急募:『世界を救う方法』   作:rikka

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005:The front base

『どちらにせよ、お前に任せるつもりの仕事だった。お前は商人と言っても、その実態は各シェルターの防衛を担う遊撃戦力に近い』

 

 ――言質は取ったぞ。

 そういう感じの笑みを見せるエレノアは、数枚の紙をクリップボードに挟んで手渡してきた。

 

『……これは?』

『ここから車両による行き来が容易い範囲で、かつ資源が眠っていそうな場所をリストアップさせたものだ。この二月の間に自警団に命じて調べさせた』

 

 渡されたのはここいらのロードマップを綺麗に切り取った物だ。

 ドーバー市街はもちろん、シェルターがない隣町、その更に向こう辺りまでの物だ。

 

『ドーバー市街地の安全は確保している。そしてそこらの資源になりそうな物は大体回収を済ませてある』

 

 地図をめくると、シェルターの維持分とは別に使用可能な資材や機材の一覧のリストになっていた。

 同時に弾薬類も種類別に細かく貯蔵量が記されている。

 

『その資源の一部を使って、回収作業(スカベンジ)防衛(ディフェンス)のための地上での活動拠点を、そのリストにチェックされているどこかに設ける。そういう計画だ』

『俺たち商人が合間合間に作っている避難所を大きくしたものか?』

『いや……一時的な物ではなく、人員の駐在を前提にした拠点を予定している』

 

 無茶をいう。

 俺の頭に出たのはその一言のみだった。

 

『食糧なんかはこっちから定期的に運ぶんだろうが……エネルギーは? タレットなんかもバッテリー駆動品じゃすぐに限界が来る』

『出発する第一陣の中にエンジニアを多く同行させる。彼らの話だと太陽光、そして風力発電と蓄電池の設置さえ完了させられれば、なんとかなると言う話だ』

『……以前、俺の仲間の話を聞いた上でか』

『そうだ』

 

 クリーチャーは電力に引き寄せられる。今の所仮説でしかないが、その説明は各シェルターの上には話していた。正確には、信じてくれそうな相手にだけ、だが。

 

 俺の場合、この世界について別方向からの視点があったから恐らく正しいという確信を持てた。

 ゲームでも、詳しい説明があった訳ではないが、エネルギー関連の施設を上げると生産や防衛効率等が向上する一方、襲撃率が上がるように設定されていた。

 といっても全ての施設や設備は、設置すれば拠点に設定されているパラメーターの何かが上昇し、同時に何かが下降するように設定されていた。

 ゲームとしてこの世界に物を作っていた時は、そういうシステムだと深く考えていなかったが……。

 

『どちらにせよ地上における拠点設営は、我々の生存圏拡大のためには必須事項だ』

『それは認める。ただ――』

 

 ロンドン奪還という計画を打ち明け、それに対する協力を約束してくれた女だ。人目がなければ軽口を言い合うくらいには親しい仲だが、同時に尊敬もしている。

 だからこそ、彼女をよく知っているからこそ疑問が沸いてくる。

 

『……焦ってないか?』

 

 以前、ここに来たのはおよそ半年前だ。その時にはこんな計画の話は一切出ていなかった。その時は色々あって、それどころではなかったのかもしれないが。

 大胆な所もあるが基本的には石橋を叩いて渡る彼女だ。

 

『どうしてそう思った』

『なんとなく、お前らしくないと思った』

『……逆にお前はいつもどおりだな。いつも言う事が唐突で、でたらめで、だがたまに核心を突く』

『打率の低い選手がかっ飛ばしたホームランはドラマティックだろう?』

 

 俺がそう言うと、割とツボに入ったのか珍しく大笑いした。

 肺の空気を全て吐きだし、肩で息をするその様子からは先ほどまで感じた疲労は少し薄れている。

 そしてポツポツと呟き出す。

 

『まとめ役だからな。あっちこっちからせっつかれるのさ。配給が少ない、浄化水は本当に安全なのか、防衛は大丈夫なのか、電気が少ない、薬が欲しい、配給を優先してくれ……』

