俺達二人はレスリングの構えで見合うったままその場をぐるぐると回る、先に動いたらやられる、俺はそんな予感を感じていた。
このままタックルをすれば多分マウントを取ることができる、しかし心の隅に飛び膝蹴りの恐怖がある、こんなお遊びでやる訳ないと思うが詩乃は容赦なくやってくる。
お互い負けず嫌いなことは知っている、それは遊びでも変わることはない。
いつぞや家で喧嘩した時は金的かまされて一撃でやられた。
詩乃の瞳には目的の為には殺人すら厭わない、そんな『漆黒の意思』が見える。
『ヤル』時は『ヤル』
俺となってはせいぜいが卑の意思程度。
目的の為にはどんな卑怯な事でも厭わない、そんな『卑の意思』。
火ではない。
先に動いたのは詩乃、前傾姿勢を取っていたが身を起こしローキックを繰り出し俺は前傾姿勢のままだった為それをモロに受ける。
「チッ」
詩乃の細足ではそこまでダメージもない、それをわかっているため詩乃は舌打ちする。
足を掴もうとしたが詩乃はすぐに足を引き俺は伸ばした手を空振る、俺にチャンスは与えてくれないか。
この遊びのルールとして俺はタックルと掴みしか許されていない、しかも詩乃の攻撃を受け止めてしか掴むことはできない、しかし詩乃は何でもあり、殴ろうが蹴ろうが何でもあり。
それくらいのハンデは必要だろう。
詩乃は左手で掌底を俺に繰り出すがあまり腰が入っていない、多分これは伏線で本命の何かがある。
掌底を受け止めると思った通りそこまでの衝撃はない、掴んだらこっちのもん、引き倒して馬乗りなりゃおしまい。
そう考えたがそれより先に俺の体が引っ張られ。
「あ」
側頭部に衝撃が走り俺はたたらを踏む。
詩乃も思いっきり入ってしまったことに気付き半身で肘を出したままぽかんと口を開いていた。
あぁ、掌底で踏み込み隠してたわけね。
「ちょっと大丈夫?」
「あぁクソ、上手くなりやがって」
「大丈夫そうね」
冷たくないかい?
突然の肘に面食らったがすり足でジワジワと詩乃へ歩み寄る、このまま続けたら血どころか変なもの出そう。
互いは間合いに入っており詩乃が直突きを繰り出す。
日本拳法の基本、そして最大の武器。それを容赦なく俺の顔面へ。
それを廻し受けでいなし、引こうとした詩乃の手をやっとこさ掴んで投げに入ろうとした、だが詩乃は慣れた動きで俺の肘を逆の手で極め予想外の反撃に驚いた俺は掴んでいた手から力を抜いてしまい詩乃は俺から逃げて行く。
また始めから、いやもういいだろ?
お互い少し息が上がっておりチラと金網を見れば焼きおにぎりが食べごろになっている。
「詩乃、そろそろやめない?」
「・・・私の勝ちね」
そう言われては何だか癪に触る、詩乃もそれを知って言っているため若干口角を上げている。
昼泳いだりしてだいぶ疲れたんですけど。
夜の運動会()とはこういうことか、てか何で詩乃こんな動けるんだよ、時たまこういう風に遊んだりするけど俺は何も教えてないんだけど。
またも自分の世界に入っていたら詩乃がロシアンフックを繰り出してくる。体力ありすぎだっての、おじさんもう疲れちゃったよ。
焼きおにぎり食べようや・・・。
フックが近づいてくるのに踏み込み躱し、首で腕を受け止める。
「うぇ?」
若干ラリアットになったがまぁそこまで痛くはない、詩乃が微かな悲鳴をあげたが気にすることでもない。
「はい詩乃ちゃんもうおしまいね〜」
「ちょっと!まだ終わってないでしょ反則よ!」
詩乃を抱えつつ終了を宣言したがうちのお転婆お姫様はご不満な様子。
「あぁ暴れたら火の中に落としてしまいそうだ」
「何でここに落とさないでわざわざ丸太超えるのよ!」
「はいはい、大人しくしましょうね〜、焼きおにぎり持ってくるからね〜」
「ちょ脇はやめて!アハッやめてって」
脇をくすぐると余計に暴れるようになってしまった、これは大変だ大人しくなるまでやらなければ。
「うひゃあ!ねぇあはっひゃひひうぇああっ!」
腕の中で悶える、これは包容力が試されてますね(物理)
やめとこ、ヘソ曲げられたら大変だし。
そっと丸太におろして焼きおにぎりを見ると多少焼きすぎてる感はあるがまぁ許容範囲。
「はぁ、はぁ、・・・覚えてなさいよ」
「これでお許しを」
「良いでしょう」
紙皿に置いた焼きおにぎりを差し出せば詩乃は熱そうにしながら食べ始める。
俺も食うか。
少し焦げたかと思ったが意外とちょうど良い焼き具合に収まってる、むしろこれくらいがちょうど良いかもしれん。
詩乃もモリモリ食ってるから問題ないだろう。
しかしよく食う、だからこそのあの腹か?
「なんか言った?」
鋭い。
「言って欲しい?」
「めんどくさいから良いや」
かしこい、賢明な詩乃のおかげで第二ラウンドのゴングはならずに済んだ。
「ふぁ・・・」
熊のように食料を食い尽くしたところで詩乃からあくびが出る。
俺はお前の理知的なイメージはとうに崩れている、だが本能で生きすぎていないか?
