と、脅してますがたぶん大丈夫だと思います、はい。
ちょっと急ぎ足感かありますが、多目にめて下さい。
目の前を、たくさんの車が走る。
その様子を、ボロボロの薄汚れた服を着た、まだ年端もいかぬ少年と少女が、これまたボロボロの布を手に持って眺めていた。
信号が、赤に変わる。
その瞬間、少年と少女は自分達から1番近い車目掛けて駆けていき、目敏く車に付いた土を見つけると、その薄汚れた布で丁寧に拭く。
車の運転手は、その行為に不快そうな顔をしつつも、窓を開けそこから二束三文にすらならないはした金を放り投げた。
チリンチリンと、お金が地面を跳ねる。
少女が素早く跳ねたお金を追いかけそれを拾うと、すぐさま少年が少女の手を取り、走ってその場をあとにした。
時期に信号は青になり、車が再び走り出す。まだ道路の周辺には、似たような格好をした子供たちが、走り去った少年と少女の方角を、羨ましそうに眺めていた。
走って走って、走って。いくつもの角を曲がりどんどん人気のない方へと走っていく。少年は時々振り返っては、後ろをつけてくるライバルたちがいないかを確認しつつ、走り続けた。
そうして、ようやく目的地に付いた。
二人しかしらない、秘密の隠れ家。
路地裏の路地裏、さらに奥まって人が立ち寄らない、さらにまた奥。そこに、その辺に落ちていそうなボロボロの木や布で作られた、小さなテントがあった。
少年が何日もかけて材料を拾ってきては、何日もかけて作り上げた、二人の家であった。
少女は乱れた息を整えつつ、ゆっくりと家の中へ入っていく。少年はそれを確認すると、一度角まで戻って、つけられていないかの最終確認で、薄暗い道を気配を消し、物陰に隠れながらしばし道を監視し、つけられていないと分かると小さく息を吐き、少年も家へと入っていった。
ここがどこの国で、何ていう町なのかは知らない。しかし、二人にとってそれが世界のすべてであった。
親に捨てられた。親が死んだ。そもそも、親の顔すら知らない、そんな子供たちの世界。
物を乞い、盗み、薬を売り、体を売り、騙し欺き、裏切り見捨てて、そして暴力で奪う。それが、二人の世界、そのものだった。
「おい、お金ちゃんと持ってるか?」
少年の問に、少女は小さく頷くとポケットから先程拾ったお金を手渡した。
「……はい」
少年は黙ってお金を受けとると、テントの奥へと行き、奥に隠してあった小さなジュースの缶を引っ張り出しては、それをひっくり返した。
チリンチリンと、中からいくつかのお金が落ちてくる。
「……足りる?」
少女のその問に、少年は力なく、小さく首をふった。
「……全然、足らない」
「……そう」
「……ああ。パンの1つも…買えない」
「……お腹、空いた」
少女の弱々しい声に、少年は歯を食い縛る。
もう、何日前に物を口に入れたのかすら、分からない。
「……待ってろ」
少年はそれだけ言うと、フラフラとしながらも、しかし確かな足取りで外に出た。
「いってらっしゃい」
少女のか細い声を、その背に受けながら。
少年は今、市場に来ていた。
目的はいくつかあるが、そのうちの1つは盗み。今フラフラと歩きながら人混みのなかを縫うように進む。
そして、自然な流れで店の端までたどり着いては、すっとリンゴを盗った……のだが。
「おい店員さん! こいつリンゴ盗ったぞ!」
その声が聞こえた瞬間、少年は弾けたようにその場所を飛び出しーーその手を、誰かにとられて捕まえられた。
「離せ! 離せ!」
「うるせぇんだよ! このクソガキが!」
少年はそのまま店の前まで連れていかれると、店の人や近くにいた大人の男性に、殴られ、蹴られ、ただひたすらに暴力を受けた。
流石の大人たちも、盗人が年端もいかぬ少年とあって手加減はしているようだが、それは同情などからくるそれではなく、単に暴力で死んでしまったら、自分達が捕まるかもしれないという考えから来るものであった。
ある程度暴力を受けると、大人たちは少年を解放する。
少年はしばらくそのまま動けずにいたが、時間が経つとのそりと起き上がり、あちこちから血を流しながら歩いた。
