「艦長、間も無く浦賀水道航路に入ります」
「シロちゃんありがとう。ココちゃん、東京マーチスに通報お願い」
私、岬明乃。新たに晴風クラスの船となった沖風、もとい晴風に乗り込んでさっき横須賀を出港してきた。4月の時は通報とかは全部さるしまが引き受けてくれていたけど今回は独航。自分たちでやらなければいけなくて大変。やはり艦長の仕事は楽ではない。
「艦長!なにぼーっとしてるんですか!通報も完了したんですから早く転舵と速度の指示を!」
「あ、シロちゃんごめん……。速度は航路を出る直前まで維持で、針路は取り舵で針路200度、その後指示あるまで維持でお願い。この海域は船舶が多いから見合い関係注意して見張りもお願い」
「了解しました」
「にしても今日は浦賀水道空いててよかったですねー。はじめての独航で避航操船をここでやるのはなかなかしんどいですし……」
「そうだねココちゃん。出だしから悪くないんじゃないかな?」
「やっぱり艦長の運のお陰ですね〜」
「でもさっき通報の時ノイズが多いってちょっと言われちゃったけどね」
「それは私の運の悪さのせいです……」
「まあまあ艦長もシロちゃんも、とりあえず水道出るまでは気を張っていきましょう?」
一方その頃学校では。
「晴風は先ほど無事に航路に入ったとマーチスから報告がありました」
「ありがとう、古庄教官。ところであの子達は先程から引き続き実習に出発してもらったわけなんだけど……」
「何かあるんですか?」
「あなたも一緒に行ってみない?あなたもあの後怪我でしばらく入院してたわけだから。あの子達以外はもう実習を終えているから。あなたも付き添いで一緒に行ってあげて頂戴」
「そういう事でしたら喜んでお受けします。この後の航海計画だと大島フロート沖に錨泊のようなのでこれから向かいます。錨泊後の夜乗艦しようかと思いますが問題ありませんか? 」
「そこはあなたの好きにしていいわ、今からスキッパーで追いかけて乗り込むのだっていいのよ? 」
「いや……それは流石に無理がありますね……」
「それなら久里浜を15時に出る高速船があるからそれで大島まで行くといいわ。こちらから晴風には連絡をするよう言っておくから貴方は早めに準備して出発して。乗り遅れたら大変だから」
「分かりました、それでは失礼します」
「あの子達のこと、頼んだわよ。楽しい実習になるといいわね」
「はい、ありがとうございます」
「艦長。間も無く航路を出ます」
「わかった。ココちゃん学校に連絡お願い。出たら西に向かうから船を航路の外側に向けて」
「了解しました」
「は、はい!」
「電信室から艦橋。艦長お願いします」
「つぐちゃんどうしたの?」
「艦長、通信出てもらえますか?学校です」
「うん、わかった」
なんだろうと思いながら艦橋の無線電話を取る。
「航洋艦晴風、艦長の岬です」
「教官の古庄です。岬艦長、今のところ異常はないかしら?」
「はい。問題ありません。どうかしましたか?」
「問題がないのであればよかった。岬艦長、私はこの後実習担当教官として大島で晴風に乗艦します。その連絡をしたかったの」
「わかりました。大島沖でお待ちしています」
通信を切ると私は艦内放送のマイクを取って、
『総員に連絡。大島沖で教官が同乗されます。以上』
とアナウンスをいれた。
「教官が乗ってくるなんてどうしたんでしょう。ただの試験航海のはずなのに……」
「私も少しきになるけど、それを考えるのは後にしよう?もう少ししたら総員退船部署の操練をするから艦内に通達お願い」
「了解です!」
『総員に連絡。1400より総員退船部署の操練を行います。以上』
「ココちゃんありがとう。やっとかないと古庄教官に怒られちゃうからね……」
ジリリリリリリリリリリリリリ!!!
