IS 彼の日記帳   作:カーテンコール

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降り立つ新星 前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、突然の事態だった。

 

 学園のイベントとして開催された、専用機持ちタッグマッチ。

 その1回戦が、始まろうとしていた時。

 

 仰々しく荒々しく現れた、複数の無人IS達。

 名を、『ゴーレムⅢ』。

 

 侵入者達は散在していた専用機持ちの生徒達へと、次々に襲い掛かる。

 裏で手を引く者の、思惑通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せやぁっ!」

 

 

 巧みな加速で『ゴーレムⅢ』との間合いを詰め、『ノワール・サイズ』を振り下ろすフェイト。

 しかしゴーレムはそれを右腕と一体化した大型ブレードで弾き、再び距離を取ろうとする。

 

 だがそれは、彼女等(・・・)の狙い通りだった。

 

 

「捉えたのであります」

 

 

 フェイトが自ら急激に距離を離す。

 直後、12本(・・・)のワイヤーブレードが一斉に全方位からゴーレムへと襲い掛かる。

 

 

「ちょ、前より増えてません!?」

「当然であります。貴女と藤堂隆景にしてやられた時の私ではないのであります。何れ共々リターンマッチを申し込むので、お忘れなきよう」

「……ちょっと、忘れたいかも」

 

 

 ブレードを全身に突き立てられ、或いは絡め取られ。

 しかしそれでも決定打には及ばず、振りほどこうともがいて。

 

 

「残念じゃったな。まだワシがおる」

 

 

 絶妙のタイミングで、打鉄を纏った夜一がゴーレムの腹部に掌打を叩き込んだ。

 それも数発の連撃。流石の無人機も無防備な状態でそれを食らえばひとたまりも無く、されど容赦ない攻撃に装甲は見る見る変形して行く。

 

 蹴打が20を越えた辺りで、ゴーレムは完全に動かなくなった。

 動きを拘束していたヴィルヘルミナがワイヤーを解き、地面へと着地する。

 そしてその所作に、フェイトと夜一も続いた。

 

 

「山田教諭。討伐目標の沈黙を確認したであります」

『は、はい! ご苦労様でした、他戦闘区域の方も各個増援が到着、沈静化しています! カルメルさん達は、そのまま待機しつつ休んでいて下さい!』

「了解したであります」

 

 

 個人秘匿通信(プライベート・チャネル)を切り、ヴィルヘルミナ達は揃って直前まで戦闘をしていたソレに目を向ける。

 夜一の手により無残な姿と成り果てていたゴーレムⅢを見て、ヴィルヘルミナがひと言。

 

 

「摩訶不思議であります」

「その台詞は少々危険な気がするのじゃが。いや、この場合危険なのはワシら3人の存在か?」

 

 

 かかか、と豪快に笑う夜一の姿に、フェイトが呆れたように嘆息した。

 

 

「もう……それにしても、他の人達は大丈夫かな……」

「揃いも揃って専用機持ちじゃろう? 一般生徒のワシらが心配するような輩でもあるまい」

「けれど、その一般生徒に増援要請をするほどに、事態は切迫しているのであります」

 

 

 つんつん、としゃがみ込んでゴーレムの残骸を指でつつきながら、抑揚の無い声でヴィルヘルミナが言う。

 現に学園にあるISは訓練機まで全て駆り出され、彼女達のように生徒の中から腕の立つ者を選別して、増援に向かわせるような状況であった。

 

 フェイトは手に持った大鎌を肩に担ぐと、上を見上げる。

 雲で覆われた空は、学園の不穏をそのまま体現しているかのようだった。

 

 

「…………?」

「どうした、フェイト」

 

 

 小さく声を上げた彼女に、夜一が話しかける。

 

 

「あ、いえ……多分気のせいですから」

「なんじゃ、疲れておるのか? この分だとワシらの出番はこれで終わりじゃ、座って休んでおれ」

「ではそうするのであります」

「いや、お主には言っとらんのじゃが……」

 

 

 2人が漫才のようなやり取りをする中、フェイトはかぶりを振って上を見ることを止めた。

 

 

「(一瞬、何か見えた気がしたけど……)」

 

 

 暗雲を切り裂くように煌いた、瞬きする程度の存在だった何か。

 彼女がそれを錯覚で無いと知ったのは、この事件が終わった後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、アリーナ。

 本来は全学年合同タッグマッチ、その1回戦が行われる筈だった場所。

 

 そこは今や、凄惨な有様となっていた。

 

