縁側で茶をすするオーバーロード   作:鮫林

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前回のあらすじ

ツアー「後で面貸すなら漆黒聖典(そいつら)くれてやるよ」
朱雀 「やったぜ」

モモンガ「アインズ・ウール・ゴウンの名を世界に知らしめたいんです」
朱雀「」


水葬:棺を沈める、船に乗せて流すなどの手段で、海や川に死体をほうむること。


お待たせしました。ねっとり会話させてたら遅くなっちゃった




死の支配者(オーバーロード)の水葬・前編

 ぐずぐずと、べたついた雨みたいな憤りが、胸の内を荒らしている。慣れ親しんだ酸の雨はもう、よほどのことがない限り見ることはないのだろう。けれどもたしかに、俺の中にあったはずの寛容さや余裕を溶かして食い荒らす、激流のような感情があるのを、認識せざるを得なかった。

 

 あるいはそれを見抜いているのか、死獣天朱雀さんは俺の発言をじっと飲み込むようにして黙り込んでいる。水の中にあるふたつの光をちかちかと点滅させながら、いつものように、襟の後ろに手を添えて。

 白磁に金縁のティーカップには赤褐色の液体が熱もないまま残っていて、とつとつと刺すような秒針の音を受け止めるように凪いでいた。

 

 ……どうしてこんなに長い時間考え込んでいるんだろう。察しの良い朱雀さんらしくない。俺は、なにかおかしなことを言っただろうか。

 それともさすがに説明が足りなかったかと、補足のために口を開こうとしたとき。

 朱雀さんが意を決したように、顔を上げた。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの名を、世界に知らしめたいっていうのは……、ユグドラシルのときみたいに、ってこと?」

 

 探るような、怪訝な視線に、む、と心がささくれる。わかってくれたというのに気分が晴れないのは、そこにささやかながらも明確な「反対」の意思を感じたからだ。

 それでも今の段階で意見を対立させるわけにはいかなくて、そうです、と答えを返せば、朱雀さんはもう少し具体的な内容を聞きただす。

 

「強大な戦力を持ち、あらゆる攻撃を許さぬほどに堅牢で、理不尽に対する報復を忘れない。そういう組織であることが、宣伝ではなく伝聞によって広域に知られている……、ことが望ましい、のかな」

「話が早くて何よりです」

 

 俺が出した曖昧な提案をちゃんとした枠に入れて返してくれて、ほっとする反面不安が過ぎる。そこに勘違いや理解の不足がないのなら、朱雀さんが妙に消極的な理由は、俺の提案そのものにあるということ。

 とりあえず、俺が何を思って意見を出したのかは、伝えなくちゃいけない。

 

「今回のことで思ったんですが、なんて言うかな……、侮られてると、危険な目に遭いやすいんじゃないかって」

 

 今回、朱雀さんがこっそり家出して、偶然接敵したという現地の特殊部隊・漆黒聖典。明らかに格下の相手だったにも拘らず朱雀さんに喧嘩を売った身の程知らず。朱雀さんが、できる限り殺さないように、と本人の身が危なくなるくらいに手加減していなければ、とっくに全滅していただろう。文字通り、影も形もなく。

 <麻痺(パラライズ)>や<睡眠(スリープ)>を使えばもう少し楽に立ち回れたんじゃないかと思わなくもないが、連中が中途半端に抵抗(レジスト)したのかもしれないし、朱雀さんにとっては5年前に触ったきりのゲームだから立ち回りを忘れていたっておかしくない。

 今はそこを責めている場合ではなく、そもそも責めるつもりもなかった。大事なのはそこじゃないからだ。

 

 いるのだ、世の中には。

 自分より弱いと見るや、徹底的に攻撃を加えてくる、どうしようもない連中が。

 

 まだ俺が骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)だった頃、痛いほど思い知らされた。経験値やアイテムを稼ぐために自分より弱い相手を選ぶのは当たり前だけど、そういった効率や実利とは関係ないところで、わざわざ自我のある弱い相手をすすんで甚振る奴らがいるってことを。思い出したら腹立ってきた。

 

「もちろん、相手が強いってわかってても襲い掛かってくる連中はいますけど、抑止力? ってあるじゃないですか。必要だと思うんです」

 

 こっちの世界に来てからは、アインズ・ウール・ゴウンの名前なんてどこにもなくて。俺たちが何をしたのか、どんな伝説を打ち立ててきたのか、どういう理念で戦ってきたのか、誰も、誰ひとり、知らなくて。 

 

 だから、傾城傾国(ワールドアイテム)の的として狙われる羽目になった。

 

 ぞっとする。

 朱雀さんが騎乗用の召喚獣を呼び出していなかったら。

 俺への報告がもう少し遅かったら。

 シャルティアが捕虜を連れてきてくれなかったら。

 あの場で俺が、ワールドアイテムの存在に気づかなかったら。 

 

 こんなギリギリの綱渡りみたいな体験は、もう二度とごめんだった。もっと前の段階で、確実に、危険を遠ざける術が欲しい。

 ここがまだゲームの世界ならまだ受け入れられたかもしれないけど。ここは現実で、かつ異世界なんだ。不要な危険はできる限り避けておきたかった。

 

