急募:『世界を救う方法』   作:rikka

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ウィットフィールド準備編
004:『Key to England』


 ポーツマスを出て海沿いを真っ過ぐ東へ。正直ここらはジープだと、クリーチャーを避けながらでも数時間で次のシェルターに到着できる。

 ポーツマスからブライトン、イーストボーン、ヘイスティングス、フォークストーン。

 正直ここらの街はポーツマスほど活気のあるシェルターではない。だが、ここらは自分をとても重宝してくれるシェルターなのだ。

 

(まぁ、ようするにどこも前線ってことか)

 

 場所はともかく名前はおそらく日本でも多くが知っているだろう街、オックスフォード。

 大学で有名なその街はロンドンの北西に位置する街だ。

 そのオックスフォードを陥落させたクリーチャー達はそのまま周辺を荒らしにかかるだろう。そう思っていたのだが、どうにも予想は外れたようだ。

 

 イングランド南部。イギリス海峡やドーヴァー海峡に面する海岸沿いの街への攻勢が非常に強くなっている。

 ポーツマスはまだまだマシな方だった。あそこの場合、周辺のシェルターの人員が精強だというのもあるだろうが、ロンドンからある程度距離があるというのが大きいだろう。

 

(ちくしょう、ポーツマス(あのクソ眼鏡)の引き籠り政策はあながち間違っちゃいないってのが癪に障るな)

 

 全てがそうというわけではないが、シェルターのほとんどはかろうじて稼働している状態だ。

 UBCの雨に汚染された可能性のある水、生活排水を浄化する浄水装置に食糧生産プラントの環境を整えるための設備各種に肥料、農薬、それらの維持に加えて居住区の膨大なエネルギーを支える発電装置。

 

 一世紀もの間、騙し騙し使い続けているが当然それらは日々摩耗する。それらの修理維持には、これまた当然ながら資材が必要になる。

 それを得るためには外に出ざるを得ない。多種多様なクリーチャーの住処となっている街に潜入し、目ぼしい物を持ちかえり、場合によっては戦闘になる。するとそれは敵を刺激し、引き寄せることにもなってしまう。

 ポーツマスの戦闘経験が少ないのは、周辺のシェルター環境もあって近くで探索したりする機会が他に比べて少ないというのが大きい。まぁ、すぐ近くの臨海区は死ぬほど危険な場所だが――

 

 ともかく、それほどに危険な地上調査を行うのに必要なのが、雨をしのげるしっかりした建物を利用した地上での探索拠点。そしてそれを守るのは各シェルター自警団の精鋭と装備、そして防衛装置。つまり俺の出番というわけだ。

 

(それにしても……さすがに資材も弾薬も尽きてきた)

 

 資材を譲ってもらうために、俺はよく自警団の活動に自主的に参加している。ある意味で傭兵みたいな真似事をしているわけだが、気持ちよく資材や食糧を売ってもらうにはこれが一番だ。

 もっとも、どこもギリギリなわけだ。売ってもらえる食糧も資材もかなり少ない。ギリギリの所で最も必要な物と、どうにかなりそうな物を交換してもらっている。

 そんな中、戦闘が増えている所が弾薬類を多く渡してくれるはずもない。

 今は後ろに積んである分とジープに直接セットしているタレットに装填してある分。そして手持ちの武器の弾だけだ。

 

「……エレノアの奴、こっちの荷物見てねちねち責めてこないだろうな」

 

 自分とほとんど歳が変わらない、だが一つの居住地を治めているおっかない美人の顔を思い浮かべる。

 その顔はどれだけ想像しても2パターンだ。冷たい目でじっと睨んでくるか、怖い笑顔を浮かべてじっと覗きこんでくるか。

 まぁ、つまり――どちらにせよ、俺がエライ目に遭うわけで。

 

「……素通り……したら殺されるな」

 

 だんだんと見えてくる街並み。その向こうにある緑豊かな丘。そこに静かにそびえ立つ古城。――ドーバー城。

 その地下に造られたシェルターこそ、この南西部において最大の拠点である。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「久しぶりだなキョウスケ。どこぞでくたばっていないか冷や冷やしていたぞ。なにせいきなり私に子連れの美女を押し付けてさっさとどこかに行くのだからな。とうとうできた子供を女ごと捨てに来たのかと本気で心配したほどだ。前に拾ってきた女を押し付けたときも同じだったな。まったく同じことを何度も繰り返すとは大した男だ。あぁ、よく帰ってきた。本当によくも私の前に顔を出せたものだ。心から歓迎しよう」

 

「どう歓迎しているのか説明してくれ、懇切丁寧に。……ごめんその、できれば拳とか蹴りとかじゃなく口でだ」

「なるほど、では首元に祝福のキスでもしてやろうか」

「歯を剥くな。歯を」

 

