縁側で茶をすするオーバーロード   作:鮫林

30 / 36
前回のあらすじ

漆黒聖典のみなさんとご対面
なお拳が先に出ている模様


今回は
一方その頃ナザリック、と、教授がんばるのお話

「ヴァルキュリアの失墜」における要素を捏造しています
SFにおける現代装備には夢がある


そしてアンケートご協力ありがとうございます! ニューロニストちゃん好きな方いっぱいいて嬉しい
尋問小説はそのうちR-18に単発で置いとくのでどスケベの皆さんはもうちょいお待ちを




己が墓穴に頭を垂れよ 肆

 氷結牢獄。

 ナザリック地下第五階層「氷河」に居を構えるその牢獄は、「ナザリックに敵対した者すべてを放り込む」と設定された極寒の監獄だ。

 実際そのような用途で使われていたかと聞かれれば、答えは否。完全なるフレーバーである。強制ログアウトがあるんだからまともに牢屋として機能するわけがない。

 

 それでもノリと勢いで「作ろうぜ!」と言い始めたのは果たして誰だったか。

 

 牢獄作ろうぜ牢獄。 えー、いるぅ? 悪の組織に牢獄は必須だろ。 なにいれとくの、プレイヤー? そういう具体的なあれじゃなくて、こう、スパリゾートみたいに、あれば嬉しい的な……。 気持ちはわかる。 作るとしたら何階? あんまり上の方だとすぐ逃げられちゃいそうじゃない? 下の方はメイドが危ないので却下です。 てか予約ないのもう五階くらいしかなくないですか。 いいじゃん、なんかこう牢獄って寒いとこにあるイメージだし。 んじゃとりま仮でー。 階層守護者に見張らせとくんですか? ひとりあたまのしごとりょうはへらしてあげましょうよお……。 じゃあ拷問官置いとこうぜ拷問官! 拷問すると聞いて!女騎士!?シスター!? 座ってろフライドチキン!

 

 ……なんて、とっぷりと思い出に浸っていられる余裕は、今の俺にはないんだけれど。

 

「着ておけ、アルベド。ここは外より冷える」

「はっ。身に余るご厚意、感謝致します」

 

 裾に炎のような紋様がついた真紅のマントをアルベドに手渡す。神妙な様子で受け取った彼女からは表面上、俺を襲っていたときの熱や興奮みたいなものは感じられなかった。機嫌の良し悪しも表情からは読み取れない。

 今の状況にも、気にしてやれない自分にも苛立ちを募らせつつ、凍り付いた廊下をがつがつと半ば蹴るような足取りで進む。

 

 「死獣天朱雀様のお姿がどこにも見当たらない」との報告がインクリメントから来たあと、即座にナザリックを警戒態勢へと移行し、とりあえずナザリック内及び周辺15kmに朱雀さんがいないかを目視で探させた。下手に情報系の魔法で探すと朱雀さんの攻性防壁が発動してとんでもないことになりかねない。

 インクリメントが目を離した隙に姿を消し、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が床に転がり落ちていたという話だから、まず朱雀さんが自分でこっそり出ていったのだとは思うが。万が一にも誘拐の可能性があるのでは、と、狼狽えるNPCに請われるまま仕事を渡した形になる。

 その範囲内で見つかるとは俺も思っていないし、案の定見つからなくてNPCたちから「もっと遠くへ足を延ばしたい」と嘆願されているが、一旦保留にしている。朱雀さんに集めてもらった情報で、周辺には危険がないとわかってはいるが、なんとなく、言葉にできる感覚ではないけど、嫌な感じがしていたから。

 

 そう、なんとなく、嫌な感じがする。

 

 別に外出したことに関しては良い。「ちょっと羽を伸ばしたくてこっそり外出しちゃった」と後出しで言われても仕方がないくらいの作業を押し付けてしまっているので、そのことについて文句を言うつもりはまったくない。……どうせ行くなら俺も連れてってほしいと思わなくはなかったけど。

 

 だが、外に出ていくことに関してなにひとつ連絡がなく、さっきから一向に朱雀さんと<伝言(メッセージ)>が繋がらない。「ちょっとした外出」を「こっそり」するにしたって、少し妙ではないだろうか。

 まさか本当に誘拐されたとまでは思っていないけど、外に出て連絡も返せないような状況に陥っている可能性はある。100レベルのプレイヤーが、片手間の<伝言(メッセージ)>にも返せないような非常事態って、一体なんだ?