 牽制が必要だ。

 俺たちが誰で、何をしてきたのか。

 俺たちに何をしたら、どうなるのか。

 

 知られていれば、手を出されないかもしれない。

 手を出すことを、ためらうかもしれない。

 

 ……それと、もうひとつ。

 

「あとは……、ギルドの名前が世に広く伝わっていれば、目印になるんじゃないか、って」

 

 目印。少なくとも近隣諸国にはいないという、もしかすると俺たち同様転移してきたかもしれない、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーへの。 

 わかっている。こちらに来ている可能性が低いっていうのは、わかっているんだ。

 それでも、彼らがどこか遠いところで、心細く過ごしていると思ったら、何もせずにはいられなかった。

 

 そんな俺の胸中を知ってか知らずか、朱雀さんはそっと、確認するように尋ねる。

 

「……ぼくとアガネイアの会話は聞いてたよね?」

 

 ……ええ、もちろん。聞いていましたよ。

 そして覚えています。

 

 

『アガネイア。先んじて言った通り、ぼくが望むのは『平穏』ただひとつだ。嘘偽りなく、ぼくらは外界との不用意な関わりを望まない』

『ならば──』

『ならば、の続きはこうだ。我々の介入によって特定の勢力が政治的に利害を得るのならば、ぼくはそれを看過することはできない』

 

 

 ──ああ、嫌だな。何が嫌って、自分が嫌だ。

 処世術だとわかっているのに、この短時間で呼び捨てあう仲になっているのが気にくわないと感じている心の狭さが。

 行動を縛りたくないと思っていたくせに、いざ出ていかれると狼狽えるしかない準備力のなさが。

 こんなに頭が良い人が反対しているのに、自分の意見を通すなんてできるわけないじゃないかと、勝手に劣等感を覚える卑屈さが。

 

 それらすべてを、ひといきに、ぐっと飲み込んだ。

 できるだけ、嫌われるのを先延ばしにしたくて。

 

「……聞いていました。それについても、ちょっと、お話が」

「うん?」

「教えてください。彼は一体誰で、二人のときに、何の話をしてたんですか」

 

 評議国の要人で、危ないところを助けてもらった、っていうのは聞いたけど。そもそも朱雀さんが彼を見つけて会いに行ったから危険な目にあったわけで。ざっくり説明は受けたにしても、あの場で聞いた短いものだけではとても納得できはしなかった。

 

「……聞くところによれば、彼はアーグランドで要職に就いているリク・アガネイアという名士であり……。話の内容は、そうだな、挨拶や世間話を除けば……、お互いの立ち位置について」

「立ち位置?」

「そう。我々がこの世界で、何を望んで生きるのか」

 

 この世界で何を望むか。リク・アガネイアの問いかけに対し、朱雀さんはこう答えた。

 自分たちはただこの世界で心穏やかに過ごしたいだけで、今この世界に住んでいる人々の脅威になるつもりはない。そのためにも、自分たちの周囲に敵となる存在がいないか証明しなければならない、と。

 

 正しい。なにも間違っていない。

 俺たちは別に好き好んで侵略行為がしたいわけじゃなくて、ただただ身の安全を確保したいだけだ。俺たちの意見は一致している。

 

 なのに、こんなにも、腹の内がもやもやするのは。

 あからさまに情報を隠されているからか。俺に信用がないのか。以前相談されたときに何かまずい答えを返しただろうか。それともギルド長としての働きに不満があったのか。

 アインズ・ウール・ゴウンの名前を広めることを嫌がるのはどうしてなんだ。脅威になるつもりがない、というリクとの約束の方に重きを置いているからなのか。転移してきているかもしれない他のメンバーのことはもうどうでもいいのか。

 そういえば朱雀さんは一月後に身柄を要求されているんだったか。そのことも考えなくちゃいけない。護衛、護衛をつけてどうにかなるのか? そもそも朱雀さんを呼びつけて何がしたいんだ。あらかじめ相談してくれとは言ったけど、相談、相談して、くれるんだろうか。何も言わずに出て行ったのに。

 

 うずまきじみて思考がめぐる。駄目だ、ちゃんと話を聞かなきゃ。

 そう思い直し、改めて視界に入れた朱雀さんは、組んだ足の上で指を組み、ゆったりと話を続けている。いつもはまったく思わないのに、やけにその余裕が癪に障った。

 

「話が通じるプレイヤーというのはとても貴重だと言っていたよ。脅威を野放しにするリスクを背負ってでも、期待をかけるくらいには」

「貴重、ですか?」

「観測できる範囲では、存命しているプレイヤーはいないそうだ。大体が同士討ちで亡くなった、と聞いた」

 

 同士討ち。

 思いつく限りでは最も避けたい状況に、ぶるりと身が震える。

 

 今回想定した最悪の事態がそれだ。朱雀さんを盾に、ナザリックへと攻め込まれること。想像しただけで怒りで吐きそうになって、すぐに沈静化された。起こらなかったことに対して負の感情を持ち続けるのも良くないと、わかってはいる、が。

