縁側で茶をすするオーバーロード   作:鮫林

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前回のあらすじ


ルート仮決定。



今回と次回は情報共有回なのでいつも以上に何も起こりません。

もうみんなして難易度ルナティックっていうもんだから怖くなってきたじゃない!
ハードルはもっと下げてどうぞ(懇願)

2017.10.10
ちょっと文字数が増えました。



第一章 進出
オーバーロードはスケルトンメイジの夢を見るか・前編


 自分の部屋って言ってもなあ。

 昔、集めるだけ集めた武器や防具が散らばる床を眺めながらそう思う。ローブやスタッフはまだしも、グレートソードや全身鎧(フルプレート)の外装データをこんなに買って昔の俺は一体どうするつもりだったのか。衝動買いとは恐ろしい。

 

 しかし実感が湧かない。まだ24時間も経ってないのだ。

 暗く寂しいがらんどうの、「これだけは質の良いものを」と奮発して買ったゲーム用の椅子が真ん中にぽつんとあるだけの、何も無い部屋から、ここに転移してくるまで。

 

 それが今ではこれか、と、ふいに辺りを見回す。<永続光(コンティニュアルライト)>で照らされた煌びやかなドレスルーム。ここだけで十分住めるというのに、ロイヤルスイートをイメージして作られたギルドメンバーの個室には41室それぞれに、主寝室、キッチン、浴室のみならず、客用寝室やバーカウンターまであるのだから、担当者の作りこみには敬服するばかりである。出張先で泊まるホテルといったらカプセルホテルだった現実(リアル)とは大違いだ。

 

 ふと、傍に控えていたソリュシャン・イプシロンと目が合った。きれいな縦ロールの金髪を揺らすこともなく、如何なさいましたか、という柔らかな微笑をこちらに向けてきたので、彼女の足元にあったグレートソードをこちらに持ってくるよう指示を出す。自分で取れよ、と俺の中の小市民が声を上げたけれど、ソリュシャンに限らずナザリックのNPCは仕事を与えられることに幸せを感じるらしく、ちょっとしたことでも嬉しそうに従ってくれるのでついついお願いしてしまうのだ。「メイドは飾るものではありません。使うものです。そして愛でるものです!」と力説していたホワイトブリムさんを思い出した。そのままヘロヘロさんとのメイド談義に入ってたっけ。懐かしい。

 それにしても、メイドつきの部屋に住むような身分になるなんて、想像したこともなかったな。部屋が豪華なのは嬉しいけど、落ち着くか落ち着かないかって言ったらあまり落ち着かない。根っからの小市民なんです。そのうち慣れるかなあ。

 

 

「失礼します」

 

 ソリュシャンからグレートソードを受け取るとほぼ同時、丁寧なノックが4回。入れ、と命じた一拍のち、メイドの涼やかな声と共にドレスルームの扉が開かれる。

 夜が明けた、との通達がありましたので、ご報告を。これまた丁寧なお辞儀をもって、41人いる一般メイドのひとり、インクリメントがそう告げる。転移してくる前に一通り設定を確認していて良かった。こちらに来てから慌てて覚えることになるとか、考えただけでぞっとする。ただでさえいっぱいいっぱいなのに。

 

 そうか、ご苦労。と、出来うる限りの威厳を保ったままメイドを労って、ちらりと部屋に備え付けられている時計を見た。細かい装飾が彫られた木製の立派な柱時計だ。

 ユグドラシルにいた頃は画面に時計が備え付けられていたから使う人はあまりいなかったけど、「異世界で冒険をしている」というこだわりのために、わざわざ作った時計を装備品として携帯している人はたまに見かけた。「未知を開拓する」がコンセプトのギルド、ワールドサーチャーズなんかで流行ったという話も聞く。

 俺は部屋と同時に作ってもらったこの時計が気に入っているからそのまま使ってるけれど、ここナザリックの第九階層、ギルドメンバーの私室にもそれぞれ思い思いの時計が飾られている。デジタルだったりアナログだったり、各々の個性が見えてちょっと楽しい。