 

 本気でうんざりしていると言った様子でエレノアは呟く。

 

『今回の件もどこかからの突き上げか?』

『……自警団への配給を優先しているが、優先されるほど自警団は仕事を本当にしているのか? とな……』

 

 基本、自警団はどこのシェルターも志願制だ。なにせ、万が一の汚染を恐れて別区画に住む事になるし、何より命懸けだからだ。だからこそ、彼らには食糧――特に水の配給は優先されている事が多い。

 だが、同時にシェルターの内側に住む他の人間からは、彼らの姿が見えなくなってしまう。見えないから分からず、分からないから不信へと辿りつく。

 どこでもある、だが根深い問題だ。

 

『無論、それだけで決めた訳ではない。必要な事であると同時に――』

『分かっている。あまり興奮するな』

 

 実際、地上への進出は遅かれ早かれやらねばならない事だ。だからこういう計画も建てたのだろうが……同時に後ろめたさもあるのだろう。

 実際、アイツの仮説が正しければクリーチャーを寄せかねない。そうでなくても地上での活動だ。それも逃げ込む場所から離れた地で。危険度は当然高い。

 使用可能な資材や弾薬がかなり多いのは、恐らくその後ろめたさが手伝った所もあると見た。

 

 

 ――ある意味渡りに船な話とは言え……ちょっとやっかいだな。

 

 

『依頼の件は了承した。報酬の食糧類や資材類の見積もりは、無事に仕事を終えてから出す』

 

 内心のため息を押し隠して、俺は了承の言葉を返す。

 

『先に報酬の話を詰めておかなくていいのか?』

『信用してるし、信頼してる。それに結果を見てからじゃないとお前も不安だろう』

 

 どこも払いや交換を渋る中で、こことポーツマスはキチンと払ってくれる。

 特にここドーバーには車両や銃火器の整備で非常に世話になっている。ある程度の無茶くらいなら喜んで飛び込むつもりだ。

 俺がそういうと、エレノアは立ち上がり、

 

『期待には応えよう。それと――時間はまだあるな?』

 

 そう言うとエレノアは、こちらの返事を待たずにプライベート部分を隠すカーテンを力強く開いた。

 そして脱いだブレザーを上着掛けに乱暴に掛け、彼女は個人の冷蔵庫から質素な缶を数個取り出す。

 小さな椅子をベッド傍のクロスをかけたテーブルまで引っ張って、エレノアはベッドに腰をかける。

 

黒ビール(ギネス)だ。モドキな上に時間が立っているから味は落ちるが……』

『へぇ……』

 

 仕事の話は終わりとばかりに、シャツの襟元のボタンを外し、スラックスの中に入れていたシャツの端を外に引っ張り出して一息吐いている。

 さて、俺にも美人の誘いを断る理由なんてどこにもない。

 

『いいね、付き合おう』

『――ふっ。そうでなくてはな』

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 防衛の基本は二つ。この二つで全てが決まる。

 (防壁)(タレット)だ。

 この二つをしっかり配置しておけば、少なくとも地上の敵はなんとかなる。

 空飛んでる奴? 出会った時の状況次第ではその時点でジ・エンドだ。

 

「なるほど……トラック整備工場跡をそのまま使うのか」

 

 ドーバーから車で北に少し飛ばした所にある街跡。かつてはウィットフィールドと呼ばれていたその街の外れに、俺たちは向かっている。

 

「あぁ、修理すりゃ使える車両だってあるだろうし、資材にも困らない。キョウスケがこっちに来た次の日には先遣隊を送って『掃除』を済ませてるって話だ」

 

 ジープ――パズルゲームの様に積み上げた機材などで狭くなった荷台部分で共に揺られながら、自分と向かい合っている金髪の男が肩をすくめる。

 二週間前にエレノアから依頼を受けた後、俺は作業エリアでひたすらタレットを組み立てていたのだが、その間この金髪の男は暇つぶしにと毎日俺の元を訪れていた。

 