 うっすらと冷たい笑みを浮かべる黒い髪を肩辺りで適当に切っているパンツスーツの美人――エレノア。

 5年ほど前に死んだ父親の跡を継いで、このシェルターの代表を務めている女であり、俺の最大のスポンサーでもある。割と良心的なレートで資材や食糧の物々交換に応じてくれるし、大抵のお願いは聞いてくれる。その分働かされるが――

 

「……オックスフォードが落ちたぞ」

 

 市長室ではなく私室へと通された以上、あまり聞かれたくないなんらかの話があるのだろう。

 さっさと本題に入った方が良さそうだ。そう判断した。

 

「もう聞いた。……食糧事情はさらに厳しくなるな」

「これまで以上にコーンウォール方面のシェルターに頼ることになる。少し前になるが、エクセターが予定していたエネルギープラント区画の三分の二を生産プラントに回すことを決めてくれた。土を休ませながらの大豆(ビーンズ)栽培を中心にして……まぁ、どうにかするそうだ。稼働を開始すれば、自警団から部隊を編成して、ソールズベリーまでのシェルターを回るキャラバン隊の編成も考えているとさ。こっち側には俺や知り合いの商人で回していくことになる」

「ありがたい、助かる。こちらも対策を取らなければならんのだが……」

 

 エクセターは南西部の中心と言っていい拠点だ。最南西部のコーンウォールと南海岸地方を結ぶ交通・物流の要所。

 この世界に来たばかりの俺が最初に訪れた拠点でもある。

 

「つっても、オックスフォードが落ちたのは正直痛い。致命傷と言ってもいい。土関連の技術と施設を持っているのはあそこだけだった」

 

 UBCの影響を受けるのは動物だけではない。UBCの雨を大量に含んだ土壌、そこから生える植物はUBCと同じ淡い光を放つようになる。人がそれを食べたという報告は聞かないが、それを食べた動物がクリーチャー化したという話ならば非常によく聞く。

 オックスフォードは、農作物の不要部分――要するに食べない部分を利用して堆肥を作るプラントを持っていた。

 似たようなことは、どこのシェルターもやっているが大規模かつ効率的なそれを持っているのはオックスフォードだけだった。

 それにあそこは、検査して汚染が少ないと分かった土を『浄化』するプラントを持っていた。

 

「綺麗な土も肥料も足りなくなる。ここでも堆肥は作ってはいるが、どうしても限界がある」

「正直、どこもそれで頭を抱えている。お前ならば何かいい考えがないかと思ったが……」

「唯一思いつくのは、今ある資材や機材を総動員してここに同じ施設を作ることだ。避難してきた人間の中にその知識を持つ人間がいればできなくはない。足りないのならばなんとしてでも集めてみせる気概はある。だが――」

「……今度はそれを維持するエネルギーが問題になる、か」

「そうだ。屋外に設置している風力、ソーラー……微力だが、浄水装置を利用した水力。それらでどうにか賄っているのが現状だ」

「あちらを立てればこちらが立たず、か」

 

 これが地上ならばもう少しなんとかなるのだろうが、ここは地下施設。僅かなことにも電力を使う。

 文字通り、エネルギーは食糧に並ぶ――いや、それ以上の生命線と言えるだろう。

 なにせ、エネルギーが枯渇したらまず真っ先に循環している水の浄化が止まってしまう。

 

 エレノアは執務椅子にどさっと腰をかけて、背もたれに体重をかける。

 

「キョウスケ、この話は――」

「緘口令だろ? 分かっている」

「すまん。だが、口にする物が減るかもしれんという話は住民に大きな不安を与える。積み重なれば暴動も起きかねん」

「…………」

「どうした?」

「いや、言おうかどうか少し迷っていたんだが――」

 

 ポーツマスを出て、間のシェルターに立ち寄ったときに知り合いの商人と情報を交換する機会があった。

 主に、オックスフォードが陥落してから後の周辺の様子だ。

 

「オックスフォード近く……コッツウォルズ地方の小さいシェルター同士で争いが起こっている。近寄らない方がいいと知り合いから警告を受けた」

「……っ」

 

 恐らくどこかで予想はしていたのだろう。大きな驚きは見せず、だがエレノアは、強く歯を噛み締めた。

 

「陥落の知らせを受けて集団パニックに陥ったんだろう。発電装置や浄水装置、そのパーツの奪い合いが起こっている」

「……ブリストルは大丈夫か?」

 

 その近くで最も大きなシェルターの名前を彼女は口にする。

 

「そっちには影響がない。警戒は必要だけどそっちまでは行っても大丈夫だと知り合いは言っていたが……実質、クリーチャーの件も含めて北は危険だ」

 

 ゲーム内ではイングランド本島は、その中央部のマンチェスターという街辺りまでは割と自由に移動できた。

 車さえ入手できればある程度の敵は振り切れたし、資材を揃えて車を改造、速度を上げるか武装を取り付ければ危険地帯なんて数えるほどだった。

 

