転生河童の日常譚   作:水羊羹

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第七話 吸血鬼からの招待状

 夕陽が沈み、月が顔を出す。

 幻想郷は闇に包まれ、人間は妖怪を恐れて家に籠る。

 対する幻想の存在達は、この時を待っていたと言わんばかりに闊歩していた。

 逃げ遅れた人間はいないか、呑気に出歩いている間抜けは見つからないか、と。

 妖しい空気がそこかしこで流れる中、私達は瀟洒なメイド──咲夜に連れられ、紅魔館の前まで赴いていた。

 月光を浴びて泰然と佇む紅い館は、全ての存在を歓迎するかのようだ。

 同時に、足を踏み入れて生きて帰れると思うな、といった恐ろしげな雰囲気も伝わってくる。

 

「いやー、荘厳ですねぇ」

 

 パシャパシャと写真を撮っているのは、記者の顔を張りつけた文だ。

 用があるのは私だけなので、彼女がここに来る必要はなかったのだが。

 なにやら面白そうな匂いがする、なんて言葉と共についてきたのだ。

 まあ、私は別にどちらでも良かったのだが、咲夜があまり良い顔を見せなかった。

 ただ、あらかじめレミリアから仰せつかっていたのか、文の加入を拒否しなかったが。

 

「お待たせいたしました。ただ今より、滝涼様方をご案内いたします」

「はいはい。よろしくねー」

 

 無言で頭を下げる門番──美鈴に見送られ、私達は悪鬼蔓延る悪魔の館へと足を踏み入れた。

 妖精さんの視界越しに見ていたので、ある程度は察していたが。

 やはり、内装も紅ばかりであった。

 普通なら気味悪い配色と思うのだろうが、不思議とそんな気持ちは抱かない。

 頭にレミリアの姿が浮かぶからか……いや、もっと根本的な物だろう。

 エントランスに入ってから私目がけて送られている、喉元に真紅の槍を突きつけられているかの如き、深みがあって威厳に満ちた威圧。

 隣にいる文がいつも通りな事から、この威圧の主は精密なコントロールで、私だけに悟らせているようだ。

 恐らく、レミリアがプレッシャーを放っているのだろう。

 この程度なんともないだろう──そういった、彼女の言葉が嘲笑と共に思い浮かぶ。

 実際、常人なら失禁してショック死しそうな圧迫感だが、紫や幽香といった大妖怪を知っている私からすれば、鼻歌を歌いながら受け止められる。

 やっぱり、嘘。

 まだまだ余裕なのは間違いないが、流石に鼻歌をするほどのものではない。

 

「かりちゅまじゃなかったか……」

 

 思わず呟きが漏れると、身体にのしかかる威圧感が増した。

 どうやら、レミリアに勘づかれてしまったらしい。

 うーうー言っているレミリアを、こっそりと見てみたかったんだけどなぁ。

 小さな吸血鬼が頑張っている姿を、こう微笑ましく眺めるような感じで。

 残念だ。

 内心で気落ちしていると、無言で案内していた咲夜の足が止まる。

 

「到着いたしました」

「君の案内はここまで?」

「はい。中で、お嬢様がお待ちです」

 

 そう告げると、もう話す事はないと示すように。

 咲夜は目を伏せてドアを開き、慇懃にお辞儀を披露した。

 隣で頻りにペンを動かす文を見て、私はため息を漏らす。

 相変わらず、文は全く意に介した様子はない。

 これから当主と会うというのに、この図太さは見習いたいものだ。

 まあ、メインは私だから、文自身は気負っていないだけなのだろうが。

 

「さあ、早く行きましょう!」

「はいはい。あ、案内ありがとねー」

 

 咲夜にお礼を言いながら、私達は部屋に入った。

 内装は玉座の間のようになっており、豪華な椅子が視線の先にある。

 煌びやかな真紅の玉座で、そこに一人の少女が座っていた。

 蒼ががった銀髪は月光を纏い、辺りに神秘的な雰囲気を漂わせている。

 椅子とは不釣り合いな、小さな体躯。

 しかし、私はもちろん、文ですらその姿を侮る事はできない。

 質量を伴った威圧感──今までのが児戯だと思わせるほど、感じるプレッシャーには重みがあった。

 髪から零れ落ちた光を絡めとり、魔性の輝きを秘めさせる真紅の双眸。

 妖しく揺れる魔眼を細めると、紅い悪魔は悠然と笑みを浮かべる。

 

