急募:『世界を救う方法』   作:rikka

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008:攻防

 反射的に俺は懐からスイッチを取り出し、思いっきり押し込んでいた。一定範囲のタレットの強制起動させるスイッチ。だが、

 

「ん、お……あれっ?!」

 

 何度押してもタレットが展開される様子がない。おいちょっと――!

 

(そうだ、そもそもなんでタレット起動してないんだ!)

 

 確かに、ちょっと迷い込んだ程度の反応なら起動しない様にセンサーを設定していたが、あのデカブツが二体いたのなら複数体と認識してくれてもおかしくない――というか、認識して今頃弾薬の雨で援護してくれているはずだ。

 

 青く光る眼が、俺とジェドを見下ろしている。蛇に睨まれた蛙の気分っていうのはこういうことか。ちくしょう死ね。

 

「おい、キョウスケ……っ」

 

 二人揃ってジリジリと後ずさりしていると、ジェドが声をかけてきた。

 足元から、固い物でコンクリートを引っ掻く音がする。

 こちらの歩幅に合わせてじりじり近づいてくる、色違いのティラノサウルスみたいなクリーチャーから眼を離さずにゆっくり身をかがめて手を伸ばすと、その固い物が手に触れる。

 

(――っ? これ、バッテリーか?!)

 

 手に取って、ゆっくり体勢を戻しながら手の中で弄ぶ。そうだ、やっぱりバッテリーだ。タレットに差し込んで、カバーの上から二重三重にテープを巻き付けて固定していたハズだ。自警団の面々に確認もしてもらっている。

 

「くそっ。やっぱりか」

 

 ジェドが呟く。

 

「やっぱりこうなっちまうのかっ!」

 

 ふと、今までのジェドの行動を思い出す。

 妙に落ち着きのない様子、いつもより念入りに行う見回り、今の言動……。

 

「ジェド、お前……」

 

 お前がやったのか。という言葉が出そうになる。

 だがそうならば、わざわざ危険な見回り――それもバッテリーを外した危険地域に来ようとはしないだろう。

 

「違う、俺じゃない。俺じゃないんだ」

「んなこと分かっとるわ」

 

 ゲームの中でも見た事ない恐竜型のクリーチャーは、こちらの匂いを嗅いでいるのか鼻をくんくん慣らしながらジリジリ近づいてくる。といっても一足の差が違い過ぎて追いつめられているが。

 

「誰がやった」

「わ、わからねぇ。第一陣の面子には、そんなことする奴はいないと思ってた」

「でも何かあるとも思ってた。なぜだ」

 

 少なくとも、ジェドは何かが起こり得るという確信があった。それは間違いない。

 余り考えたくないが、味方内にこれをやらかした奴がいるのならば、後方――発電設備を整えた工場区画も危険だ。せめて、目的が分からなければ。

 

「……半年前の、妙な噂……あれ、な」

 

 小さく漏れるジェドのささやき声に耳を傾けていると、風を切る音と共に汗臭さとカビ臭さを混ぜたような匂いが降りかかる。デカブツが首を振るのと一緒に、半開きの口から洩れた口臭だ。

 歯ぁ磨けよ、クソ野郎……いや、(オス)(メス)かは知らんけど。

 

「本当はデマなんかじゃないハズだったんだ」

「あ?」

 

 ライフルを構えたまま、デカブツから眼をそらさずにジェドは言う。

 

「本当は俺が、俺があの時――」

 

 ジェドが何かを言おうとしたその時、再び咆哮という空気の爆発が起こる。

 

「――ジェド、話は後だ」

 

 牙を剥いた恐竜モドキが、飛びかかろうとするように体勢を低くし、足に力を込める。

 

「走れっ!!」

 

 俺もジェドも同時に駆けだし、そこらに停められている大量のトラックを盾にするように走り抜ける。

 それから少し遅れて、恐らくは障害物(トラック)がひしゃげる音と、重い足音が近づいてくる。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「アイツらは役目を果たしていますかね」

 

 シェルターの内部――食糧生産や発電、浄水関係の設備を受け持つ区画。正式には生産区画と言うのだが、誰もが『内部』と呼ぶエリアの中のとある部屋で、男たちが集まっている。もっとも若いので恐らく40くらい、ほとんどは老人と言っていい人間だ。

 

「分からん。ジェドのように、我々の手を離れた可能性もある」

「ジェド。あの裏切り者め!」

「命を賭けた現場にいたのだ、情も沸くだろう。責めるべきではない」

「ハウエル! 奴が行動を遅らせ――いや、何もしなかったせいで事態は噂止まり! おまけにおせっかいな商人が来た所為で何もなかった事になっている! 奴には償いが必要だ!!」