 

 悪い方悪い方へと流されそうな思考をどうにか塞ぎつつ、館のあちらこちらに潜むアンデッド達がいちいち感知に引っかかるのを煩わしく思いながら、ひたすらに歩を進めた。ナザリックにおいて最も探知能力の優れたNPCのところへと。

 

 

「アルベド、人形を」

「はい、こちらに」

 

 体感的にようやく、という時間をかけてたどり着いた目的の場所。崩れかけた母子のフレスコ画が一面に描かれた壁の中心、一枚の扉を前にして、アルベドから赤ん坊のカリカチュアを受け取る。ぎょろりとした大きな目から視線を受けつつ扉を押せば、音も無く滑るように開かれた。

 

 家具ひとつないがらんどうの部屋、何十、何百という赤ん坊の泣き声だけが響き渡るその真ん中に、ひとりの女性がいる。喪服をまとい、長い黒髪で顔を隠した女性は、こちらが部屋に入ってきたことに気づいていないかの如く、ただ黙ったまま、ゆらゆらと揺りかごを揺らしていた。

 

 やがてその手がゆっくりと揺りかごに差し入れられ、赤ん坊、いや、赤ん坊の形をした人形をそっと持ち上げる、前に。

 

 ずかずかと女性に近づき、揺りかごの人形をその辺に放り投げ、ずだん! と、手持ちの人形を代わりに叩き込んだ。黒髪の隙間から見える目がぱちくりと開かれ、両手が所在なさげに宙を彷徨う。赤ん坊の声もぴたりと止み、しん、と、刺すような静寂が満ちていた。

 ……タブラさんが丹念につくりこんだ設定をないがしろにするのは正直心苦しいが、今は構っている暇がない。

 

「悪いがイベントスキップだ、ニグレド。私は急いでいる」

「……! 畏まりました。如何なる御用件か、お伺いしても?」

 

 切り替えが早いところは姉妹だな、と思いながら、アイテムボックスに手を伸ばす。まさか使う羽目になるとは思っていなかったが、一応用意しておいて正解だった。

 

「死獣天朱雀さんが姿を消した。お前に探してもらいたいのだ」

「死獣天朱雀様を? ……恐れながらモモンガ様、私の力では」

「わかっている。これを使うがいい」

 

 そう言いながらニグレドに手渡したのは、真っ黒な砂で満たされた砂時計。砂が入ったガラスの周囲をミスリル銀でつくられた幾本もの手が装飾しており、それらはまるで空間を抉じ開けようともがいているようにも見える。

 このアイテムは60秒間、こちらの探知に対する攻性防壁を無効化する課金アイテムだ。この世界ではもう課金ができないので、使ってしまえば二度と手に入らない虎の子だったけど、ギルドメンバーの非常時にそんなこと言ってられない。

 

 ……戻ってきたら、インクリメントと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に謝るくらいはしてもらおう。「お引き留めできず!」「我々が不甲斐ないばかりに!」「自害をお許しください!」と次々言い募るのをなだめるのにすごく苦労した。俺たちが本気で出ていこうと思ったら止められるわけがないんだから、ああも気に病まれると見ててこっちが気の毒になってくる。

 

 そのためにも、まずは本人を探さなければ。ニグレドに使い方を説明し、さっそく魔法を詠唱し始めた彼女を見守る。

 と、同時に。

 

 部屋の外から異音がした。かかかかか、と何か硬いものがリズミカルに近づいてくる音と、べっちんべちんと何か柔らかいものが叩きつけられるような音。

 な、なんだなんだ。イベントスキップで追加される隠しギミックか何かか?

 

 内心戦々恐々とする俺と、とても、非常に、すごくすごく嫌そうな顔をしたアルベドが扉を振り返り、ふた呼吸ほど後、ばぁん! と勢いよく扉が開かれて。

 

「失礼いたします! モモンガ様ァ!」

 

 尻を担いだシャルティアが、姿を現した。

 

 一瞬の間。精神が抑制される。尻がある。

 すっと目を逸らす。戻す。まだ尻がある。

 

 なに?