「それにしても――今までにもお前と動く事はあったが、こうして完全に仕事を一緒にこなす事になるとは思わなかったぜキョウスケ」

「そいつは俺もだ、ジェド。前来た時は世話になったな」

「水がヤバいって噂を聞いて化け物どもの住処を突っ切ってくれたんだ。むしろ誇れよ」

「デマに踊らされただけだったさ」

「それでも……あぁ、それでも嬉しかったんだぜ、キョウスケ」

 

 ジェド。三年前からドーバー自警団に参加しているという男だ。

 三年前から武器を手にしたと言う、ある意味で同期のようなコイツは酒好きと言う事で話が合い、ドーバーに立ち寄った時はよく互いの愚痴を言い合う仲になった。

 

「まぁ、一番意外だったのは、第一陣の中にフェイがいた事なんだが……」

「あら、ご不満?」

 

 荷台や後部座席に詰められたタレットや機材は、準備期間の間に俺が作成したものだ。機材の隙間に身をうずめている俺とジェドを、いつもは俺が座っている運転席を陣取っているフェイがわざとらしい声でそう聞いてくる。

 

「不満じゃないが意外だったんだよ。女を外に出すとは思わなかった」

「ジェド、それって古き良き紳士主義? それとも古臭い男女差別?」

「わかんねーのかフェイ? 男9に女1だと子供は1人ずつだけど、女9と男1なら9人ずつ増やせるだろう? 合理性って奴よ」

「アンタ、バカじゃないの?」

 

 言いたいことは分かるがもっと他に言い方は無かったんだろうか。

 フェイが顔を少し紅くして罵ってくる。

 

「まぁ、間違っているわけじゃない。どうして志願したんだ、フェイ?」

「キョウスケから話を聞いた時点で興味はあったのよ。候補になってる場所に大量のトラックの残骸が放置されている所があるって先遣隊の報告は聞いてたし、離れたトコには車の販売所? みたいなのもあってそこにも車が置かれてるって話まで聞いたら……ねぇ?」

 

 ようするに、今まで見た事ないような大量の車に触れるから――というのが志願理由だったようだ。

 

「この車バカめ……」

 

 俺が言いかけた事を、先にジェドが言ってくれる。

 

「何よー。アタシ達がたくさんの車を使えるようにしているおかげで物流が保たれているのよ?」

「にしたって命掛けるこたねーだろ……」

 

 ジェドのぼやきに内心で同意する。実際、エンジニアとしての腕が確かなフェイなら重宝されるだろうし、実際されている。もっと生き方を選べそうな物だが……。

 

「いつ話を受けたんだ?」

「キョウスケが来た次の日。どこに拠点を設営するかってのは私達が会議で決めたのよ」

「フェイ達?」

「正確には、自警団の幹部。アタシ達エンジニアは、候補地からどこがいいか意見を言うって形ね」

「…………」

 

 ふと、ある可能性を思いつく。

 

「おい、まさか拠点が整備工場跡地になったのってお前がごり押しをした結果じゃ……」

 

 なんとなく、不安になってそう尋ねる。

 するとフェイはあからさまに運転に集中する振りを始めて口笛を吹きだした。

 

「…………」

「…………」

 

 思わず俺とジェドは顔を見合わせる。

 恐らく、互いの思いは一致している。

 

 

――こんの、車バカめ……

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 現場に到着早々、さっそく俺は周辺へのタレット設置作業に勤しんでいる。敷地から少し離れた所に林や草原があり、当然のごとくUBCの影響を受けたそれらは淡い輝きを放っている。具体的にどう人体に有害かは不明だが、少なくともクリーチャーが寄る可能性はある。

 もっともそれは最初から分かっており、今はマスク装備の自警団が焼却作業に入る所だ。

 問題は、その煙や炎がクリーチャーを寄せ付けないかどうかと言うことだ。

 そのためにこうして元々ある鉄柵も利用して鉄条網を張り巡らし、タレットの効果を高くするために鉄骨を組んだちょっとした高台を建ててその上にガンタレットを設置。とりあえずの防衛網で設備を囲っていく。

 