 

 この場にいる面子の中で、もっとも歳の若い男が声を荒げる。

 

「あのおせっかいが余計な事をしたせいで余所者が多く来るようになったんだ。おかげで息子は……っ」

 

 ここらのシェルターは、ロンドンや海辺から流れてくるクリーチャーの群れによって分断されがちだった。外部との行き来はほとんどなく、生活は厳しかったがどうにかやってきていた。

 だが、あの商人が道を作り、各シェルターの連携を促してから全てが変わった。

 食事を始めとするささやかな贅沢、資材の流通、安全圏の拡大。

 

「娘はドラッグに手を出してもうボロボロ! あぁボロボロだ! 息子も! 娘も! 妻も! 俺も! ……家族が!」

 

 ――そして、様々な欲も。

 

「何が生存圏の拡大だ! イングランド復興だ! 英雄気取りのクソッタレ共め! エレノアの小娘も商人共も、それをヘラヘラ受け入れている自警団もクソッタレだ!」

 

 僅かながら生活が豊かになり、自警団の損害、負傷率が減った。いい事だ。

 だが、これまでの閉塞感の中現れた余裕が堕落と腐敗を産み出した。

 ささやかな贅のための資材の横流し、売春など。普通ならば内部の人間は会うことすら出来ない商人と直接取引をするために様々な不正が蔓延した。そして、問題があるのは内側だけではなく商人もそうだ。

 取引のためにちょっとした賄賂として貴重品や土、水等の横流し、若い女ならば身体を要求する商人など序の口だ。

 そして商人は、どれだけ無茶をしても、何度も取引したくなるような物を持ちこむのだ。優しい物で滅多に手に出来ない甘味類、よくあるモノだと怪我や風邪の薬、――最悪なので、もっと酷い薬を。

 

「エレノアの拡張主義なんて俺は認めねぇ」

 

 男は支給されたアルコールを水で割っただけの物を煽る男は、仄かな酔いと怒りで顔を赤くしながらグラスをテーブルに叩きつける。

 

「理想しか見えてねぇデマカセの英雄(ヒーロー)なんてドーバーには必要ねぇ!!」

 

 外から持ち込まれた『薬』により家族が崩壊しかけている男が、鼻息を荒くし、唾を飛ばしながら(いきどお)る。

 

「そうだな……その通りだ」

 

 最も若いその男に対して、逆に最も年老いた男が呟く。

 

 

 

 

「我々に、英雄は必要ない」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「内部の連中は、拡張主義の市長さんの力を削ぎたいのさ! 特に力を入れてる自警団の!」

「んな事言ってる場合じゃねぇだろうに……!」

 

 金属がひしゃげる音、あるいは金属同士が激突する音、それに何かが破裂したりする音やデカブツ自身の咆哮が後ろから迫りつつあるのを自覚しながら、俺とジェドはひたすら走り続ける。

 タレットは防壁に沿って展開している。ど真ん中を突っ切るような逃げ方をしている今では全く役に立たないが、障害物のない所では容易く追いつかれてしまう。

 

「外を知らねぇんだよ! 俺もそうだった!」

「妨害を頼まれていたのか?!」

「中に戻れるよう取り計らうって条件でな! でも……んな事できねぇ! 外を見て初めて現状がギリッギリのバランスの上にある事を知ったっ!!」

 

 事実そうだ。海から陸へと上がってこれる両性類系のクリーチャーの襲撃はあるし、ロンドンからはぐれオーガやゴブリンの群れが来る事もある。加えてよく見るクリーチャー達の襲撃まである。

 正直ドーバーの状況は本当にギリギリだと思う。正確にはギリギリ『だった』か。

 半年前の水騒動の時、ついでに浄水関連以外の資材を使って海側への防衛設備は一から組み立て直しておいた。

 おかげで周辺シェルターとのルート確保に多くの戦力を割けるようになったとエレノアが寝物語で話していたのを思い出す。

 

 ちょうど同じくらいのタイミングで自分達の真横――およそ50m程の距離に喰いちぎられたコンテナが落下し、甲高い音を立ててひしゃげる。

 

「内部の主流は! 外への拡張を進める市長を追い落として、ドーバーを閉じた共同体にしたいのさ! だから彼女の失点が必要だった!」

「物流は?」

「多分どっかと通じてんだろうさ……っ!」

 

 真っ先に思いついたのは、お隣のフォークストーンだ。あそこは特に排他的なシェルターで、内部との接触方法が一切ない。ドーバーでいう外周部の人間としか話せないし、そういった外周部の人間は基本なんらかの理由で中から追放された人間。士気も低く、言っちゃあなんだが生気を感じないシェルターだ。

