急募:『世界を救う方法』   作:rikka

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003:Go to the East

『青い雲――UBC、そしてクリーチャーに関しての研究は各国が進めていた。当然だな、文字通り世界の危機だったのだから』

 

 伸ばしっぱなしのボサボサの髪を掻き毟りながら、その女は俺にそう言った。

 

『それで、結局研究成果は?』

 

 互いにとあるシェルターで作られたビールを口にしている。俺が入手してきた物だ。

 真面目な話の時にどうかと思うが、酒がいいと言うので用意してきた。おかげでかなりのタレットを作成して提供することになったが……まぁ、それはいい。

 俺の質問に、女はグラスを呷りながら、しかし顔色はまったく変えず、

 

『今、世界がこうなっている。それが答えさ』

『……なんにも分からなかったってわけか』

『それは正しくない。正確にはほとんど、だな』

 

 女性は、隈ができたどこか病的な目を爛々と輝かせて、手元の紙をめくる。

 なんというか、美人なのだろうにもったいねぇ。

 

『まだUBCが現れて間もない頃、環大西洋国家を主軸としたプロジェクトがあったようでね、英国、EU、米国、カナダ、アイルランド、ブラジル――それに協力した日本と……まぁ、それぞれの国家の空・海軍や宇宙開発機関による『UBC』の調査が行ったようだ。その結果、『UBC』は銅に近い金属片を大量に含み、そして帯電していることが判明している』

『……金属? 雲が?』

『粉末状の物だがね。当然『光る雨』にもそれは含まれているだろう。クリーチャー化にもやはり関係があると思う』

 

 女性は何枚かの分厚い紙――いや、かなり変色している写真を取り出して、見せてくる。ウサギ、ヤギ、イヌ、馬、羊などなどなど。ただし一見皮膚が爛れていたり、明らかに皮膚の色が違っていたり、一部の筋肉や皮膚が盛り上がっていたりする。

 自分たちが戦っているクリーチャ……だが、実際に自分が交戦した物よりも、変異は少ないように見える。

 

『UBC発生当初。つまりは初期段階のクリーチャーだ。彼らもこの一世紀で変異し続けているということだ』

 

 女は続ける。

 

『市街地の探索などで見つけた読める状態の当時の新聞、雑誌、本などの資料を見る限り、間違いなく昔のクリーチャーは弱かった。防壁やタレットなど置いていない、ごく普通の地上の街に住んでいた当時の人類にとってはそれでもかなりの脅威だったし、文献の様子だと襲撃頻度は今以上だったようだがな』

『昔の状況に興味はない。分かってることは?』

『……せっかちだな君は』

 

 無駄に、さぞ美味そうに喉を鳴らしてグラスのビールを飲み干した女は、改めてこちらに向き直る。

 

『おそらくそうした性質を含む金属――いや、物質によって変異したためにその影響を受けているのだろうが……奴らは電気のあるところを好む性質がある。旧時代の発電施設や変電施設、規模の大きい自家発電を持つ病院や軍基地などが優先して襲われたのはそれが原因――ではないかという話だ。今もシェルターが襲われやすい所をみると、あながち間違いでもないかもしれん』

『……だが仮説か』

『仕方あるまい。繰り返すが、今よりもはるかに優秀な武器や兵器、なにより人が大量に溢れていた時代だ。もし、正確に奴らを理解していたのならば、このような歴史にはなっていないさ』

 

 空になったグラスを軽く振ってお代わりを催促する女。

 色々言いたいところではあるが、自分もなんだか飲みたくなってきたのでなけなしの一本の栓を開ける。

 おそらく今後二月ほどは水だけだろうが……。

 

『クリーチャーの身体能力や五感の強化、あるいは低下。その理由もそこら辺にあるかもしれない。生物の体を動かすのは熱、酸素、そして電気信号』

『UBCに含まれているっていう物質がそれに影響を与えている……かもしれないという話か』

『そうだ、ただし全ての生物ではない。例えばだが、もしUBCが微生物などにまで影響を与えているのならば、我々人類はすでに全滅している』

『影響の有無か。その条件に目途は?』

『残念ながら、まだだ』

 

