タイヤがデコボコな地面を踏みつけていく雑音が、うっすらと蒼く輝く草むらに響く。
通りかかる度、定期的に草むらに火を放つのは自警団や行商人の義務であった。
クリーチャーを寄せない様に。――あるいは、忌々しい蒼い光を少しでも減らすように。
「……なんか、今までと運転の心地が違い過ぎて気持ち悪い」
「だが、これまでにくらべて燃料の心配は減ったのだろう?」
「いや、まぁそうなんだけどさ」
座り慣れない運転席に腰を沈め、なんとなくぼやいた俺の独り言に、普段ではあり得ない返ってくる言葉がある。
隣に腰かけている釣り目の美女が、外を眺めながらちょくちょく白地図に何かを書きこんでいる。
良く酔わない物だと感心してしまう。
そしてその膝の上には、一人の少女が身体を預けて熟睡している。
完全に足を止めている夜に、外にいるという環境が不安で眠れていなかったのだろう。
「それにしても……クリーチャーが増えたな」
「ああ」
加えて、クリーチャーとの戦闘が幾度もあったのでその影響もあるだろう。
もっとも、最初はコンテナの中に隠れていたのが今では荷台の上のタレットと共にバリスタを撃つようになった。
ある意味で、クリーチャーに対する耐性が出来たのは良かった――と、言えるのだろうか。
「オックスフォードから流れてきたのかな? それともロンドン?」
「オークもゴブリンも見ていない。恐らくカンタベリーからだ」
先日までいたドーバーの北。ウィットフィールドの更に向こう側にある居住シェルター。
ここはある意味で最前線と言っていい場所でもある。
海にも近いカンタベリーは、そこからさらに北上するとクリーチャーの巣だらけという凄まじい環境なのだ。
「
「本当にある意味だな。やっぱり人間はなんだかんだでコンクリートの方が馴染んでる」
「屋内でクリーチャーに遭遇したいかい?」
「……考えただけでゾッとする。だから掃除は大切なのさ」
先ほどからハンドルを動かす必要はない。ドーバーを超え、フォークストーンを超えてからはただ真っ直ぐ走らせるだけだ。
「とりあえず、もうすぐここらで一番デカい避難所に着く。そこの破損度合いを見てここらの様子を判断しよう。天気の晴れている内に出来るだけバッテリーを溜めておきたい」
この近くの避難所は、一種のスーパーマーケットだった所だ。
色んな店舗、そしてガソリンスタンドが残っており、離れた所には園芸ストアがある。
(土や肥料、まだ残っていればいいが……)
行商人は当然お宝があれば回収しにいくが、一度に持っていける物には当然限界がある。
それに、一度手に入ったからともう一度行ったら、クリーチャーの群れの住処になっていたというのもよくある話だ。
「ついでに、避難所の修繕か」
「あぁ……急ぐ必要はあるが、あんまりかっ飛ばして肝心な時に電気も燃料もありませんってパターンだけは避けたい。車で一番きついのは燃料だからな」
とはいえ、障害物の少ないルートだ。
この調子では、明日にはアシュフォードに到着するだろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
元は大きなスーパーマーケット――いや、ショッピングモールなだけあって、侵入口はいくつもある。
それらを板などで塞いで入れる場所を限定し、逃げ込みやすく立てこもりやすいようにしているのが避難所の特徴だ。
「キョウスケ……」
車の中で寝ていたヴィルマが、道中立ち寄った街中で発見した白骨死体から剥ぎ取った服から埃を落とす作業の手を止めて俺に声をかけてくる。
「なんだ、眠くなったのか?」
……できれば話題も一緒に振ってくれ。
内心でそう思いながら適当に話を振ると、ヴィルマは首を横に振って、
「ううん。ほとんど人がいない避難所っていう所が初めてだから……」
「大陸には無かったのか?」
「上の拠点は、人がたくさんいるところばっかりだったから」
