それは、突然の事態だった。
学園のイベントとして開催された、専用機持ちタッグマッチ。
その1回戦が、始まろうとしていた時。
仰々しく荒々しく現れた、複数の無人IS達。
名を、『ゴーレムⅢ』。
侵入者達は散在していた専用機持ちの生徒達へと、次々に襲い掛かる。
裏で手を引く者の、思惑通りに。
「せやぁっ!」
巧みな加速で『ゴーレムⅢ』との間合いを詰め、『ノワール・サイズ』を振り下ろすフェイト。
しかしゴーレムはそれを右腕と一体化した大型ブレードで弾き、再び距離を取ろうとする。
だがそれは、
「捉えたのであります」
フェイトが自ら急激に距離を離す。
直後、
「ちょ、前より増えてません!?」
「当然であります。貴女と藤堂隆景にしてやられた時の私ではないのであります。何れ共々リターンマッチを申し込むので、お忘れなきよう」
「……ちょっと、忘れたいかも」
ブレードを全身に突き立てられ、或いは絡め取られ。
しかしそれでも決定打には及ばず、振りほどこうともがいて。
「残念じゃったな。まだワシがおる」
絶妙のタイミングで、打鉄を纏った夜一がゴーレムの腹部に掌打を叩き込んだ。
それも数発の連撃。流石の無人機も無防備な状態でそれを食らえばひとたまりも無く、されど容赦ない攻撃に装甲は見る見る変形して行く。
蹴打が20を越えた辺りで、ゴーレムは完全に動かなくなった。
動きを拘束していたヴィルヘルミナがワイヤーを解き、地面へと着地する。
そしてその所作に、フェイトと夜一も続いた。
「山田教諭。討伐目標の沈黙を確認したであります」
『は、はい! ご苦労様でした、他戦闘区域の方も各個増援が到着、沈静化しています! カルメルさん達は、そのまま待機しつつ休んでいて下さい!』
「了解したであります」
夜一の手により無残な姿と成り果てていたゴーレムⅢを見て、ヴィルヘルミナがひと言。
「摩訶不思議であります」
「その台詞は少々危険な気がするのじゃが。いや、この場合危険なのはワシら3人の存在か?」
かかか、と豪快に笑う夜一の姿に、フェイトが呆れたように嘆息した。
「もう……それにしても、他の人達は大丈夫かな……」
「揃いも揃って専用機持ちじゃろう? 一般生徒のワシらが心配するような輩でもあるまい」
「けれど、その一般生徒に増援要請をするほどに、事態は切迫しているのであります」
つんつん、としゃがみ込んでゴーレムの残骸を指でつつきながら、抑揚の無い声でヴィルヘルミナが言う。
現に学園にあるISは訓練機まで全て駆り出され、彼女達のように生徒の中から腕の立つ者を選別して、増援に向かわせるような状況であった。
フェイトは手に持った大鎌を肩に担ぐと、上を見上げる。
雲で覆われた空は、学園の不穏をそのまま体現しているかのようだった。
「…………?」
「どうした、フェイト」
小さく声を上げた彼女に、夜一が話しかける。
「あ、いえ……多分気のせいですから」
「なんじゃ、疲れておるのか? この分だとワシらの出番はこれで終わりじゃ、座って休んでおれ」
「ではそうするのであります」
「いや、お主には言っとらんのじゃが……」
2人が漫才のようなやり取りをする中、フェイトはかぶりを振って上を見ることを止めた。
「(一瞬、何か見えた気がしたけど……)」
暗雲を切り裂くように煌いた、瞬きする程度の存在だった何か。
彼女がそれを錯覚で無いと知ったのは、この事件が終わった後のことだった。
場所は変わり、アリーナ。
本来は全学年合同タッグマッチ、その1回戦が行われる筈だった場所。
そこは今や、凄惨な有様となっていた。
「…………ッ!」
複数のキーボードパネルを手足で操作し、簪がゴーレムに向けミサイルを放つ。
複雑な軌道をそれぞれ描くミサイルの群れは、見事に全弾命中する。
だが――
『…………』
それらはシールドビットに阻まれ、対象にまともなダメージを負わせることはできなかった。
歯噛みするも、攻撃の手を止める暇など無い。
先程まで一緒だった一夏と箒は、もう1機のゴーレムとの戦いの最中で分断された。
だから。
背後で血を流し、倒れ伏す姉を守れるのは。
自分だけなのだと、そう心の中で念仏の如く繰り返して。
簪は隆景と共に完成させた武器、荷電粒子砲『春雷』を放つ。
シールドビットには使用に多少のインターバルがあることは、これまでの戦いで把握していた。
攻撃をかわし切ること適わなかった鉄の乙女は、左腕を損傷する。
「これ、で……!」
これで左腕に備わった、超高密度圧縮熱線は使えない。
となれば、あれに残された武器は。
右腕の大型ブレードを振りかぶり、凄まじい加速で接近するゴーレムⅢ。
だがそれを読んでいた簪は、予め展開しておいた超振動薙刀型近接ブレード『夢現』で対抗。
数合の打ち合い。だが片腕のゴーレムに対し両腕で挑む簪に、徐々に軍配が上がり。
「……貰っ、たっ!!」
『――ッ!!』
ブレードを弾き上げ、隙だらけのボディへ。
振動により通常の実体剣と比較し、段違いに切れ味の高い夢現を。
力の限り、薙ぎ払った。
上半身と下半身を分断され、ゴーレムがオイルを撒き散らす。
バチバチと奔る紫電は悲鳴のようでもあり、同時にその最期を表していた。
地面に崩れ、動かなくなった無人機を。
簪は息を切らせつつ、じっと見下ろして。
「……ッ、お姉ちゃん!!」
弾かれたように、重傷の姉へと振り返り。
そして。
「キャアッ!?」
横合いから、何者かに吹き飛ばされた。
天才的センスの持ち主であるルームメイトからレクチャーを受けたPIC制動術で、何とか壁に衝突する前に姿勢を取り直した簪。
するとそこには、倒した筈のゴーレムⅢ。
……否。まだ残っていたのか、新手のゴーレムが立ち塞がっていた。
その姿を見定めた直後、簪の血が凍りつく。
「…………め」
ゴーレムⅢは、倒れた姉のすぐ近くに居て。
「だめ……」
近くに居る楯無へと狙いを定めたのか、彼女に熱線の砲口が備わった左掌を向けていて。
――そんなものを受けたら、お姉ちゃんが。
スラスターを全開とするも、間に合わない。
ゴーレムの掌が、光を帯びて。
その光景が、余りにもゆっくりと目に映っていて。
僅かに意識を保っていた楯無と、簪の視線が合わさった。
掠れた声で、彼女が放った言葉は。
「……かんざ……ちゃん……にげ……て……」
「ダメェェェェェェェェェッ!!!」
喉が裂けんばかりの絶叫。
けれども手は、届いてくれなくて。
鉄の乙女の繰り出す無慈悲な光が、姉を貫こうとした瞬間。
「鉄屑がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
ゴーレムⅢが、地面に叩き付けられる。
もうもうと立ち込める砂煙に包まれたゴーレムの代わりに、無人機が居た場所には『彼』が居た。
「あ……ぁ……」
その姿を見た瞬間、簪は堪え切れずに涙を流す。
床屋に行く時間も惜しいと、この数ヶ月で無造作に伸びた黒髪。
色素の通っていない、酸化前の血の色をした赤い瞳。
纏うISは、完成図の画像だけ見せて貰ったことのある、彼の専用機。
この学園で誰よりも長い時間を、一緒に過ごした。
「さっさと立て……回路1本として、この世に留まれると思うな……ッ!!」
彼女の