こうなると、もう盗みはできない。怪我の問題もあるが、それ以上に人目を集めすぎてしまうため、まず盗み事態が困難で、そして逃げられないからだ。
祈るのは、同情などで道行く人がくれる、お金やパン、水だ。
狙うはこの国の人じゃない人達。そういう人達は、同情などでくれることが、たまにある。
……が、今回は失敗だった。
この国の人ではない人は見つけた。しかし彼等は、少年を見つけるとニヤニヤと笑いだし、近づいてきたと思ったら腹を蹴られた。
何にもない胃から、胃液を吐き出す。
「ーーーーー!」
「ーーーーーーー!」
何をいっているのか分からなかったが、彼等は楽しそうに笑いながら、少年を一瞥すると、少年に背を向け歩き出す。
睨み付けるように視線を向けると、少年の目に財布が見えた。
ズボンの後ろポケットに入れられている、大きな財布。
少年はのそりと起き上がり、気配をできるだけ消して、彼らの後をついていきゆっくりと距離を積める。
そして、人通りが一番多い通りまでいくと、するりと、その財布をスッた。
誰も、少年に気づく者はいなかった。
少年はその手に、小さなパン1つと水の入った小さなペットボトルを1つもって、家に帰ってきた。
これらは財布に入っていたお札で買ったものだ。
本来ならもっと買えるだけの金額があったのだが、少年は小銭でしかお金の価値が分からないため、騙しとられたことに気づかない。
家に帰ると、少女が寝転んでいた。
寝ていると思った少年は、パンと水を少女にあげようと、ゆっくりと揺らして起こす。
しかし、少女は起きなかった。
その体は、明らかに冷たくなっていて。
慌てて少女はパンをちぎっては、少女の口にパンを入れよえとして……パンがこぼれる。
「……おい、食えよ。兄ちゃんがパンと水を持ってきたんだぞ。久し振りのご飯だぞ」
しかし、少女はピクリとも動かない。
少年はその目から涙を溢れさつつも必死に声を押さえながら、パンを口に運ぶ。
ここで声を出してしまうと、認めてしまうことになる。
「おい、食えって。食ってくれ。頼む、お願いだから、俺は要らないから、これは全部お前のだから……だから、なぁ!」
それでも落ちたパンを、すぐに拾って無理やり口のなかにねじ込んだ。
ペットボトルを開け、水を流し込む。
少なかない水が、少女に溜まり、溢れだした水が、少女の頬を伝い地面に敷いた布を濡らす。
それを見て少年は。
頭を抱えて、壊れたように泣いた。
◇
少年に財布をすられた男は、多いに焦っていた。何故ならそこには、お金以外にも大事なものがたくさん入っていたから。
「なんの騒ぎだ」
男たちに、眼鏡をかけた白髪の男が声をかける。
「ク、クロード様! こ、こいつが財布をすられたんです!」
「財布を?」
「はい」
「大体いつ頃だ?」
「たぶんですけど、さっき人の密集する市場に行ったので、その時かと」
「盗んだやつに心当たりは?」
そのクロードの問に、男たちの脳裏に自分達が笑い者にしたガキを思い出したが、怪我もあったし、何よりクロードがそういった行為を嫌っていることを知っていた彼等は、首を振る。
「そうか……お前がとられたんだったな?」
「はい!」
「付いてこい。財布を取り返すぞ」
そこからクロードの行動は早かった。
クロードはほんの小さな痕跡すら見逃さず、男たちが何をしたのかを知り、誰にすられたのかを知り、どこでお金を騙しとられ、どこに向かったのかも聞きつけ、少年が家に帰りつく前に、その背中に追い付いたのである。
そしてクロードと財布をすられた男は今、壊れたように泣く少年の声を、テントの目の前で聞いていた。
少年がテントに入ってからの言動も全て見聞きしていたクロードは、般若の形相を浮かべ男を睨み付けてた。
「貴様、ビーハイブに所属しながら、こんな年端もいかぬ子供に暴力を振るい、笑い者にしたのか」
「………」
男は何も言わず、ただただ、目の前の少女の死体と、その側で頭を抱え壊れたように泣く少年の姿を青ざめた顔で眺めていた。
その顔はまるで、その光景を現実と受け止めたくないと言っているようで、自分達がこの少年に暴力を振るったという事実を、今すぐにでもなしにしたいと言っているような、そんな表情をしていた。