 心情的な問題とは別に、戦闘面でも厄介なことになっていたのは間違いない。朱雀さんが展開する召喚獣をくぐり抜けて、連中だけを殺す……、ことができればいいが、そう簡単にはいかないだろうし、操者が近くにいてくれるとも限らない。とりあえずコキュートスにまとめて凍りつかせるのが一番早くて確実だったろう。胸糞悪い、ということを度外視すれば、だが。

 

「……頻繁に起こるものなんですか。そんなものが」

 

 あってほしくない。あってはならない。考えたくもなかった。

 今回みたいな外的な要因で起こるものでも胃が痛いのに、殺し合いにまで発展するほどの仲間割れなんて、何があったらそんなことが起こるんだろう。意見の対立で、と記憶を漁れば、思い出すのはナインズ・オウン・ゴールの時代。たっちさんと合わなかったあの人も、PvP(殴り合い)の喧嘩になる前に自主退団したし、それだってゲームの中での話だ。

 リアル、は、どうだろう。意見を突き合わせるほど仲良くなった人がいないからわからない。テロはニュースでしょっちゅう見たけど、なんであんなことするんだろうってずっと不思議に思ってた。意見を通したいから暴れるってどういうことなんだろうって。

 

 もし、万が一そんなことになったら。

 ……無理。無理だ。理性じゃなくて感情がついていかない。

 

 だってそんなことになったらNPCたちはどうなる? 頭がふたつに分かれるなんて、仲違いなんて軽い言葉では済まない。派閥ができて、抗争になって、それから、それから。

 背筋が凍り付いたみたいに冷たくなる。殺すNPCと殺さないNPCを選ぶ。ギルドの仲間が作ったこどもたちが、ギルドの仲間へ攻撃することを許容する。仲間を、攻撃するために、指示を、出す。

 

 嫌だ。嫌だ。耐えられない。

 そんなことは絶対あっちゃいけない。いけないんだ。

 

 ──それなのに。

 朱雀さんは、困ったように微笑んで。

 

「そりゃあ、元は普通の人間だもの、いろいろあるでしょ。痴情のもつれとか?」

 

 くつくつと、かろやかに笑いながら言うものだから。

 かっ、とないはずの血が頭に上った。

 

「茶化さないでください!」

 

 思ったよりも(かたく)なな声が出たことで、笑い声がぴたりと止まる。しまったと戸惑う反面、苛立ちは冷めなかった。

 

「……こっちは気が気じゃなかった。ワールドアイテムの洗脳は簡単には解けない。一刻もはやく向かわなきゃいけないのに、準備を怠るわけにもいかなくて」

 

 堰を切ったように、言葉が流れ落ちていく。意識の隅で「やめておけ」と冷静な自分が言うのに、どうしても止められなかった。

 

 支度を整えている間も、焦燥と自己嫌悪で頭が割れそうだった。

 傾城傾国による精神干渉を解除する手段は確かにある。が、強大な力を持つ使いきりのワールドアイテム「二十」を消費することは避けたかった。今後他の「二十」に対抗しなければならない状況に追い込まれるかもしれないし、消えたアイテムが別の誰かのところにリスポーンするかもしれない。そうやって考える時間さえも惜しくて、仲間とアイテムを天秤にかける自分が嫌で仕方なかった。

 

「怖かったんです。今回、本当に。本当に怖かった。朱雀さんと、ナザリックのNPC(こども)たちが、殺し合うことになるんじゃないかって」

 

 未然に防ぐつもりだったし、未然に防ぐことができた。そうじゃなかったとしても、策を講じるつもりではいた。

 それでも平気だったわけじゃない。ちっとも冷静でいられなくて、自分の中のどこにこんな殺意があったのか、とうすら寒くなるくらいには怒りに満ちていた。

 

 そう、怒っていた。怒っている。

 今も! 俺は、怒っている!!

 

「なのに、どうして、朱雀さんはそうなんですか! そんな簡単に、()()ことを受け入れて、自分から敵を作る気でいてどうするんだ!!」

「いや、ぼくは……」

「なんで自分の身の安全を第一にしない! それじゃこっちだって守れないだろ!? 一人で勝手に出て行って、得体の知れない相手の前にのこのこ顔を出して、殺しにかかってきた連中をわざわざ生かして! 乱入してきた蜥蜴人(リザードマン)だって放っておけばよかった! なんで危険な方を選んで突っ込んでいくんだ!!」

 

 敵にデバフはかかっていなかった。それは<祖霊の報復(トーテム・リタリエイション)>の諸々の効果を解除コストとして朱雀さん自身が受けたということで。蜥蜴人(リザードマン)を巻き込まないように魔法を解除したのだと、容易く予想がついた。

 

 信じられなかった。理解できなかった。

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を無力化してまで外に出る理由が。深淵宮殿の門番(パラティ・ヒェリ)を軽々とねじ伏せる相手と一対一で話ができる神経が。襲い掛かってくる複数の相手に手加減できる理性が。蜥蜴人(よわいもの)のために不利を受け入れる献身が。

 

 今の感情が怒りなのか、妬みなのか、恐れなのか。

 もう自分でもよくわからなくなっていた。

 