 

 その尻誰の、と俺がシャルティアへと説明を求める前に、ドレスのスカートにしがみついている、ぶよぶよとした肉塊が濁声で叫んだ。

 

「ハアッ! ハアッ! この、こ、小娘ェ! 私が! 管理してる! 囚人を! 勝手にもっていくんじゃないわよ!!」

 

 はぁはぁぜぇぜぇと荒く息をつきながらも言い切ったニューロニストは、きれいなネイルアートが施された手でぺちぺちとシャルティアの背中をたたく。だが悲しいかな、レベル23の特別情報収集官の攻撃ではレベル100の階層守護者に毛ほどのダメージも与えられていないらしい。

 ……さっきの音はニューロニストがシャルティアに引きずられて床にべちべち当たる音だったのか。かわいそうに。

 

「この雌奴隷のしつけを任されたのは、わ! ら! わ! でありんす! 必要なときに持ち出す権利はこっちにありんすえ!?」

「持ち出すなんてかわいいもんじゃなかったでしょ!! 蹴り壊した牢屋直しなさいよこの脳筋ブス!!!」

「は~~~っ!? 至高の御方であるペロロンチーノ様に創っていただいた私の造形にケチをつけるつもり!?」

「行動がブスだって言ってんのよ!! かけた迷惑を棚に上げて御方のお名前を出さないで頂戴!!」

 

 ひぇ、キャットファイト? こわ……。

 

 あー、しかしなるほどよく聞くと、「場所(真実の部屋)の管理者である」ニューロニストと「囚人を任されている」シャルティアとで「囚人を移動させる権利がどっちにあるか」を争ってるのか。それは……、最初に決めてやれなかった俺たちが悪いよな。

 

「黙りなさい二人とも!! モモンガ様の御前よ!!」

 

 多少なりとも罪悪感を抱いた俺が声をかけるより先に、アルベドがふたりを叱り飛ばす。びゃっ! と身体を跳ねさせた彼女たちは俺の前に跪き、「申し訳ございませんモモンガ様!」と頭を下げた。

 

「よい。顔を上げよ、ふたりとも」

「はっ!」

「……怒りはもっともだがニューロニスト、ちょっと待っていてくれ。……シャルティア、()()を私のところに持ってきたのはどういうことだ?」

「はっ、はい! モモンガ様がニグレドのところにいらしたと聞いたので……よっ、と」

 

 シャルティアは肩に担いでいた尻、いや、女性を床に下ろす。防寒の効果が付与された毛布でぞんざいに包まれた、たしか、クレマンティーヌとかいう名前の。カルネ村完全隠蔽作戦の際、トブの森で朱雀さんの召喚獣と戦っていた人間、だったはず。

 あぅ、あぅ、はぅ……、と言葉だか吐息だかわからないものを口からこぼしている彼女は、頬を上気させもぞもぞと身動ぎし、目をぐるぐる回している。よく見れば丸出しの尻からは尻尾が生えていた。あれ、人狼だったっけ。勝手に只人(ヒューム)だと思い込んでた。

 

 若干現実から目を逸らす俺へと、シャルティアが言うことには。

 死獣天朱雀様が映る画面をクレマンティーヌにも見せ、知っているものの名前を挙げさせるなどすれば良いのではないか。至高の御方の叡智には及ぶべくもないが、現地の人間だからこそ見えるものもあるはず。必ず役に立ててみせる、と。

 

「ふむ、なるほど」

 

 正直なところ、クレマンティーヌの状態を見ればあまり有効な手段とは思えなかった。だってふらふらのぐずぐずで目の焦点もあってないし。言いつけ通り傷ひとつつけていないのならどんな尋問をしていたんだか。

 

 とはいえ、俺はうれしかった。俺がこの部屋に来たのは何故なのかを自分で推理して、自分の持っているものをどのように使うかちゃんと考えて行動してくれたのだから。

 シャルティアのわずかながらも確かな成長と、キラキラとこちらを見上げる期待に満ちた目を裏切ることは、とうとうできなかった。

 

 

 

「発見いたしました」

 

 元々は俺たちの指示に不備があったのだと謝ったりそれに対して恐縮されたりするうちに、ニグレドが宣言した。砂時計の砂は既に落ち始めている。すぐさま<水晶の画面(クリスタル・モニター)>を発動したことで浮かび上がった水晶の画面には。