 女は、少々大げさに肩を竦めてみせる。本当に残念と思っているのかどうか、それなりに深く付き合っている俺でなければ判別できないだろう。

 

『それを知るには、直接この手で調べる必要がある。まぁ、私としては望むところなのだが』

『あぁ、それをお願いしたい』

 

 自分がこの女に会っているのはこれが理由だった。

 クリーチャーに触れることは禁忌……あるいは汚れだという風潮の強いこの世界で、タブーに触れてくれそうな人間は自分にとっては貴重だ。――周りから見れば変わり物か厄種だろうが。

 

『……君は、ヒーローになりたいのか?』

『違うといったら嘘になるんだろうな』

 

 駆けだしとは言え商売をやっている人間がこんなことを言うのもなんだが、自分に交渉の才能はない。

 契約をするときに、小難しい言葉で煙に巻く真似もできないし、なにより下手にカッコつけて複雑な契約をしようものなら、後で自身の首を絞めそうな気がする。

 だから俺は思ったままを口にすることにした。

 

『妙なことを言うと思うかもしれないが――ちょっと前まで俺は普通に生きていけると思ってたんだ』

『…………』

 

 何かを言おうと僅かに女は口を開くが、すぐに閉ざした。

 黙っていた方がいいと思ってくれたのだろう。ありがたい。

 

『それが、まぁこんな感じだ。じっとしていてもいつクリーチャーに襲われてもおかしくない。その前に、何か一つ間違いが起これば飢え、あるいは内乱で死ぬだろう』

 

 実際、よくある。シェルターらしき出入り口を見つけたら分厚い何層ものシャッターが喰い破られており、中がクリーチャーの巣になっているシェルター。

 余所者を決して中に入れないシェルター、あるいは、中で全員息絶えていて開けようにも開けられないシェルター。恐らく、何らかの理由で出れなくなって助けを求めようとしたのだろう、出入り口の通信用モニターだけが付いており、アップで白骨化、あるいは腐敗した死体が映ってるなんてこともあった。

 

『そんな世界のまま歳を取るのは嫌だ、と。そう思ったんだ』

『……君や私の代では何もできないかもしれない。というか、その可能性は十分以上にある』

『だろうな』

 

 そんなことは知っている。ゲームのときですら結婚やら次世代というシステムで、キャラが消えることは無かったが歳を取る仕様になっていた。当然、子孫の方が各種パラ上限の限界突破、初期ステータスやスキルなどのボーナスなどのために強くなる。βテスト期間ではそこまでいかなかったが。

 

『だが、そうだな……』

 

 俺が何をしたいのか、正直俺自身が分かっていない。

 ジープのエンジン音を聞いて集まってくるクリーチャーから逃げたり、荷物目当てでシェルターの人間全員から殺されそうになったり……まったく碌な目に遭っていない。

 正直、毎回まともな居住シェルターに勧誘される度に、僅かながら心が揺れている。

 それでも旅を続けているのは……。

 

『多分俺は、何もしなかったと思う選択をしたくないんだ』

『その自己満足のために私を雇うと? このシェルターじゃ魔女扱いされている私を?』

『そうだ』

『……君に悪い噂が付いて回るかもしれんぞ。命を賭けてシェルターを守る自警団ですら、中に住まう住人からは白い目で見られる世の中だ』

『あぁ、そんなことは俺がよく知っている』

 

 なにせ、クリーチャーやUBCの雨に接触する可能性が段違いなのだ。触る必要のない居住地区の人間からすれば病原菌を運んでくる厄介者だと思うのだろう。特に、好き好んで外を回る俺のような人間は。

 ――つまり、今更なのだ。

 

『頼む。俺の自己満足に付き合ってくれ』

 

 俺にできたのは、頭を下げることだけだった。

 つま先をじっと見つめている。

 前の方、頭の方からため息が聞こえる。そして――

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「うぁ~~~~……」

 

 ポーツマスシェルターを出発して数日。少し多めに食糧を調達して、数日間近くの廃墟を探索していた。

 目的は屋内の家電製品や家具を分解して資材を得ること。もう一つ、例の女傭兵の痕跡を探ることだ。

 

