっと新鮮だわ」

 

 合点がいった素振りで頷いたパチュリーを尻目に、レミリアは咲夜を睨む。

 若干涙目なのは、ご愛敬といったところか。

 

「何故教えなかった!」

「申し訳ありません。忘れておりました」

「そんなはずはあるか!」

「お似合いですよ、お嬢様」

 

 いきり立つレミリアと、どこかズレた回答をする咲夜。

 突然の喜劇が始まり、思わず呆気に取られていると、苦笑いしたパチュリーが教えてくれる。

 

「狙ってるのか素なのかわからないけど、咲夜って時々レミィをからかうのよね」

「からかうって、主従なのに?」

「主従なのに」

 

 なんというか、意外だ。

 今まで私が感じていた咲夜像は、まんま完璧で瀟洒なメイド。

 主に絶対忠誠で、敵対者には容赦がない冷徹な機械。

 しかし、威厳が消えたレミリアと戯れるその姿は、どこか人間味を感じさせる。

 ……人間味というより、抜けているというか。

 ともかく、私の咲夜に対する印象が変わったのは間違いない。

 

「直ぐに着替えを持ってきなさい!」

「既に取り揃えております。どの服にいたしますか?」

「ぐっ……はぁ」

 

 アフターフォローが完璧なだけに、怒るに怒れないのだろう。

 深いため息を漏らした後、レミリアは咲夜が持つ服の一つを手に取る。

 なお、揃っていた服の中に可愛らしい洋服があったが、レミリアは見向きもしなかった。

 

「お嬢様。僭越ながら、こちらの方が似合うと愚考いたします」

 

 黒を基調としたゴスロリ服を勧める咲夜。

 誇り高い吸血鬼が着るべきでない、とでも思ったのだろう。

 レミリアは目を据わらせ、忠実な下僕を睨めつけている。

 対して、完璧なメイドは大真面目な顔つきで、じっと主が頷くのを待っていた。

 無表情ながらも、この服を着て欲しい、といった切実な雰囲気を漂わせながら。

 

「おい……」

 

 ひくりとこめかみが動いたレミリアは、口元を震わせ始める。

 全身から威圧感が立ち上り、明らかに怒り爆発五秒前だ。

 

「さて、私達は避難しましょうか」

「いいの?」

「いいのよ。いつもの事だから」

 

 思ったより、紅魔館って平和なのだろうか。

 レミリアはカリスマブレイクしたし、なにより咲夜のギャップが凄い。

 魔法で私達が座っている椅子を動かすパチュリーを尻目に、私は遠ざかるレミリア達を呆れて見つめていた。

 

「……レミリアって、オチ担当なのかな」

「さあ?」

「咲夜ぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 馬鹿でかい重圧が襲いかかるのだが、私達は揃ってため息を漏らす。

 ここに来て間もない私でも、レミリアの苦労がなんとなく察せられる。

 とりあえず、咲夜には要注意しよう。

 それより、魔法について詳しく聞きたい。

 レミリアが来るまで、時間ができたし。

 

「興味があるから、魔法の理論を教えてくれない?」

「まあ、構わないけど」

「じゃあ、よろしく!」

 

 レミリアの暴れる音を耳に入れながら、私はパチュリーから魔法講義を受けるのだった。

 

 

 

 

 




レミリアさんごめんなさい……。

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