急募:『世界を救う方法』   作:rikka

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013:夜明けは遠い

「ったく、トラックの山が一晩で残骸の山に早変わりか。クソッタレ」

「資材としては使えるんだからまだマシだろうさ。ほら、さっさと片付け終わらせるぞ。早く片付けて雨避けの屋根拡張するんだから」

 

 死闘を乗り越えたウィットフィールド拠点では、昨夜の後片付けに入っていた。

 動ける自警団員の三分の二は防壁や内部の片付けと修復。残る人員は外の北側――昨夜の決戦場となった草地の焼却作業に入っている。あの巨大クリーチャーの死体ごと、だ。

 

「キョウスケがいてくれて助かったぜ。おかげで壁はほとんど無傷だ」

「ジェドも、な。フェイとアイツがいなかったら詰んでいたってキョウスケ言ってたぜ」

 

 ドーバー自警団にとっておなじみの商人と、自警団一のお調子者の顔を思い浮かべる。

 

「そういやキョウスケの姿見ねぇけど、大丈夫か? 昨日帰って来た時には腕へし折ってたけど」

「あぁ、一度隊長と一緒にドーバーに戻るらしいぜ」

「ドーバー? 療養か?」

「いんや、市長への報告らしい」

 

 隊長のバリーは負傷らしい負傷はしていないが、キョウスケの方は折れた腕はもちろん足も痛めていた。

 布で片手を吊りながら、ジェドに肩を借りながら戻って来たキョウスケの痛々しい姿を自警団員は思い出していた。

 ドーバーに戻るには、実質車が必須だ。しかしキョウスケがあの様子ではまず運転は無理。――それどころか、もしクリーチャーと遭遇した時に迎撃する事すら難しいだろう。

 

「……たった二人で大丈夫か?」

 

 二人だけなら、当然片方が運転する事になる。迎撃するには怪我人のキョウスケだけでは少々危ういのではなにかと、男は危惧する。

 

「あぁ、それなら大丈夫さ」

 

 それに対して、もう片方の男は作業用の軍手を外して汗を拭いながら答えた。

 

「二人じゃなく、三人だからさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 仮にも一大シェルターの自警団トップを運転手にしてよかったのだろうかと、今更ながらちょっと後悔というか申し訳ない感情がジワジワ出てきた。

 

「おや、何か考え事かい?」

 

 後部座席から声がかかる。あの狙撃手だ。

 既にドーバーに到着し、共に留守番というわけだ。今は入口――というかドーバー城の外に止めた車の中で、コイツと二人でバリーを待っている。

 

「お偉いさんをパシった申し訳なさに、俺のガラスのハートがしくしく痛むのさ」

 

 バリーは今、内部に入っている。先にエレノアに報告するという話だが……。

 

「一人で命をかけて囮役を買って出た上に、無茶苦茶なやり方でクリーチャーにトドメを刺したヒーローの言葉とは思えないね」

「んな大層なモンじゃねーよ。あの後地面に叩きつけられて死にかかってたしな」

 

 回収に来たジェドと、あの後すぐに痛み止めを持ってきてくれたこの女にはホント感謝の心しかない。

 二人、それにフェイの誰か一人でも欠けていたらあのデカブツを倒すのは不可能だった。

 

「というか、お前本当に名前ないのかよ。呼びづらくて仕方ないんだが……」

「事実、名前はない。ただの傭兵さ」

 

 そしてこの女、名前を聞いたらまさかの『好きなように呼べ』発言である。詳しく聞いたらそもそも名前がないとの事。

 やめてよ、それホント止めてよ。過去とか気になるけど色々深読みしてしまって何も聞けねーじゃん。

 聞いたら俺悪者になる可能性八割余裕超えじゃん。

 

「なんなら、君が名前を付けたらいい」

「俺が名付け親になんのか?」

「あぁ。パパと呼んであげるさ」

「うるせー」

 

 腕へし折った激痛で朦朧としていた時に駆け寄って来たこの女を見た時、猫みたいな女が来たと咄嗟に思ったのだが――どうやら俺の直感は正しかったようだ。

 どうにもコイツはとらえどころがない。

 

「ま、君が私のパパになるかはひとまず置いておいてだ」

「ん?」

「君がここに来る必要があったのかい?」

 

 そして猫同様、ここぞという時に懐に入る術は心得ている。

 厳しいこの状況で、わざわざ護衛を引き受けてくれるのは正直ありがたい。高評価待ったなしだ。

 

「まぁ、こことはそこそこ顔なじみでね。確認したい事もあったからエレノア――ここの市長と話をしておきたかったのさ」

「顔なじみ……ね」

 

 俺がそう言うと、女は視線に言いたい事を乗せてくる。

 

「あぁ、分かってる分かってる。俺の知ってるドーバーの空気とは随分違う……」

 

 ドーバー・シェルターの入り口にして象徴でもあるドーバー城。

 所々に防水シートがかけられているその城を見上げながら――正確には見上げる振りをしながら辺りの様子をうかがう。

 