「このマットレスいいな。様子からしてこの部屋はこれまでクリーチャーも入ってなかったみたいだし……持っていくか。枕も」

 

 現代風というより、昔の建造物という感じの宿泊施設。その一室を仮の拠点として活動していた。

 ふかふかのマットレスで惰眠を貪ること、最高なり。

 

 普段ならばジープの中で過ごすのだが、作りが頑丈そうであんまり荒れていない建物などを見つけると、構造次第ではこうしてゆっくり過ごすこともある。

 当然、部屋の周りや出入り口、侵入口にはタレットをいくつか置いている。

 

 別に誰に見られるというわけでもないが、埃を払った鏡を覗きながら寝ぐせに手櫛を入れて直す。

 

「そしてここらも外れか」

 

 以前拾った荒廃前のイングランドのロードマップ、所々に×が書きこまれているそこに、今度はチェックマークを入れていく。

 

(ゲーム中だとポーツマス近くは使えるシェルターいくつかあったはずなんだけど……)

 

 自分が一番好きだった要素。それが拠点作成だ。

 各地に散らばっている拠点ポイント。そのうち二か所――課題クエストをこなせば最大5か所までの拠点やシェルターを自分の手で作れるのだ。

 最初に用意されているのは出入り口、数人分の居住区画、管理室、周辺の囲う鉄条網とタレット数機のみ。

 ここに施設や防衛を足していって、住人を増やしていくのだ。

 武器、防具等各種店、食糧プラントに浄水装置といった基本的な物から拡張を続ければ手に入れた車両の修理から改造まで可能な車庫、自分が入手した不要な物を売ってくれる店など色々ある。

 で、自分が登録していないシェルターポイントに行くと他の人が作ったシェルターに訪れることができるというわけだ。お気に入りとしてそのポイントに登録をすることも可能だった。

 

 自分の自由にできる拠点――特に雨を気にせず、電気なども使えるシェルターを見つけ出す。俺が旅をする中で一番大きい目的はこれだ。

 ゲーム中ではいくつかの条件を満たせばランダムではあるが一定時間ごとに資材を入手できる特殊なプラントも設置できるようになった。

 さすがにリポップという無限再生現象があり得ないこの世界ではそこまで便利な物はないだろうが、拠点があるというのは非常に便利だ。

 問題は、そのシェルター内の設備がゲームと同じようにある程度生きてくれているかだが――

 

(まぁ、自前の研究施設があった方が、アイツもやりやすいだろうしな……)

 

 大体一年前くらい前に、自分が個人的に雇った研究者がいる。

 クリーチャー、ひいてはUBCに関する研究を進めている女だ。

 今のご時世、研究というとより強力かつ効率的に作れるシェルター防壁や作物の改良、生産等が主軸なのだが……。

 

「……さて、さすがにそろそろ移動するか」

 

 探索の間に拾った使えそうな物はかなりの量になる。このまま真っ直ぐ次の目的地まで行っても問題はないだろう。あまり探索に時間を費やしては無駄に食糧を消費してしまう。

 浄化した水があるから当分はどうとでもなるが、あまりに余裕をなくすと街での取引で足元を見られる可能性がある。そうなると非常に面倒だ。

 

 それに、例の女傭兵も次の街目指して移動したと見るべきだろう。それらしい痕跡は見えなかったし、傭兵ならば稼ぎ所にさっさと行くはずだ。

 傭兵――つまりは戦う力を必要とされているのはどこでもそうだが、喉から手が出るほど欲しいという所ならば当然激戦区。

 

「こっから北に行ってオックスフォードから流れてくる連中に対処するか、あるいは……」

 

 俺と同じ東か。

 そうだったのならばいい。俺と行動を共にしてくれるのならば、尚。

 

「とりあえず――」

 

 扉を開けて、廊下に出る。こちらのガンタレットは起動した気配がない。

 人の気配はもちろん、獣の気配もしない。……だが、濃厚な血の臭いだけは立ち込めている。

 階段を下り、裏口に回る。ちょうど守りやすそうな場所に止めたジープへと向かい、

 

「……さっさと行くか」

 

