転生河童の日常譚   作:水羊羹

2 / 14
第二話 慧音先生との歴史講習会

 にとりとの話し合いが終わった後、別れた現在の私は人里の中にいた。

 青のニット帽を被り、背中にはお馴染みのリュックを背負っている。

 私以外の河童は野球帽のような物を被っているが、個人的にツバつきの帽子は合わなかった。

 だから、こうして自作したニット帽を被っているのだ。

 何事もなくすれ違う人間を見て、私は口角を吊り上げていく。

 

「ふむふむ。性能はばっちしだね」

 

 リュックの中に入っている、大きな金属球。

 この道具の性能テストを、今の私はしているのだ。

 妖怪の賢者である紫の能力を参考に造った、その名も妖怪誤魔化し装置。

 名前がそのままなのは、単に思いつかなかっただけである。

 この重い装置を使えば、なんと人間と妖怪の認識をズラす事ができるのだ。

 二つの境界を曖昧にしたと言ってもいい。

 ともかく、今日はその試作品の稼働テストをしている。

 結果は、上々。

 誰も、私を河童だとは思っていない。

 妖怪である私を避けないのが、良い証拠だ。

 

「後は、性能面の上昇と軽量化だね」

 

 これぐらいの重さなら、まだ問題ない。

 しかし、やはりもっと軽くしたいのだ。

 ゆくゆくは、アクセサリーのような形状にするのが目標である。

 まあ、当分は試行錯誤の毎日だろう。

 それはそれで、楽しいのだが。

 

「んー」

 

 人里を観察しながら、私はこの後どうするか悩んでいた。

 このまま店に入るのもいいが、あいにく人里で使えるお金は持っていない。

 この状態でやりたい放題すれば、ただの食い逃げや万引きになってしまう。

 妖怪だからこそ、人間でのマナーは守るべきだ。

 目をつけられないためなのもそうだし、なにより人間は盟友だからね。

 自分から裏切るような真似は、しない。

 

「どうしよっかなぁ」

 

 あ、そうだ。

 人里には、あの人がいるのではないだろうか。

 原作前だが、彼女は随分前から人里にいた気がする。

 他にやる事もないし、早速会ってみよう。

 思考で足を止めていた私は、向きを変えて歩みを再開するのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「お、いたいた」

 

 私が向かった先は、寺子屋である。

 十中八九いるとは思っていたが、外にいるとは運がいい。

 わざわざ中に入らなくて済むし。

 思わず笑みを零した後、私は寺子屋の前を掃除していた彼女の元に近づく。

 途中で、彼女の方も気がついたのか。

 振り向いて笑顔になったのだが、直ぐに怪訝げな面持ちに変わる。

 そして、最後には完全に警戒した顔つきへと変化。

 

「止まれ」

 

 端的にそう告げると、手を突き出して牽制する女性。

 青がかった綺麗な銀髪を揺らしながら、油断ない態勢を取っていた。

 ただ構えているだけに見えるが、その引き締められた厳かな形相。

 不動の仁王の如く佇んでおり、彼女からは人里を護るという気迫が迸っていた。

 これは、あまり刺激するとまずい。

 なにが彼女の逆鱗に触れたのかわからないが、私は大人しく指示に従う。

 手を上げて敵意がないのを示し、ゆっくりと穏やかな口調で告げる。

 

「落ち着いて。私は、貴女を害するために来たわけじゃない」

「嘘をつくな。お前は妖怪だろう。こうして、私の元に来たのがその証左だ」

「っ……わかるの?」

 

 目を見開いた私は、思わず尋ねかけていた。

 まさか、女性に見破られるとは。

 人間には効いていたから、と油断していたか。

 そもそも、彼女は人里の守護者だ。

 気配察知や勘の鋭さは、長年人里を護っている経験から冴えているのだろう。

 むしろ、ただの試作品で、そう簡単に誤魔化せるわけがない。

 驚いている私に、女性は厳しい眼差しのまま頷く。

 

「ああ。お前からは、妖怪の臭いを強く感じる。どうやって人里に潜り込んだのかは知らないが、私の目が黒いうちはお前の好きなようにはさせん!」

「ちょ、ちょっと待ってって! 本当に、私に貴女と争う意志はないから!」

「問答無用!」

 

 私の言葉には耳を貸さず、手のひらから無数の弾を放ってくる女性。

 後ろに飛び退きながら空に浮き、私はそれ等を躱していく。

 スペルカードが浸透していないからか、女性の弾幕には大きな力が込められている。

 当たれば、タダでは済まない。

 死にはしないだろうが、骨の数本は容易に持っていかれるだろう。

 だけど──楽しい。

 無意識に唇を舐め、小さく笑みを落とす。

 今のような緊張感はしばらくぶりだが、やはりたまにはこんな刺激も必要だ。

 弾幕ごっこが流行れば、もっと大っぴらにバトルができる。

 今から想像するだけでも、ワクワクした思いが湧き上がっていく。

 河童らしくない感情を抱いてしまうのは、私の性格だからだろう。

 まあ、楽しいからと言って、目の前の女性と真面目に戦うわけではないが。

 必要最低限の動きで、弾幕を避けながら女性へと突っ込む。

 