「何がぼくの怒りはぼくのもの、だ! 怒るに決まってるだろ! 仲間が、傷つけられて! 良いように使われるかも知れなかったのに、それを……っ! ……、抑制されたか、クソ……」

 

 燃えるような怒りが瞬時に鎮火し、しかし奥底でぶすぶすと燻る。同時に冷静さが戻ったことで、申し訳なさがじわじわと染み出してきた。

 相手の発言を封殺して、言いたいことを一方的にぶつけるなんて、いい大人のすることじゃない。さっきも止められたじゃないか。向こう(アガネイア)の要求に不満があったのは確かだけど、それにしたって怒りをぶちまける相手を間違えたと、反省したつもりだったのに。

 

「その、怒鳴ったのは、すみませんでした……。けど、あー……、撤回をするつもりは、ないです」

 

 間違ったことは言っていない。……はずだと、自分では思う。感情のままに怒鳴りつけたから、ちゃんと伝わったかどうかは怪しいけど。

 とは言え、毅然と自分の正当性を主張する気にまではなれなくて、そろそろと這い寄る不安に促されるまま、朱雀さんの顔色を窺う。

 

 怒っただろうか。呆れているだろうか。怖がられたかもしれない。

 それとも面倒なクレーマーみたいに思われてたらどうしよう。

 

 最後にこれだけは、と、懇願をひとつ振り絞る。

 

「……あんまり、無茶を、しないでください。お願いします……」

 

 結局のところ、言いたいことはそこに集約されるのだ。傷つかずに、無事でいてほしい。それだけだ。朱雀さんのためというよりは、俺の心の安寧のために。

 ……そう、「お前のためを思って言ってるんだ」っていう言葉は上司から何度も聞いたことがあるけど、それが本気でためになると実感したことなんて一度だってありはしなかった。

 

 果たしてそんな思いが伝わっているのかどうか。外からはわからない。凪いだまま静かに言葉を受け止めているようにも、静けさの中に嵐を閉じ込めているようにも見える。

 

 朱雀さんは、ふいにカップを手に取り、すっかり冷めきったお茶を飲み干して。

 

「……本当に、ずいぶん心配をかけてしまったんだな、ぼくは」

 

 ぽつり、とつぶやいた。

 

 ようやく理解したのかと思わなくもなかったけれど。

 それを指摘する言葉は出てこなかった。その声が、あんまり寂しそうで、澄んだものだったから。

 

「まったくもって不甲斐ないな。まだ道理を解さない悪童(ワルガキ)の頃でさえもう少し慎重だった。転移と一緒に自制まで置いてきたかな」

「……本気で言ってるなら検証した方が」

「冗談だよ。……焦りが出たんだな。足場を確保するのに必死で、まわりが見えていなかった」

 

 だから大事なことも言い忘れるんだ、と、カップをソーサーに置いた朱雀さんは、まっすぐ俺の方へと向き直り。

 

「ただいま、モモンガさん」

 

 少しはにかんだ様子で、そう言った。

 

 同時に、胸の奥で燻っていた燃え残りのような怒気が、しゅん、とかき消えて。じりじりと、別の感情が湧きあがってくるのを感じていた。

 

 安堵。帰る家があるという、安心感。

 なんのことはない、ゲームの中でも軽く使われていた言葉だ。まだたくさんのメンバーが残っていた時代。狩りから帰ったとき、イベントに顔を出して戻ったとき、他のギルドを潰してきたとき。ナザリックで待機しているメンバーが、その一言と一緒に迎えてくれた。

 

 そう、俺にとっては、外で仕事をして、ナザリックに戻るまでが「帰宅」だったけど。リアルからユグドラシルに来るときに使うひとは、結局。

 

 でも、いまは違うんだ。

 ここが。此処こそが。

 

「いえ……、いいえ。こちらこそ、すみません。偉そうにして」

「ふふ、新鮮だったよ。この齢になると叱られることなんて滅多にないものだから。……正直、すこし堪えた」

「わかっていただけたようで、何よりです。ええと、……おかえりなさい」

「はい、ただいま」

 

 言いつつ、朱雀さんはポットから二杯目のお茶を注ぐ。透明な茜色の液体はあたたかな湯気を上げてカップを満たした。

 

「これ言ったらまた怒られそうだけど。もしものことがあっても、蘇生のひとつでもするものと思ってたんだ」

「……それは、俺のことを見くびり……、いえ、買い被りすぎです」

 

 確かに、「アインズ・ウール・ゴウンのメンバー」ではなく、「一人のプレイヤー」として割り切ったなら、蘇生実験を行うメリットは大きいだろう。プレイヤーの蘇生は可能なのか、から始まり、レベルダウンの仕様の検証、死後の魂がどこにあるのかまで。

 だが、そういった一連の実験を仲間に対して行えるほど非情にはなれないし、割り切る度胸もなかった。

 

「第一、朱雀さんが言ったんじゃないですか。蘇生ありきの考え方は好きじゃないって」

「あいにく齢だから自分の言ったことを長い間覚えてられないんだよね」

「ぜったい嘘でしょ、それ」

 

 そんな軽口を叩きながら。

 俺たちはナザリックに帰ってきてからはじめて笑いあったのだった。

 