 通りかかっていたのだろう、猿が変異したような――だが、人間の衣類の残骸を身に付けたクリーチャーが、血まみれで辺りに倒れていた。

 その傍にはジープを守り続けていた二台の守りの塔(タレット)が、じっと主人に回収されるのを待っていた。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「おいどうした、この二日飯食ってないって?」

 

 ポーツマス自警団。主にシェルターに近寄るクリーチャーの排除、資材のための周辺部における廃品回収(スカベンジ)作業などを行うグループだ。ようするに、シェルター運営のための汚れ作業を請け負う集団と言っていい。

 そんな集団が寝泊まりする大部屋、そのベッドの上でピクリとも動かない一人の少年に、眼帯の男が声をかえる。

 少年の顔色は悪く、横になっているその姿は死んでいるかと思ってもおかしくないほどだ。

 

「…………僕は」

「今回が初仕事だったんだってな」

 

 眼帯の男は、少年のベッドに乱暴に腰をかける。

 いきなり力を受けて歪んだマットレスが少年の体を揺する。

 

「ならそんなこともある。……ある意味では大当たりだ。大抵初日でクリーチャーに出くわす奴はいねぇ」

 

 眼帯の男は知っている。キョウスケが流通路確保のために、大通りなどの交通に便利な所はできるだけクリーチャーやその巣を探しだして対処していることを。

 無論、焼け石に水だろう。だが、そのうえでクリーチャーが潜みそうな場所――建造物や路地などを有刺鉄線などを使い封鎖していた。

 それが破られていれば、そこは危険地帯というわけだ。

 

「……殺したんだ。僕が、僕は――」

 

 先日、13になったばかりの少年に寄りそう両親はいない。

 母親は彼を産んだときに命を落とし、自警団だった父親は彼がちょうど12歳から13歳へと変わるその日に命を落とした。

 

「そうだな、お前さんは奴を――ケビンとアルフを死に追いやった。行方不明ということだが、ノブの奴も……多分な」

 

 だから、自警団の仲間は少年の親代わりになると決めていた。だが、死亡率の高い自警団の中で、子持ちはそれほど多くない。……どう接していいのか分からないのだ。

 

 そんな中眼帯の男は、腫れ物に触れるかのように接する仲間と違い、事実を口にした。

 きっと、周りの仲間が聞いたら目を剥いて止めに入るだろうが、少年には必要なことだ。

 それが眼帯の男には分かっていた。

 

「……父さんの仇を討ちたかったんだ」

 

 ボソリと、少年が呟く。

 

「父さん、いつも怪我して帰ってきて。でも、おもちゃを買ってくれて……たまに商人が来たときは魚とかお菓子を買ってくれて……」

 

 キョウスケだ。

 眼帯の男はそう思った。

 稼げる行政側だけではなく、金も資材も碌に持っていない個人とまで取引しようだなんて馬鹿な商人。そんな奴は一人しか知らない。

 

「でも、ゴブリンに喰い殺されたって……顔、残ってなかったんでしょ? 僕、見せてもらえなかったもん」

 

 ゴブリン。どういう存在か未だによく分かってないが、UBCの雨に触れて『オーガ』になる過程だとか、あるいは成りそこないと言われているクリーチャーだ。

 オーガが完全に二足歩行なのに対し、ゴブリンは姿勢を低くした猿のような姿勢で移動し襲いかかってくる。

 力もスピードもオーガとは比べ物にならないほど弱いが数は非常に多い、クリーチャーを相手にする自警団にとって最も警戒しなければならない相手の一つだ。

 

「……だから、自警団に入って……クリーチャーなんて全部やっつけて、父さんみたいに死ぬ人を無くしたかった。なのに……っ!」

 

 啜り泣く声が、狭い部屋に響く。

 眼帯の男は、「そうか」と呟き、そのまましばらくじっとして、

 

「自警団にいると必ずそういう目に遭う。あのときこうしてりゃ、ああしてりゃ。前に出てれば、下がっていれば。そして――死ぬべきは自分だったと思うときが……」

 

 鼻をすする音が響く。少年は答えないが、おそらく聞いてはいるだろう。

 仮に耳に入ってなくても、それでも語ることしか男にはできない。

 大人も子供も関係なく、耳と心を開かせるには共感を得るしかないことを男は知っている。

 