「なっ!?」

 

 まさか、真っ直ぐと自分の方に来るとは思わなかったのだろう。

 数瞬驚いたように固まるが、流石は人里の守護者である。

 直ぐに凜然とした様子に戻り、更に弾幕の密度を上げていく。

 あらゆる角度から迫りくるそれ等に、私は微かな隙間を見極めて入り込む。

 弾幕が肌を掠めて、痛みが走る。

 問題ない。

 この程度はかすり傷だ。

 地面スレスレまで滑空し、直後には鋭く上がって弾幕を回避。

 急制動から、落下。

 妖力を加速に使用した私の眼前には、目を見開く女性の顔が間近に映る。

 額に指を突きつけて、微笑を一つ。

 

「私の勝ち、かな?」

「……ああ、私の負けだ」

 

 私に害意がない事を理解したのだろう。

 ゆっくりと頷いた彼女は、苦笑を浮かべた。

 とりあえず、誤解は解けたようでなによりだ。

 残る問題は……

 

「目立っちゃったねぇ」

「しまった……」

 

 あちこちで穴が空いた地面に、遠巻きで様子を窺っている人間達。

 寺子屋の前で戦っていたのだから、さもありなん。

 むしろ、他に被害がないのが幸運なくらいだ。

 まあ、なんというか。

 ドンマイ。

 肩を落として項垂れた女性に、私は慰めのために無言で肩を叩くのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 二人で抉れた地面を埋め、野次馬の人達に問題ない事を教えた後。

 私は、女性の家に案内されていた。

 ちゃぶ台を挟んで向かい合わせに座り、彼女が急須を持つのを眺める。

 

「粗茶だが」

「いやー、悪いね」

 

 渡された湯のみを傾け、香り立つ緑茶を飲んでいく。

 喉越しがさらさらで、なんの抵抗もなく胃に美味が入り込む。

 これは、良いお茶っ葉を使っていそうだ。

 私の家にある安物より、比べ物にならないほど美味しい。

 今度、高級のお茶っ葉でも買ってみようか。

 自分しか使わないからいいや、と妥協していたのがもったいなかったかな。

 湯のみをちゃぶ台に置いて息を吐くと、目の前で正座している女性は小さく笑う。

 

「どうやら、気に入ってもらえたみたいだな」

「うん。このお茶、すっごく美味しいね。お茶請けにきゅうりが欲しくなるよ」

「きゅうりと言うと、もしかして貴女の種族は……?」

「あ、うん。私は河童だね」

 

 具体的な種族までは、わからなかったのだろう。

 ただ、妖怪だと気がついただけで。

 そもそも、河童は人里の中では珍しいと思う。

 基本は家に引き篭もって、自分の欲望を満たすために機械いじりしてるだけだし。

 まあ、私も似たような者なので、別に彼等を蔑視するつもりは毛頭ないが。

 あっさりと頷いた私を見て、女性はむぅと唸り声を上げる。

 

「済まないが、私は河童の事をよく知らないのだ。なにか気に触る事をしてしまったのなら、遠慮なく教えてほしい」

「おっけーおっけー。特にトラウマとかもないし、そこまで気にしなくていいよ。で、まずは名前から聞いてもいいかな?」

 

 手を振って笑いかければ、女性は居住まいを正した。

 凛と伸びた背筋は一本筋で整っており、彼女の実直な性格が窺える。

 一度も外されなかった綺麗な瞳と併せて、前世でのキャリアウーマンを思い出す。

 端的に表すと、女性が憧れる女性だ。

 内心でそう考えている私に、できそうな雰囲気が漂う女性が口を開く。

 

「これは失礼した。私の名前は、上白沢慧音と言う」

「慧音、ね。了解。私は滝涼みずは。好きなように呼んでね」

「では、滝涼と。それで、改めて私の元に伺った理由を聞きたいのだが」

 

 生真面目な表情で、そう尋ねてくる女性──慧音。

 よほど気になっているのか、こちらを見つめる視線は力強い。

 まあ、敵意がないとはいえ、いきなり妖怪がやって来たら警戒するか。

 こうして家に案内してくれるだけでも、慧音が妖怪に友好的だとわかるし。

 

「理由かぁ……特にないかな?」

 

 元々、慧音に会った理由は、試作品の稼働テストのついでだ。

 強いて言うのならば、原作キャラに会いたかったという野次馬的思考だろう。

 正直にそう告げると、慧音はかくっと肩を傾けた。

 

「な、ないのか」

「うん、ないね。まあ、後は慧音に会いたかったって理由ぐらい?」

「なぁっ!?」

 

 原作キャラ云々をボカして、追加の理由も話してみた。

 すると、目を見開いた慧音が、びっくりした声を上げる。

 瑞々しい白い肌は赤くなっており、表情全体に朱が差していた。

 さながら、今の慧音はトマト人間だ。

 意味もなく右手を上げ下げしていた野菜は、ワタワタと目を泳がせていく。

 