空気を震わせる非常ベルの音が鳴り響くと艦内が一気に慌ただしくなる。
予め知らされていたとはいえ急になるとやはり一瞬驚いて固まってしまうことがほとんど。しかしそこからどれだけ早く落ち着いて動き出すかが、本番での生死の分水嶺。騒がしい艦内の音を聞きつつ、私は艦内無線のマイクを取って
「そぉーーーれん!総員退船部署!そぉーーーれん!総員退船部署!各員、配置表を確認した上で総員最上甲板へ!」
一息で叫んで窓を開け下をのぞく。
「この音何回聞いても慣れないなぁ……」
「これは慣れたらダメな音だから、ほらヘルメットの顎紐ちゃんと止めて」
乗組員の声と共にラッタルを駆け上がる音が響き渡る。艦橋の左右前方に係子されているスキッパーをそれぞれ分担して下ろしていくのが主な内容。スキッパーを降下する担当とは別に脱出時に持ち出すものを集めて準備する担当が分けられている。スキッパーの前部が展開して救命筏になるのはいいとしても、物資の積み込みのスペースまではないため予め纏められたものを持ってくる必要があるのだ。今回は発令から降下、脱出までの時間を計する。
ストップウォッチを手にしたココちゃんが時間を30秒毎に読み上げる、あと1分で終わればベストタイムだけど……。
『艦長、こちらスキッパー降下担当。物資積み込み及び人員退避完了しました』
レシーバーから返答が来ました。ストップウォッチを止めたココちゃんは笑顔でこちらを見て言う。
「自己ベストです!それも1分以上縮まってますよ!」
艦橋にいるメンバーもそれを聞いて静かにガッツポーズを取っている。かくいう私もガッツポーズしながらレシーバーのボタンを押しこむ。
「こちら艦長、1分以上縮めて自己ベストを記録。みんなお疲れ様、操練終了。スキッパー揚収初め」
「了解しました!」
「ココちゃん、戻り次第主計課の皆にアイスを用意しておくよう頼んでおいてくれない?」
「操練アイスですね!わっかりました〜」
操練の後のアイスはなぜか知らぬがすごく美味しい。艦橋に立ってただけのはずの私も楽しみにしながら食堂に向かう。
「みんなのぶんあるからね〜」
そう言って美甘ちゃんが配ってくれていた。
「艦長お疲れ様。はい、どうぞ」
「ありがとう美甘ちゃん。今日は…バニラアイス?操練の後にしては珍しいね」
「実は出港準備のときに忙しくていつものアイス積めてなくて……たまたま載せてたバニラアイスがあったからそれを出したんだけど……嫌だった?」
「ううん、嫌とかそんなんじゃなくて。忙しいのにちゃんとウエハースまで添えてあってむしろ感心しちゃった」
「主計課の意地ですっ。美味しいもの食べてほしいから」
「うん。ありがとう美甘ちゃん」
そう言って艦橋にアイスを持って帰る。
ガラスの器にまるく盛り付けられたバニラアイスには上にミントが乗っていて、ウエハースが添えてある。
ちょっといい値段のする喫茶店とかでアイス頼んだらこんな感じの物が出てくるのだろうか。
「みんなー、みんなのぶんのアイス持ってきたよー」
「ありがとうございます。艦長」
「あれ?今日はバニラアイスですか。しかもなんか豪華ですね」
思い思いの反応でみんなアイスを楽しんでいる様子。口に運ぶと思わず、
「美味し〜!」
これは美味しい。いつもの100円のアイスなんかとは比べ物にならないくらいミルクの味が濃くて、すごくなめらか。ウエハースに乗せてさらに一口。サクッとしたウエハースにひんやり口溶けの良いアイスは最高の組み合わせ。あっという間になくなってしまうのだった。
アイスの皿を片付けたら艦橋にいるメンバーでのミーティングが始まる。今回の結果は良好。しかしながら毎度毎度良かった点、悪かった点をしっかり分析して非常時により落ち着いていつも通りに動けるようにしていくのが操練を繰り返す目的である。
「今回は予めほぼ全員が配置表を確認していたことからより素早い初期動作が取れたと思います。ですが普段から意識していない限り今回のような結果は難しいでしょうね。日頃から配置を確認して覚えておくことを徹底しましょう」
「シロちゃんの言う通りだね、いつもこんなふうになるとは思わないし……」
いつでもみんながすぐに動ける訳では無い、私だってなかなかスイッチが入らない時はある。しかしだからって動けないでいるとその分危険は高まってしまう。自分や他の乗組員の命を守るためにも常に気を配らないといけないのが船の世界なのだ。
「それじゃあさっきシロちゃんが言ったことを元にして講評やろっか。まだ教室にみんないるかな?」
「多分そろそろアイス食べ終わる頃なので早めに行った方が良いかも知れませんね」
ココちゃんの言葉を聞いて私は紙を持って今日に下りた。
「みんな、揃ってるかな? さっきの操練の講評なんだけど艦橋で話しあった結果を伝えるね 」
教室が静まり視線が私に注がれる。紙を少し見て前を向いて話し始めた。
「今回は非常にいいものだったと思います。配置表も予め把握出来ていたし取り掛かりもスムーズでした。でもいつもこう上手くいくとは限らない、上手く切り替えられずに慌てちゃうかもしれない。目のつくところに張り出すとかして常日頃から頭の中に入れておくようにしよう、本番の時に無意識に動ける状態を目指したいな。私からは以上だけど誰か何か言っておきたいこととかある?」
