急募:『世界を救う方法』   作:rikka

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009:THE REX

 硝煙の臭いといくつにも重なり轟音と化した炸裂音が響く。

 それと共に、よだれのような生臭さと異臭も。

 

 原因は分かっている、地響きをさせながら後ろで暴れ回っているデカブツだ。

 

(くそっ! あんだけの火力まとめてくらってちょっとよろめくだけかよ!!)

 

 自警団の連中も、これだけ弾や火炎瓶を消耗するのは初めてだろう。特に、一匹相手にこれだけの量を使うのも、その相手が全く倒れないのも。

 

「キョウスケ!」

 

 ドーバー自警団の切り札でもある使い捨ての無反動砲――既に発射されてただの筒となったそれを捨てたバリーが俺達に叫ぶ。

 

「策はないのか!?」

「んなもんあったらとっくに使っとるわ!!」

 

 そして予想通りの発言にすかさず予定していた言葉を斬り返してやる。

 

「あれか! あんだけカッコよく啖呵切ってこんだけ防備固めてもう品切れか!!?」

「仕方ないだろうがごちゃごちゃ抜かすんじゃねぇ! これでも火力は持ってきた方なんだ! 襲撃の多いドーバーの弾薬庫を空っぽにするわけにゃいかねぇだろうが!!」

「前に卸した重迫撃砲は?! 第二次大戦(セカンド・ウォー)の骨董品だが一応使えるようにはしたはずだぞ! フェイのお墨付きだ!」

「アレも置いて来た!」

「なんでだ!!?」

「海からデカブツが出た時用の切り札だったんだよ!」

 

 以前、恐らくは博物館のような展示施設の廃墟から引っ張り出してきた武装をドーバーに売った事を思い出して尋ねるが、やはりここにはないとの事だ。

 

「普通の銃火器の弾薬は多めにもらって来てたんだが、他は通常の遠征で使う分と変わらねぇ!!」

 

 サブマシンガン――SMGをデカブツに向けて撃ちまくりながらバリーはそう叫ぶ。

 おそらく、弾ももうそれほどないのだろう。

 事実、この一帯で生きていたタレットも一斉攻撃と共に機動していたが、徐々に弾を切らして補充待ちになっているのがいくつか見られる。順々に自警団の人間がマガジンを装填してくれているが……。

 

 デカブツに目を向ける。

 全身を襲う炎や弾丸の雨により、その場で苦しそうに身をよじり、暴れまくっているが……倒れる気配はない。

 

(どうする……どうする……っ)

 

 徒歩で振り切れる相手ではない。それは先ほどの追いかけっこで嫌というほど味わった。

 というより、一度の人員は一斉に車に乗せてヨーイドンといけるわけではない以上撤退はほぼ不可能だ。

 持ちこたえるだけの――あるいは動きを封じ続けるだけの弾薬があるのならば話は別だが、それならそもそも別の方法を取るだろう。

 

「ジェドっ! 使えそうな武器か何か思いつかねぇか!?」

「んなこと言ったってだ――なぁ……っ!!」

 

 そしてこっちは既に弾が切れているジェドが、鉄パイプの先端を削り尖らせ、鋭利に磨き上げた簡単な槍を投槍器に乗せ、思いっきり投げつける。――が、その固い金属のような黒い鱗……いや、羽毛か? に阻まれ、刺さりもしない。

 

「くそっ! 固すぎるぜアイツ!!」

 

 ゲーム中でああいうデカブツを相手にするには、通常火器による弾幕班、攻撃間隔こそ遅く、その弾薬自体貴重だが火力は絶大な砲撃班、離れた所で狙撃等を行いながら蘇生、回復やバフデバフアイテムを設置していく補助班の3つが必要不可欠だった。

 βテストではロンドン奪還戦でしかこのレベルのデカブツと戦う機会は無かったが……。

 

(恐らく基本は変わらない……ハズだ!!)

 

 この世界はどこかであのゲームのルールに沿っている所がある。元々のイギリスを参考にした地点や拠点の位置――は少々違うかもしれないが……クリーチャーのポップ地点や物資や弾薬の見つかりやすい場所。現実のイギリスならばちょっと考えられない弾薬や武器パーツが街中で発見できる所、そしてなにより、クリーチャーの弱点や習性などなどっ!