「……分かっちゃいたがやってる事がいつもと変わらねぇ。けど範囲が恐ろしく広い……」

 

 それこそ、少し前のポーツマスでも自警団の警護を引きつれて周辺のタレットの整備に回ったり、新しく設置をしたりしていた。

 違う所と言えば、資材や弾薬が自由に使えるのでタレットの性能も少し上げられている所だろうか。

 タレットはより大きな弾丸に、そして反動に耐えられるようにそれぞれ完全に固定している。

 ポーツマス防衛戦ではアルミラージの群れに一部が突破されてしまったが、今度はそう簡単に破られはしないだろう。囲み終わりさえすれば。

 

(といっても、より強力な個体に来られると厄介か)

 

 例えばポーツマスでも一匹だけ確認された緑の巨大犬、ケーシー。同じく犬の変異だが、身体はケーシーに比べて小さく、群れずに個で動きまわり、だが毛並みが黒色の金属質に変異しており危険度が非常に高いブラック・ドッグ、それにここらでは良く出るゴブリンの群れ等……。

 

(今の所、ある程度の差異はあってもゲームとポップする敵はそれほど変わっていない)

 

 たまに出てくる強力な個体も、遠出したり冒険をした商人や自警団員によるいわゆる『トレイン行為』によってシェルター近くまで来るパターンがほとんどだ。

 場合によっては、そのトレイン行為で本来ならばいない個体の群れが来てしまうことがあるが、頻繁にという訳ではない。

 

(それが正しければ、ここらは……)

 

 ドーバーは開始拠点の一つだった。

 防衛関連の施設や設備、そして防具や車の設計図が手に入りやすい反面、武器設計図やパーツの入手には少々苦労し、付近の採取地点も汚染されていない木材は取れるが鉱物資源が少ないというデメリットがあった。そしてなにより――

 

(たまーに変異種が沸くポイントに近いんだよなぁ……)

 

 変異種。ようするに強力、かつ変わったドロップ品を落とす特別なクリーチャーだ。強さはまちまち。さすがに始めたばかりのキャラで倒せるようなのはいないが、ちょっと装備が整えば倒せる奴もいる。

 ドーバーの近くならば、確か出るのは超巨大ケーシーだったはず。

 

(いくらなんでも、あんなんが出るなら一発で分かるよな)

 

 ただでさえ牛サイズのケーシーが、下手な建造物並に肥大化しているのだ。あれを見落とすのは難しいだろう。

 

『キョウスケ、そっちはどう?』

 

 そんな事を考えていると、無線からフェイの声がした。

 

「とりあえずタレットは手分けしたおかげで設置完了。一応念のためにバッテリー式も用意してるが、完全に防衛網が機能するかどうかはそちらの作業次第だ」

 

 このトラック整備工場は、どうやら食品会社所有の物だったらしい。すぐ隣に巨大な倉庫と加工工場がある。

 俺も真っ先にそっちから作業を始めたが、今フェイ達エンジニアは総出で発電設備の設営を始めている。

 屋上部分に隙間なくソーラーパネルを敷きつめ、そこで発生した電力を溜めるための蓄電池を建物内に設置していく。

 最終的には、そこから電力をもらってタレット網を動かす計画だ。

 

『こっちは取り合えずソーラーパネルの設置は完了したけど、蓄電池の設置には時間がかかりそう。パネルも念のためにフィルターかけてまだ動かしてないし、工程としては30%かな?』

「工場内の設備は使えそうか?」

『うん、基礎部分は無事だし、緊急用の自家発電装置もあったから補助としても使える』

「生産ラインは?」

『動かせるけど動かす理由も物もない、ってとこかな。ラインは生きてるから、生産部分をこちらで作れれば使えそうだけど……それには資材とか食糧が湯水のように使える状況になってようやく――かな』

「……まぁ、そりゃそうか」

 

 ゲーム中での工場設備も、資源を一定量溜めこんでようやく稼働する物だった。しかも作成できる物は質が一定ではない。更に資材を使って設備レベルを上げて、ようやく低品質品が出る確率が少なくなる程度だった。

