ペルソナ3×仮面ライダーエグゼイド【ゲンムがほぼメイン】 作:K氏
夜中の11時頃。巌戸台分寮の二階の奥に、その少年、檀黎斗が住んでいる。
「…………」
黎斗は、何故か暗くした部屋の中で一人、黙々とノートパソコンに向かい、何かを入力していた。
内容を見ても、訳の分からない英語やら記号の羅列ばかりで、恐らく普通の人間には凡そ理解できまい。理解できたとしても、ところどころに見覚えのある英単語があるぐらいだろう。
「………………」
ほんの一瞬、作業を進める指を止め、ある方向をチラリと一瞥し、そして何事も無かったかのように作業を再開する。
「……………………」
どれ程の時間が経過したであろうか。パソコンの画面の右下に、突然ピンクの髪をした、ポップという言葉が似合いそうな少女のデフォルメキャラが現れる。
『クロト! もうすぐ十二時だよ!』
「……チッ、もうそんな時間か。奥の手で作業を続行してもいいが……」
そのキャラクターの音声を聞いた黎斗は、苛立つようにそう呟き、再びある方向を一瞥。
そして、パソコンをシャットダウンすると、手元に置いていた布を広げ、
******
「彼の様子はどうだい?」
「理事長」
黎斗の部屋より更に上階。作戦室と呼ばれるその広い部屋には、本棚や机、ソファーの他、いくつものモニターが壁一面に並んでいる。そこに、ウェーブがかったロングヘアーをした眼鏡の男が入室する。
先にこの部屋におり、そして画面を注視していた美鶴に理事長と呼ばれたその男は、彼女の隣にいたゆかりとは更に逆の方に立ち、モニターを見る。そこには、先程まで何かの作業を行っていた黎斗の部屋が映っていた。
「……先日と何ら変わりありません。暗い部屋の中でパソコンに向かい、何か作業を行い、そして十二時前には就寝する」
「ふむふむ。ゲームクリエイターと社長を兼任しているとは聞いていたが、存外に健康的な生活をしているのだねぇ。一種の生活リズムを形成し、モチベーションを一切崩さない。いやはや、あの年で大したものだ」
私には、あんな静かで音も何もない空間で作業を続けるなんて無理だねぇ……と、その男、幾月修司は瞳を閉じ、何度も頷く。
「……ん? クリエイターの仕事は、栗、
「理事長、流石にその駄洒落は無いかと」
「寒いどころか虚無感が……」
「酷いッ!?」
本人曰く『渾身のギャグ』を、よりにもよってJK二人にスルーされるどころか冷たい目で見られた幾月は、分かりやすく『ガーン!』という態度を取る。
そうこうしている内に、唐突に明かりが消え、窓の外から不気味な緑の色彩が入り込んでくる。
しかし、モニターと、その下に備えられたコンソールの電源は未だ健在だった。
「……オホン、気づいたら影時間になってしまったが……」
「……何の変化も、ないですね」
画面の中の黎斗は、ベッドに突っ伏したまま動かない。
「そうそう、あのミネルバという子はどうだい?」
「……こちらも変化なし。同じように寝てますね」
別の画面に映っている金髪の少女の部屋を確認しても、やはり黎斗と同じような状態だ。というか、部屋の質素さも黎斗と似ている、気がする。
「……檀君、ミネルバさんの部屋について何も思わないのかなぁ」
「まぁ、見た限り女性に対して何かしら特別な関心を抱いているようには見えないな。良くも悪くも」
檀黎斗という少年は、その肩書もそうだが、容姿自体も中々イケている為、転入直後は非常に目立った。
当然、ゲーム好きの男子生徒達以外にも、彼の容姿(と肩書)に惹かれて女生徒が集まったが――
『失礼。これから取引先と、ちょっとしたミーティングがあってね』
