分岐チャプター
分岐チャプター1 ウロボロス 天使の真意
「はぁ……はぁ……げほっ!お……俺……の……く、車……」
血反吐を吐き、文字通り身体を引き摺りながら必死に進む男の姿があった。その右腕は既に存在しておらず、凄まじい勢いで血が流れている。男の命が尽きるまでもう数刻も無い……それでも男は必死に前に進む
「……げほ……ごほっ……は、早く……」
何とか自分の家のガレージまで戻った男は、揺れる視界と震える手でガレージのシャッターを操作する。数分で開くそのシャッターがその男には永遠に続くかのように思えた。歯を食いしばり、途切れかける意識を必死に繋ぎ止める
「……お、俺の……く、車……」
男はクラッシックカーが好きだった。そしてこのガレージに大事に保管された車はとり訳男が大事にしていた車だった……鮮やかなピンクの車体のオープンカー……キャデラックだ。悪魔に壊されているかもしれない、自分が生き絶える前にと必死にこのガレージにたどり着いた男はそのピンクの車体を己の鮮血で真紅に染めながら、車に乗り込み目を閉じた……その男は2度と目を開く事は無かったが、その死に顔は満足げなものだった
「っおい!車だ!車があるぞ!!!」
「や、やった!これで逃げられる!!」
男が死に絶えてから数分後。火事場泥棒でもしていたのか、大量の荷物を持った男達がこのキャデラックを見つけ駆け寄ってくるが
「げ、死んでやがる。気持ちわりいな……でも良かったぜ、これでこの街をおさらばできる」
「とりあえず、この死体を引き摺り下ろして……鍵を持ってるか確かめましょう」
そう笑ってキャデラックから男の死体を引き摺り下ろそうとした瞬間。エンジンが独りでに掛かる
「な、なんだぁ!?」
「ど、どうなってるんだ!?」
キーも刺さっていたのに動き出したキャデラックはバンパーを開く、車に存在しないはずの牙がそこには並び、そこから伸びた舌が、恐怖に怯えている2人の男を縛り上げ。バンパーの中に引きずり込む、肉と骨を噛み砕く租借音だけが暫くの間響く
「■■■ーーーーーーッ!!!!」
そして男達の姿が完全に消えた時。強烈なエンジン音がまるで獣の雄叫びのように周囲に響き渡る……それはまるで泣き声のようにどこまでも響き渡るのだった……
俺は閉じていた目を開き、小さく溜息を吐いた。魅啝を助けて話を聞きたい、俺の意見に同意してくれたのは桃だけだった
「では多数決の結果。ウロボロスへと協力する、良いな?楓君」
「大丈夫です、判ってます」
単独で魅啝の所に行くなんて無茶は出来ない。助けに行ける条件としては物資があり、移動する足があり、ある程度の戦力がある。それが魅啝を助けに行ける条件であり、必須条件だった。それを満たしていない以上行っても足手纏いになるからな
「では達哉に協力すると伝えてくる。楓君達は準備をしていてくれ」
俺達に与えられた部屋を出て行く久遠教授。申し訳なさそうにしている雄一郎と美雪先輩
「気にしなくて良い。今回は俺の意見が間違っているのは判っていた、感情論で意見を出してしまったからな」
冷静にならなくてはいけない。それは判っていたのだ、だが魅啝からのメールで絆されてしまった。心配になってしまった、いないと思っていた血縁者を見捨てたくないと思ってしまった
「すまん」
「気にするなって言ってるだろ?正直な話俺達が行っても足手纏いになる可能性は高かった」
俺がウロボロスに協力する上で問題にした事は魅啝達だったとしても条件は同じ。そう考えるとデパートのように異界になっている場所に捜索に向かうのは危険であり、全滅の可能性が高まる。天使を発見しても逃げれるかもしれない、こっちの方が安全性が高いのは言うまでも無い
「思ったより冷静ですのね?」
反発すると思ってましたわと言うイザベラさん。確かに魅啝が心配だが、こうして自分の意見が却下され、冷静になれば俺がどれだけ無謀な話をしていたかと言うのがよく判る
「今大事なのは生き残る事と情報を集める事。それなら大きな情報が手に入るかもしれないウロボロスの方が良い」
だから気にしなくて良い、大丈夫だからと美雪先輩と雄一郎に繰り返し言って。俺は出発する為の準備を始めた
(大丈夫だよな)
魅啝は心配だが全員で行動すると決めている以上。自分のわがままを通す訳には行かない、それが不協和音となり俺達の輪が乱れる事のほうがよっぽど怖い。だから魅啝は大丈夫心配することは無いと呟くのだった……
達哉さんからもしかしたら笹野達が天使の捜索に協力してくれると聞いていた。天使の捜索の為の集合場所に笹野達の姿があったことに思わず笑みを零す
「協力してくれるのか、笹野」
