とある少年の物質変換   作:まうんてんうちうち

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12話

 7月の24日。時は午前、場所はセブンスミスト。街行く人だかりの中で、俺は涙子を待っていた。

 自分から言いだしたこととはいえ、やはり緊張する。明日着ていく服はこれでいいのか、髪型変じゃないか、なにをすれば正解なのか……楽しみで、そして緊張して、夜も眠れなかった。

 

「じょーうさん!」

「うおっ!?」

 

 後ろから突然、涙子が抱きついてきた。おんぶのような状態になり、少しふらつく。

 

「びっくりしました?」

「……うん、いろんな意味で」

 

 現在は集合時間の30分前のはずだが、涙子は現れた。おんぶの状態をやめて、俺の顔を覗き込むように涙子は正面にまわる。

 

「楽しみで早く来ちゃったんですけど……待たせちゃいました?」

「いや、俺も今来たところだから」

「あ、そのセリフ私も言いたい!」

 

 目を輝かせながら言った涙子。その様子はいつも通りといった感じで、先日のことは綺麗さっぱり忘れたかのようだ。

 

「……今度は俺が涙子より遅くくるよ」

「え? ……あ……いや、女の子より遅く来ちゃダメです! 今言わせてください!」

 

 言葉の意味が分かったらしい涙子は、すこし考える様子を見せ、そう言った。まぁ確かに、言ってることは正しい。

 

「じゃあ……涙子、待った?」

「超待ちました! お詫びとして、なにか奢ってください」

「え……え?」

「冗談です!」

 

 予想外の言葉に身が固まる。そんな俺の手を握って、涙子はセブンスミストの中へと向かった。

 

「次のお楽しみです!」

「……なるほど」

 

 振り返りそう言った涙子は、満足そうな笑みを浮かべていた。それを見た俺も、思わず笑みがこぼれる。

 

「さ、行きましょー!」

 

 俺の手を掴みながら小走り気味に歩く涙子。すこしバランスを崩しそうになりながら、俺はついて行く。

 

***

 

「あ、この服かわいい」

 

 マネキンの着ている服に、涙子は食いついた。積まれている中の1着を手に取り、姿見を見て体に当てている。本人は満足げで、俺の目から見ても良く合っている。しかし、値札を見た涙子は顔を歪め、元の位置に戻した。どうやら、値段は可愛くなかったらしい。

 

「買おっかな」

「えぇ、譲さんが? ……あ、女装用ですか」

「女装いうな……まぁ、間違ってないけど」

「でも……譲さんの女バージョンって、こういうかわいい系の服は似合いそうにありませんよ?」

 

 その言葉に、女子からの意見は貴重かつ、大体正しいので、そうか。と納得する。

 

「譲さんがいつも着てる服がシンプル系じゃないですか。なんていうか、そういうイメージになっちゃってるんですよねー」

「なるほど……すげぇ参考になる」

「あはは……私もオシャレっていう訳じゃないですけどね」

 

 そんなことないよ、と言うと、またまたぁーと涙子。いや、実際オシャレだし。

 

「ところで、譲さんって服見るの好きなんですか?」

「んー、まぁそうだね。一応格好には気を使ってるよ」

「へぇ……なんか、意外です」

「俺の周りが頭おかしいやつばっかりだからな。青髪にピアスのロリコンとか、アロハシャツサングラスのシスコンとか」

 

 俺の言葉に、納得したように涙子は苦笑いをした。思い返すと、俺の高校での交友リストには人格がまともなのは上条と……あと、知り合い程度だけど吹寄さんしかいない。

 ……クラスメイトでよく絡むうちの半分が頭おかしいって、どうなんだろう。

 

「アレやりたかったんですよね。どっちがかわいい? って」

「あー……こっちって言ったら、んー……て悩んで」

「そう? こっちはどうですか?」

「決まってるなら聞くなよ」

「それじゃあ2人できてる意味ないじゃないですか」

「……ってやつ?」

「はい!」

 

 涙子と俺は、生き生きと三文芝居を終える。涙子を見ると、とても満足そうに笑っていた。『ごめーん、待った?』『今きたとこ』に続く鉄板の流れだが、どうもそういうのが好きらしい。

 

「じゃあ、壁ドンとか顎クイとかは?」

「あー、顎クイはなんかイヤですけど……壁ドンなら。例えば、電車の中でバランスを崩して、自然と壁ドンとか」

「さすがにそこまでマンガチックじゃない方がいいんだ」

「マンガ見てる分にはいいんですけどねー」

 

 そう言った涙子は、気になった店があったのか、俺の手を引いて駆け出した。

 

「譲さん、こっち行きましょ!」

「はーいはい」

 

 いつぞやの少女と涙子の姿を重ね、俺は思わず笑みがこぼれる。そういえば、あのときも洋服屋さん巡りだったなぁなんて、爆破事件を少し思いだす。

 

『黒髪のおねーちゃんは、このおにーちゃんのこと好きなの?』

『えぇ!?』

 

 ……いや、まさかな。

 

「どうしたんですか?」

「いや、なんにも」

 

 そうですか、と、涙子は再び歩を進める。

 俺は涙子のことが好きだが、涙子はそうとは限らない。

 ……俺が精神系の能力だったらなぁ。

 

***

 

「いやー、いい服ありましたねー……高かったですけど」

「そうだなー」

 

 セブンスミストの近くにあるふれあい広場で、俺と涙子はクレープとヤシの実サイダーを片手に一服している。

 ちなみに、俺はチョコバナナクレープで、涙子はイチゴと生クリームのクレープだ。

 

「……ねぇ、譲さん」

「んー? ……どうしたの、涙子」

 

 涙子の声に、クレープをひと口頬張りながら答える。こちらを見る真剣な眼差しに、身を固まらせ、口の中のものを素早く咀嚼し、トーンを落として聞き直す。

 

「……私、幻想御手(レベルアッパー)使ったんです」

「…………へ?」

 

 涙子の口から飛び出したのは、驚きの告白だった。驚く俺に見せつけるように、涙子は手をかざして、地面につむじ風を作った。

 

「驚き……ましたよね?」

「あー、まぁ……でも、なんで?」

「こうでもしないと、釣り合わない気がしたんです」

 

 そう言った涙子の顔は、少し悲しそうに見えた。

 

風紀委員(ジャッジメント)の初春に白井さん。超能力者(レベル5)の御坂さん」

 

 なにより、と続ける。

 

「譲さんに」

「……」

 

 その言葉に、俺は言葉が出なくなった。以前、木山先生と別れた後、御坂とそんな話をしていたのは聞いていたが、そこまで悩ませていたとは。

 

「譲さん……私」

「……涙子?」

 

 糸の切れた人形のように、涙子は倒れた。食べかけのクレープと、飲みかけのヤシの実サイダーが地面に音を立てて落ちる。

 

「おい! 涙子!」

 

 肩をゆすり、呼びかけるが何も反応はない。

 悲痛な叫び声が、ふれあい広場に虚しくこだました。




もしかしたら、明日は更新できないかもです。
今、これの次話を書いてるんですけど、みっつくらい展開候補がポッと出てきちゃいまして、それによっては路線が変わるので悩んでます。

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