 

(というか、そんな簡単に生産が復旧できるならとっくに人間サイドは勢い取り戻してるか)

 

 特に、ゲーム上の設定でも現実世界でも鉱物資源に乏しいイングランドだ。

 採取は基本的に拾ったアイテムを分解するか、あるいは採取ポイント――大抵は昔のゴミ処理場とか工場跡地とかスーパーマーケットやコンビニの残骸とか……まぁ、そういう所で色々漁るのがメインだった。それはこっちでも変わらない。

 

『どっちにしろ夜に起動させるのはまずいだろうって自警団の人達と話しててね、作業の進み具合に寄るけど発電装置を起動させるのは明日陽が昇ってからになると思うよ』

「あぁ、だろうな」

 

 ここに到着して、ジェド達自警団による資材の搬入を手伝う中でその話はしていた。

 いざ発電装置を動かすにしても、防壁はもちろん、万が一UBCが目視できる距離に現れ、そして雨が降った時のために内側をしっかりまとめておいた方がいいだろうと。

 

「そっちも頑張れよ。こっちも自警団のチェックもらいながら周辺固めてくる」

 

 念入りに、いつもそうだが今日は特に念入りに見ておいた方がいいだろう。

 

(自衛手段の薄い人間が傍にいるってのがこんなに重いとは思わなかった)

 

 普段ならば隣にいるのは皆銃や鈍器、刃物、それにライオットシールドなどで武装を固めた人間だった。

 だが、今回は今まで武器を手にした事がないエンジニアが多くいる。

 フェイを含めたエンジニア20名。その命を、自分やジェド達自警団が背負う形になる。

 

「……俺も後で見ておくが、そっちの施設も念のためしっかり固めておけよ」

 

 今日だ。今日の夜を超えれば、俺達の勝ちだ。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「キョウスケか?」

 

 通信を切ったフェイに、念のための護衛として傍にいるジェドが声をかける。

 

「うん。最低限のタレット設置は大体終わって、これから防衛網に穴がないかどうか、各所を補強しながら見て回るってさ」

 

 リチウムイオン型と呼ばれる、旧時代には一般的だった畜電池。それをシェルター内の研究施設で改良を繰り返し、よりコンパクトに、そして大容量を溜められるようにしたシェルターの非常時を担うセーフティ。

 これを危険な外に持ち出すというのは、普通のシェルターでは考えられないことだ。

 

 何度か扱った事のあるフェイは、手なれた手つきでこれを次々に設置していく。

 

「――なぁ、ジープの中での話の続きなんだけどさ」

「なに、ジェド? またセクハラの続きをするってんなら特殊警棒でぶん殴るからね」

「怖えーこと言うんじゃないよ……ついでに話題もそれじゃねぇ」

 

 割と本気で殴りかかってきそうな雰囲気を感じたジェドは、当初の茶化そうとした計画を取りやめ、さっさと本題を切りだす事にした。

 

「お前、今回の件で志願したの、キョウスケが参加したからか?」

 

 質問と言う形を取っているが、ほとんど確認の色が強かった。

 この女は、あの商人のために命をかけている。

 直感ではあるが、ジェドにはそれが分かった。

 

「んー……まぁ、違うって言うと嘘になるかな」

「あぁ、うん。半分ほどはマジで車いじり回すためだろうってのも分かる。お前車バカだしな」

「うっさいよジェド」

「はいはい。で、どうなんだ」

「……ほら、キョウスケって大きい仕事になればなるほど無茶するじゃない。半年前の時だってさ」

 

 半年前、ドーバーの浄水装置に異常が発生し、飲み水が汚染し全滅寸前になっている――という噂が流れた。

 恐らくだが、数あるシェルターの中では比較的環境が整っているドーバーを妬んだどこかのシェルターの人間がやっかみ半分でそんな噂を流したのかもしれない。

 ただ、通信網がほとんどないこの時代、流通を担う商人による人と物の流れが絶たれる事は孤立を意味している。

 自警団が近くのシェルターに物資の交換を頼みに行ったら、接触すら拒否された。UBCに汚染されていると思われていたからだ。

 エネルギー、浄水、食糧は生きている。だから致命的とは言えないが、だが閉塞感が漂っていた中、たまに来ていたジープが駆け付けた。見なれた車体をボコボコにへこませて、クリーチャーの血で染め上げて、

 

 

――水と食糧、医療物資、それから清潔な布と修理に使えそうな資材、それと予備浄水装置と……とにかく出来るだけの物を持ってきた! ここを開けてくれ!!