「そ、その、私に会いたかったというのは?」

「え? うーん……興味?」

「興味!?」

「実際の慧音がどんな感じなのか気になってたし、個人的にも好きな方だしね」

「好き!?」

 

 指を折って告げる私に合わせて、慧音は小気味よく合いの手を入れてきた。

 うん、まあ。

 恐らく初心だろうな、と思って少しからかいの意味もあったが。

 いくらなんでも、初心すぎではないだろうか。

 一々大袈裟に反応しているのを見ると、なんというか微笑ましくなる。

 身体を縮こまらせている慧音に、私は努めて優しい笑顔を向ける。

 

「慧音は、本当に可愛いね」

「かわっ!?」

「そんなに過剰反応して、褒められ慣れていないの?」

 

 ここまで言えば、流石に私がからかっていたのを理解したのだろう。

 呆けた顔を披露した後、瞬く間に眉尻を鋭く上げた慧音。

 目つきは険しく細められており、全身から剣呑な威圧が滲み出ている。

 あれ。

 もしかして、やり過ぎた?

 思わず頬を引き攣らせた私の肩に、ちゃぶ台から回り込んだ慧音が手を置く。

 

「あまり、人をからかうのは良くないぞ」

「い、いやー。慧音の言葉遣いが固いからさ、私なりのお茶目ってやつ?」

「だとしても、物事には限度というものがある」

「ごめんなさい」

 

 頭を下げて、謝罪の気持ちを示す。

 今の慧音の顔、笑っていたが、どこか攻撃的な意を含んでいた。

 怒っている、と一目で察せられる笑顔だ。

 流石に初対面ではしないと思うが、慧音と言えばお馴染みの頭突きは受けたくない。

 半妖とはいえ、半分は人外なのだ。

 そんな石頭を額に喰らえば、大して強くもない種族である河童の自分では、容易く意識が奪われてしまうだろう。

 妖怪だから、手加減などしないだろうし。

 表面上では神妙に、内心ではぷるぷると震えていると。

 

「……はぁ」

 

 ため息を漏らす音が聞こえ、恐る恐る顔を上げる。

 呆れた表情を浮かべた慧音と目が合い、嘆くように首を振られた。

 

「あ、あのー?」

「なんとなく、滝涼の性格はわかった。次はないからな?」

「いえっさー!」

 

 よくわからないが、お許しをいただけたらしい。

 ありがとうございます、慧音たいちょー。

 額に手を当てて敬礼をした私を見て、慧音はもう一度ため息をついてから、ちゃぶ台の前に戻る。

 自分でも、浮かれているのはちゃんと理解している。

 やはり、この世界に産まれて永年が経っても、初見の原作キャラに会うと嬉しい。

 前世の繋がりを感じるからか、はたまた美少女と知り合いになれたからか。

 理由の沙汰はわからないが……ま、そんな些事はどうでもいいだろう。

 私が思うのは、ただ一つ。

 慧音と知己になれて、幸運だという事だ。

 

「とりあえず、寺子屋について詳しく知りたいな」

「ん、なんでだ?」

「んー。授業内容とか、慧音の指導に興味があるからかな」

 

 慧音の授業は眠くなるらしいが、実際はどうなのだろうか。

 前世のはあくまでも、ただの知識だ。

 この世界との差異は当然あり、実際は凄く面白い授業内容なのかもしれない。

 それに、こういうのは何事も経験である。

 せっかくなのだから、気の赴くまま好奇心を満たしたい。

 思わず口元を緩めていると、顎に手を添えていた慧音が微笑む。

 

「では、私の普段の授業を体験してみるか?」

「おお、いいねいいね! ちなみに、慧音はなにを教えているの?」

「主に歴史だな。これでも、知識の方には自信がある」

「ほほぅ。じゃあ、早速慧音せんせーの博識を披露してもらいましょうか」

 

 リュックから紙とペンを取り出し、私はちゃぶ台に置いた。

 稼働テストで感じた事を書き溜めるため、メモの用意をしていたのだ。

 こんな形で役に立つとは思わなかったが、備えあれば憂いなしである。

 自然と期待に満ちた目になる私に、慧音は部屋にある本棚から書物を持ってくる。

 見聞を深めようとする私が好ましいのだろう。

 心なしか彼女の表情は柔らかくなっており、それ以上に瞳の中で使命感が渦巻いていた。

 

「滝涼に、歴史の良さを教えてあげよう!」

「ん? いや、そこまで真面目ってわけじゃなくて──」

「遠慮をするな。妖怪なのに、自らが学ぶその姿勢。私は感激したぞ!」

「──え、ええ?」

「さあ、心ゆくまで語り合おうじゃないか!」

 

 あれ。

 もしかして、なにか地雷を踏んだ?

 爛々と目を輝かせている慧音を見ると、やっちまった感が拭えない。

 ……今日、家に帰れるのだろうか。

 ちょっと後悔しながらも、私は慧音の眠気を伴う講義に耳を傾けていくのだった。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。