――と、そんな風に軽く躱されてしまった。本当にそんな用事があったのかは分からないが、聞くところによれば壇黎斗の経営面における手腕は確かなものらしい。それも相まって、「ああ、それなら仕方がない」と思えてきてしまう。
(……私も、あんな風になれるのだろうか)
美鶴は人知れず、そんな不安を心の中だけで漏らす。
世界有数の多国籍企業、桐条グループの社長令嬢にして一人娘である美鶴は、いずれ桐条家当主の座を、そして桐条グループのトップの座を引き継がねばならない。
そうなるに相応しい努力と研鑽を積んでいるという自覚はあるし、それらを欠かすつもりもない。だが……今の自分は、檀黎斗には遠く及ばないという自覚もあった。
桐条美鶴は、才色兼備という言葉を体現したような人間である。月光館学園の生徒会長を務める他、学業・運動面においてもトップの成績を修めており、周囲からの信頼も厚い。完璧を体現したような人間とは、誰の言であったか。
しかし、それも桐条家という元からある下地と、定められた運命があるからこその、言わば当然の帰結。だが、檀黎斗は違う。
過去の詳細な記録等は分からないが、少なくとも彼の家は元から大富豪や財閥という訳でもなく、そして特別な家の生まれというわけでもない。分かる範囲の経歴を見る限りでは、彼は自らの才能を駆使し、努力し、そして自らの力で幻夢コーポレーションという会社を一大企業へと成長させたのだ。それを成し得たのは、他ならぬ自らの意志を以て、だ。
学生の範疇に収まらないその才覚と行動力に、美鶴は年上の先輩という立場ながら賞賛と、そして僅かに嫉妬の感情を覚えた。
だからだろうか。彼女は気づかない。ミネルバを見る幾月の目が、普段とは違ってどこか怪しげだという事に。
そんな折に、作戦室の通信機に通信が入る。三人とも、このタイミングで通信を入れる人間への心当たりが一人しかいない。
「明彦か?」
『美鶴! 今夜のはすごいぞ! 大物だ!』
美鶴の同級生であり、月光館学園のボクシング部のエース、真田明彦。彼から入った連絡は、これから起きる戦いの前触れであった。
******
(どうして……どうしてこうなった!)
「ほら、早く! 屋上まで逃げるのよ!」
先を行くゆかりに半ば強制的に導かれ、巌戸台分寮の階段を駆け上がりながら、黎斗は心の中で怒りをぶちまける。
始まりは、ほんの三分か五分前。例の時間――手に入れた情報によれば『影時間』と呼ばれている――が発生する直前に、いつも通り作業を終了し寝床に着いた黎斗だったが、程なくしてゆかりに叩き起こされたのだ。
影時間における活動は、通常の時間における活動以上の疲労感があるという事で、徹夜が当たり前の彼にとっては腹立たしい事この上ないのだが、無理せず休むようにしていたのだ。
これだけでどれ程のロスが生じるか等、考えたくも無い。
が、そうして休もうとしていた矢先にこれである。
「あとこれ。念の為に持っていて」
「……は?」
更に、唐突に頼りなげなナイフを渡されるのだから、ますます青筋が立つ。これは一体何のつもりなのか。常人から逸脱した精神を持つ黎斗でなくとも、そう思うかもしれない。
――全くもって説明不足だな。時間がないならないで、簡単に説明できるようにしておけ、この素人め。
慌てているゆかりに、そんな意図を込めた恨めしい視線を向けたが、当のゆかりはと言えば、焦りでこちらの視線に気づきもしない。
「……如何いたしますか、黎斗さん」
一階に降りて、寮の先輩達と合流した際、先にゆかりに誘導されていたミネルバが小声で黎斗に問いかけてくる。
その問いかけに、黎斗は一度髪をかき上げ、そして一度深呼吸をし、答える。