 

 夜明けの瞬間なんてものは現実世界で見たことがないからピンと来ないけど、結構遅い時間なんだな、と思った。というか俺はいつも夜明け前に起きて出社してたのか……。こんなことをあのブラック会社の上司に言えば、昼夜逆転してないだけマシ、なんて言葉が返ってくるんだろうけど。

 

 もやもやと前の職場の文句を考えながら、手の中にあるグレートソードを片手でもてあそぶ。魔法職とはいえ100レベル分積もり積もった筋力があるから、羽根のように軽い。が、両手で構え、頭上に持ち上げて、振り抜こうとしたそのとき、かしゃん、と音を立てて剣は床に落ちた。

 

「やはり駄目か」

 

 朱雀さんと別れてから、部屋をひっくり返して色々と調べてみたが、ユグドラシルで種族的、職業的にできなかったことは、こちらの世界においてもできないようだ。もうちょっと融通を利かせてくれてもいいと思うんだけど。

 

 落ちた剣を拾い上げたソリュシャンがそれを手渡そうとしてきたのを断って、<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>を唱えた。突如として現れた全身鎧(フルプレート)が身体を覆う。魔法で創り出したものならば問題なく着用できることを確認して、装備を解いた。そっと、下を見おろす。

 

「実践使用しないでなくなっちゃったか……」

 

 そんな予定も、使用できないという焦りも実のところはなかったけれど、なくなってしまうとやはり物悲しい。そんな感情もあっさりと沈静化されて、冷静になる。

 こちらに来ていた頃から薄々感じてはいたが、アンデッドの種族特性、精神攻撃無効化が効いているらしく、激しい感情は抑制されてしまう。状況が状況なので、冷静でいられること自体はそう悪いことではないと思うが、嬉しいときも容赦なく沈静化されるのが非常に鬱陶しい。

 

 物理的に性行為ができないことに加えて、飲食、睡眠も不可。不要ではなく不可。どれもできないのだ。飲食物は口に入れるなり骨の隙間からぼたぼたと零れ落ちてしまうし、一晩中起きてるのに眠気がまったく襲ってこない。すごい早さで人間からかけ離れていっているような気がしたけれど、そこに大した恐れもない。そのことが、少し怖かった。

 

 

 しかしこれらのことを踏まえても思うのは、実験が足りないということだ。特に対人のスキルや、魔法に関して。

 朱雀さんが使えるのだから俺も発動は問題なくできるのだろうけど、やっぱり練習はもう少ししておきたい。ナザリックの中で試し撃ちをしてもいいけど、できることなら、この世界のものにちゃんと魔法が効くのか確認しなければ。退治しても問題ない手頃なモンスターとか都合良くいないかなあ。

 ……モンスターも、そうだけど。

 

「……<伝言(メッセージ)>」

 

 唱えてはみたけれど、やはりGMにも、朱雀さん以外のギルドメンバーにも繋がらない。こちらの世界には、来ていないのだろうか。

 いや、諦めるのはまだ早い。

 もしかしたらこちらに来ているけど、遠すぎて<伝言(メッセージ)>が届いていない、ということもあるかも知れないし、これからこっちに転移してくる可能性だってある。これからどうしようか、朱雀さんとも相談して考えてみよう。そう決心して、今度は朱雀さんに<伝言(メッセージ)>を繋げた。

 

 

『おはようございます、朱雀さん。まだ上ですか?』

『おはよ、モモンガさん。いま円卓』

『円卓?』

 

 指輪で転移してきたんだろうか。

 じゃあ俺の部屋に集まりますか、と尋ねようとしたところ、朱雀さんの言葉が続く。

 

『ナーベラルを待ってるとこ。最初は歩いて戻って来ようかと思ったけど、そういや第五階層通れないなって気付いて』

『あー……、そうですね、凍りますよね朱雀さん』

 

 朱雀さんが身につけている神器級(ゴッズ)の防具には、ある属性の耐性弱化と引き換えに別の属性の耐性を引き上げる効果を持つデータクリスタルが使われている。なので大抵の攻撃にはびくともしないが、デメリットも存分に獲得した。

