配役は脇役で 作:t、
ノイズが街に現れたのは突然だった。
何かしらの予兆があった訳ではない。予期することも不可能だ。
満足な対応が取れない以上、触れたら身体が瞬く間に炭化し、僅かな抵抗もできず死んでしまう。唯一の対抗策は逃げることのみ。
だから街中に突然ノイズが出現したとき、小日向未来は瞬時に近くのシェルターへ向かった。
陸上部でそれなりに体力があったこと、ノイズにいち早く気付けたこと、慌てず落ち着いて動けたこと。
様々な要因があったが、未来は無事にシェルターへ辿り着ける……はずだった。
「きゃあああっ!」
「今の悲鳴、女の子の? ……あっちからだ」
シェルターに向かっていた脚が、自然と悲鳴が上げられた方へと進む。
理由は自分でも分からない。
無視して、自衛隊や他の大人にでも任せてしまえばいい。
そんなことを思うより先に、"助けなきゃ"と身体が動いていた。
逃げるのが正解だ。きっと、この状況を見たら誰もがそう言うだろう。
悲鳴を上げた女の子の元へ行ったところで、未来がしてやれることなど限られている。自分まで巻き込まれて死ぬ可能性だってあるのだ。
けれど、助けられるなら。
怯えて、立ち竦んでいるなら。
(人を助けることは、間違いなんかじゃないから……!)
その選択が、結果から言えば少女を救ったと言える。
未来は涙を流し、その場に座り込んでしまった女の子に手を差し伸べ、優しく繋いだ。
「大丈夫?」
「う、うん……わたし、お母さんとはぐれちゃって……」
「そっか……なら、もう先にシェルターへ行ってるかもしれないから、私と一緒に行こっか」
こくりと頷いた女の子の手を引き、目的地まで足早に進む。
どうしてかノイズが異常な程に数を減らしている。そう気付いても、未来にその理由は掴めない。
一部の人間がノイズを倒せる存在を見たものの、その情報が急速に広まっていくこともなく、口外しないよう動いている組織がいるのだから当然だ。
もっとも、完璧に隠しきれる訳でもないのだが。
(自壊が始まってる……?)
未来の疑問に答えは出ない。
いま彼女に出来るのは、女の子と少しでも早くシェルターへ避難すること。
頭を切り換え、自分のするべきことを考え直し、
「ノイズ……!?」
前方に現れたノイズに、行く手を阻まれてしまう。
咄嗟に女の子の手を引き、進路を変えて迂回しようとするが、鳥型のノイズはすぐに距離を詰めてくる。
その追ってくる数から考えても、逃げきるのは絶望的だ。とてもじゃないが、連中を振り切ることなど考えられないだろう。
「いやぁああああっ!」
思わず悲鳴を上げてしまう少女を、そっと抱き締める。
敵は、ただ触れるだけで簡単に人を殺せる存在だ。なら、あと数秒と待たずに自分たちは死んでしまうんだろう。
幼なじみに別れも告げられず、助けたいと思った女の子も守れず、言いたかったことも言えないままに。
ノイズが迫って、そして──
「……ッ!」
──軽い衝撃と共に、未来の目の前に何者かが降り立ち、その手に握る双剣を振るった。
本来、ノイズに対する有効的な攻撃手段は存在しない。
ノイズは自身の存在をコントロールし、通常の物理法則から切り離して活動することも可能なのだ。倒すにはその存在をシンフォギアによって調律して、"位相差障壁"を無効果する必要がある。
だが。
「の、ノイズが……」
目の前に現れた男は、ただ剣を振るっただけで、ノイズをあっさりと倒してしまった。
この世界にはない魔術を使い、別世界にまたがっているノイズに無理やり干渉しているだけだが、未来にそんなことは分からない。
驚き、呆然としながら赤い外套を纏った姿を見上げると、男がチラリとこちらへ視線をやった。
黒い仮面に阻まれ、相手の素顔は見えない。見えないが……なぜか仮面の男に怯えたりはしない。
(どうして……? 私、なんで安心して……)
戸惑う未来を、敵は待ってくれない。
二十体は居るだろうノイズの群れが、一斉にこちらへ向かってくる。
けれど、仮面の男は逃げようともせずに剣を構え、迫り来るノイズを次々に倒していく。
敵の動きはいずれも単調そのものだが、冷静な対処と的確な攻撃には目を見張るものがある。
「はあああッ!」
だが一体倒す度、男がノイズを撃退する度に、決して少なくない衝撃が未来を襲い、思わず悲鳴を漏らしてしまう。
それが、男の集中を削いでしまったのかもしれない。
急に剣技が乱れ、手にしている剣が欠け始めて、やがて粉々に砕け散ってしまったのだ。
(私のせい……? 私がここに居るから、だから……?)