「歓迎しよう。幻想郷の妖怪達よ」

 

 肘掛けに頬杖をつき、傲慢に振る舞った吸血鬼──レミリア。

 友好的な挨拶とは反対に、瞳からはありありとこちらを嘲る色が見えている。

 いや、あえて見せつけているのだろう。

 大妖怪特有の仮面を、レミリアは被らない。

 何故なら、彼女は吸血鬼だからだ。

 孤高で、誇り高く、高慢であり──そして、気高くもある。

 建前でも、自分を下に置かない。

 常に全ての存在を見下し、傍若無人に嗤う。

 レミリアはそう考えていると、根拠もなく私はそんな確信があった。

 横目で窺ってみれば、笑顔の文の額から一筋の冷や汗が垂れていた。

 霊夢に退治されたから、侮っていたのだろう。

 所詮、博麗の巫女に負けた弱小の妖怪だ、幻想郷に逃げ込んだ負け犬だ、と。

 しかし、実際のレミリアを目にした文は、その考えを改めせざるを得なかったはずだ。

 彼女も、自身に並ぶ大妖怪だ、と。

 ……まあ、私だって、長年を生きた妖怪である。

 人並みにプライドもあるし、また侮られる事を良しとしない。

 ここは一つ、吸血鬼と楽しいお話と洒落こみましょう。

 

「歓迎ありがとーございます。しがない河童ごときに用があると聞きましたが、何用で?」

 

 あえて気安い口調を心がけ、おざなりに手を挙げて反応を窺う。

 文がギョッとこちらに目を向け、信じられない者を見るような眼差しを送ってくる。

 確かに文の前では、こんな挑発的な行動をした事はなかった。

 いや、一度だけあったか。

 あの時は挑発的というより、ただの無知であったが。

 ともかく、私の行動を見たレミリアは、片眉を上げて足を組む。

 同時に、瞳の中で苛烈の意思を宿し始め、険が乗った口調で告げる。

 

「これはこれは。どうやら、貴様は礼儀を知らない愚者のようだ」

「いやいや。私は呼ばれた側で、君が呼び出した側。つまり、本当は君が私に礼を尽くす場面だからね? むしろ、初っ端から殺気を叩きつけてきてびっくりしたよ」

「ほぅ……それが、貴様の言い分か?」

「言い分もなにも、マナーの話」

 

 へらへらと笑って告げるたびに、レミリアの目つきが険しくなっていく。

 対して、私は気にせず、大仰に両手を広げて言葉を繋ぐ。

 先ほどの文のような、きめぇ丸の表情を意識して。

 

「あんまり言いたくないけどさ、私は君より歳上だと思うんだよね。先輩なの。そっちこそ、少しは立場を弁えたらどう?」

 

 レミリアの妖気にあてられたからか、どこか身体がふわふわする。

 自分の想定以上に鋭い言葉が飛び、また胸中で愉悦を沸かせていく。

 私には、レミリアに殺されない確信があった。

 この場で短絡的に手はくださないだろうし、仮に殺しに来られても凌ぐ自信がある。

 それに、私に大切な用があるのだから、この場で戦闘にはならないだろう。

 保証された命をベットに、私は今の状況を思う存分堪能していた。

 まあ、若干罪悪感はあるが、それ以上に楽しい。

 ()()レミリアと、こんな愉快な舌戦を繰り広げられるのは。

 小物のような残念な思考なのは、ご愛敬だ。

 こっそりと笑んでいると、レミリアは手で顔を覆って哄笑を上げる。

 

「……くくっ、この私に説いてきたか。たかが木っ端妖怪が、誇り高い吸血鬼である──この、レミリア・スカーレットにッ!」

 

 瞬間、紅魔館が激震した。

 地響きがとめどなく訪れ、室内の壁に巨大な亀裂が走っていく。

 レミリアの背に紅い満月を幻視し、感嘆した私は殺意の眼差しを感じ取る。

 黙り込んだ彼女の顔に視線を転じると、指の隙間から覗く鮮烈な真紅の眸が、こちらを鋭利に射抜いていた。

 思わず、膝をつけて頭が垂れそうになる。

 自然と目の前の吸血鬼を仰ぎ、産まれた事を後悔しながら自決したい衝動に駆られてしまう。

 黙ってやり取りを聞いていた文も、微かに足が折れかけていた。

 しかし、直ぐに気を強く持ち、感情を窺わせない笑顔に戻るのは、流石だと言うべきだろう。

 私達を戦慄させた部屋の主──レミリアは、濃密で禍々しい殺気を放出していた。

 想像以上だ。

 これほどの殺気を放つ妖怪が、たかだか五百年しか生きていない?

 冗談ではない。

 妖怪は、年月を経て強くなっていくのだ。

 それは、私はもちろん文だって、紫ですら例外ではない。

 しかし、目の前にいる吸血鬼は、年齢に見合わない風格を纏っていた。

 

「これが、吸血鬼……」

 

 口の中で言葉を転がし、思わず苦笑いを漏らす。

 甘くみていなかったと言えば、嘘になる。

 前世の知識もあり、どこかレミリア自身を侮っていた。

 つい最近、別の吸血鬼にやられたばかりなのに。

 我ながら情けなくなり、同時に胸の内から別の感情が顔を覗かせ始める。

 甘く抗いがたい、戦闘欲求が。

 

「──ッ!」

 

 口内を噛み締め、己の欲望を抑える。

 もう、懲りたではないか。

 死闘は楽しかったが、あんな痛い目には遭いたくない、と。

 ほどほどの平穏と、たまの刺激で良いと自分に誓ったではないか。

 やるならば、弾幕ごっこだ。

 紫の思惑とも合致するし、ちょうどいい塩梅で戦える。

 だから、我慢をしなければ。

 そう感情を鎮めていると、レミリアは顔を上げて口を開く。

 いつの間にか、痛いほどの殺気は消え失せていた。

 

「お前、名は?」

「メイドから聞いてないの?」

「二度は言わせるな。私の気は長くないぞ」

「……はぁ、降参降参」

「なに?」

 

 これ以上の問答は、無駄であろう。

 レミリアの凄さは身にしみてわかったし、あまりやりすぎるのも問題だ。

 対抗して噴出していた妖力を引っ込め、苦笑いを零した私は恭しく礼を示す。

 

「流石、誇り高い吸血鬼なだけはあります。紅い悪魔(スカーレットデビル)に心からの敬意を」

「ふんっ。見え透いた世辞はいらん」

「これは失礼いたしました。私の名は滝涼みずは。妖怪の山に住んでいる、しがない河童であります」

「滝涼、みずは……」

 

 噛み締めるように復唱したレミリアは、次に文の方へと目を向ける。

 込められた意に気づいたようで、天狗の少女は朗らかな笑顔で言う。

 

「申し遅れました。私は射命丸文。記者をしております」

「記者か。ふむ……咲夜」

 

 その言葉に、考え込む素振りを見せていたレミリア。

 暫くしてなにか思いついたのか、両手をパンパンと鳴らして咲夜を呼ぶ。

 すると、唐突に咲夜が現れ、手に持つ新聞紙をレミリアに渡す。

 

「こちらです、お嬢様」

「下がっていいぞ」

「御意」

 

 幻のように消え失せた咲夜を尻目に、レミリアは新聞紙を広げて目を走らせていく。

 こちら側から見える文面によると、どうやら文が執筆している文々。新聞のようだ。

 自信があるのだろう。

 文は胸を張っており、レミリアの言葉を尊大に待っている。

 やがて、新聞紙を閉じたレミリア。

 自慢げな文の表情を見つめたかと思えば、ニヤリと悪鬼の形相を浮かべる。

 

「鍋敷きには使えそうで、中々良かったぞ」

「な、鍋敷きっ!?」

「喜べ。私が定期的に購読してやろう。泣いて小躍りしたくなったか、ん?」

「い、いや……えっと、ありがとうございます」

 

