7月の24日。時は午前、場所はセブンスミスト。街行く人だかりの中で、俺は涙子を待っていた。
自分から言いだしたこととはいえ、やはり緊張する。明日着ていく服はこれでいいのか、髪型変じゃないか、なにをすれば正解なのか……楽しみで、そして緊張して、夜も眠れなかった。
「じょーうさん!」
「うおっ!?」
後ろから突然、涙子が抱きついてきた。おんぶのような状態になり、少しふらつく。
「びっくりしました?」
「……うん、いろんな意味で」
現在は集合時間の30分前のはずだが、涙子は現れた。おんぶの状態をやめて、俺の顔を覗き込むように涙子は正面にまわる。
「楽しみで早く来ちゃったんですけど……待たせちゃいました?」
「いや、俺も今来たところだから」
「あ、そのセリフ私も言いたい!」
目を輝かせながら言った涙子。その様子はいつも通りといった感じで、先日のことは綺麗さっぱり忘れたかのようだ。
「……今度は俺が涙子より遅くくるよ」
「え? ……あ……いや、女の子より遅く来ちゃダメです! 今言わせてください!」
言葉の意味が分かったらしい涙子は、すこし考える様子を見せ、そう言った。まぁ確かに、言ってることは正しい。
「じゃあ……涙子、待った?」
「超待ちました! お詫びとして、なにか奢ってください」
「え……え?」
「冗談です!」
予想外の言葉に身が固まる。そんな俺の手を握って、涙子はセブンスミストの中へと向かった。
「次のお楽しみです!」
「……なるほど」
振り返りそう言った涙子は、満足そうな笑みを浮かべていた。それを見た俺も、思わず笑みがこぼれる。
「さ、行きましょー!」
俺の手を掴みながら小走り気味に歩く涙子。すこしバランスを崩しそうになりながら、俺はついて行く。
***
「あ、この服かわいい」
マネキンの着ている服に、涙子は食いついた。積まれている中の1着を手に取り、姿見を見て体に当てている。本人は満足げで、俺の目から見ても良く合っている。しかし、値札を見た涙子は顔を歪め、元の位置に戻した。どうやら、値段は可愛くなかったらしい。
「買おっかな」
「えぇ、譲さんが? ……あ、女装用ですか」
「女装いうな……まぁ、間違ってないけど」
「でも……譲さんの女バージョンって、こういうかわいい系の服は似合いそうにありませんよ?」
その言葉に、女子からの意見は貴重かつ、大体正しいので、そうか。と納得する。
「譲さんがいつも着てる服がシンプル系じゃないですか。なんていうか、そういうイメージになっちゃってるんですよねー」
「なるほど……すげぇ参考になる」
「あはは……私もオシャレっていう訳じゃないですけどね」
そんなことないよ、と言うと、またまたぁーと涙子。いや、実際オシャレだし。
「ところで、譲さんって服見るの好きなんですか?」
「んー、まぁそうだね。一応格好には気を使ってるよ」
「へぇ……なんか、意外です」
「俺の周りが頭おかしいやつばっかりだからな。青髪にピアスのロリコンとか、アロハシャツサングラスのシスコンとか」
俺の言葉に、納得したように涙子は苦笑いをした。思い返すと、俺の高校での交友リストには人格がまともなのは上条と……あと、知り合い程度だけど吹寄さんしかいない。
……クラスメイトでよく絡むうちの半分が頭おかしいって、どうなんだろう。
「アレやりたかったんですよね。どっちがかわいい? って」
「あー……こっちって言ったら、んー……て悩んで」
「そう? こっちはどうですか?」
「決まってるなら聞くなよ」
「それじゃあ2人できてる意味ないじゃないですか」
「……ってやつ?」
「はい!」
涙子と俺は、生き生きと三文芝居を終える。涙子を見ると、とても満足そうに笑っていた。『ごめーん、待った?』『今きたとこ』に続く鉄板の流れだが、どうもそういうのが好きらしい。
「じゃあ、壁ドンとか顎クイとかは?」
「あー、顎クイはなんかイヤですけど……壁ドンなら。例えば、電車の中でバランスを崩して、自然と壁ドンとか」
「さすがにそこまでマンガチックじゃない方がいいんだ」
「マンガ見てる分にはいいんですけどねー」
そう言った涙子は、気になった店があったのか、俺の手を引いて駆け出した。
「譲さん、こっち行きましょ!」
「はーいはい」
いつぞやの少女と涙子の姿を重ね、俺は思わず笑みがこぼれる。そういえば、あのときも洋服屋さん巡りだったなぁなんて、爆破事件を少し思いだす。
『黒髪のおねーちゃんは、このおにーちゃんのこと好きなの?』
『えぇ!?』
……いや、まさかな。
「どうしたんですか?」
「いや、なんにも」
そうですか、と、涙子は再び歩を進める。
俺は涙子のことが好きだが、涙子はそうとは限らない。
……俺が精神系の能力だったらなぁ。
***
「いやー、いい服ありましたねー……高かったですけど」
「そうだなー」
セブンスミストの近くにあるふれあい広場で、俺と涙子はクレープとヤシの実サイダーを片手に一服している。
ちなみに、俺はチョコバナナクレープで、涙子はイチゴと生クリームのクレープだ。
「……ねぇ、譲さん」
「んー? ……どうしたの、涙子」
涙子の声に、クレープをひと口頬張りながら答える。こちらを見る真剣な眼差しに、身を固まらせ、口の中のものを素早く咀嚼し、トーンを落として聞き直す。
「……私、
「…………へ?」
涙子の口から飛び出したのは、驚きの告白だった。驚く俺に見せつけるように、涙子は手をかざして、地面につむじ風を作った。
「驚き……ましたよね?」
「あー、まぁ……でも、なんで?」
「こうでもしないと、釣り合わない気がしたんです」
そう言った涙子の顔は、少し悲しそうに見えた。
「
なにより、と続ける。
「譲さんに」
「……」
その言葉に、俺は言葉が出なくなった。以前、木山先生と別れた後、御坂とそんな話をしていたのは聞いていたが、そこまで悩ませていたとは。
「譲さん……私」
「……涙子?」
糸の切れた人形のように、涙子は倒れた。食べかけのクレープと、飲みかけのヤシの実サイダーが地面に音を立てて落ちる。
「おい! 涙子!」
肩をゆすり、呼びかけるが何も反応はない。
悲痛な叫び声が、ふれあい広場に虚しくこだました。
もしかしたら、明日は更新できないかもです。
今、これの次話を書いてるんですけど、みっつくらい展開候補がポッと出てきちゃいまして、それによっては路線が変わるので悩んでます。