「俺もそうだった。……なんて言っても、だからどうしたって話だが……」

 

 だが、知っているだけでどうすればいいかは分からない。だから、出てくる言葉はどこかで聞いたようなありきたりな物になってしまう。

 

「俺にとって大事な奴だった。守らなくちゃいけない奴だった」

 

 伝えきれない申し訳なさが混じりながら、それでも男は続ける。

 

「ソイツを死なせてしまったとき、死にたい気分になった。俺が前に出てれば、アイツは生きていたんじゃないか。そんなことばかり考えてしまう」

「…………」

「でもな、死んだところでどうしようもねぇ。死んだところで、精々食いぶち一人分が浮くくらいしか『いいこと』が思い浮かばなかった」

 

 ふと、男はキョウスケを思い浮かべた。

 同じように転んだと言っていたあの商人ならば、少年になんと声をかけるのだろう。

 

「だから、もっと守ることにした。ソイツの後にも大勢を死なせたと感じる。その数が増えるたびに、もっと多くを守れるようにと一人死なせれば十人を、二人死なせりゃ二十、三十と……」

「……オジさんは、今は守れてる?」

 

 少年が、鼻をすすり、真っ赤になった目を拭いながらそう聞く。

 

「わからねぇ。ソイツが分かるのは……きっと自分がくたばるその瞬間なんだろうさ」

「……オジさんはいつ死ぬの?」

「さぁな。死ぬときだ。ずっと先か……あるいは明日かもしれないし、明後日かもしれない」

「それまで、ずっと苦しむんだね」

「あぁ、そうだ」

 

 一日生き延びるたびに、背負う物が増える。

 男が唯一、自信を持って真理だと言えることだ。

 

「だが、苦しいだけじゃない。希望もある」

 

 今度は、少年は聞き返さなかった。だが、言葉を待っているのはなんとなく感じていた。

 

「信じることだ。少しでもマシな世界になることを。少しでも良い世界になることを」

「……僕には、信じられないよ」

「今はな。俺も、少し前まではそうだった」

 

 殴り殺し、撃ち殺しても増えるばかりのクリーチャー。一方で日に日に減っていく食糧配給。水は浄水器を通しているとは言え、それが本当に汚染されていない物かどうか怯えて口にする日々。そして倒れていく仲間。それがポーツマスの日常だった。

 

「きっといい日が来る。そう信じさせてくれる奴が現れた」

 

 その街のお偉いさんに媚を売る商人が多い中、まっすぐ意見をぶつける馬鹿がどれほどいるだろうか。

 自警団の後ろから弾幕を張るのではなく、その自警団を助けにクリーチャーの群れの中に飛び込む商人がどれほどいるだろうか。

 奪還、という言葉を掲げて戦力を整え人をまとめようと努力をする男が、どれほどいるだろうか。

 死ぬしかないと自暴自棄になって、クリーチャーの群れの中で喰われかかっていた男を全力で救ってくれる商人が、どれほどいることか。

 

「いつか、お前もきっと出会う。自分の罪を許してくれる奴が、許させてくれる奴が。生きる意味があったと信じさせてくれる奴がきっと現れる」

 

 そっと眼帯を――そのとき失くした左目があった所を触れながら男は立ち上がる。

 

「ほれ、余裕が出てきたら食っとけ。外回りも内側も、人間身体が資本だ」

 

 男は懐から、持ってきていたベイクドビーンズの缶詰を放り投げる。

 

「お前の親父さんの好物だ。温めたソイツをパンと一緒に食うのが好きだった。アイツが……キョウスケが干し肉とかを持ってきたときはそりゃあもう喜んだもんさ」

 

 反応を示さない少年。だが、男は笑って声をかける。

 

「生きろよ坊主。生きて、強くなって、たくさんの人を守れ。それがお前の償いだ」

 

 半分少年に、半分自分にそう言って、男は静かに部屋を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 この時代、どこにでもある光景だ。

 

 男が立ち去った後、少年はそっと缶詰を手に取ってなぞる。ラベルなんてない質素な物だ。

 少年は、まだ立ち上がれない。起き上がれない。

 

 


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