 その結果が凍結被ダメージ8倍、凍結耐性半減、凍結状態解除不可。

 元々水精霊(ウォーターエレメンタル)は凍結に弱いというのに、そんなことでやっていけるのかと心配した時期もあったけど、ユグドラシルで精霊種を選ぶ人間は基本弱点耐性を補う形でビルドする傾向にあり、アイテム看破系の魔法は装備で防いでいるので、そうそう凍結攻撃が飛んでくることはないのだという。それに加えて、真っ先に攻性防壁と召喚獣でまわりを固めてしまうので、採集に行く程度であれば、攻撃が届くこと自体滅多にないんだそうだ。

 

 ユグドラシルにいたころはナザリック内のギミックに引っかかるなんてことはなかったし、そもそも節約のためギミックを切っていたことが殆どだったが、この世界ではフレンドリーファイアが有効になっていて、しかも警戒状態を一段階引き上げているので、もし朱雀さんが凍結してしまったりなんかしたら大変に面倒なことになる。

 

 そして、お供を連れて行かないとまた怒られるので、転移した先でナーベラルを待っている、と。

 

『指輪、もうひとつ渡しとけば良かったですね。すみません』

『大丈夫大丈夫。ところでモモンガさん、何か用? 定時連絡?』

『ああ、いえ。そうですね、なにか新しい発見でもないかなと思って』

『あるある。いやあ、市場が動き出すとやっぱり面白いね』

 

 市場、という言葉に、こめかみ……、は、引きつらないけど、ないはずの顔の筋肉がひくつく感覚がする。

 

『ありますか、市場』

『あるよ、たくさん。特に規模が大きいのがみっつかな』

『三つ……』

 

 どこにあるのか、どのくらいの規模なのか。それはまだ聞いていないけれど、頭に過ぎったのは、かつてユグドラシルで開かれていた幾つかのバザーの様子だ。

 市場があるということは人がいるということで、人がいるということはそれがプレイヤーの可能性もあるということ。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーも探したいけれど、いるとすれば、同じ時間にログインしていた他のギルドのプレイヤーである確率の方が高い。

 そんな疑念を払拭するかのように、朱雀さんが穏やかな声で語りかけてくる。

 

『先に言っといた方がいいかな。プレイヤーらしきものは見つかってない。すべてがそうだとは断言できないけど、なりを見る限りは殆どが現地住民だと思うし、レベルも大したことないよ。森のほうがよっぽど危ないくらい』

 

 思わずほっと息をついた。

 まわりに敵がいない、というのは大事なことだ。朱雀さんが索敵を引き受けてくれて本当に助かった。

 

『そうですか。ああ、すみません朱雀さん。任せきりにしてしまって』

『ん? いいよいいよ、お気遣いなく。好きでやってることだし』

『ありがとうございます、お言葉に甘えさせてもらいますね』

 

 昨晩ばたばたしていて伝え忘れてしまっていた礼を言えば、ふふ、と微かに笑う声。

 

『モモンガさんは律儀だなあ』

 

 律儀も何も、と思う。

 俺一人で転移して来ていたら、どうなっていたかわからない。索敵に関してはNPC達が引き受けてくれたんだろうけど、安全を確信するまでどれほど引きこもっていたことやら。

 

『朱雀さんが一緒でよかったと思ってるんですよ。本当に』

『こちらこそ。ぼく、ゲームの知識に関してはからっきしだし。頼りにしてるよ?』

『はは、そっちは任せてください。……それじゃあ、どうしようかな。一旦周辺地理の共有をしておきたいんですけど』

『うん、そうだね。図書館行って、製作室でも借りようか。地図にしたほうが後々わかりやすいでしょ』

 

 是非もない、と提案に乗って、ふと思い出した。

 周辺の警戒網も組んでくれてるようだし、NPCにも情報共有しておいた方がいいのだろうか。

 

