「くそ……涙子足速ぇな……」
数分間走り回って、目撃情報なんかを手掛かりに探した結果、どうやらちょいと治安が悪めの、廃ビル付近にいるらしいということがわかった。
「……本当にいんのかよ、こんなとこに」
立体交差をくぐり、どんどん人気のない方へと進む。一見して、女子中学生が近寄りそうもないところだ。
「きゃあ!」
「っ!」
突然聞こえた、甲高い叫び声。気のせいか、何かを叩いた、あるいは蹴ったような鈍い音も聞こえた。確実なのは、今叫んだのは明らかに女性だ、ということ。
少々疲れて、出力の落ちてきた足に鞭を打ち、再び全力で走る。
「譲さん!」
廃ビル付近、という情報は正確だった。現に、解体予定の廃ビル前に、涙子がいた。
おまけに、
「涙子、怪我ないか?」
「あぁ? なんだテメェ」
前歯が2本折れた、頭の悪そうな男が近づきながらそう言った。前歯が折れているせいか、少し聞き取りづらい。
「涙子、こい」
不良のもとから涙子を呼び戻し、怪我の有無を確認する。涙以外、怪我はないようだ。
「人の知り合いを……なに怖がらせてんの?」
「はぁ? かっこつけんなよ雑魚が。さっさと消えねぇと痛い目見るぜぇ?」
なにが面白いのか、後ろの2人が声を出して笑い始めた。
「赤城さん。ここはわたくしの出番ですの」
「……白井」
ローファーの特徴的な足音を鳴らし、白井が現れた。その目は少し不機嫌そうで、気のせいでなければいつもより声のトーンが低い。
「
緑色の、盾をモチーフにした模様の腕章を右腕に、白井は言った。
「……悪いんだけど、怒りを抑えられそうにないんだ。白井は涙子を見ててくれない?」
「いけません。わたくしだって無駄足が続いていたあげく、目の前で友達が暴行されているのを目にして……怒りを抑えることなんてできませんわ」
「なぁにゴチャゴチャ言ってんだぁ?」
後ろの2人が、白井に向かって歩き出した。まぁ見た所……俺の目の前にいるやつがリーダー格のようだ。
「白井、そっちの2人は譲るから、俺にこいつをやらせてくれよ」
「……今回だけですわよ」
白井の言葉を境に、戦闘が始まった。俺の相手は、おそらくリーダー格であろう前歯折れ男。
「でけぇ口叩いたこと、後悔させてやるよぉ!」
そう叫び、前歯男は腕を振りかぶって突進してきた。
「涙子、離れてて……あまり、見られたくないから」
「え?」
自分の体を、戦闘用に
前に喧嘩したのはいつだったか。学園都市に来る前の……地元の不良相手だったかな。久しぶりだから、うまく体を動かせるかわかんねぇな。
「あぁ!?」
「……お前、前歯ねぇからかしらねぇけど、聞き取りづらいな」
体を硬質化させ、衝撃に備える。前歯男の一撃が、俺の体を通り抜けた。
「……ん?」
「はっはぁ!」
通り抜けたと思ったその時、再び現れた不良。下卑た笑みを浮かべながら放った一撃は、俺の胸に突き刺さった。
「……あぁ?