 

「それじゃ、半年前のは……?!」

「お前は見た事ねぇだろうが――っと!」

 

 なおも飛んでくるコンテナや車体、その残骸。弾けて飛んできた破片を避け、ジェドは荒い息をしながら、

 

「内部で循環している水が少なくなった時は普通の雨を溜めてる貯水池から引き入れている! 念入りに浄水装置にかけて、鶏とかに飲ませて様子を見てからな!」

「雨……外にあるってことか! 管理は自警団!?」

「エンジニアだ! ソイツを俺が適度に壊してパニックを演出、外部の管理問題にするって話だったんだ!」

 

 ジェドは三年前に自警団に入ったと言っていた。その時から内部は外へ――そしてエレノアへの不信感があったと言う事になる。

 

(くそが! エレノアの奴、そういう事は言っとけってんだ!!)

 

 出発する前に自警団への激励を行っていたエレノア。だが、その直前に顔を合わせた時の疲れた顔を思い出し、叫びだしそうな気持ちを抑える。

 分かる。気持ちも理屈も分かる。

 外を周り続けていると言って接触した俺に内部の不和をあまり知られたくなかった事。

 そのままズルズルと行き、それなりに親しくなっても話すわけにはいかなかった事。

 この前到着した時に聞かされたエレノアの愚痴。

 あの時はてっきり、ちょっと零れた程度のモノだと思っていた。

 だが、実際は違ったのだ。不安、不満、不快、不信。そう言ったモノで内心一杯一杯で、溢れてしまったモノだったのだろう。

 

「くそ……」

「だから、こんなデカい作戦なら何か仕込みがされてるんじゃないかと思ってたんだ。自警団に入った事を後悔して中に戻ろうとする奴は結構いる。第一陣にはそういう連中が入っていなかったから大丈夫だと思ってたんだが……っ」

 

 入っていないんじゃなく、入れなかったんだろう。エレノアが――恐らくバリーも。

 どこかで、そういう事が起こるかもしれない。

 それを言わなかったのは、俺がドーバーの人間じゃないからか……あるいは、それでも危機を招くような事はしないと思っていたのか、それとも信じたかったのか。

 

「どいつもこいつも本っ当に……!」

 

 後ろから、大きく開いたデカブツの口がもうそこまで迫ってきている。

 すぐさま横に跳躍。生臭い牙をギリッギリで回避する。

 

「臭っせぇな! 歯ぁ磨いとけよ! ウチらじゃ衛生管理は義務だぞオイ!」

 

 横ではなく前方に飛び込んでいたジェドが、そう叫びながら持っていたライフルを構えて素早く3発叩きこむ。恐らく口の中を狙ったのだろうが、牙に一発、残りは顔に当たる。

 さすがにノーダメージというわけではない様で、デカブツは顔を引っ込め不快そうに首を振る。

 だが、完全に足を止めてくれる程ではなかったようだ。

 

「キョウスケ!!」

 

 ジェドが叫ぶ。

 身を心配しての絶叫か、銃弾が予想通り効いていない事への思わずの叫びか。

 一瞬判断に迷ったが、ジェドが宙を手のひらで地面に押し付けるような仕草でようやく理解する。

 大量の放置トラック、そのうちの一台の車体下へスライディングの要領で身を隠す。

 先ほどまでの追いかけっこならば、動きが阻害されるために間違いなく下策とされる行動。

 だが、ジェドがそう指示したのはならば――っ

 

「皆、頼むぜ!」

 

――おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!

 

 ジェドが叫ぶと同時に、周囲から歓声にも聞こえる鬨の声が上がる。

 デカブツの咆哮に負けず劣らずの声、そして捲きあがる銃弾や投げ槍の嵐。

 

「この図体のデカいウスノロがぁ!」

 

 その中でも特に野太いバリーの声がする。

 トタンや木材などで作った簡単なバリケードの中から火を付けた火炎瓶を手に持っている。

 

「団長、デカいですけどそいつ結構素早いですぜ?!」

「分かっとるわ! 水を差すんじゃない!」

 

 バリーの言葉に、息を切らしながらジェドが大声でそう返す。

 空気の読めていない発言だ。だが、そこがジェドの良い所だ。

 

「喰らえ、この――ぉっ」

 

 そしてバリー、そした他にも数名が同時に、デカブツ目がけて火炎瓶をぶん投げる

 

 

 

「――ドーバー自警団を舐めるんじゃねぇ!!」

 

 ガラスが割れる音、そしてすぐさま沸き起こる炎が、苦しさからか咆哮を上げるクリーチャーを炎で包み込んだ。

 

 

 

 


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