 

 

「さて、自称リク・アガネイアについて、もう少し補足をしてもいいかな」

「自称」

 

 気を取り直して、と言わんばかりの軽妙な語り口。すでにお茶は三杯目がなくなりかけている。

 自称に関しては俺も適当な名前を名乗ったから別にいいんだけど、も。

 

「偽名に対して本名名乗ったんですか?」

「ぼくが頭に死獣天をつけなきゃならなくなった理由、もう一回話す?」

「まあそうですけど」

 

 朱雀に限らず、四聖獣はいつの時代も有名で人気だ。ユグドラシルは他プレイヤーとアカウント名の重複ができなかったから、「ス・ザァーク」とか「朱雀王」とか「☨朱雀☨(アカキハネノホロビ)」なんてのもいて、もしユグドラシルの事情に詳しいプレイヤーがいても「朱雀」とだけ伝えているのならまず特定は……、どうだろうな。朱雀さん見た目が特徴的だから、かく乱はあまり期待できないかも。

 

「あくまでぼくの見解だけど。十中八九、彼はアーグランド評議国の永久評議員、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)、ツァインドルクス・ヴァイシオン……の、端末だ」

「待ってくださいもう一回お願いします」

 

 情報量と驚きで内容が思いっきり頭を素通りした。なんて?

 間抜けな俺に朱雀さんはこころよく、もう一度丁寧にゆっくりとひとつひとつ区切って教えてくれた。もらっていた資料と照らし合わせて自分なりに整理をつけた結果。

 

「ここから北西にあるアーグランド評議国、の、実質トップのドラゴンで、普段は鎧をリモートコントロールしてその辺をパトロール? している? のを、朱雀さんが見つけた、と」

 

 ……想像していたよりも大物の名前が出てきた。評議国って言い換えれば評議会の国版ってことで、評議会、評議会ってなんだ? いろんな意見を寄せ集める会? アーグランド評議国は亜人種が集まってできてる国家らしいから、そこで各人種の代表が選ばれて運営してる、のか? そんな国で、永久的な評議員として選ばれている、ドラゴン……。

 

 すご、すごくない? すごいよな。結構気さくに話してたように見えたけど、国の代表なんだよな? でも、そうか、相手は偽名を使いっぱなしだから、こっちが向こうの素性を知ってることは、まだ知られてない、のか。

 

「よくわかりましたね。ええと、ツァインドルクス・ヴァイシオン? だって」

「まだリク・アガネイアで通しておいた方が無難かな。槍の坊や……、あー、漆黒聖典の隊長格が本名で呼んでたから、多少ボロが出ても大丈夫だとは思うけど、一応」

 

 朱雀さんの提案に首肯で返す。

 教えられた名前で通すところはネットマナーと同じだろう。うっかりこちらが知りえないはずの情報を吐き出して無闇に警戒されるよりずっとマシだ。

 

「ああ、そうですね。そうしておきます。……そうか、そこで確証を得たんですね」

「ご協力ありがとう。……まあ、本人確認はまだ済んでないけど」

 

 冗談めかしてそう言った朱雀さんが続けることには。

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオンは少なくとも600年の時を生きる竜であり、500年前こっちに転移してきた「八欲王」に一族をほぼ皆殺しにされ、世界の法則を塗り替えられたことで、プレイヤーに対して非常に強い警戒心を抱いている。

 だからと言ってプレイヤー絶対殺すマンになっているかと言えばそうではなく、新たにやってきたプレイヤーが世界に対してどのようなアプローチをするか、100年ごとに見定める役目を己に課している存在だ、とのこと。

 

 なるほど、朱雀さんを助けた、というよりは、漆黒聖典と敵対していた、が正解なのか。

 相性が悪いはずだ。スレイン法国はプレイヤーが建国したと思われる人間至上の国なんだから。頭に血が上っててそんなことを考える余裕もなかった。

 

「……合点がいきました。だから漆黒聖典の身柄を欲しがったんですね。というか、くれてやっても……、……いえ、なんでもないです、すみません」

 

 一瞬、恩を売っておくことに越したことはないんじゃないかと思ったが、情報の塊をそのまま明け渡すのはあまりにもリスキーだし、なによりあの場で激怒して拒否った俺が言うことじゃない。

 襟元を押さえた朱雀さんが頭を傾ける。んん、とひとつ唸り声。

 

「モモンガさんのことがなくても、彼らを丸々引き渡すのは避けたかったんだよ。さっきもアガネイアに言ったけど、ぼくはあらゆる国に対して政治的な介入を望まないし、法国の軍備に穴を開けることは望ましくない」

「……ちょっと待ってください」

 

 政治的な介入、はともかくとして。法国の軍備に穴を開けない、ということは、つまり。

 

「まさか、漆黒聖典も放流するつもりなんですか?」

「記憶処理してからね」

「いや、それはそうでしょうけど、そうじゃなくて!」

 

 呼吸はできない。が、たっぷり深呼吸一回分の間をあけて、つとめて冷静に。

 

「生かして、おくんですか?」

 