『アルベドとデミウルゴスにも共有させておいた方が良いですかね?』

『うん? や、今はまだいいんじゃないかな。とりあえず二人で方針決めてからのほうが混乱しないと思うけど』

 

 それもそうか、と思い直す。舵を取るにしてもトップが方向性を決めていないんじゃあ話にならない。

 ……トップ。トップかあ。ないはずの胃が痛い。現実世界では出世なんて考えたことないし、ユグドラシルでは一応ギルドマスターだったけど、実質は多数決のまとめ役だったし。全力で忠誠を傾けてくる部下にふさわしい上司でいなきゃならないなんて、思いもしなかった。それも自分より遥かに賢い連中相手に。

 

 怖い。失望されるのが本気で怖い。

 

 恐怖をふりはらうように、頭をひとつ振った。俺がこんなことでどうするんだ。朱雀さんもいるのに。

 

 それじゃあ俺だけで行きますね、と伝えれば、ちょうど円卓にナーベラルが着いたとの返事。ならすぐそこで合流できるかな、と思った矢先に、あー、と、何か諦めたような朱雀さんの声がした。

 

『セバスも来たから、怒られてから行くよ。ちょっと待っててね』

『わかりました、ごゆっくり!』

『このやろう』

『あはは、それじゃあまた後で!』

『はーい』

 

 通信を切って、図書館に行く旨をソリュシャンに伝える。

 畏まりました、と、当然の如く後ろに侍る彼女になんとも言えない感情を抱きながら、自室の扉へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玉座の間といい、ここといい、本当によく作ったよなあ、と、建築担当のメンバーの顔を思い出しながら、目の前の扉を眺めた。

 

 二階建ての建物ほどもある重厚な扉、その両脇を守るように立つ、巨大な武人のゴーレム。暖色光がドーム型の天井を伝い、エボニーブラウンの室内を穏やかに照らしていた。

 

 玉座の間と同じ階層にあるんだから、それ相応に厳かでなければならない、と担当者が力説してたな。最古図書館(アッシュールバニパル)って言っても、中にある本はメンバーが悪のりして増やしまくった外装データやら召喚モンスターのデータが殆どで、全然古くないじゃん! なんて良く茶々を入れられたりしてたっけ。けど、100年以上前のTRPGのシナリオも混ざってたりするから、あながち間違いではないかも知れない。

 

「扉を開けよ」

 

 声に反応したゴーレム達の手によって、最古図書館(アッシュールバニパル)の扉がゆっくりと開かれた。

 

 図書館の内部は、天井、床、本棚のひとつひとつに至るまで繊細な細工が施され、まるで美術館のような雰囲気を醸し出している。本の保護というよりは雰囲気作りのために薄暗い室内、無数の本棚の合間で、死の支配者(オーバーロード)達が本の埃を払っていた。

 

 数時間前に来たばかりだけど、こうして機能しているのを見ると、また別の趣があるな。そんな感慨に浸りながらも、目的のアンデッドを探すために辺りを見渡せば、ちょうど目が合った彼がこちらに近づいてきた。

 

「これは偉大なる支配者モモンガ様、ご機嫌麗しゅう」

 

 冷静そうな男性の声を静かに響かせて、ここ最古図書館(アッシュールバニパル)の司書長、ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスは、恭しく頭を下げる。四本指の手を胸に沿えた、優雅な一礼だった。それに合わせて、身を隠すように纏ったサフラン色のヒマティオンがふわりと揺れる。鬼のような二本の角を生やした頭蓋骨は、150センチほどしかない身長のためか殊更低い位置にあるように見えた。

 面を上げよ、と告げて、もう一人、目的の人物を目視で探すが、そちらはまだ来ていないようだった。

 

「お前も元気そうで何よりだ、ティトゥス。朱雀さんは……、まだのようだな」

「我が創造主(あるじ)に何か?」

「いや、待ち合わせをしているだけだ。このあと製作室を借りたいんだが、使っても構わないか?」

「許可など。いつ如何なるときにあっても御身の気の向くまま使用なさっていただければ幸いでございます」

 