「地上にも人が住んでいたのか?」
何気にそれが気になっていた。
大陸側では、安定した地上での生活が可能だったのだろうか。
あるいは、自分が予想していなかった手段があるのかもしれない。
そう思って聞いてみるが、少女の反応は
「よく分かんない。皆、一つの大きな建物に閉じこもってたから」
「ん、そっか……」
やはり、詳しくは知らないようだ。
まぁ、無理もない。
話を聞くかぎり、元いたシェルターを出た後は逃亡生活だったのだ。
あるいはヒルデの方に聞いても、そう答えは変わらなかったかもしれない。
「ねぇ、キョウスケ」
「なんだ?」
「キョウスケはなんで旅をしてるの?」
どこかのシェルターで2,3日くらい過ごしてる間に5人くらいが聞いてくる質問だ。
その度に答えに困っているのだが、今日は特に答えづらい。
なんというか、子供に納得させられるような答えが出せる気がしない。
子供特有の『なんで? どうして?』攻撃に耐えられるほど自分の精神のHPは高くないのだ。作っていたキャラ的にも。
「なんでなんだろうなぁ……」
「キョウスケなら、どこのシェルターにも居れるよね? 強いし、料理出来るし、機械だって弄れるし車も運転できるし……顔は普通だけど」
ぶっとばされてーのかこのクソガキ。
「……向こうにいた時に、キョウスケみたいな人が欲しかった」
思わず
返事をする事、相槌を打つ事――あるいは、呼吸の音を聞かれる事すら……良く分からないが躊躇った。
「俺からも聞くが……どうして、ウィットフィールドを出た?」
なにか上手い言葉が出るわけではない。
俺の口にそんなスキルはないし、そんなものを付けられる位口に経験値を稼がせてもいない。
どうにか出たのは、しょうもない問い返しだけだった。
「…………」
それに、少女は答えない。
いや、ついさっきまでの俺みたいに躊躇っているのかもしれない。
(碌にしゃべらなかったクソ親父の気持ち、今は……今は、少しだけ……)
こういう時に何を話せばいいのか分からない。
元の俺の居場所にいた、どこか異物感を覚えていた男が……一人になって急に近くなった――気がした。
(勝手な感傷か……)
何も言わず、俯いたままのヴィルマの背に毛布をかける。すると、何も言わないままヴィルマは傍に寄ってくる。
言いたい事を察しろという事なのか、聞くなという事なのか……あるいは、自分でも自分の表現したい気持ちが分からないのか。
「なぁ、ヴィルマ。俺も上手く言えないが……俺が外を周る理由は、結局の所やりたい事が外にあったってだけなんだと思う」
以前にもした会話――今頃ソールズベリーにいる『魔女』とのやりとりを思い出しながら、口を開く。
たどたどしいため説得力に欠けているだろう。あるいは、どこか嘘臭いかもしれない。
ただ、何か声をかけて欲しいのだけはなんとなく分かった。――一番に求めている事は分からないが。
「俺は、俺なりに自由に生きている。今ウィットフィールドにいる奴も、多かれ少なかれ似たりよったりだと思う」
「……皆も?」
「あぁ。多分、エレノアも」
ふと、ウィットフィールドのあの工場――あの屋上で話した時の事を思い出す。
ただの、なんてことない冷たいだけの風を気持ち良さそうに受けていた女の顔を。
「……それに、まぁ、よくよく考えたら……」
思いだす。
嬉々として車の残骸を
仕事の合間合間に有志を募って『
いつか美味い物を食うために使えそうな土、蒼の光が見当たらない土地を探すバリー。
「好きな事の一つも追い掛けられないのなら、きっと皆ここまで必死に生きて伸びていないさ」
「じゃあ、キョウスケの好きな事は? 旅? 商売?」
「俺の好きな事……そうだな」
それは、決まっている。
自分の居場所。テリトリーとも言うそれを、自分の好きなように構築していく事だ。
それを分かりやすく言うと……なんだろう?