 尋ねた声は思ったよりも低く響いた。

 さっきまでの汚泥を煮詰めたような怒りはもうないが、不愉快であることに変わりはない。見せしめにするかしないかを話し合うくらいで、消すのは確定事項だとばかり考えていた。

 

 そんな俺に、朱雀さんは柔らかな、けれども真摯な語調で理由を説明する。

 

「別に情けをかけるつもりじゃなくて。ぼくが避けたいのは、アーグランドとの諍いだ」

「? スレイン法国、ではなく?」

「たとえばだけどモモンガさん。ナザリックから100レベルの守護者が全員抜けたら、どうなると思う?」

「……戦力に限定すれば、ナザリック総力の1割に満たないでしょう。けど、運営がもう、成り立たないんじゃないですかね……」

 

 転移してきて数日だが、骨身にしみて理解していることがある。ナザリックの運営はもはや、彼らなしでは立ち行かない。

 広いんだよな、ナザリック地下大墳墓。俺が住んでたあのちっさい部屋でさえ掃除やメンテナンスが面倒くさかった。ましてやこの規模、この人数。それに防衛面も加わるとなれば、各階層の要素ひとつひとつを管理なんてしてられない。

 そうでなくても彼らはギルドメンバーが創った大事なキャラクターだ。人数比、戦力比に拠らない価値がそこにはある。

 

「実際には漆黒聖典に行政権も軍の指揮権もないだろうし、求められている役割も違うだろうけど。で、実際いなくなったら探すよね?」

「それはもう徹底的に」

「その情報をアーグランドが握ってるわけだ」

「む」

 

 かち、とかすかにカップを鳴らして、朱雀さんは語る。

 

 漆黒聖典というのはスレイン法国にとって重要な存在だ。単純に最大戦力を有しているということもあるが、どちらかといえば宗教的な意味合いが強い。秘密部隊でありながら、存在理由に象徴的なものが含まれている。

 それが、何がしかの命を受けて外に出たまま、一向に帰ってこない。一大事だ。まず原因の捜索が行われる。

 

 法国の有する探知能力からいって、その捜索自体にナザリックが見つかることはないだろう。が、傾城傾国を持った漆黒聖典をどうにかできるものなんてここらの勢力では限られている。竜王か、プレイヤーか、だ。

 

 法国と評議国の関係は良いものではない。法国が多少混乱したところでわざわざ俺たちのことを教えてやる義理は評議国にはないだろう。

 しかし、法国が評議国に対してなりふり構わず情報を求めてきた場合はその限りではない。自分たちが疑われないようにナザリック(おれたち)の情報を売るくらいはするかもしれないし、すでに法国抜きでナザリックと交渉を開始しているように、法国に対しても条件付きで交渉をするかもしれない。

 そういった情報を逐一確認するために──

 

「──あちこちに間諜紛れ込ませるよりは、都合よく記憶処理した彼らを国元に返してやった方がローコストだと思うんだけど」

「むむ」

「もしきみの感情以外に反対理由があるのなら遠慮なくどーぞ」

「むむむ」

 

 正直なところ。

 殺しておきたい、というのはほとんど俺のわがままだ。

 PKには報復する。それがナインズ・オウン・ゴールから引き継がれているアインズ・ウール・ゴウンの理念ではあるが、メンバー全員に強要しているわけでもないし、襲われた本人がこれだけデメリットを主張するのなら、これ以上俺が食い下がるのは難しいだろう。

 

 しいて、気にするとすれば。

 

「……守護者たちがどう言うか」

「ぼくが説得する」

 

 即答。断言。

 できる、ではなく。やる、という、確固たる意志。

 

「誓うよ。きみが、復讐も成さぬような不甲斐無い主だなどと、不当に貶めることは絶対にさせない。約束する」

 

 水の中のともしびが、俺の目をまっすぐに貫く。つよいひかり。まさしく誓約であると示すような、有無を言わせない雰囲気がそこにはあった。……だが。

 

「『俺が』? ……朱雀さんは?」

「ぼくは少々腰抜け扱いされても良いんだよ。その方が後々楽なんだから」

「あっずるい! じゃなくて! 駄目ですよ! 朱雀さんの名誉もいっしょに守られないと!」

「はいはい」

「も~~~!!」

 

 打って変わって気の抜けた返事をよこす彼に一通り憤り、ふと、懸念材料を思いついたので投げかける。

 

「敵に兵を返した、っていう名目でアーグランドが敵対してくることはないですかね」

「話した感触ではそこまでしたたかな印象は受けなかったな。中途半端に有利な交渉材料を得るよりは、真摯な対応を是とするように見えた」

「中途半端、ですか」

「戦力的には取るに足りないからね。端末で相手してても余裕そうだったし」

 

 ……?