不運な事に別の高校になってしまったが、俺自身は笹野がチームメイトならと思った。野球ではないが、こうして協力出来るのはありがたいと正直思った
「ああ、天使って言うのが気になるから」
天使と言えば善の存在と言う認識が強いらしいが……俺自身は天使や神なんて物は信じていない。俺が信じるは強いやつと、俺自身だけだ。だから天使がありがたい、神様が救ってくれるなんて言う弱者には興味は無いのだが……ナイアさんと達哉さんの指示ならば調べる事もやぶさかではない
「今回は調査を兼ねているから、私も同行するからね~♪」
Vっとピースをするナイアさん。この人は本当は頭がいいのに、なんでこんな風にふざけるのか?それが俺には理解出来ない。頭痛を覚えて思わず額に手を当てる
「大丈夫か?」
「……大丈夫だ。問題ない」
今回俺とナイアさんに同行する事になったのは拓郎だ。勇作は巨大な悪魔と契約している事もあり、瓦礫の撤去や生存者の救出の任務から外れることが出来ないし、蒼汰は戦闘を好む傾向がある。捜索や探索には向かないので、NGだ。かなり渋ったんだがな……と言う訳で白羽の矢が立ったのが拓郎だ。飛行能力を持つジャックランタンと広域殲滅に特化したヴェスタ……柔軟性が高く、拓郎自身まだ甘さはあるが、笹野達には丁度いいだろうと言う計算だ
「目的地は神無市総合体育館周辺よ、そこらへんを捜索していた部隊からの連絡が途絶えたからね」
ナイアさんが目的地を発表する。遠出をして捜索をしていた部隊が天使と遭遇した、その周辺に天使が出現する可能性は高い。まずはその周辺から調べると言う事だ、俺と拓郎はナイアさんの運転する車に乗り込み、総合体育館へ向かって出発する
「ナイアさん。今回久遠教授達に協力を要請した理由はあるんですか?」
「んー?逆に聞くけど、克巳はどう考えてる?」
質問を質問で返す。本来なら失礼な事とされるが……ナイアさんが俺を試しているのだと考え自分の考えを口にした
「ヤタガラスに合流させないためでしょうか?」
ヤタガラスとはかなりの回数交戦している。食料の奪い合いや、水の奪い合いと言う小競り合いはかなりの頻度で行っている、ほとんど勝利を収めているがその理由はヤタガラスには悪魔使いこそ多いが、高い戦闘力を持っている人間が少ないからだと思っている
「んー50点。それもあるけど、私は彼らが持っている悪魔召喚の術と、持っているであろう情報が欲しい」
俺達はナイアさんが作ったCOMPと言う、腕に装着する悪魔召喚器を使用している。だが笹野達はスマホを使用していたな……
「ナイアさんは久遠教授達には何かバックが居ると考えなのですか?」
拓郎がそう尋ねるとナイアさんはハンドルを切りながらうーんっと唸る
「正直判断に悩む所。バックが居るならウロボロスに来る必要はないでしょ?かと言ってヤタガラスでもないし……向こうの出方が判らないから協力を要請したの、一緒に居れば何か判るでしょ?」
その結果しだいで敵なのか、味方なのか?それが判るというナイアさんに頷き、車の窓から隣を走っている久遠教授の車を見て
(敵となるか、良い関係を築けるか……だな)
今回の共同作業で判る筈だ。久遠教授達が敵となるか、味方となるか……それを見極めよう。俺はそんな事を考え、到着まで精神を休ませようと思い目を閉じるのだった……
神無市総合体育館。バスケットから始まりサッカーの出来るグラウンドや、野球場まである市が運営する巨大なスポーツ施設だったんだが……
「ひどい有様だな」
天井は崩落し、あちこちに煤の後が見られる。既に鎮火している様だが、ここにも火災があったのは一目で判ったが、それだけではないだろう。悪魔も暴れているからこそ、あちこちにクレーターや大穴の開いた建物があるんだなと悟った
「じゃあ久遠教授。ここら辺から捜索を始めて……今日はここら辺まで捜索したいと思うんだ」
捜索の前の話し合いと言う事でナイアさんと久遠教授の話を聞いて複数日掛けての捜索だったのかと初めて知った
「それは構わないが、安全に休息を取れる拠点の候補はあるのか?」
「わかんないけど、1日で捜索は終わらないでしょ?これだけの人数が居るんだから順番で寝ずの番をするとかで対応しよ?」
頭の良い人だと思っていたんだけど……案外ナイアさんは行き当たりばったりなのかもしれない。とは言え捜索に長い時間を掛けるのは賛成だし、些細な手掛かりでも何かのヒントになるかもしれない。それを見逃す訳には行かない
「とりあえずは全員で捜索、何かあれば手分けをして探す。それで良いね?」
「私からは異論は無い」
久遠教授とナイアさんの話し合いが終わり、俺達は総合体育館周辺の捜索を始めた
「……倒壊している建物が多いですわね、悪魔の縄張りになっているのでしょうか?」