(それが今では、南部の中の南部でしか活動できないとか……)

 

 正直な話、今となっては北の方がどうなっているのか見当もつかない。

 理想でいえば間がクリーチャーやその他の要因で断絶しているだけであって、向こう側も生き延びていると信じたいが……

 

「暴徒になったと言っても人間――いや、生物か。意識してか無意識か、数の多い所を相手にするような自滅に近い行動は避けている」

「嘆かわしいとしか言いようがない。が、我々もそうなりかねないということから目をそらすわけにはいかん……か」

 

 壁に貼られたイングランドの白地図には、現状どうにか行き来が可能、あるいは状況がどうにか分かっている所について色々と書き込まれている。書ききれなくてメモ付箋を貼りつけている所が多数だ。

 だがそれらはイングランド島全体の三分の一にも届かない。下半分の更に半分から更に削って……というところだろう。

 

「一手が必要だ」

 

 地図を睨みつけたまま、エレノアがため息と共に呟く。

 

「状況を打破する、そして現在の我々でも可能な一手が……今すぐ必要だ」

 

 んなことわかっとるわ。

 

 反射的にその一言が口に出そうになったが、それもまた反射的に飲み込む。

 責任とはほとんど無縁の俺ですら嘆きたくなるのだ。大勢の命を背負うエレノアが愚痴るのを、止める権利なんてない。

 

「……俺に、できることはあるか?」

 

 またまた反射的に、俺はそんなことを口走っていた。

 正直なところ、いけ好かないポーツマスのクソ眼鏡もそうだが……皆生きている。

 この絶望的な状況でなんとか持ちこたえようと全力――いや、死力を尽くしている。

 だから、なんだかんだで嫌いになれない。

 生きようと、生かしたいと、そう思う。

 それを聞いたエレノアは、「そうか、そうだな――」と苦笑を浮かべながら執務机の引き出しを開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょうどお前にピッタリな仕事を多種多様揃えているのだが……そうだな、お前がそう言ってくれるのならばとびっきりの奴を――」

「よし、お前やっぱり地獄に堕ちろ」

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 このイングランドを旅するのに最も大事なのは『足』だ。

 こいつがなけりゃ旅はもちろん、敵から逃げ回るのにも一苦労する。

 俺みたいに外を回る人間にとって、ある意味水や食料よりも優先して守らなくてはならない物である。

 

「ねぇ分かってる? こんな無茶苦茶な扱いして! バンパーにクリーチャーの血液ついてて洗浄だけでどれだけ時間かかったか……今のご時世、車は貴重なんだからね!? 貨物用の第二車両までベコベコってどういう運転したのさ!?」

「いやもうホントに申し訳ない。悪かった。本当に悪かった。あ、バンパーは補強しておいてくれ。数がそこそこ程度なら突撃戦法が非常に有効だってのがよく分かった」

「アタシの話聞いてた!!?」

 

 所々の汚れが目立つ、オレンジ色のジャンプスーツを着た少女が目くじらを立てて俺に詰め寄る。いやもうホントごめんて、でも便利なんだって車の突撃戦法は。

 エレノアとの話が終わってから、俺はジープを預けていた整備棟に来ていた。

 自警団が使う装備のメンテや改良、改造を行う所だが、俺も特別にここを使わせてもらっている。

 彼女はフェイ。主に車両を担当することが多いメカニックだが、銃火器の改造、改良を行うガンスミスでもある。

 

「いや、でも真面目に頼むわ。道路を走らせているときは大丈夫なんだけど、国立公園とかの危険地帯突っ切る時は本当に必要なんだよ。タレット起動させて弾薬を消費するのもつらいし……」

「言いたいことは分かるけど、それなら危険地帯避けていこうよ。クリーチャーのど真ん中で故障だなんて笑えないよ?」

「どうしても急ぎの仕事が多くてな……。それにガソリンの消費も抑えたい」

「それも分かるけどさぁ……」

 

 私不満です、と顔をしかめるフェイは、先ほどまで作業をしていたのか汗まみれの額をタオルで拭う。

 

「まぁ頼むよ。積み荷のガソリンは代金として渡すから整備頼む。バッテリー周りも念入りにな」

「何? タレット増設するの?」

「あぁ……物騒な美人さんから物騒な仕事を押しつけられてな。今回だけでいい、輸送や足回りより防衛に力を入れてほしい」

「物騒な美人って市長のことだよね。何頼まれたの?」

「俺の本分さ」

「……どこかの女口説いてくるの?」

「ぶん殴るぞお前」

 

 コイツが俺のことをどう思っているかが一発で分かる発言である。

 言うほど手を出した女はいないと思うんだが……。

 

 

 

 

「拠点の製作だ。……ちょっとばっかし危ない場所でな」

 

 

 


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