 

「…………ッ!」

 

 

 複数のキーボードパネルを手足で操作し、簪がゴーレムに向けミサイルを放つ。

 複雑な軌道をそれぞれ描くミサイルの群れは、見事に全弾命中する。

 だが――

 

 

『…………』

 

 

 それらはシールドビットに阻まれ、対象にまともなダメージを負わせることはできなかった。

 歯噛みするも、攻撃の手を止める暇など無い。

 

 先程まで一緒だった一夏と箒は、もう1機のゴーレムとの戦いの最中で分断された。

 だから。

 

 背後で血を流し、倒れ伏す姉を守れるのは。

 自分だけなのだと、そう心の中で念仏の如く繰り返して。

 簪は隆景と共に完成させた武器、荷電粒子砲『春雷』を放つ。

 

 シールドビットには使用に多少のインターバルがあることは、これまでの戦いで把握していた。

 攻撃をかわし切ること適わなかった鉄の乙女は、左腕を損傷する。

 

 

「これ、で……!」

 

 

 これで左腕に備わった、超高密度圧縮熱線は使えない。

 となれば、あれに残された武器は。

 

 右腕の大型ブレードを振りかぶり、凄まじい加速で接近するゴーレムⅢ。

 だがそれを読んでいた簪は、予め展開しておいた超振動薙刀型近接ブレード『夢現』で対抗。

 数合の打ち合い。だが片腕のゴーレムに対し両腕で挑む簪に、徐々に軍配が上がり。

 

 

「……貰っ、たっ!!」

『――ッ!!』

 

 

 ブレードを弾き上げ、隙だらけのボディへ。

 振動により通常の実体剣と比較し、段違いに切れ味の高い夢現を。

 力の限り、薙ぎ払った。

 

 上半身と下半身を分断され、ゴーレムがオイルを撒き散らす。

 バチバチと奔る紫電は悲鳴のようでもあり、同時にその最期を表していた。

 

 地面に崩れ、動かなくなった無人機を。

 簪は息を切らせつつ、じっと見下ろして。

 

 

「……ッ、お姉ちゃん!!」

 

 

 弾かれたように、重傷の姉へと振り返り。

 そして。

 

 

「キャアッ!?」

 

 

 横合いから、何者かに吹き飛ばされた。

 

 天才的センスの持ち主であるルームメイトからレクチャーを受けたPIC制動術で、何とか壁に衝突する前に姿勢を取り直した簪。

 するとそこには、倒した筈のゴーレムⅢ。

 ……否。まだ残っていたのか、新手のゴーレムが立ち塞がっていた。

 

 その姿を見定めた直後、簪の血が凍りつく。

 

 

「…………め」

 

 

 ゴーレムⅢは、倒れた姉のすぐ近くに居て。

 

 

「だめ……」

 

 

 近くに居る楯無へと狙いを定めたのか、彼女に熱線の砲口が備わった左掌を向けていて。

 ――そんなものを受けたら、お姉ちゃんが。

 

 スラスターを全開とするも、間に合わない。

 ゴーレムの掌が、光を帯びて。

 その光景が、余りにもゆっくりと目に映っていて。

 

 僅かに意識を保っていた楯無と、簪の視線が合わさった。

 掠れた声で、彼女が放った言葉は。

 

 

「……かんざ……ちゃん……にげ……て……」

 

 

 

 

 

「ダメェェェェェェェェェッ!!!」

 

 

 

 

 

 喉が裂けんばかりの絶叫。

 けれども手は、届いてくれなくて。

 

 鉄の乙女の繰り出す無慈悲な光が、姉を貫こうとした瞬間。

 

 

 

 

 

「鉄屑がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 ゴーレムⅢが、地面に叩き付けられる。

 もうもうと立ち込める砂煙に包まれたゴーレムの代わりに、無人機が居た場所には『彼』が居た。

 

 

「あ……ぁ……」

 

 

 その姿を見た瞬間、簪は堪え切れずに涙を流す。

 

 床屋に行く時間も惜しいと、この数ヶ月で無造作に伸びた黒髪。

 色素の通っていない、酸化前の血の色をした赤い瞳。

 纏うISは、完成図の画像だけ見せて貰ったことのある、彼の専用機。

 

 この学園で誰よりも長い時間を、一緒に過ごした。

 

 

「さっさと立て……回路1本として、この世に留まれると思うな……ッ!!」

 

 

 彼女の大好きな人(ヒーロー)が、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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