「……しっかり見ていろ。そして、自分達がしたことの愚かさ、醜さを知れ」
それだけ言うと、クロードは少年にゆっくりと近づいた。
「……ん」
あああああああああああああああああああああ。
「……ねん」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
「少年!」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
「少年!」
肩を誰かに思いっきり捕まれ、少年はあげていた泣き声をビタリと止めて、目の前の男を見た。
その死人のように何も映さぬ瞳に、クロードは一瞬息を飲むが、すぐに持ち直すと少年に声をかけた。
クロードは少年に何度も話しかけるが、少年はピタリと泣き止んでからは何の反応も示さない。
仕方がなしにクロードは少女の死体を運ぶよう、部下に命令する。
部下が少女に触れようとした瞬間、少年が突然飛び出し、男の手を払い、少女の体を抱き抱えると獣のようなうなり声をあげながら男を睨んだ。
男は、子供とは思えないその気迫に、後退すらしなかったが、確かに怯んだ。
クロードはそんな少年の前に座り、しっかり目を会わせる。
「その子は、君の妹か?」
うなり声が続く。
もう一度、聞く。
「その子は、君の妹か?」
反応なし。不意に少年の目が後ろの部下に向いてることに気づき、部下を下がらせる。
もう一度、聞く。
「その子は、君の妹か?」
ようやく、クロードの声が聞こえたようで、少年はうなり声を止め、クロードを睨み付ける。
「その子は、君の妹か?」
「………………………違う」
しばしの沈黙。しかし、答えた。
「その子の、名前は?」
「………………………エリー」
「そうか。いつから一緒にいた?」
「……………分からない。かなり前から」
「……二人で生きてきたのか?」
「……………うん」
「親は?」
「……エリーは捨てられて、俺は顔も知らない」
「…そうか。君の名前は?」
「………ない」
「……………ない?」
「…………ない。エリーには、ずっとお兄ちゃんって呼ばれてた」
「………これからどうする?」
「……なにもしない」
「……何も?」
「…………このまま、死ぬまでここにいる」
そう言った少年の目は、まるで生気をなくした死体のようだった。
「……そうか。なら、私と来ないか?」
「……行かない」
「エリーの墓を建てよう」
ピクリと、少年が反応する。
「エリーの墓を建てよう。食べ物をあげよう。水をあげよう。お金をあげよう。力をあげよう。そして、家族をあげよう」
「………か、ぞく?」
「………ああ」
少年はしばらく考え、そして顔をあげた。
「エリーの墓を建てて下さい。でも食べ物も、水も、お金も、家族も要りません。その代わり、俺に、力を下さい」
少年にとって、力とはこの世の絶対的な正義であった。
せっかく稼いだお金も、年上のライバルに暴力で奪われる。町の大人たちには、良い様に殴られ、笑われる。裕福な子供たちからは石を投げられ、尿をかけられる。
この世は、力が全て。力の強いものが、正義。それを幼いながらに、少年は悟った。
故に、少年が欲したのは力。それさえあれば、後は自然と手にはいる。
そんな少年の思考を、何となく感じとりながらも、クロードは何も言わずに、手を差し出した。
「私と来い。エリーの墓を建ててやる。力をつけてやる。そして、お前に名前をつけてやる」
少年は、力なく、しかししっかりと、その手をとった。
「おじさん。名前は?」
「おじさんではない。お兄さんだ」
「お兄さん、名前は?」
「私の名前は、クロードだ」
クロード。その名を小さく何度も呟く少年。
「………クロード、クロード……クロード…クロード? …………く、ろー…ド?」
次第に、口調が怪しくなっていく。
「どうしーー」
次の瞬間、少年の脳はスプーンで脳みそをかき回されてるかのような激痛を感じ、耳を塞ぎたくなるような叫び声をあげて、そして意識を失った。
ヒロインは次話、分かる人には分かります!
読んでかださりありがとうございました。