そう不安に駆られた瞬間、聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。
「投影開始ッ」
今の声が、誰かに似ているような気がして。
その後ろ姿が、幼なじみに似ているような気がして。
あまりにも大きく映る背中を見つめる。
双剣を振って、自分たちのことを守っている姿は、今まで一度も見たことのないものだ。
なのに。それなのに、どうしても優しく笑い掛けてくれるあの人に重なってしまう。
全てのノイズを倒し、仮面の男がこちらへ振り返ると、予感はより強くなった。
優しく言葉を掛けられれば、ただの"かもしれない"は"確信"に変わる。
だから、確証もないのに声をかけた。
飛び上がろうとした仮面の男に、問を投げる。
「り、りっくん……?」
答えは────返ってこない。
いや、きっとそれこそが返答なのだろう。
仮面の男、立花律は一瞬だけ足を止め、そのまま振り向かずに走り去ってしまった。
(ずっと、こんなことをしてたの……? 私や響には内緒で、こんな危ないこと……)
戦う力はあるのかもしれない。
誰かを守ることが出来るのかもしれない。
けれど、それで危険な目に遭うのは律なのだ。なら、やめてほしい。無茶なことはしないで、いつものように笑って傍に居てほしい。
そう思いながら、未来は「でも……私の我がままなのかな……」と小さく呟いた。
りっくんと会って、ちゃんと話がしたい。今まで以上にそう思った。
遅れて合流した翼とノイズを殲滅し、二課本部へ戻ると、それはもう色んな大人に色んなことを言われた。
その大半……というか、ほぼ全てが俺への注意だったのだが、やっぱり見て分かるほどだったのだろう。翼にも大分迷惑を掛けてしまった。
あきらかに集中できていなかったからな……
小さく溜め息を吐いて、二課本部の未来が待っている──半ば閉じ込められている──部屋を、渡されている端末で開いた。
「よ、未来。ケガとかないか?」
「ううん。だって、りっくんが守ってくれたから」
「そっか……なら良かったよ」
本来なら未来は自衛隊に保護され、必要な書類にサインして、そこで終わりのはずだった。
が、うっかり俺の名前を出してしまい、トップクラスの機密を知られてしまったことが判明したため、こうして連れて来ることになったのだ。
まあ、"今日知ったことは誰にも言いません"ってのが守れるなら、問題はないだろう。
……未来の両親も軽く巻き込んでしまったが、その辺は保護者として機密保持に協力して頂きたい。
「で……このこと、響は知ってるの?」
「いや、家族は全員知らない。俺が勝手に始めたことだからな」
「……やめて欲しい、って言ったら……やめてくれる?」
「ごめん、無理だ。もしまた響や未来が危険な目に遭ったら、俺は何度でもノイズと戦う」
現状では、奏と翼も守りたい存在に変わりつつあるが、一番は響と未来だ。
それは、これから先も絶対に変わらない。変わるはずがない。
だから誰に止められても、大切な人が傷付くなら再び剣を取る。
剣を取る人間は、みな剣で滅びるというのは誰の言葉だったか……よく覚えていないが、それでも守れるなら構わない。
「どうしても? 私は……りっくんが傷つくのは嫌だよ。響だってきっとそう。それでも?」
「なら、俺はそれ以上に二人の笑顔を守りたいんだ。
だから、約束する。何があっても必ず帰ってくる。俺が居る場所は、もう決まってるからさ」
お日様と陽だまりの居る傍が、俺の居たい場所なんだ。
直接言うのは中々に恥ずかしいが、きっと言葉にしなければ伝わらないものもあるだろう。
「ちゃんと、帰ってきてくれる?