「その可能性はあると思うけど……その割には悪魔が出現しないのはおかしい」
捜索を始めて20分。火事が原因とは言い切れない火災の後や不可解に破損した建物など、悪魔が自分の縄張りと決め力を誇示しているという可能性はあるが、それでも悪魔が出ないのはおかしい
「お、いい所に目をつけたね。ここまで来るのに悪魔は相当数見かけているのに、ここには悪魔が居ない。その理由は恐らく天使が関係していると思うんだ」
ナイアさんが俺を指差していい所に目をつけたねと笑う。捜索の目的の1つ……天使がここで出てきたか
「ナイアさん。質問なんですけど、その天使の姿は判っているんですか?」
桃が手を上げてナイアさんに質問する。だがその質問はもっともな質問だ、探す相手がわからなければ、探しようが無いからだ
「特徴は紅い鎧と槍らしいね、天使の階級中位のパワーだと私は予測しているよ」
パワーか、確か堕天しやすい天使とされてる天使だった筈……
「ナイアさん、その天使が既に堕天している可能性は?」
「もちろんあるよー、そうなると敵が増える事になるからそれを含めての捜索。こっちは行方不明の隊員のCOMPを探すから、そっちはここら辺にいるかもしれない悪魔の捜索と生存者の捜索でお願いね」
天使か堕天使か……どっちにせよ脅威になるか……俺は手帳に今聞いた情報をメモし、捜索の方向性を決めた所でナイアさんが雄一郎達のグループに合流したのを確認してから、再び廃墟の町を歩き出す
「楓君。向こうも何か観察しているようですね」
「当然ですよ、美雪先輩。向こうには向こうの思惑がありますよ」
こっちが観察しているように向こうが観察するのは当然の事だ。こっちが敵か味方か見極めようとしているのだ、向こうだって同じ事を考えているだろう
「それでもし向こうが敵と判断したら大変ですわね」
「今はそうならないことを祈りますよ」
イザベラさんの言葉にそう呟く、門脇達の方が俺達よりも強い悪魔と契約している。出来れば今回は穏便に共同作業を終えて、今後の方向性をもう1度話し合いたい
「しかし雄一郎君が向こうと合流するとは思ってなかったな」
雄一郎は俺達と一緒ではなく、門脇達と行動を共にし先行している。それが以外だという久遠教授に俺は手を上げて
「それ俺です。俺が雄一郎に頼みました」
「楓君が?」
俺が頼んだと聞いて久遠教授がどうして?と尋ねてくる。
「いえ。門脇がずいぶん雄一郎を気に掛けていたみたいなので情報収集を頼んだんです」
俺はもちろん、久遠教授でも門脇から情報を聞きだす事は出来ないだろう。雄一郎でも難しいとは思うが、見ず知らずの相手よりも野球と言うつながりを持つ雄一郎の方が何かを聞きだせるかと思ったのだ
「それでもしウロボロスに雄一郎が行く事になったらどうするつもりですの?」
「それも、雄一郎が選んだことなら仕方ないと思う」
実際こうして纏まって行動できている事自体が奇跡だ。この先考えている方向性とかで別れる可能性だって十分あるのだから
「とりあえず、先行している雄一郎が何か情報を……ん?久遠教授。何か聞こえませせんか?」
遠くから何かの音が聞こえた気がした。久遠教授はどうですか?と尋ねる
「ああ。聞こえた……嫌な予感がする」
悪魔と遭遇した時のような言いようの無い寒気を感じる。このままこの場所にいてはいけないと本能が叫んでいる、一刻も早くこの場を離れなければ
「克巳!拓郎!雄一郎君!撤収!嫌な予感がする!!!」
ナイアさんもそれを感じ取ったのか、捜索を切り上げて車に戻れと叫ぶと、こっちに振り返り
「雄一郎君は一時的にこっちの車に乗せるから!そっちも早く移動の準備を!」
雄一郎を待って出発したい所だが待っている余裕は無い。さっきから冷や汗が止らない、それに背後から迫ってくる音が徐々に大きくなってきている。慌てて車に乗り込み走り出す、それとほぼ同時に現れた物を見て俺は絶句した
「なんだあれ!?」
俺達を追いかけている何者か、悪魔か天使だと思っていた。だが俺達を追いかけていたのはそのどちらでも無かった
「■■■ーーーーーーッ!!!!」
それは鮮やかなピンクのオープンカーだった。だがそのヘッドライトはまるで目のようにつり上がり、赤黒い光を放つ……それは明確な意思の光を持っていた。そのピンクの車体は咆哮を上げるようにクラクションを響かせるのだった……
分岐チャプター1 ウロボロス 天使の真意 その2へ続く
ウロボロスルートの敵は悪魔が憑依した車となります、この車との戦いの中で天使とも遭遇させていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします