内部汚染を防ぐため、土足厳禁となっているパワープラント兼居住区域となっている旧食糧加工工場跡地。
その一階の大規模作業スペースでは、フェイ主導の元で先日の戦闘で活躍したバリスタの量産を行っていた。手っ取り早い防衛力の増強と言う事で、再編された防衛ラインに沿っていくつか設置しようという話だ。
さすがに動きの速い小型の個体では当てるのに苦労するだろうが、ケーシーなどの中型個体にはそれなりに効果があるのではないかと見られている。
あのデカブツクラスが出てきても、砲台と槍の数が共に揃っていれば、それなりに効果があるだろうと見られている。
「お、嬢ちゃんも作業の手伝いか?」
「うん……。これしか出来る事がないから」
ユーラシア大陸から海峡を渡り逃れてきた親子、ヒルデとヴィルマ。
その二人――特に娘のヴィルマは、あの一夜はやはり怖かったのか当初はひどく怯えていたが、今では多少持ち直したようで、こうして精力的に自警団やエンジニアの活動に手を貸してくれている。
そんなヴィルマに声をかけたのはジェドだ。
ヴィルマが行っているのは、不必要かつ一定以上の長さのパイプを、バリスタの槍に加工するために切断する個所に赤インクで目印を付けるという仕事だ。最初に渡されていた切断済みのパイプを重ねて、次々に塗料でビッと線を引いていく。
かなり長時間やっているのだろう、中々に手際は良かった。
「助かるよ、嬢ちゃん。コイツの数が揃っていれば、あのデカブツがまた来ても、もうちょい楽に倒せる」
このバリスタの量産は、そもそもジェドの案だった。どこから襲われても、2台以上のバリスタでの攻撃が可能になればあのデカブツでもどうにかなると考えたのだ。
一撃の重さによる足止め効果はジェド自身がよく知っているし、あの最後の攻撃で頑丈な皮膚を剥がしたという実績もあった。
「ジェド。キョウスケは戻ってこないの?」
「なんだ、ヴィルマはキョウスケのファンか?」
ヴィルマは、ドーバーに来た時から笑った事がない。いつも無表情で、笑うのは母親と二人きりの時だけ。
誰かが傍に来ると、途端にその笑みを引っ込めてしまう娘だ。
それはこのウィットフィールドに来てからも変わらない。
だからこそジェドは、彼女が誰かに興味を持つのならばそれは良い事だと思った。
ニッコリ笑って問いかけるジェドに、だがヴィルマは首を横に振って否定する。
「そういうんじゃない。ただ、気になって……」
「……そっか」
ジェドはヴィルマの頭に手を乗せようとして、躊躇い、そして引っ込めた。
まだ、ヴィルマとの距離感が掴めていないのだ。
「多分、そろそろ帰ってくる頃だと思うぜ?」
「そろそろ?」
「あぁ、そろそろさ」
「じゃあ、その後は?」
ヴィルマの問いにジェドは少し戸惑い、「その後?」と聞き返す。
ヴィルマは頷き、「うん、その後」と再び問う。
「ウィットフィールドに戻ってから、そのままここにいるかどうかって言う話か?」
「……うん」
少々曖昧に頷くヴィルマ。
ジェドは顎を撫でながら、そうだなぁ……と考え込み、
「長居はするかも……いや、それはねぇな。多分、すぐにでも違う所に行くと思うぜ」
キョウスケが動けるようになってから、フェイに会って頼んだ事。それは新しい車の手配と、あのバリスタの設計図だ。
「多分、今回使ったあのバリスタの設計図を余所にバラまくつもりだ。どこにかはわからねーが……多分。それに……」
「それに?」
「……アイツを必要とする所はたくさんある」
正直な話、ジェドはキョウスケにいて欲しかった。
ただですら防衛戦力が一気に減った今、戦うエンジニアとも言えるキョウスケの存在は喉から手が出るほど欲しかった。
戦力として、ウィットフィールドはキョウスケという男を必要としている。
だが同時に、キョウスケという商人もこの地は必要としていた。
「アイツが色んな所を回って物資をかき集める。そしてその物資を、もっとも必要としている所に持っていく。そしてまた使える物を回収してどこかへ……それを繰り返して」
「繰り返して?」
「ここに必要な物を持って――戻ってきてくれるのさ」
外から、エンジン音と共に歓声が響く。
商人達が、帰って来たのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「市長!? どうして市長まで!?」
隊長であるバリー、護衛の名無しスナイパー、そして俺の三人を出迎えようとしたのだろう面々は、予期せぬ4人目の登場に面喰っている。
(まぁ、そりゃそうだよなぁ)
こっそりと、いつでも拳銃を抜けるように用意をしながら、そっと俺はエレノアの隣に立つ。
よく知っている人間だから。
そんな先入観はこの世界に来て真っ先にクズカゴに放り投げている。
どれだけ知っている人間でも、どれだけ清廉な人物でも、追いつめられれば己を守ろうとするのだ。肉体を。そして精神を。
グラス一杯にも満たない水や、もう痛んでいるだろう昔の缶詰一つ等を巡っての争いを何度も見てきている。
それが生存に関する事となればどうなるだろうか。
正直、エレノアの首だか遺体を手土産にドーバーに降ろうとする人間がいてもおかしくないと俺は考えている。
狙撃女もそうだろう。車の運転席にいるのがその証拠だ。いつでもエンジンをかけられるようにしている。
仮に、この女がエレノアの事を見捨てようとも、狂気というものは伝染するものだ。