学校では友人が増えたらしいが猫かぶってるのか、新川くんも詩乃のこんな姿見たらどう思うのか、憧れの娘がモリモリ焼きおにぎりとサラミ食って満腹になったらあくびをしてる。
熊か? もしくはミーシャとでも言ってやろうか。
「ねぇ仁、そろそろ寝ない?」
だろうね、そういうと思ってた。
「俺に聞かずとも母さんのテントだろ、寝るなら勝手に寝解けば良いんじゃね?」
「さっき見たけどおじさん達一緒のテントよ?」
「は!?」
急いでテントを見に行けばそこに寝てるはぐれメタルと余計なことしかしないババア。
出た〜、年寄りの変な老婆心!
もしくは中坊の時に卒業式のあと宴会やった時に付き合ってる奴らは個室で寝て良いよーってなってた奴ー。
母さんに至っては笑いを堪えきれておらず鼻の下が伸びているのが見える、寝たふりしてんじゃねぇよ。
この様子じゃさっきまで起きてやがったな。
「ねぇ、仁〜早く寝ようよお」
「やかましいわ、こうなったら一人で焚き火の横で完徹してやるわ」
うつらうつらしている詩乃が俺の腕にしな垂れる、詩乃は極限おねむになって来たようだ。
こんな幼稚な作戦に乗ってやるか、俺は仕掛けるのは良いが下手な仕掛けは腹たつんだよ、やるならガッツリやってくれよ。
・・・まさかね。
少しの懸念から片方のテントの中を見る、中には布団が『一組』
一組なのは良いが、いや良くはないが風船遊びできるアレが準備されていることはなかった。
まぁそこまでの予想はしていないだろう、そんな親からすすめられるものでもねぇし。
「えい」
「押すなや、ジッパー閉めるなや」
俺がテントの中をのぞいていると詩乃が俺をテントの中へ突き飛ばし自分も入ってジッパーを急いで閉める。
動かそうとするがしっかりと踏ん張り動く気配がない。
「だーめー」
「その前に火消させろよ」
「じゃあおぶって〜」
「お前はよ寝とけや」
俺の言葉に耳を貸すこと無く背中に飛び乗り首に手を回し自分の身体をがっちり固定する。
おお、意外と安定感ある。
柔らかくはない。
若干首を絞められているがまぁ気のせいだろう。
そのまま背中にミーシャがしがみついたままバケツに汲んだ水で焚き火を消す、耳を噛むな。
「仁眠たい」
「何で背中に乗ったんだよ」
「早くして」
火が消えたことを確認してテントへ戻る。
「はいどうぞ」
「入りなさいよ、女の子一人で寝せるつもり?」
背中にしがみつくという重労働で若干目が覚めたようだ。
「お前さぁ俺がヤル気になったらどうするんだよ、せきにんとれねぇよ?」
「あぁお母様からもらってる」
そう言って恐らくポケットから四角いパックを取り出す、やめとけ!
「お前さぁ」
「昼胸揉んだくせに何言ってんのよ」
「あれは揉んだうちに入らん、せいぜい摘んだ程度だ」
「五十歩百歩じゃない、良いからまずは入りなさいよ」
「あ〜れ〜」
詩乃に腕を引かれ布団に入る、まぁ布団というかマットと厚手のタオルケットみたいなやつ。
入ると詩乃がピタリと張り付く、所謂ボケ禁止の仁シフト。
「本気で言ってるわけ無いじゃない、仁も得意でしょ適当な話」
「恐ろしい娘」
詩乃はクスクスと笑いながらそう呟く。
ヘタレなんだ俺は、ノミの心臓なんだよ。
「仁って考え方が古いのかな」
「新しいことについて行けんだけだよ」
「貞操観念とか古臭い言葉言うけど誰にでも言ってる訳じゃないし、そんなんだから童貞のまま取り残されるのよ」
あ、なんか刺さった、それも致命的なやつ。
「須川くんとか拓真さんは・・・致してるんでしょ?」
俺のことを時代遅れと言った詩乃、お前もそのワードセンスは古いのでは?
「だからミホとかいつも言ってるのよ、仁はヘタレだからあの中で唯一童貞だって、吸血鬼に噛まれても生き残るって」
「あいつ殺す、ついでにあの猿殺してやるよ」
ミホ、お前もそう言ってたのか、須川にあることないこと言うぞまた修羅場作ってやろうか?
「ミホだって須川くんと付き合ってるし、そう言うこともやってるって聞くし」
「ミホめ、おしゃべりな奴だな」
「どう思う?」
「よそはよそ、ウチはウチ」
詩乃から少しため息が漏れる。悪い、そう言う風に口が動いちまうんだ、しばらく詩乃も話すことは無く、腕に頭を乗せじっとしている。
怒らせちゃったか、早く覚悟決めねぇとこんなん新川くんの方がマシだろ、はっきり言葉にしてるだけでも、言葉にせずダラダラ踏ん切りつけずにいる俺よりずっといい、今も一言が出ない。
そんなことを考えていると眠気が俺を襲うやばいこれは気持ちいい奴、このまま落ちる奴。
「・・・ねぇ仁、私はあなたに何を返せば良いの?」
「・・・返す?」
「いや、おやすみ。寝なよ」
「ん・・・おやすみなぁ・・・」
意識が落ちる、うっすら見えるは詩乃の不機嫌な顔・・・。
「ヘタレ」
寝ていては減らず口も叩けまい、寝ている鼻をつまむと嫌そうに唸る、タイミング良く寝ちゃって。
この人は沢山私にくれた、でも貰ったものが多過ぎて、それを返すことができなくて苦しい。
ジンにアプローチしてもいっつも困った顔ではぐらかす。
ミホのアドバイスも役に立たない。
「バーカ、鈍感、イ◯ポ疑惑、ヘタレ」
起きないウチに言っておこう。
次は脱いでみよっかな。
長い。