「……問題ない。この程度は誤差、修正可能な範囲だ。後は、私が抜け出すチャンスさえあればいいのだが……」
「……ねぇ、ちょっと、聞いてた!?」
「え?」
こっそりと会話をする黎斗とミネルバに、ゆかりが怒鳴る。
まるでそちらの方に気を向けていなかったのだが、玄関の扉にもたれかかり蹲る、学校指定のカッターシャツに赤いセーターの青年と、彼を見守る美鶴の姿が見える。赤いセーターの青年は、確か三年でボクシング部の真田明彦だったか。
そしてゆかりは、こちらの事を怪訝そうに見ている。
「あ、ああ。すまない。……何が何だか分からない内に、慌ただしく連れ出されたから、状況が全く掴めなかったものでね」
「う……ご、ごめんね。でも、ほんっとうに急いでるの」
「岳羽、二人を連れて上に逃げるんだ」
その時、美鶴がゆかりに指示を飛ばす。その指示に、ゆかりは「はい!」と勢いよく答え……そして、今に至る。
「……!? やば、もう来てる!?」
「……おい」
窓の外を、黒い何かが通る。というか、この寮の壁を登ってきているのだろう。
となると、この後考えられる展開は――
そこまで考え、黎斗はゆかりに声を掛けるが、あえなく無視される。
「う、上! もっと上に上がらないと!」
「いや、だから……」
そこから先は、もうお察しいただけるだろう。
登れども登れども、黒い影との距離は一向に離れず、寧ろ屋上という行き止まりに向かっているのだから、当然その距離は逆に詰められてゆき――
「う、嘘……」
「だから、やめたほうがいいと、言おうとしたんだ!」
普段被っている仮面を脱ぎ去った彼は、肩で息をしながら、目の前で屋上に這い上がってくる黒い手と、その手が持つのっぺりとした青い人の顔の仮面を見やる。
ちなみにミネルバは一切息を荒げていない。
「あれが、シャドウ……!」
「……シャドウ。そうか、それが奴らの名前なのか」
なるほど、と合点がいったような声を上げる黎斗。
疲れで息こそ粗いが、妙に冷静な黎斗を見て、思わず訝し気な視線を向けるゆかりだが、そんな人間側の事情など、怪物にとっては知った事ではない。
無数の手で構成された不気味な姿のシャドウは、手を足とし歩き、そして他の手には無骨な両刃の剣を握っている。その大きさは、黎斗の知るある存在と比べれば小振りだが、それでも
「私が……私が何とかしなくちゃ……」
そんなシャドウを前にして、ゆかりは黎斗と初めて会った時と同じように、太股に巻き付けたホルスターから銀の拳銃を抜き、自身の額に押し当てる。だが、その手は、体は震え、息は荒くなる。
(やれやれ。この女、実戦経験が浅いどころじゃない。経験皆無の素人だ。素質があるかも怪しい程に。……この寮の責任者は、いや、桐条美鶴を含め、一体何を考えている?)
そこでふと、自分が元の世界において最高の
だが、この少女は躊躇っている。何故か。
(……そうか。あの銃が何かのキーなのか)
そこで、黎斗はゆかりが何を恐れているのかを把握した。
かのドクターが使用したのは、単なるベルトだ。変身の際に使用する、あるアイテム次第だが、適合手術を受けていなければそもそも起動しない。彼の場合、そもそも適合手術を受けずとも抗体があったから変身できたのだが。
そして、ゆかりの使用するあの拳銃。恐らく弾丸は込められていない。しかし、彼女はまだ高校生、しかも――人知れず怪物が蠢いているとは言え――長年にわたり大規模な戦争の無い平和な国、日本の生まれだ。普通、拳銃なぞモデルガン程度でしか触れる機会などない。
それが、彼女の『死』の恐怖に拍車をかけているのだろう。
(……ん? 『死』の恐怖?)