私たちが笑えるのは、りっくんが傍に居てくれるからなんだよ?」
「もちろん。俺が約束破ったこと、これまであったか?」
「……うん、わかった。でも、絶対に無茶はしないでね。響も私も、ずっと待ってるから」
「ああ、遅刻しないようにする」
きっと、これで全て納得してくれた訳ではないだろう。
未来は今も、これから先も、俺か戦う度に不安な思いを抱いてしまうかもしれない。
それでも認めてくれたのだから、その気持ちに応えたい。
絶対に負けられない。絶対に守ってみせる。
──再び、そう誓った。
「ふぅ……じゃあ、帰るか」
「え、勝手に帰っちゃってもいいの? 私、ここで待ってろって……」
「書類にサインはしたんだろ? なら良いって。
ほら、早く早く」
「う、うん」
躊躇いながらも伸ばした未来の手を取り、二課から脱走……もとい、帰宅する。
どうせこの動きは監視カメラで見られてるはずだ。なのに止められないのなら、もう帰っても良いということだろう……たぶん。
まるで迷路のような廊下を越え、エレベーターを使って本部から抜け出すと、途端に携帯が震えた。
本当はメチャクチャ出たくないのだが、通話に応えない訳にもいかない。
『俺だ』
「えっと……俺たち今から帰るんですけど、何か問題でもありましたか?」
『はぁ……ったく、話し合いは済んだのか?』
「ええ、まあ穏便に解決しましたよ」
『なら良い。あまり心配させてやるなよ。また何かあれば連絡する。
ところで、車は必要か?』
「これから未来とデートするんで、車はいらないです。お気遣いありがとうございます」
最後に大きく笑いながら、「頑張れよ」と声を掛けられて電話は切れた。
ま、面倒な手続きやら処理やらは、頼れる大人に任せておこう。
とりあえず今は……
「未来、跳ぶからちゃんと捕まってろよ?」
「え? 跳ぶ? 跳ぶって……え!? ええー!?」
未来の身体を優しく抱え上げ、いつものように……いや、いつもより早いスピードで跳躍を繰り返していく。
当然、投影した宝具の力で、他の人間に俺たちの姿は見えていない。
……弦十郎さんや緒川さんには通用しないのかもしれないが。現に前回は緒川さんにあっさり気付かれてしまった訳だし。
ふーむ、一般人すら騙せない宝具なのか、忍者が凄すぎるだけか……俺が使いこなせないだけか。
後者二つだな、と結論付けたところで、未来が楽しそうに笑みを浮かべていることに気付く。
慣れてしまえば、ちょっとしたアトラクション感覚で居られるのかもしれない。
「すごい……こんな景色、初めて見たかも」
「気に入ってくれたなら何よりだ。ちょうど夕日が沈みそうだし、跳んで帰るにはピッタリだな」
「普通、跳んで帰る人は居ないと思うけど……でも、うん。すっごく綺麗」
夕焼け空を見つめる未来は……いや、やっぱり言わないでおこう。
この状態で照れて殴られて落ちたらシャレにならん。
地味に緊張するんだよなぁ。
それが、人を抱えて高速で跳躍しているからなのか。あるいは、未来と一緒だからなのかは分からないが。
「ね、りっくん、もっとスピード出せる?」
「はは、もちろん。落ちないように掴ま──」
「もう掴まってる」
「──了解。んじゃ、行くぞ……!」
ぎゅっと抱き付いてきた未来に告げ、これまで以上に速度を上げる。
限界だと思っていたはずなのに、越えようと思えば越えられるものらしい。
愛の力……なんて言ってみたいところだが、たぶん緒川さんに壁をぶっ壊されたからだろう。
「律さんに足りないものは慣れだと思いまして」って言われたし。つーか、いつ見抜いたんだよ、あの忍者。
「ね、りっくん。私と一緒にいた女の子、覚えてる?」
「ん? ああ、あのお母さんとはぐれた?