特に外見が整っている女ならば、それに巻き込まれる可能性は十分ある。
(最悪、可能な限りを連れて強行突破か)
トレーラーに積んであった食糧や水、物資は真っ先に降ろしてある。
その気になれば、ただでさえ少ない女を乗せて逃げるのは不可能ではない。
不可能ではないというだけで、それが成功する確率に関してはあえて考えないようにしているが……。
もし、狂気の被害に合いそうな人間がいた場合は無理やりにでも引っ張って逃げ出す用意は出来ている。
「亡くなった兵士達への哀悼の意を示しに……そして、大事な話をするためにここにきた」
できることならば、後ろに下がったまま話をしてもらいたいのだが、この女は人の話を聞きやしない。
そんなこと、ここまでの付き合いでよく分かっている。
(……どこのシェルターも、どうしてトップっていうのはこうも面倒な人間ばかりなんだ)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「諸君には何度頭を下げても足りない程だ。よく、命をかけてこの地を守ってくれた」
自警団が、そしてエンジニアが広場に集まっている。
「強大な敵に対し、一歩も引かなかった自警団諸君に。そして恐怖心を押さえ、混乱を起こさず持ち場を守ったエンジニア諸君には、心から感謝をしている。……だからこそ、この報告をしなければならない事が心苦しい」
その視線の中、エレノアは――『かつて』ドーバーを率いていた女は、真っ直ぐ立っている。
「私は、もうドーバーを治める女ではなくなった」
ざわめきは、思ったよりも少ない。
ひょっとしたら、皆どこかで分かっていたのかもしれない。
もう、あのドーバーの安全な壁には帰れないと。
「つい先日。ドーバーシェルター生産管理部による私の解任要求が出された。各理事によるサインもされていた……」
エレノアの言葉に、数名が歯を食いしばる。
その数名は、意外な事に自警団ではなくエンジニアだ。
(そういや。外で動くエンジニアって確か……)
以前、フェイから聞いたことがある。
外で働くエンジニアは、その大体が幼い頃に親を失くした存在だと。
(……親か、あるいは子供か……あれか。親戚の子みたいな可愛がられ方してたのかね。エレノアの奴)
通りで、たまにえらい目で見られるわけだ。
今になってようやく、納得できた気がする。
「この拠点は、見捨てられた」
ここにきて、やはりざわめきが少し大きくなる。
懐の拳銃――フルに弾丸を込めたマガジンをセットした物を握りしめる。
「現状、現ドーバー市長のトロイが物資の補給手配をしてくれている。そちらに関しては問題はないだろう。だが、それが安定するかといえば……断言はできん」
ざわめきは続いている。
当たり前だ。
口にする物が安定しない。これほど人を不安にさせる事もないだろう。
「だから、私はここに来た。少しでも、ここを安定させるために。少しでも、皆の力になるようにだ」
思えば、大勢の前でこうして話すなんて、シェルターにいたころではまず無かった事だ。
だというのに、エレノアは臆することなく堂々としている。
素直に、格好良く――綺麗だと思った。
「私は、もう帰らない」
帰れない、ではない。
帰ろうと思えば、エレノアは帰れる。
政治に無頓着な俺の素人考えだが、エレノア自身の利用価値は高いと思う。
父親から受け継いだ他シェルターの重鎮との人脈だけでもかなりのものだ。
これからドーバーの政治がどういう風に動くか分からないが、内部の言うとおりに外に対しての顔として生きるのならば、エレノアには居場所がある。
「ここに骨を埋める。諸君らと共にこの地に住み、この地を広げ、この地を守るために残る命を使う」
だが、そんな檻のような居場所を良しとする女じゃないのは今更である。
「諸君らが切り捨てられた最大の理由は、ほかならぬ私の政争での敗北が原因だ。その責を、取りに来た」
エレノアが、一歩踏み出す。
見ようによっては威圧を与える一歩だが。その実際の意味は、好きにしろというメッセージだ。
「戦ってくれるか。共に」
一斉に、物音がする。
完全にではない。
あるいは釣られた人間もいるかもしれない。
だが、この場にいる誰もが――自らが認めた指導者に向けて、敬礼を向けていた。
「――ふむ、やはりこうなったか」
気が付いたら、狙撃女が後ろに立っていた。手には大きな布を折り畳んだ物を持っている。
「お前、最初からこうなると?」
「覚えておくといい。女は男以上に目線には敏感だ」
そういって女は、ほらっと俺にその布の塊を渡してきた。
「……これ、俺の仕事か?」
「君の仕事さ」
「誰が決めたんだ?」
「私が決めた」
女は、布を手渡し空いた手を、羽織っているボロいコートのポケットに突っ込む。
「彼らと同じように、私がそう決めたのさ」
「……そうかい」
その布の使い方は知っている。こちらに来て――いや、向こうでも使う事などまず無かったが……。
旧加工工場の入り口。その壁で、かつ濡れそうにない所に、それを広げて張りつける。
――この地が、
「……ありがとう、諸君。そして、ならば――」
再び、地上に掲げられたそれをみて、エレノアは満足したかのように小さく頷き――そして、宣言する。
「奪還しよう! 全てを!!」
長いREX編は今回で終了。次回より、ウィットフィールドを発展させるためのキョウスケの動きになりますね。