そこまで思い至ったところで、彼の思考は他ならぬシャドウによって中断させられる。
シャドウが、その手に持った剣をゆかりに向ける。だがゆかりは――あろうことか、目を瞑ってしまっている。
「……! チィ! 馬鹿が!」
一体何が黎斗を突き動かしたのか、黎斗はゆかりに向かって飛びつく。
「えっ」
拍子抜けした声を上げるゆかりを他所に、シャドウはまるで弾丸かミサイルを発射するかのようなスピードで、その剣を持つ腕を伸ばす。
結果、ゆかりを庇う形で、黎斗に剣が直撃する。その拍子に、ゆかりが手にしていた拳銃がコンクリートの床を転がる。
「黎斗さん!!!」
同じく冷静に事の成り行きを見守っていたミネルバも、黎斗の突然の行動に唖然とし、そして彼の負傷に、ミネルバは慌てて駆け寄る――
「ミネルバァ! 私に構うな!」
「ですが!」
「お前は!
――が、黎斗のその言葉を受け、立ち止まる。
改めて黎斗の様子を確認すると、ダメージを受けた脇腹を抑えてはいるが、命に別状はない様だ。転がった際に髪が乱れ、右目を覆い隠すようになってしまってはいるが、まだその目には、確固たる意志を感じる。
ゆかりの方を見てみれば、うつ伏せで倒れているが、呻き声のようなものを上げている事から無事な事が分かる。
それを確認した黎斗は、懐からある物を取り出し、ミネルバに向かって投げ渡す。
「それを使え。若干
「……はい!」
それは、一見すると幻夢コーポレーションが発売しているゲームカセットのようだった。薄いカード状のクリアなカセット部分。更にグリップ部分正面には、モノクロのガンマンと、『BANG BANG SHOOTING』と書かれたラベルが貼られている。
そのアイテム――ライダーガシャットを受け取ったミネルバは、何を考えたのか、おもむろに着ていた制服の上着をややめくり上げる。
気づけば、彼女の腰にはライトグリーンの大きなバックル――ゲーマドライバー。
「え……?」
何が何だか分からないゆかりを他所に、ミネルバは黎斗を守るように、シャドウの前に立つ。
「だ、駄目……逃げて!」
「やれ、ミネルバ」
ミネルバを心配するように声を荒げるゆかりに対し、黎斗は淡々と、ミネルバに指示を飛ばす。
「了解。『プロトバンバンシューティング』のテストプレイを開始します」
ミネルバが聞き届けたのは、彼女の第一優先である黎斗の声だった。
彼女は手にしたガシャット――『プロトバンバンシューティング』を前方に突き出し、カセット部分側面の根元にあるスイッチを親指で押す。
『BANG BANG SHOOTING!』
男の音声と共に軽快な電子音楽が鳴り響き、ミネルバの背後にガシャットのラベルと同じ絵の、ホログラムめいた映像が浮かび上がり――
「ど……ドラム缶?」
――そこから更に、大量のドラム缶が出現。
これにはシャドウも困惑の色を隠せないのか、飛翔するドラム缶を見渡す。
「変身」
その間にミネルバは、ガシャットをドライバーの中央寄りのスロットに装填。
『ガシャット!』
ガシャットの装填時特有の音声と共に、ミネルバの周囲を、まるで格闘ゲームなどのキャラクターセレクト画面のように、デフォルメされたキャラクターのアイコンが回りだす。
『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム!?』
続けて発せられた音声の最中に、ミネルバは右手を真っ直ぐ水平に突き出し、あるキャラクターのアイコンをセレクトする。
それは、奇しくも今の黎斗のように右目を髪の毛のようなパーツが覆い隠した、狙撃手を想起させるキャラクター。
そのアイコンの光が彼女の身体を包み――
『――アイムア、カメンライダー!』
――次の瞬間には、三等身のずんぐりとした体型の何かに変わっていた。
「……え?」
ゆかりは、この日何度目かもわからない疑問の声を上げた。
(社長が直接戦うとは言っていない)