 

 漆黒聖典を脅威とみなしていたから、装備ごと奴らの身柄を要求したんじゃないのか? 確かに、強めに要求した割にはすぐ退いたように見えたが──

 

 ──ああ、そうか。

 

「リク・アガネイアが本当に欲しかったのは。漆黒聖典の身柄じゃなくて、朱雀さんともう一度会う口実だったんですね」

「お」

 

 正解、の響きが含まれた声音にちょっと気持ちが浮いて、直後に深く沈んだ。

 

「……行くつもりなんですか」

「もちろん」

「罠かもしれない」

「かもね」

「だったら!」

「ぼくの長所はね、モモンガさん。できない約束をしないところだ。反故にするわけにはいかない」

「なんで仲間の長所を守るために仲間の命を危険に晒さなきゃいけないんですか!」

「あははは」

「笑い事じゃないですよ!!」

 

 なおも食い下がろうとする俺を、朱雀さんはひらりとひとつ手を振っておさえた。こどもをあやすような穏やかな声が響く。

 

「相談すれば構わないと言ってくれたじゃないか」

「言いましたけど……」

「大丈夫、大丈夫だよ。加減していたとはいえ漆黒聖典(格下の脅威)を即座に排せないぼくに求められているのは、力ではなく知識、あるいは知恵だ。むやみに害されるようなことにはまずならない」

「わからないじゃないですか、そんなこと」

「わかるよ。この機会を逃せないのはぼくらではなく彼らだ。100年にたった一度、強欲で繊細なプレイヤーの中で、真偽はともかく世界に対して『何も望まない』と断言する者などおそらく今後現れない」

 

 何も望まない、という言葉に、どきりとする。緊張からか、心臓もないのに心拍数が上がるような錯覚も。

 

 そう、話が戻ってきただけだ。俺から切り出した話だった。

 なのに、「来てしまった」と思う自分がいる。幸か不幸か、冷静になった今でも、自分の中の考えは変わっていなかった。

 

「勝手にそんな宣言をして悪かった──、とは言わない。あのときはああ言うしかなかった、とも」

「……ええ、そうでしょうね。俺も覚えています。以前朱雀さんが言っていたことを」

 

『この世界にはすでに確立された文化があって、種族ごと、人種ごと、国ごとに多様性がある。それは彼らが個々に積み重ね、培ってきたものだ。彼らは発展する権利と滅びる権利を同様に持ち合わせている。ぼくらのような異物にそれを奪う権利は無い』

 

 忘れてはいない。わかっている。行為の善悪に関係なく、抑止力になる程度に名前を広めるということは、すなわち。

 

「反対、なんですね、そもそも。アインズ・ウール・ゴウンの名前を、世界に知らしめようというのが」

 

 わかってはいたものの、改めてはっきりと言葉にしてしまって、ずん、と気分が重くなる。さっきまでの、沼の底をかきまわしたような情念こそないが、複雑な気持ちはぬぐえない。負け戦に挑むような重圧も付与されて、気分は敗走途中の殿(しんがり)だ。

 仮にも営業職だったから最低限の交渉術は会得しているつもりだけど、話術よりも資料でごり押しするタイプだったから、いまは圧倒的に準備不足なんだよな……。

 

 それでも、今回ばかりは退くわけにはいかない。からっぽの腹に力を入れ直し、気分とともに俯いていた顔をぐっと上げれば。

 白い手袋が襟を何度か撫で擦り。猫が喉を鳴らすような吐息が、こぽり、と。

 

「ちょっと露骨だったかな」

「いえ、感覚じゃなくて理屈で反対されてるのがようやくわかったので。……だからって、その、諦める気にはまだ、ならないですけど……」

「どうしても駄目?」

 

 身を低くして、覗き込むような形で朱雀さんが問いかけた。懇願と取られかねないその響きは、けれど不思議とへりくだったような印象を受けさせない。

 

「ダメ、ではないですけど、他に、方法が……」

「あるのをわかって言ってるよね」

「う」

「今回ぼくが無駄な危機に陥ったのは、ぼくが連中を捕捉し損ねた上にろくに準備もしないまま慌てて一人で行動したせいであって、そこにギルドの知名度は一切関係がない。今回みたいなことはもう起こらないよ」

 

 不用意なまま外へ出ていかない。出るときは必ず誰かに伝えてから行く。少し治安の悪いところに出ていくのなら、誰だってやっていること。それを怠った結果が今回、というだけで、そこに過剰な防衛は必要ない。

 朱雀さんはそう告げた。

 

「もしそれで不安なら、アーグランドに後ろ盾を頼んだ方が早いし確実だ。ギルドメンバーの捜索についても力を貸してもらえばいい。こっちに来たばかりのぼくたちよりもずっとこの世界に詳しいんだから」

「いや、いやいやいや! 軽く言いますけど! そんな要求飲ませるとしたら、どれだけ条件をつけられるか……!」

「そこまで無理なことは言われないよ。ぼくらが思っている以上に、彼は協力的なプレイヤーの確保に必死だ。大した条件がなくても向こうは飲むよ。飲ませる」

 

 頼もしいその言葉が、相反して俺を追い詰めていく。

 根拠がない、危険だ、と強固に反対することは可能だ。が、それを言うなら俺の案だって中身が固まっているわけじゃない。

 実際、「漆黒聖典全員の記憶処理」が最低ラインだったのを、「装備含めた身柄の確保」まで持っていったのは朱雀さんだ。次に会う日取りももう決まっているし、交渉しようと思えば本当にできるんだろう、けど。

 

 ……けど。

 

「新参のぼくらが名を上げようとするとどうやっても角が立つ。……立てる気で突出するつもりなら止めないけど、おすすめはしないな」

 