 そう言ってまた一礼。

 ……昔はなあ、動きがオーバーな方がかっこいいと思ってたんだけどなあ。洗練された、っていう表現はこういうときに使うんだろうなあ、と、誰を思い出してというわけではないがちょっと落ち込む。

 

 ため息をつきそうになるのをなんとか堪えて、ならば奥で待たせてもらおうか、と足を踏み出したとき、タイミング良く背後の扉が開かれ、朱雀さんとナーベラルが姿を現した。朱雀さんの肩の上で、八咫烏があたりをきょろきょろと落ち着きなく見回している。

 

「おはよ、モモンガさん」

「おはよう、朱雀さん。早かったな」

「まあ怒られ方にもコツがあって。ああ、ティトゥスもおはよう」

「おはよう、我が(あるじ)

 

 ん? あれ、いまなにか違和感が。

 

 気のせいかな、と思いつつ朱雀さんを見れば、彼は手を上げかけて、すぐに下ろし、ぽつりと呟く。

 

「わがあるじ、か」

 

 それは本当に、本当に小さな声だった。この体になってから嗅覚や聴覚がだいぶ鋭敏になっていたこともある。そうでなければ聞き逃していただろうけど、それにも増してひどく耳についたのは、朱雀さんの声がやけに寂しそうに聞こえたからだ。

 何か気に障ったのだろうか、と、こちらが声をかける前に朱雀さんはぱっと顔を上げて、ティトゥスによびかける。さきほどの心寂しげな気配はもう微塵も無い。気のせい、だったんだろうか。

 

「ティトゥス、大きい紙とペンくれるかな。これから地図書くからさ」

「地図?」

 

 ティトゥスは角のついた頭を不思議そうに捻った。スケルトン・メイジなので表情は変わらないはずだが、どこか訝しげな雰囲気を感じる。

 

「主が書くのか?」

「うん、そう……、だけど」

「主は確か製図のスキルを有していなかったと記憶しているが」

 

 眼が語っている。それで本当に大丈夫なのか、と。ナザリックの支配者に相応しい地図を書き上げられるのかと。

 

 そのことに気が付いてようやく、先程覚えた違和感の正体がわかった。転移してきてから初めてなんだ。朱雀さんに敬語を使っていないシモベを見るのが。

 

 これは一体どういうことだ。そう尋ねようと朱雀さんを見下ろせば、彼はじっと立ちすくんだまま、瞬きの代わりにちかちかと眼の光を明滅させていた。

 他のシモベの対応に慣れすぎたかな、と思った瞬間、はっ、と気付く。恐る恐る、ソリュシャンとナーベラルを見た。

 あっ、これ、まずい。瞬時にそう思った。ナーベラルの顔はあからさまに険しくなっているし、ソリュシャンは薄い微笑みを保ったままその瞳をどろりと濁らせている。

 ユグドラシルでは、レベルが10も離れていればまず勝てないとされていて、ましてやティトゥスと彼女達のレベル差は20以上。おまけに製作特化の司書長と戦闘メイド(プレアデス)では、結果は火を見るより明らかだ。というか、結果云々の前に、NPC達が争うところをそもそも見たくない。

 顔には出ないが、軽いパニックに陥る俺を余所に、朱雀さんは肩をふるわせて、心底おかしそうに笑い出した。

 

「ふ、ふふ、あははは」

「……気色悪い。どうしたというのだ」

 

 おまけにこの罵倒。逆に新鮮だ。ギルメン同士でもこんな光景は中々見たことがない。

 朱雀さんは一切気にするようすもなく、呼吸を落ち着かせようとしているのか、こぽこぽと頭に泡を浮かべて、どうにか笑いを抑えようとしていた。

 

「いや、ふふ、そうだね、ごめん。じゃあアレ、アレ貸してよ」

「アレではわからん」

「なんかほら、製図とか芸術ができるようになりそうなやつ」

「なんという頭の悪い説明だ……」

 

 言いながらも、ティトゥスは身につけた指輪をひとつ外し、朱雀さんに手渡した。

 なんていうか、うん、その、なんていうか。

 