──もしかして、家族がノイズに……?」
「もう、違うよ。あの子のお母さん、自衛隊の人に保護されて、先にシェルターに着いてたみたいなの」
「そう、か……なら良かった」
「あの女の子も、お母さんも、この街も──私も。守ってくれたのはりっくんだから、改めて言いたくて。
ありがとう、りっくん」
そう言われ、チラリと背後を振り返る。
夕日に照らされた街並みは、いつもと全く変わらない。普段通りの生活があって、毎日やってくる日常があった。
これを守った、か……
全ての人を守れた訳じゃなくても、一部の人間を犠牲にしてしまっていても、"ありがとう"の一言だけで救われる自分が居た。
「なあ、未来」
「なに? りっくん」
「俺の方こそ……信じてくれて、ありがとな」
「もう、ずるいなぁ……絶対、約束守ってね。私、言いたいことがいっぱいあるんだから」
「? 言いたいこと?」
「ふふっ、内緒」
縋り付くように俺の身体を抱き締めた未来は、何度も言葉にして聞かせて欲しいんだろう。安心させて欲しいんだろう。
自分は一人じゃない、と。絶対に俺が離れることはない、と。
だから、俺もちゃんと本音を口にする。
そうしたら、陽だまりは、いつも通りの明るくて優しい笑みを浮かべてくれるから。
きっと今はまだ、これで良いんだと思う。
基本的に、響の髪は幼い頃から俺が切っている。もちろん、俺の髪も響にやってもらっている。
ずっと前からそうなのだ。今さら髪を切りに、床屋なり美容院なりに行くのもおかしいだろう。
女の子の髪……というか、響の髪に触れるのはちょっと緊張もするが、それも割と慣れてしまった。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
「おう、いいから動くなよ? 間違って耳まで切っちまう」
「耳は残してね」
「任せろって…………あ」
「今の"あ"って何!?」
「わるい、冗談だからあんまり気にするな。で、なんの話だ?」
俺がそんな初歩的なミスを犯すはずがない。
が、昔は色々とやらかしたものだ。ハサミに中々慣れない上、響がやたら動くもんだから、なおさら大変だった。
それでも、響よりは上手い自信があったけど。
「んとね。ほら、夏祭りが近いでしょ? だから、また未来と三人でどうかなーって」
「毎年行ってるんだから、今年も行くよ。未来も予定が空いてるなら三人でだな」
毛先を揃えながら、しっかり響の会話にも付き合う。
髪型がロングならまだ楽だったんだが、ショートは余計に切りすぎないか気になってしまう。まあ、メチャクチャ似合ってて可愛いから良いんだけど。
「ふふん、もう未来の予定は確認済みだよ。これで決定だね」
「動き早いな……あ、露店での買い食いは控えるようにな」
「なんで!?」
「動くなって。だって響、俺と未来が止めなかったら、サイフが空になるまで食べ歩くだろ。お兄ちゃんとして許可しません」
「横暴だ……すっごく美味しいのに……」
「全部ダメなんじゃなくて、限度を考えようって話だよ。
ってか、焼きそばとか簡単なものなら家でも作れるし」
そう言うと、途端に響が瞳を輝かせた。鏡越しでも分かるくらい喜んでいるのが見える。
いや、だから動くなって。
「焼きそば! たこ焼き! リンゴ飴! わたあめ!」
「響ちゃん響ちゃん、後半に連れて難易度上げるのなんで?
わたあめとか作ったことないから。普通に無理だから」
まず機械が手元に無い。無くても、ある程度自作のモノでどうにか出来るが、果たして素人に出来るかどうか。
そもそも、俺に知識があるのが不思議である。
「そなの?」
「そそ、無理」
左右のバランスを軽く確認……うん、バッチリだな。超絶可愛い。
元々そこまで長く伸びていなかったからか、割合早く終わってしまった。
響の髪を弄るの、結構楽しいから好きなんだけどなぁ。
「はい、おしまい。早くお風呂入っといで」
「えへへ。ありがと、お兄ちゃん」
ヘアーエプロンを外してやると、響はすぐに風呂場に向かっていった。
走るなよ……と溜め息を漏らしながら、床に敷いた新聞紙やらハサミやらを片付けていく。
あれから──未来に俺のことがバレてから、一週間。
どうしてか、ノイズの出現はピタリと止んでしまった。もちろん、世界規模で考えれば話は変わるのだが、この周辺での発生は格段に減っている。
理由は不明。俺としても二課としても助かるし、何も不都合は無い。無いんだが……それはそれで怖いというのも本音だ。
手早く片付けを済ませると、タイミング良く携帯の着信音が鳴った。
相手は……って、なんで奏? 約束とかした覚えないんだけど。
戸惑いつつ、通話に応える。
『お、出た出た。律、いま暇か?』
「……どちらかと言えば暇だな」
『っしゃ。なら、翼と三人でどっか行こうぜ。こう毎日何もすることがねぇと退屈で死んじまうって』
「あ~……まあ良いか。じゃあ今からそっち行くわ。どこで待ち合わせればいい?」
『そうだな──』
奏から場所を聞いて、足早に向かう。
自分のことながら、あっちにこっちに忙しい奴だとは思うけれど、これが楽しいのだから仕方ない。
ノイズとの戦闘は絶対に遠慮したいが、奏や翼と関わるのはそう悪くない。
このあとカラオケとか行く流れにならないだろうか。プロになる前に思う存分味わってみたいものだ。
……あ、俺音痴だからその流れキツいな。絶対笑われるわ。
なんて考えながら、退屈そうに待っていた二人と合流する。
「よ、お待たせ」
「遅い、遅刻だぞ」
「これでも急いだ方だって……つか、なんで翼はそわそわしてるんだ?」
「えっと……だって、二人以上で遊びに行くのなんて、初めてだから……」
「翼、ほんとに友達がいな……いや、何でもない」
「今友達が居ないって言おうとした? 言おうとしたんでしょ?」
「はは、まさか」
うっかり俺も本音が零れてしまった。
ちなみに奏はさっきからメチャクチャ笑ってる。それはもう盛大に。
「……律も私に意地悪だ」
「いやいや、奏ほどじゃないだろ。友達は……まあアレだよアレ」
「アレってなによ……そ、それに、私にも友達ならいるじゃない」
「ん? ああ、奏な」
「ナチュラルに自分のことを省くなって。ま~た翼が拗ねちまうだろ」
そう奏に言われて、初めて俺が翼に友達認定されていることに気付いた。
ああ、俺たち友達だったんだ……いや、こんなん言ったら泣かれかねないな。
個人的には、仲間として見られているかも怪しいとばかり……
「ま、その辺はもういいや。んで、どこ行くよ。適当にゲーセンとかか?」
「そうだな。たぶん翼はそんなとこ行った経験もないだろうし」
翼から涙目で見られるが、否定はない。
やっぱり行ったことないのか……どうせ毎日鍛練とかばっかりしてるんだろう。
そこを、奏と仲良くなってからは、ちょこちょこ連れ回されてる、と。
「へへ、仮面の騎士様の力を見せてくれよ」
「もうその呼び方やめてくんない? ダメージでか過ぎだからさ」
「気にすんな気にすんな。それより、今日は来てくれてありがとな」
「……や、別に呼ばれたから来た訳じゃないって。俺も来たかったから、二人と遊びたかったから来たんだよ」
口には出さないが、二人と居るのは普通に好きだ。
だから、別に無理矢理引っ張ってこられた訳でもないし、嫌々やって来た訳でもない。
俺も一緒に居たかったから来たんだ。
「ははっ、ようやくデレたな。ほんと、めんどくせぇツンデレだな、律は」
「ツンデレじゃねぇし需要がねぇ……」
「もう、二人とも行かないの?」
翼が拗ね始めたな。
俺でも分かるのだから、当然奏も分かっているんだろう。翼をからかうようにニヤニヤと笑う。
まあ、ぶっちゃけ、どこかへ遊びに行きたかった訳じゃないんだろうな。ただ三人で集まって、こうして話してるだけで、奏も翼も充分に満足してるんだ。
二人とも、本当に仲が良いな。流石未来のツヴァイウィング。
「そういえば、二人のデビューってまだ先なのか?」
街を歩きながら、奏と翼に問いかける。
「それなんだけど……そろそろ本格的な練習が入りそうなんだ」
「ボイトレとか苦手なんだよなぁ。普通に歌うだけなら簡単なのにさ」
「……練習もそうだし、人前に出るのもあんまり自信は無いんだけどね」
「いやいやいや、奏も翼も歌上手いんだし、大丈夫だろ。あとは、これから頑張って自信を付けていくしかないんじゃないか?
それに、"二人揃ってれば"何でも出来そうな気がするし」
たぶん、誰でも初めての経験は戸惑うし、自信だって簡単には持てないはずだ。
でも、二人ならちゃんと練習を積んで、アーティストになるための時間を重ねていけば、きっと何とかなってしまうだろう。
それこそ、世界に通用するくらいには。
「オーバーだな……ま、やるからには本気でやるけど。
そのうち結成式的なステージ開くから、そんときは律も招待してやるよ。あたしらのファン一号だしな」
「おう、あんがと。全力で応援するわ」
正式なものではないんだろうが、やっぱり楽しみなものは楽しみだ。
戦場で聞く歌より、二人には誰かのために歌う歌が似合うだろうから。
だからこそ、彼女たちが別の形で人々を守ろうとしている間は、俺も頑張らないとな。
別に戦いが好きな訳でも、危険な目に遭いたい訳でもない。
不特定多数の誰かを守りたいとまで思っている訳でもない。
けど、大切な人を守って、大事な友達のために戦いたい。そう思っているのはウソじゃない。
借り物の力でも、それくらいは出来るだろうから。