 柔らかな物言いの、しかし実質的な拒絶。

 

 名声には衝突がつきものだ。何かを助ければ何かの敵になる。全方位に対して利益になる売名などあり得ない。ナザリックを守るために名声が欲しいのに、敵を作ることになれば本末転倒だというのは、わかっている。

 

 ……わかってはいる、が。

 

「もう一度聞いておこうか」

 

 そんな逡巡や鬱積を見透かしたような、すずやかな声が胸に落ちた。

 

「きみはなぜ、アインズ・ウール・ゴウンの名を、世に知らしめたいと?」

 

 促されて、しばし、言葉を失う。

 さっき俺が言った理由を、朱雀さんが忘れているとは思えない。

 だからこれは、この質問は、暗に「他に何かあるんじゃないのか」っていう詮索の意味を持っていて、そしてそれはおそらく正しいものだ。

 

 だって、俺がここで諦めたら。

 

 ()()()()()()()じゃないか。

 

 ……? 終わる? なにが?

 

 決まっている。

 

「俺は、そこまで評議国を……、いえ、いいえ。信用の問題じゃなくて。別に、評議国の下につくのなら、それはそれで良いんです」

 

 俺は、そう、俺は。

 

「このままだと、俺たちのやってきたことが、作り上げてきたものが、誰にも知られないまま埋もれてしまう」

 

 ()()()()()()()()()()()()()んだ。

 

 ナザリック地下大墳墓が。

 アインズ・ウール・ゴウンが。

 

 亡き者にされるのが我慢ならない。

 

「風化させたくないんです。アインズ・ウール・ゴウンの伝説を。『かつてあったもの』にしたくない」

 

 アインズ・ウール・ゴウンは俺のすべてだ。

 青春であり、人生であり、かけがえのない故郷である。

 俺の帰る場所はここしかない。

 

 それがまるで本当の墓所のように朽ちてゆく。

 それは、そんなのは、到底。

 

「朱雀さんの考えとは違うかもしれない。でも俺は、俺には、ここしかないんです。俺が心から誇れるものは、アインズ・ウール・ゴウンしか残っていない」

 

 朱雀さんはきっと、どこへでも行けるんだろう。無理に引き留めるつもりはないし、なにより引き留める材料がない。

 朱雀さんが「新しい出会い」を望むのなら、それだけは、ナザリックが用意できないものなのだから。

 

「朱雀さんが嫌なら、無理に巻き込もうとは思いません。誰と敵対することになっても、責任は俺が取ります」

 

 外からの攻撃も、中からの重圧も、全部俺が引き受けたっていい。

 

 ただ、ただ。それでも。

 

「でも、もし……、もしも、なんとか折衷案を見つけ出して、一緒にやっていけるのなら、それは、すごく、嬉しい……、です」

 

 とても難しいことだ。だが、外の何をも損ねることなく、アインズ・ウール・ゴウンの名前を広げる手段があるのなら。それは結局、アインズ・ウール・ゴウンには、できなかったことだけれど。いま、この異なる現実の世界なら、もしかしたら、ほんのわずかな可能性でも、あるんじゃないかって。

 

 あるいはNPCに案を募ったっていい。なんだっけ、三本の矢は折れない、じゃないけど。ふたりきりで考えるよりは多くのアイデアが集まるだろう。突飛な計画が出ても、暴走しないようにこっちで舵取りすればいい。

 

「どう、でしょうか……」

 

 恐る恐る尋ねるも、返事はない。水の中の光が消えているのは、目を瞑っている、と思っていいのだろうか。

 ここで急かしてもいいことはない、と内心そわそわしながらも返答を待った。カップの中は空っぽで、次の一杯が注がれる気配はない。

 

 どれだけの間そうしていただろう。しばらく沈黙していた朱雀さんの頭にふたつの光が灯り、顔を上げて、何かをあきらめたような声で、ひとこと。

 

「わかった」

「朱雀さん……!」

 

 ぱあっ、と、目の前が明るくなったようだ。

 ああ、やっぱり、話せばわかってくれるんだ、と、ほっと一息つこうとした。

 

 そのとき──。

 

「根本から、ひっくり返さなきゃならないことが、わかった」

 

──予想外の発言に、思考が止まる。

 

 肯定ではなく、否定であるということだけは理解できたが、根本的、とは。

 

 疑問を浮かべる俺に、朱雀さんは、ふ、とほほ笑んで。

 

「きみの呪いを解くところから始めよう。鈴木悟さん」

 

 

 

 

 

 

 




長くなったので一旦分けます。
今回話が全然進んでないんですがここの話し合いをすっとばすと遺恨が残るので許して

深淵宮殿の門番(パラティ・ヒェリ)
深淵大帝の甲殻騎獣(デルフィオス・オブ・ノーデンス)を倒した際にカウンターで召喚されるでっかい手。2話前でツアーさんの動きを一時的に封じるも、前話で難なくはたき落とされた。

・アカウント名重複禁止について
AOGのみなさん実に個性的なお名前なのであってもおかしくはないかなって 明確な記述はなかった気がする もし違ってたらまたこっそり編集します

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