「面白い能力だね。
戦闘用の体の筋肉は、まさに鎧で、前歯男の一撃を苦もなく受け止めた。
ちなみに、俺の制服は能力に合わせた特別製で、伸縮性が高く、なにやらよくわからない繊維で編み込まれた防弾、防刃製のお高い制服だ。まぁ、それでも2メートルには少しキツイが。
「まぁいいや……で、終わり?」
「っ!」
普段の姿ならともかく、能力によって生み出されたこの筋肉の鎧の前では前歯男の攻撃は無力で、蚊に刺されるほどの痛みも感じない。
ふと見ると、白井も2人をノックアウトしていたので、キリのいいところで首根っこを押さえ、キメにかかる。
「なぁ、時速80キロで水にぶつかると、コンクリートの硬さになるって知ってたか?」
「ーーーー!?」
首根っこを押さえ、ついでに口元も抑えてしまった前歯男は、モゴモゴと答えた。なにを言ってるか分からないが。
「じゃ、時速80キロでコンクリートぶつかったらどうなるか、身をもって体感してくれよ」
「ーーーー!!」
そう言って思い切り振りかぶり、前歯男を握ったまま振り下ろす。
「……ノビたね」
もちろん、ぶつけたりはしない。涙子が見てなければあるいは……だが、見ている手前、やるわけにはいかないだろう。
「赤城さん、変身能力とは知ってましたけど、その姿はいかがなものですの?」
「まぁ、効率的に、人を傷つけずに倒すのはこれが1番なんだよね」
姿を戻しながらそう言う。今回は顔をいじっていないので、上条に触れてもらう必要もない。
その気になれば、触った瞬間に人を消し炭することもできるし、と続けると、白井の顔は引きつった。
「そんなこと、してませんわよね?」
「するわけないじゃん」
土埃を払い、2、3度腰をひねって関節を鳴らす。伸縮性が高いといっても、やはり2メートルはやりすぎたか、制服は少し伸びてしまっている。
「それじゃあ……
「はいですの」
遠くから迫ってくるようなサイレンを聞き、そう言って避難させていた涙子を探す。白井は事情聴取や、風紀委員としての後処理があるそうだ。
「……あれ」
いくら探しても、涙子の姿はそこになかった。
***
「なにしてんの、こんなとこで」
「……譲さん」
涙子を見つけたのは、あれから何時間か経った、夜遅い公園だった。すっかり日がくれて、街灯のみが街を照らしている。
「夜遅いし、帰ろ?」
「……」
「帰りたくない?」
「……」
「……そっか」
ブランコに腰掛けている涙子はうつむいていて、なにやら落ち込み、悩んでいるようだ。
こんな時にかける言葉を知らない自分が、情けない。
「危ないよ?」
「……」
「んー……」
なにを言っても、涙子はうつむいたまま顔を上げない。
「……デートしよっか?」
「……えっ?」
「やっとこっち向いた……」
ようやく顔を上げた涙子。しかし、俺の顔を見ると再びうつむいてしまった。
「……デートなら、御坂さんと行けばいいじゃないですか」
「……え?」
「だって、御坂さんと付き合ってるんでしょ!?」
「……はぁ!?」
突然の言葉に、俺は言葉を失いかけた。
「だって、今日ファミレスで2人仲良く話してたし」
「……あー」
「それに、お揃いのストラップつけてたし」
「えーっと、涙子?」
「なんですか!」
とりあえず落ち着かせようと、名前を呼んだら涙子は顔を勢いよく上げ、声を張り上げた。その目には、涙が浮かんでいる。
「あ……すいません」
「……涙子、まずファミレスで2人だったのはな、あいつが相談があるって言ったからだ」
俺の言葉に、涙子は目を見開いた。そりゃあまぁ、御坂が相談なんて、そんなキャラじゃないからな。そこはまぁ誤解されるだろう。問題は次だ。
「ストラップは……クレープ屋さんのやつだ」
「え? ……あ」
「……誤解、解けたか?」
「え、あ……すいません!」
まぁ、全然気にしてないからいいけど……これが御坂だったら大変なんだろうなぁ。聞く耳持たないだろうし、話を理解しても謝るのが照れ臭くて電撃とばすだろうし。
上条、やっぱお前には優しくするわ。殺すとか思ってごめん。
「じゃあ、帰ろっか」
「……あの、おぶって貰ってもいいですか? 足、捻っちゃったみたいで」
「……うん、いいよ」
そう言った涙子をおぶさる。涙子は疲れたのか、首元に顔をうずめた。すすり泣くような息遣いが少し聞こえる。
「足、痛いの?」
「え? ……はい、痛いです」
「……そっか」
「……すいませんでした」
消え入りそうな声で、涙子は言った。大丈夫だよ、となるべく優しく言い、部屋まで送って、俺は家へと向かう。
俺の部屋について、着替えた制服の首元が濡れていたのは、きっと俺が気づかなかっただけで、雨でも降っていたのだろう。
戦闘描写って難しいですね。
何気に初戦闘でしたし。