 

 

 汚染している、全滅したかもしれないというシェルターにわざわざ訪れる馬鹿はいないと思っていた。

 ただですら非常に少ない商人もこの地域は避けていて、見かける事すらない地域に――馬鹿は来た。

 

「致命的な状況だって聞いて一直線にジープかっ飛ばして来たんだって。クリーチャーの巣の目の前走り抜ける馬鹿ってそうそういないじゃない?」

「レディングから一直線に来たんだってな」

 

 レディングはロンドンのすぐ西にあるシェルターだ。そこから一直線にドーバーに来たと言う事は、あのロンドンの脇を抜けてきた事になる。

 

「キョウスケがドーバーに戻って来てからすぐにアイツの装備見たけど、ライフルも拳銃も摩耗が凄くてさ。それ見ると思うんだよね。……あぁ、また無茶したんだろうなぁって」

「あぁ、だろうな。というか、アイツの無茶は俺も色々聞かされてる」

 

 再び訪れる様になった商人から、キョウスケの話はよく耳にしていた。

 少し前にはポーツマスでアルミラージの群れと戦っていたと、その更に前にはソールズベリー陥落を水際で防いだと、更に前にはダートムーアで大暴れしたと、――とにかく色々話題には事欠かない。

 

「今回は外での長期任務。正直、戦闘になる可能性は高いからさ。そうなった時に、アイツの装備を万全に保てる人間が傍にいた方がいいでしょ」

 

 フェイは、実質キョウスケの専任ガンスミスだ。完全に壊れてしまった物も含めて、今までキョウスケが使ってきた銃は、彼がボーダーを訪れて以降は全て彼女の手が入っている。

 

「そういうジェドだって、キョウスケが出るって言うから志願したんでしょ。バリーのおっちゃんから聞いたよ、アンタ本来だったらシェルターの防衛に回されるハズだったって」

「……隊長、口が早えーよ……」

 

 なんとなく恥ずかしくなったジェドが窓の外へと目を向ける。

 まだ太陽は高く、遮る物の一切ない日光が建物の中に差し込んでくる。

 そう、一切ない。白い雲も、灰色の雲も――青い雲もない。今は。

 

「今日の夜が勝負だな」

 

 クリーチャーは、その大体が力が強く、元よりも巨大化している。そして、その大体が元々もっていた個性を失っている。ある物は嗅覚を、ある物は俊敏性を、ある物は聴覚を。

 

「気付かれなければいいけど……」

「それこそ神頼みだな。十字架は持って来てるか?」

「アタシの十字架(頼みの綱)はこれ」

 

 そういってフェイは、腰のホルスターからそれを引き抜く。

 SIG-P226。かつてドイツで生まれた傑作拳銃。

 

「物騒な十字架だな。キョウスケとお揃いか?」

「片方だけ、だけどね」

 

 改造を施しているキョウスケの物と違いメンテだけをしているそれをホルスターに仕舞い込み、フェイも窓から空を見上げる。

 

「日没までどれくらいかな?」

「まだ結構ある。なんせまだ昼前だ」

「6,7時間くらいか」

 

 工場内に設置されていた自家発電設備をフェイは観察する。

 どういじって、上手く活用するのがいいのか考えているのだろう。

 電気を作るだけでこれだけおっかなびっくりなのだ。この工場跡を拠点といえるレベルに持っていくまで、どれだけ時間がかかるのか……。

 

「やれやれ。今回は、キョウスケの顔を長く見る事になりそうだな」

 

 

 


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