 額に青筋が浮かびそうになっていたが、文は見事な笑顔で頭を下げた。

 どのような用途に使われようと、鋼の意思で我慢する記者の鑑。

 目頭が熱くなってしまう。

 密かに文に同情している私に、新聞紙を脇に置いたレミリアが声を掛ける。

 

「さて、茶番は終わりだ。本題に入るが構わないな?」

「ええ、もちろんです」

「お前も知っているかと思うが、呼び出した内容は私の妹……フランについてだ」

 

 やはり、フランドールか。

 私に用があるとしたら、彼女を置いて他にないだろう。

 私達の間に漂う雰囲気が固くなったのを感じたのか、蚊帳の外の文は静かに静観するようだ。

 微かに目を伏せた後、レミリアは威厳に満ちた顔つきで口を開く。

 

「私が異変を起こした時、お前はフランの部屋にいたな?」

「……なんの事でしょうか?」

「惚けても無駄だ。フランの部屋にお前の残骸が落ちていたからな。それに、お前の右目からはフランの力を感じる」

 

 目を細めたレミリアの視線の先は、私がつけている眼帯にあった。

 フランドールの能力を受けた残滓が、私の右目に残っていたのだろう。

 察知能力の高さは流石だ……いや、フランドールの姉だから気がついたのか。

 家族の力を、感じられないはずがない。

 頭を掻いた私は、右目を撫でて頷く。

 

「ご明察です。それで、無断侵入した私を罰するために呼んだのですか?」

「……否、それは違う」

 

 返答までに、間があった。

 口篭ったように言葉を転がし、逡巡した様子で目を泳がせているレミリアからは、先ほどまで醸し出ていた重い貫禄が感じられない。

 

「では、何故?」

 

 言葉を選んで端的に尋ねると、頬杖を解いて目を瞑ったレミリア。

 両手で肘掛けを握り、ビキリと亀裂ができる。

 なにかと戦っているのか、引き締められた表情は深い苦渋の色を帯びていた。

 数瞬今までで一番の妖気が放たれ、直ぐにレミリアの身体に戻る。

 次に瞳を開いた時には、真っ直ぐに私を見つめていた。

 

「私には、運命を操る能力がある」

 

 紅い悪魔としての威容が、紅魔館の当主としてのプライドが、剥がれ落ちていく。

 ゆっくりと玉座を下りた一人の吸血鬼は、気品溢れる所作でこちらに近寄る。

 

「お前の残骸に触れた時、私はある運命が見えた」

 

 徐々に、レミリアの見せつける貌が変わる。

 大きい姿だと錯覚していた体躯が小さくなっていき、私の前にたどり着いた時には、幼い少女にしか見えなくなっていた。

 

「お前と私とフランの三人で、笑い合う未来だ」

「……それで?」

 

 問うと、レミリアは唇を噛み締めた。

 一筋の血が垂れ、先ほどまでの優雅さが微塵もない。

 大きく深呼吸をした後、レミリア──妹を思う一人の姉は、私に向かって頭を下げる。

 

「頼む。フラン……あの子を救ってほしい」

 

 思わず目を見開き、動揺を露わにしてしまう。

 まさか、レミリアが私に頭を下げるとは。

 さっきまで感じていたのは、吸血鬼らしく冷酷で傲慢な姿。

 しかし、今はどうだ。

 肩を震わせて私の返事を待つ様子は、なにかに怯える幼子のようではないか。

 いや──違う。

 レミリアの本当の姿は、これなのだろう。

 誇り高い吸血鬼だから、紅魔館の主だから、なによりフランドールの姉だから。

 精一杯虚勢を張って、自分が舐められないようにする。

 部下の品位を落とさないために、幻想郷で自分達の居場所をなくさないために。

 ああ、私はなにを見ていたのだ。

 目の節穴さに、反吐が出る。

 先ほど、レミリアは五百年しか生きていない、と思ったばかりではないか。

 彼女の本質を見抜けず、こうして大切な誇りを汚してしまった。

 額に手を置き、天を仰ぐ。

 初めは、好奇心だった。

 原作キャラだとはいえ、所詮は対岸の火事。

 フランドールがどうなろうと、言い方は悪いがどうでもよかった。

 だから、私がフランドールにちょっかいをかけた時、自分本位の野次馬的思考だったのは否めない。

 しかし、しかしだ。

 高潔なイメージのある吸血鬼が、我が儘で横暴で──そして、孤高であるレミリアが。

 たった一人の妹のために頭を下げて、私に助けを乞うているのだ。

 ここまでさせたのに彼女の願いを無碍にするほど、私は落ちぶれていないつもりだった。

 