「部屋の模様替え……みたいなものだ。多分」
「??」
小さく首をかしげるヴィルマ。
その様子が、今までの彼女に比べて少しだけ表情を取り戻したように見えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「そもそもさぁ、薬にもやっぱり身体に入れていい期限ってあると思うけどそれってどんくらいなの?」
恐らく、100年前にここが放棄された時はかなり慌ただしかったのだろう。
瓶や注射器などが大量に残っているままの棚や保管庫を探りながら――いや、荒らしながら赤毛の男がそうぼやく。
「薬については良く知らんけど……多分、1,2年くらいじゃない?」
「え、そんな物なの!?」
「いや、専門家じゃないから知らんけど……」
赤毛の男に答えるのは黒髪の男だ。
同じように、しかしこちらは瓶のラベルではなく古い書類や本をパラパラ読み漁っている。
「兄貴の読んでる本とかになんか書いてないの?」
「いやぁ……俺もなんか役に立つ事書いてるかと思ってたんだけどこっちはさっぱり」
兄貴と呼ばれた男がパラパラッと読み進めていたファイルは、100年以上前の物だったようだ。
「薬品の名前かなぁ? 何々をどこどこに移したとか、誰々先生がどこどこに行ったとか……なんかそういう記録だけだなぁ」
価値がないと判断し、兄はファイルを適当なテーブルの上に乱暴に放り投げる。
「オットーさんの方こそ大丈夫かね。一人で町の方に行くって言ってたけど」
「一応フレアガンは持っていってるし、銃も出来るだけ強力なの持っていってるから大丈夫じゃない? あの人、逃げたり隠れたりするのは上手いし」
この病院に隠れているもう一人の男の事を兄は心配するが、それに対して赤毛の方はあまり心配している様子は見せない。
「できれば缶詰とか見つけてくれないかな。汚れててもいいから水も」
棚に並ぶファイルや本の山に、兄はうんざりだとばかりにため息を吐く。
「まぁ、ここは一応避難所の一部だからなぁ。行商人連中や自警団が調べつくしてるんだよ」
「ここにあるのはその残り物か。あぁ、ちくしょう。ここにいて困らないのは紙と容器だけって訳か」
紙なんて現状、火種くらいにしか使えない。
兄の方は頭をバリバリと掻き毟る。
「あー。でもオットーさん、まずは本屋とか図書館っぽい施設を調べるって言ってたよ」
「役に立つ本とかそうそう残っていないと思うんだけどなぁ……」
カラン、と後ろでビーカーか何かが転がる音がする。
兄の方は腰のライフルに、赤毛の弟は腰のリボルバーに手をかけて後ろを確認する。
「……あぁ、エマさんか」
そして音の発生源を確認して、二人ともそっとそれを下に降ろす。
後ろから現れたのは、綺麗な女だった。
一見、どこかキツさを感じさせる鋭い目を持つ彼女は、
「二人とも、驚かせてごめんなさい」
頭こそ下げないが、心から申し訳なさそうにそう謝罪する。
「あぁ、いやいいさ。足の方は大丈夫か?」
「えぇ。逃げ出す時にちょっと挫いただけだから……あの、シェルターの方は?」
ここにいる3人。今探索に出ているオットーも含めて、全員アシュフォード・シェルターに住んでいた人間であった。
「朝の7時、正午、夜の7時くらいに発光信号だけは確認している。微妙に時間がずれているから多分手動で……中は無事のようだ」
「そう……。父さん達が生きているのならば、まだ……」
エマと呼ばれた女は、安堵の息を漏らす。
「三人ともごめんなさい。さっさと私を連れて逃げろと言われていたのに我儘に付き合わせて……」
「いやいや、親父さんには世話になっているんだ。あの人を放置してシェルターを逃げ出すわけにはいかないよ」
赤毛の方は、近くの窓を開ける。
ここからは見えないが、アシュフォード・シェルターの入り口がある方向の窓を。
今、化け物たちに地上を囲まれているであろう場所を。
「それに、このまま他のシェルターに逃げ込んでも受け入れてもらえるかどうかは怪しいし、そもそも他のシェルターまで徒歩で行くなんて自殺行為だからね」
兄の方が、『馬鹿、うかつに開けるなっ』と赤毛の頭を軽くはたいて叱りながら窓を閉めさせてそう口にする。
「シェルターを解放するにも、こっから逃げ出すにも――俺達に必要なのは足だ」
「そうだねぇ」
軽くはたかれた頭を自分でちょいちょい撫でながら、赤毛は呟く。
「足を持ってて……他のシェルターに口利きできるか、腕貸してくれる馬鹿が要るよねぇ」