(いつもなら、もう誰か声をかけてきておかしくないんだが)

 

 これまで様々なシェルターに寄って来たが、ドーバーはその中でもっとも居心地の良いシェルターだった。――少なくとも、自分が関わる範囲では、だが。

 ジープで近くまで寄れば見回りか見張りの自警団員が声をかけてくれ、外来用のゲート……人によっては車両整備場への直通ルートまで案内してくれる。

 そして自警団の休憩所まで通されると、大体スープか白湯(さゆ)を振舞ってくれたものだ。

 

 それが、今では城門の辺りからチラチラと見てくるだけだ。

 それにどういう訳か、見覚えのない顔もチラホラ見える。

 

「なぁ」

「なんだい? 良い名前を思いついてくれたのかい?」

「そんなポンポン思いつくかよ」

 

 手持無沙汰なのだろう。後部座席で自警団が書きこんでいたこの辺りの地図に目を通している女は、こちらが話かけると少し嬉しそうにする。

 

「お前、これまで一人で旅してきたんだろう」

「む、そうだが……君も変わらないんじゃないのかい?」

「それでも、俺とは違う生き方してきたんだろう? だから、聞いてみたかった」

「ふむ?」

 

 女が、目線で続きを促す。

 

「この世界――どうやったら救われると思う? 何をすれば、救えると思う?」

「…………」

「世界を救う方法はどこにある?」

 

「……残念ながら、私もその答えは持ち合わせていないよ」

 

 そして、目を通していた地図を隣のシートに置き、使い古したライフルを撫でながらつぶやくようにボソリと言う。

 

「私も、それを探し続けているのかもしれない」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ」

 

 自警団のトップであるバリーでも、この部屋に入る事はほとんどない。

 基本的には書類か施設内通信でやり取りは済んでいたからだ。

 

「なぁ、おい……」

 

 だが、それでもバリーは知っている。良く知っている。

 この部屋の主は、このシェルターの中でも最も偉そうな女である事を。

 

「なんでおめぇさんがそこに座ってやがる!」

 

 断じて、この優男などでない事を。

 バリーという男はよく知っていた。

 

「そういうことですよ。バリー前自警団長」

「てめぇ――あの嬢ちゃんをどこにやった!」

「ご安心を。ただの自室で今頃荷物の整理をしているでしょう」

 

 自らが前団長と呼ばれた事ではない。

 この部屋に本当の主がいないことに思わず男――副市長だった男に掴みかかろうとした腕を、バリーは必死にこらえる。

 

「今回の件で、自警団は優秀な人員を多く失いました。彼らは二度と内部区画に入れはしませんが、家族はいる。そんな彼らが、息子や夫、父が一度に殉死したと知ったのです。計画を立てた市長が責任を負うのは当然の事」

「……おい、待て」

 

 内部の人間を焚きつけやがったのか。

 バリーは最初そう叫びそうになったのだが、すぐに現れた疑問が出そうになった言葉を引っ張る。

 

「なんで……知っていやがる」

 

 バリーの、言葉足りずの質問に男は答えない。

 まるで、全てお見通しだと言わんばかりに黙ったままだ。

 

「……ジェドとキョウスケの奴が言ってた。誰かが、防衛設備に手を加えた痕跡があったと」

「らしいですね」

「てめぇの差し金か?」

 

 バリーの睨みに、男は答えない。

 ただ静かに、机の上で手を組んでいる。

 

 

 拳が――握り込まれる。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……市長、本当に行かれるのですか?」

「市長はもうお前だろう。トロイ」

 

 市長室には、一人の男と一人の女がいる。

 先ほどまでいた男は、もう出て行ったあとだ。

 

「いいえ――市長の器じゃあ、なかったようです」

 

 トロイはどこか安堵したような、だが悲しそうな声でそう呟く。

 

「殴って……もらえませんでした」

 

 男の――バリーの拳は、トロイには届かなかった。

 当たる直前でその拳は、その前の机へと叩き込まれた。

 

 座っていた席から離れたトロイは、わずかにめり込んだ部分をそっと撫でる。

 

「責が自分にあるのは間違いないと言うのに」

 

 そして、震える拳を握りしめて――

 

「殴ってくれませんでした」

 

 男は、立ち尽くしていた。

 

「まったく。いきなり私を監禁した男の目でないな」

「申し訳ありませんでした」

 

 男は、大罪を犯した。

 自分が、正しいと思う道を守るために。

 

「……そんな目をする奴を殴れるような男ではないさ」

 

 女――エレノアは、いつも通りのスーツ姿だ。だが、その手には見なれない鞄があった。

 

「市長……本当に、ウィットフィールドに?」

 

 頑なに自分の事を市長と呼び続ける男に対して、エレノアは苦笑を見せる。

 

「このまま私がいたのでは本当にクーデターが起こりかねん。先日は何らかの薬を混ぜた水が届いたしな」

 