「頭を上げて」

 

 もう、レミリアには挑発的な口調も、礼を示した他人行儀も必要ない。

 その言葉にこちらを見上げた彼女へと、私は本心からの笑みを向ける。

 

「一緒に、貴女の妹を助けよう」

 

 そう告げて手を伸ばした私を見て、レミリアは微かに目を丸くした後。

 

「──ありがとう」

 

 柔らかく、破顔した。

 私の手を大切そうに握り、瞳に涙を湛えながらも微笑んでいる。

 その嬉しそうな笑顔は、少女らしい可憐な物であった。

 

 

 ▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●▼●

 

 

 咲夜にみずは達を案内させ、室内に一人取り残されたレミリア。

 玉座に戻って座り、肘掛けに手を置く。

 

「……滝涼みずは」

 

 レミリアの脳裏に過ぎる、飄々とした片目の少女。

 こちらを試すような真似をしたかと思えば、今度は本心から敬意を示してきた。

 また、レミリアに合わせて迸らせていた妖力。

 吸血鬼である自身をして、油断できないほどの物であった。

 あらかじめ入手していた情報では、河童にあそこまでの力はない。

 むしろ、彼等は手先の器用さが警戒する要素のはずである。

 明らかに、みずはは河童の中でも異質であった。

 

「それに、あの天狗」

 

 みずはに気が向かいがちだったが、文も底知れない雰囲気だった。

 上手くみずはの妖力に紛れ込ませていたようだが、レミリアはしっかりと見抜いている。

 文も、みずはに並ぶほどの強さを持っていると。

 幻想郷に来てから、レミリアは驚きの連続だ。

 胡散臭い幻想郷の賢者に、自身を退治した博麗の巫女。

 また、パチュリーから聞いた話によれば、自称普通の魔法使いが彼女を倒したと言うではないか。

 短期間で面白い者達に会え、そして今日の二人の妖怪。

 特に、レミリアが気になるのは、博麗の巫女と例の河童だ。

 博麗の巫女は、人間の可能性を魅せてくれたから。

 対して、河童は……

 

「面白いわ」

 

 レミリアは笑みを零し、窓から覗く月を見上げる。

 この部屋は夜しか使わないので、こうして窓が取り付けられていた。

 窓から月がよく見え、ここはレミリアのお気に入りである。

 残念ながら、今日は満月ではなかったが。

 しかし、レミリアの目には、不思議といつもより月が綺麗に映った。

 

「フラン……」

 

 近いうちに、妹と一緒に月を仰げるだろうか。

 昔、フランドールが地下室に行く前に、一度だけ二人で見上げた満月。

 思わず手を伸ばし、視界に納まる月を握り込む。

 もちろん、手のひらに月はない。

 届かないとわかっているのに、みっともなく幻想を掴もうとするなど──

 

「無様ね」

 

 自嘲を漏らして、右手を翳す。

 月光に照らされて影が差し、同時に手の輪郭が白く光る。

 子供のような、小さな手だ。

 しかし、吸血鬼としての力を加えれば、途方もない握力を生み出すだろう。

 妖怪の中でも、恵まれた種族。

 だが、他人が羨む能力があっても、フランドールは救えなかった。

 地下室に行くように告げる事しかできず、今でも彼女の寂しげな笑顔が思い浮かぶ。

 

「いつか、フランと一緒に……」

 

 頭を振って思考を切り替え、レミリアは玉座から降り立つ。

 未来ばかり考えていても、仕方がない。

 今考えるべき内容は、みずはと共にフランドールの狂気を取り除く事。

 最後にもう一度月を眺めた後、レミリアは部屋を後にする。

 主がいなくなった部屋を、月はいつまでも優しく照らすのだった。

 

 

 

 

 


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