話し終わって教室を見渡す。誰も物言いたそうな顔はしていない。皆今回の結果に満足げなようす。
「それじゃあ解散、当直がある人はなるべく早めに戻る様にしてね」
はーい、という乗組員の返事を背に受けて私はまた艦橋に上がっていった。
一方そのころ、久里浜港。
自動券売機で大島までの切符を買う。1人で公務で高速船とはなかなか珍しいものだ。普段はブルーマーメイドの船に同乗させてもらうか学校所属の船での移動だからである。昼を食べ損ねてしまったので港でなにか買おう。そう思って売店に足を運んだ。今日乗る便は高速船。船内販売こそあるとはいえ、フェリーのようなレストランなどはついていない。港では多種多様な弁当が売られている。何を食べようか。目に留まったまぐろ丼弁当を手に取る。久々に楽な船旅に私、古庄は胸を躍らせていた。
『15時ちょうど発、大島、八丈方面に参ります、急行八丈11便をご利用のお客様は5番乗り場へお越し下さい。ただいまから乗船を開始いたします。お手元に乗船券と急行券をご用意の上〜』
ターミナルに響くアナウンスを聞いて乗り場に向かう。乗船券を改札機に通して船に乗り込む。船の前方のリクライニングシートに陣取る。ビールが飲みたいところだがこの後もまた仕事だ。我慢するとしよう。ポーッという汽笛と共に高速船は出港した。大島までは約1時間だから途中で晴風を追い越すだろう。そんなことを考えながら私は弁当の包みを開けた。
「ねぇシロちゃん」
「どうしました艦長?」
「操練なんだけどさ、もう1回やってみない?」
「もう1回ですか?構いませんけども……。今回も総員退船ですか?」
私は首を横に振る、少しばかり考えがあった。
「違うよ、今回は防火部署をやろうと思うんだ。さっきの退船部署は配置をみんなが把握していたよね。今度は予め知らせず突然操練を初めてみようと思うんだ。」
シロちゃんはしばらく考えたのに軽く頷いた。
「そうですね、その考えはとてもいいと思います。予め知らされていた操練と突然起きる操練では訳が違いますからね。それでは納沙さん、計時頼んだ」
ココちゃんが敬礼をして元気に答える。
「はーい」
「それじゃあ始めるよ……」
再びスイッチを切り替えて非常ベルのボタンを押した。
ジリリリリリリリリリリリリ!!!
艦内の空気が再び震える。それと同時にガタガタと物音が聞こえ始めた。
「何!? 今度は本物!? 」
「そんなの分かんないよぉ〜。でもさっきと違ってブザーじゃないから今度は火災かも!? 配置どうだったっけ……私は操舵機室だっけ?」
「配置表見せて! すぐ動かなきゃどんどん延焼しちゃうよ! 」
下の階からはかなり慌てている声が聞こえてくる。かなりゴチャゴチャしているみたい。時間を計っているココちゃんは笑いを必死に堪えてる。イタズラが成功した子供みたいだ。
「艦長、案の定ですね……。さっき話し合ったとおりです。やはりもう少し徹底して配置を頭に叩き込んでもらった方がいいかと……」
「そうだね……。とりあえず今はこの操練の結果を待とうよ」
下では相変わらずベルの音と人が慌ただしく行き来する音が聞こえている。作業は難航しているみたいで手にしたレシーバーからは報告が中々来ない。艦橋には笑いを堪えるココちゃんの声と下の階からの非常ベルと人の声と物音がひたすら響いていた。
「こちら防火部署、艦橋へ。配置終了、消化作業開始準備良しです」
「こちら艦橋、防火部署へ。了解、操練終了。突然驚かせてごめんなさい、これもいざという時の為なの。もう1回アイス配るから……許して……?」
レシーバーからは沈黙が流れる。
「……まぁアイスがあるならいいでしょう。それにこれもとても大事な操練だと思います。艦長が謝ることないですよ」
「うん、ありがとう。片付けが終わったら教室でアイスの配布をするから。今回の講評は無しで、あと少しで錨地まで5マイルだから食べ終わり次第すぐにそっちの作業に移ってね」
レシーバーからは「了解!」と元気な声。
今回は突然の操練だったけど定期的にこういった方法は試すべきだと思いました。やっぱりいざという時みんなの事を守れないとだから。海の仲間は家族なんだしお互いの事を思いやって助け合って支えあっていかないと。このメンバーで再び始まった晴風の航海、もう少しで本日の目的地、大島の錨地だ。
6/6 (月)
1200 横須賀本港出港 天候-快晴 風浪階級-1 風力階級-0
1220 東京マーチスに浦賀水道航路に進入する事を通報
1225 通報後針路を200度に変更 速度半速を維持
1320 浦賀水道航路から脱 マーチスと学校に報告
1340 学校より連絡
1400 総員退船部署操練発令
1430 総員退船部署操練終了 非常設備点検異常無し
1530 防火部署操練発令
1600 防火部署操練終了 非常設備点検異常無し
1600 天候-快晴 風浪階級-1 風力階級-0
第1話、いかがでしたでしょうか。OVAの続編書いてみたくない?という雑談から始まった当企画、お楽しみいただけましたら幸いです。色々専門用語や設定などで分かりにくい点などあれば感想のところで聞いていただければお答えしますのでよろしくお願いします。
ちなみに、今回の本編の最後に少しついてきたよくわからない時系列。各話ごとにつけていく予定です。ログブックだと思ってお楽しみいただければと思います。それではまた次回!