 

(蘇生方法やバフ係はいないけど! こういうボスクラスに有効な手段はいくつもある!)

 

 足止めしながらの砲撃による火力ゴリ押しは基本中の基本だが、それと同じくらい使われている戦法がある。

 

 ――狙撃だ。

 

(……出来るか、俺に?!)

 

 狙撃手は、火力は砲撃以下、装填時間はライフルの倍というダメージリソースでいえば中々に酷い装備と言われているが、それでも結構な人数が愛用する武器であった。

 スナイパーという響きにロマンを感じる中二病的なアレがあったのも一因だろう。

 だが、それ以上に大きい理由がある。

 狙撃銃の持つ部位破壊効果だ。

 足を撃てば移動速度が。

 口や尻尾、触手などの攻撃に使われる部位を撃てば攻撃力の低下、あるいは攻撃間隔の引き延ばし。

 目を打ち抜けば命中率の低下――付随効果系スキルの高さや武器効果によっては、一定時間事実上の無効化も可能とする。

 

 プレイヤースキルが必要とされるが、最強のデバフ武器。それが狙撃銃なのだ。――無論、ボスによっては一部デバフが無効化される事もあるが。

 ボスクラス討伐戦などでは回復、蘇生役も兼ねて最低でも2~3人は必須と言われるほどである。

 

(さっきジェドがライフル撃っていた時の様子から見て、口を撃っても意味がねぇ。あれの固さは尋常じゃなかったし……!)

 

 一番効果的にデカブツの戦闘力を削るには……目を狙うのが一番かっ!

 

 背中にかけている愛銃――βテスト時に見つかったボルトアクション式ライフルの中では性能と使いやすさのバランスから最優良候補と言われ、自分も装備していた一品。L96A1。

 実際に命をかけているこの世界でも偶然見つけた、ハンドガンで抜けない程固いクリーチャーとの戦闘用に使っていたそれを引き抜く。

 

 先ほどの逃走劇の際も、少しでも時間を稼ごうとコイツを乱射していた。

 比較的すぐに見つかるマガジンも今セットしているのが最後のマガジンとなってしまった。

 逃走で5発。主力と合流してから援護で4発撃った。このマガジンの装弾数は10発。つまり――

 

(残弾は……1発) 

 

 暴れるデカブツの尻尾などで弾き飛ばされるバリケードやトラックの残骸を回避しながらマガジンを装填、身を隠せそうな物影を探すが、あのパワーで突っかかってこられたら身を隠した所ごと持っていかれそうだ。

 

(くそ……っ! 俺に当てられるか!?)

 

 ある程度距離のあるトラック、その荷台部分によじ登りライフルを構え、ほとんど使った事のないスコープに目を当てる。

 狙いは眼球。効きそうな所はそこしかない。鱗……いや、その隙間隙間から生えている産毛の様な物ですら異様な硬度を持っている。

 火力に自信のあるこのライフルの一発が、火花と共に弾かれた時は思わず足を止めそうになった。

 

 スコープ越しに、奴の爬虫類顔がアップになる。その黒い顔は、今なら炎に包まれているため分かりやすい。追われている時など、夜の闇に紛れていた。

 

 いやというほど鼻で味わった奴の生臭い牙が上下左右に揺れるその上、クリーチャー特有の蒼く輝く瞳!

 

 指先が、まるで痙攣するようにピクピクと動いている。

 今か? いやダメだ! と一瞬のうちに何度も逡巡してしまうからだ。

 

(クソッ! クソッ! クソッ! 2秒、いや1秒でいい! さっさと止まってくださいませってんだ!!)