 ちょっとうらやましい。

 

 こっちに来てから、気の置けない友人なんてものは、ギルドメンバー以外にできるわけない、そう思ってたんだけど。

 もしかしたら、と、そんな希望を抱いてもいいのだろうか。あるいは創造主と被造物の垣根を越えられるんじゃないか、と。

 

 物思いに耽っていたら、紙とペンは製作室に置いてあるから好きに使うといい、と気軽に言うティトゥスの声。

 ふとプレアデスに視線を移せば、先ほどの殺意は失せているように見えた。創造主が許しているんだからオッケーということなのか、な? しかしNPC同士でこれなら外の人間とかだとどうなっちゃうんだろう。

 軽く不安になっていたけれど、朱雀さんがこちらを見ていたので、そろそろ行こう、という意味でひとつ頷いて、製作室へと歩を進める。

 

「ありがと。じゃあ製作室借りるね」

「汚してくれるなよ。それではモモンガ様、ごゆるりとお過ごしください」

「う、うむ。すまんな、なるべく早く用を片付ける」

 

 俺にもその態度がいい、とは流石に今は言えず、ティトゥスに見送られるまま、朱雀さんに追従する形で製作室へと入った。

 そこまで着いてきていたナーベラルとソリュシャンを扉の前で制して、扉を守るように言いつければ、彼女達は恭しくお辞儀をした後、門番の如く扉の横に整列した。

 監視がいなくなった気分になり、些かほっとした気分で、ぱたん、と扉を閉めると、ふふふ、と朱雀さんがふたたび笑い出す。

 

「……朱雀さん、ティトゥスにどんな設定付けたんですか」

「んー? モモンガさんがパンドラにどんな設定書いたのか教えてくれたら言う」

「うっ」

 

 言い淀む俺が可笑しかったのか、朱雀さんはまたもや声を上げて笑う。無数の触媒や羊皮紙が置かれた棚から迷いなく一枚の大きな紙を取り出して、同じように難なく探し当てたペンと文鎮も一緒に机の上に置いた。

 

「ま、こういうことはわかっちゃったらつまんないし。お互いの秘密っていうことで」

「……そう、しときましょうか」

「誤解のないように言っとくけど、あれでぼくに敬意がないってわけじゃないと思うんだ。許してやってくれないかな」

 

 紙を丁寧に広げながら、文鎮で端を押さえて、少し心配そうに朱雀さんは言った。

 もしかしたら、俺が気分を害したと思ったのかもしれない。

 

「許すも何も。……ちょっと羨ましいだけです。なんだか、何年も一緒にいる友達みたいで」

「……そういえば、リアルの友達はあんなんばっかりだったな。こっちが何かするたびに心配してくる感じの。ぼくってそんなに自由に見える?」

「一般論を言うなら、大学教授がDMMORPGに手を出してるっていう話は聞いたことがないですね……」

「それもそうだね……」

 

 朱雀さんは照れくさそうに襟の後ろをかいて、こぽ、とひとつ咳払いをした後、指輪をひとつティトゥスから預かったものに付け替えて、準備が整った紙の上でペンを握る。

 

 

「さ、始めようか」

 

 

 

 そう言って、朱雀さんは紙の上に線を引き始めた。

 

 

 

 

 




ちょっと短いですが今回はこのへんで。地理関係の把握が苦手すぎてしょんぼりしてるので後編は今しばらくお待ちを。


・ティトゥスさんについての色々
 ティトゥスさんを朱雀さんが作ったNPCにしよう、というのは、実は朱雀さんのビジュアルを決める前から決定しておりまして。
 懺悔いたしますとティトゥスさんめっちゃ好きです。なんていうかあの戦闘力の外にある実力で守護者と完全に対等なところとか。本編ではあんまり出てこないけど裏では確実に有能、っていうキャラクターがたまらなく好き。
第一話で彼のレベルを勘違いしてたのを今日こっそり修正したのは内緒です……。75レベルもねえよ、馬鹿かよこの野郎。ほんとごめんなさい……。


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