 肩をすくめながらそう言うエレノアは、そっと椅子を引く。

 先ほどまでそこに座っていた男を、もう一度座らせるために。

 だが、男は立ったままだ。

 決して、その席に座ろうとはしない。

 

「お前が、拡張を続けようとする向こう見ずな市長を追い出した。そんな感じの噂を流しておけ」

「しかし……っ!」

「お前も、覚悟はしていたのだろう?」

 

 なおも詰め寄るトロイを、エレノアは手で制する。

 

「まさか、ほとぼりが冷めるまで私を隠せるだなんて思ってなかっただろう?」

「……っ!」

 

 トロイは、歯を食いしばる。

 それが答えだった。

 策など、なかった。

 全ては時間稼ぎだった。

 

「私が上に立つだけで、このシェルターがまとまると――」

「まとめるんだ。お前が」

 

 頑固な男だ、と苦笑を続ける女は手を振りながら――部屋の出口へと足を運ぶ。

 女は笑ったまま、トロイに背を向けたまま、言葉を続ける。

 

「ドーバーを……このシェルターを、頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉が、閉まる。

 

 それを見届けたトロイは、椅子ではなく机に腰を預ける。

 

「何か悟った様な目で、容易く身を削って、理不尽すらニヤニヤヘラヘラ笑って流す」

 

 トロイの脳裏に浮かぶのは、今しがた出て行った女と、その女のお気に入りの商人――このドーバーの危機に駆け付けた商人の姿。

 

 すっと、息を吸い込む。

 

 

「――だから嫌いなんだよ! アンタも!! キョウスケも!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「おっせぇなバリーの奴……」

 

 相も変わらず誰も来ない。寄ってこない。

 ドイツもコイツもチラチラチラチラ覗くだけだ。なんだろうこの……なんだろう。

 この微妙過ぎる空気がすっごいイライラする。来るならさっさとこっちに来い。スープもシチューも白湯もいらねーから。

 

「内部でゴタゴタが起こっている、と見るべきだろうね」

「だなぁ……この空気じゃ」

 

 バリーの奴もそうだけど、エレノア大丈夫か? 互いに打算ありきだったとはいえ、何度か夜を共にした仲だ。無事ならいいが……

 

「どうしたんだい? 拳銃の残弾をチェックしたりして」

「いや、万が一の時は上にいる人間人質にとって中にカチコミかけようと思って」

「どういう事態を想定しているんだ君は……」

 

 えぇい、やかましい。言いたい事は分かるが、絶対に死なせたくない奴が二人以上いるんだよ。万が一に備えるのは当然だろう。

 

「長い事――って言えるのか微妙なとこだが……商人やってると色々なトラブルを見てしまってな」

「このドーバーにも同じような物を感じたと?」

「そんな所だ」

 

 具体的に言うと内部分裂とかクーデターだ。

 正直、シェルターが滅ぶ理由の一番の原因だ。

 内部抗争のおかげで通常業務に隙が出来て、結果クリーチャーにやられるというパターン。

 今まで、死体だらけのシェルターの中に残された資料や日誌等でよく見てきた。

 

「なんでだろうな」

 

 これまでずっと、考えていた事でもある。

 

「生きたいという意志は皆一緒のハズだ。その結果、意見に食い違いが出るのも分かる」

 

 外に出るべきだという俺やエレノアのような人間と、内部に留まるべきだという人間に別れるように。

 

「だけど、それが殺し合いに発展するまでになってしまうのは……なんでなんだろうな」

 

 いや、ある意味では分かる。

 内部の人間が、自分の育てた食糧を外に出したくなくなるのは分かる。

 外部の人間が、命をかけているのに色々出し渋られる事に不満を持つのも分かる。

 

 だが、それが本当の殺し合いに至るまでの経緯が、どうしても理解できない。

 

「知恵があるからだろう」

「つまり?」

「先の事を考えられるから――あるいは、考えてしまうから不安が生まれ、不安が不満を生み、不満が敵意に変わるのだろう」

 

 女の言葉は、納得できる物だ。

 だが、それは解決策を思いつく言葉ではなかった。

 

「……ホント、どこにあるんだろうな」

「世界を救う方法かい?」

「そんなところさ」

 

 正直、ずっと探し続けている。

 βテストの時の知識も含め色々と考えているが、クリーチャーへの対抗手段はおろか人と人の問題すら解決できそうにない。

 この世界は、俺にいったい何度無力感を叩きつければ気が済むんだろうか。

 

「私は一つ、希望を見つけたけどね」

 

 その一方で、女はどこか自信に満ちた顔でそう言う。

 

「希望?」

「そうさ」

 

 女は、相も変わらず猫を思わせる笑みを浮かべてこっちの顔を覗いてくる。

 

「誰かを守るために最善を尽くそうとする行動力。その最善のために自分を切り捨てられる自己犠牲の心、人を惹きつける人徳……」

「なんの話してんだ?」

「希望の話さ」

「あん?」

 

 

「――希望(ヒーロー)は……ここにいるかもしれないって話さ」

 

 

 

 

 


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