 

 下から上へと流れていく奇妙な悲鳴が聞こえた。恐らく尻尾で誰かがぶっ飛ばされたのだろう。

 いやな汗が止まらない。グリップがぬめる。握り直す。

 

 そして3秒。いや、5秒かもしれない。

 自身の僅かな震えが伝わり揺れるスコープを必死に覗き待っていたその時――眼が、合った。

 

 指が動いた。

 

 今だっ! と思う前に。

 何か言葉が思い浮かぶ前に。口にする前に。

 

 轟音と共に、銃口から7.62mmの弾丸が炸薬の力によって押し出される。

 余りに早すぎる弾丸の軌跡は目に出来ない。成功すればあの蒼い輝きの元が破裂し、失敗すれば先ほど同様火花が散って弾かれる。

 

「ぐあ……っ!!!!」

 

 強い反動により、スコープで目の辺りを強く打つ。

 ほとんど狙撃という行為をしていなかったため、正しい撃ち方を忘れていた。

 

 後ろにのけぞり、目を押さえているキョウスケ。その間、一秒にも満たない極々わずかな間の後、目を開けないキョウスケの耳に入って来たのは――

 

 

 火花と共に何度も耳にした、もっとも聞きたくない音だった。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「向こうはどうなってるの!?」

 

 エンジニアや自警団の寝床でもある工場跡。今は出入り口は全てシャッターを下ろして封鎖し、それがないところは施錠した上で中にあった椅子や机、廃材などで内側から埋めている。

 一応すぐ外には、待機していた自警団の面々がいるが……。

 

「上の窓から双眼鏡で覗いてみたけど……ありゃあ不味い。なんか良く分からんデカい奴を相手に自警団の主力が戦っていらぁ」

「勝てそう?」

「分からねぇ、なんかデカブツは全身ボゥボゥに燃えてやがるが、結構元気っぽいぜ」

 

 フェイの質問に、先ほど上の階に上がっていた若い男のエンジニア――確か水道関係の専門だったか――が早口でそう答える。

 

「……キョウスケ……ジェド……」

 

 銃声や破砕音、そしてクリーチャーの咆哮らしき声ばかりが外に鳴り響いている。

 タレットの音はしないから、恐らくこの周辺にクリーチャーはいないのだろう。実際、窓から外の様子を確認している仲間から、外になにかいるという報告は一切ない。

 

「ねぇ、アタシはクリーチャーにはそんなに詳しくないけど、確か大きくなればなるほど外皮が固くなるんだよね?」

「ん? あぁ……前にジャパニーズと自警団長がそんな話をしてた気がするけど……いや、俺は分かんねぇよ?! そんなに化け物達に興味はなかったし!」

「あ、あの……」

 

 エンジニアの男が大げさに手を振っている時に、一人の女がフェイに躊躇(ためら)いながらも声をかける。

 ユーラシアから海を渡って来た女性、ヒルデだ。

 

「以前、向こう側で自警団の方のお世話をしていた時にお話を聞かせてもらっていたのですが……フェイさんのおっしゃる通り、基本的には大きくなればなるほど外皮が金属の様に固くなっていくそうです」

 

 大陸とこちらでクリーチャーは同じなのだろうかと一瞬フェイは思ったが、頷いて先を促す。

 

「それを、大陸の人達はどうやって倒してたの?」

「基本的には、いつも火力で……その、爆弾とか強そうな銃で……」

「それがない時はどうしてたの?」

「えぇっと……」

 

 ドーバーを出発する際、フェイも運び込む資材や装備機材のリストには何度も目を通している。

 まだ実際に、今キョウスケ達が戦っているクリーチャーをこの目で見たわけではないが、かなり大きな個体らしいと言う事は分かる。

 ヒルデが言う様に、敵の外皮がこれまでキョウスケやバリー達が戦った事がない程の固い個体であるならば、今の彼らの装備では恐らく貫けない。

 

「一個体だけでしたら、落とし穴を掘って重い鉄球か何かを上から落としたり……それか……」

「それか?」

 

 ヒルデは、上手く言葉が出てこないのか口を手で覆いながら、

 

「あの、大きな矢を使っていました。パイプ状の、大きくて……それで大きな弓で発射する…………」

 

 

 

「あの、分かります?」

 

 

 

 自身なさ気なまま、首をかしげるヒルデ。

 だが、それを聞いてフェイの目に光が灯る。

 

 

 

 

 

「手の空いてるエンジニア! 手を貸して!!」

 

 

 

 

 

 

 


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