 

「……戦闘中、だと?」

 

 沼地らしき場所で、複数人の人間と戦闘をしている、朱雀さんの姿があった。

 

「まさか……!」

「どこのどいつでありんすかこいつら!!!」

「全員とっ捕まえて尿道をガバガバにしてやらなくちゃ!!!」

 

 アルベドが、シャルティアが、ニューロニストが。めいめい叫ぶ言葉の意味が頭に入らない。混乱していた。ただひたすらに、状況に混乱していた。

 

 なぜ、なぜだ。

 なぜ朱雀さんが人間と戦っている。なぜ朱雀さんと戦っているのにまだ生きている。一対一PvPでの朱雀さんの勝率は決して高くないが、相手の数が増えるごとに勝率が上がっていくのに。まして低レベルの相手に苦戦するなんてことがあるのか。レベルの高い生き物はこのあたりにはいないんじゃなかったのか。

 なぜ深淵大帝の甲殻騎獣(デルフィオス・オブ・ノーデンス)をあいつらが使役してるんだ。朱雀さんのクラス構成じゃなきゃ召喚なんてできないはず。朱雀さんが召喚獣のコントロールを奪われたとでもいうのか。そんなまさか。

 なぜこれだけ苦戦してるのにナザリックに応援を要請しないんだ。通信を途絶するような魔法でも使われているのか。もしかして、朱雀さんが一方的に通信を拒否しているのか。それほどの相手には見えないのに。

 なぜ、なぜ、なぜ!!

 

 ……落ち着け。

 

 そう、朱雀さんが言うには、この周辺にはプレイヤーの影などない、ということだった。だというのに、彼らの装備はプレイヤーのものに他ならない。いや、ひとりを除いてはプレイヤーのものだと断定することはできなかった、が。

 

 倒れている人間の中に()()()()がいる。

 

 記憶が確かならばあの装備、「ヴァルキュリアの失墜」以降、関連ダンジョンでドロップするようになった「青春の遺骸」シリーズだ。

 もしかしたら天文学的な確率でああいった装備がこっちの世界で作られたのかもしれないし、別の世界から迷い込んだ女子高生が遺したものかもしれないが、そういうのを考え始めたらキリがない。

 

 それをふまえて、朱雀さんからの情報を嘘にしないのならば。

 

「……スレイン法国の者か? どう思う、アルベド」

「まさしくそう思います、モモンガ様。かつてプレイヤーによって建国されたというスレイン法国、そこで飼われている特殊部隊の者どもかと」

 

 死獣天朱雀様よりいただいた資料とも特徴が合致いたします、付け加えられたアルベドの言葉で自身の考えが正しいことを確認し、改めて画面に意識を移す。助けに行くにせよ、もう少し状況を見極めなくちゃならない。朱雀さんの<祖霊の報復(トーテム・リタリエイション)>が発動しているから負けることはまずないだろうけど。

 

「それでも、苦戦するほどの強者には見えないが……」

 

 全体的に動きがすっとろい。ひとり突出して強いのがいるようだが、それだって100レベルのプレイヤーと比べれば雲泥の差だ。が、それに対する朱雀さんも、ちょっと動きがぎこちない。外部からの観測に対してレベルを低く見積もらせる認識阻害でもかかっているのか。

 ……まさかとは思うが、術か何かで朱雀さんのレベルを下げられている可能性もある、のか? 

 

「ほら! しゃっきりするでありんす! あっち! あっちを! 見なんし!!」

 

 ひやり、と、ない肝を冷やす俺をよそに、シャルティアがクレマンティーヌの肩を掴んでがくがくと揺さぶる。それ大丈夫? ムチ打ちにならない?

 砂時計の砂はもうわずかだ。無くなるときには探知を切らなければ攻性防壁が発動してしまう。わかっているだろうが一応釘を刺しておこうか。

 

「……あー、もうすぐ画面が消えるぞ?」

「言うの! ほら! 何が映ってるか! はやく!!」

「ぅあ、う……」

 

 必死に画面を指さして叫ぶシャルティアはほとんど涙目だ。この様子では新しい情報が出てくることもないか、と、アルベドに援軍の編成を言い渡そうとした、そのとき。

 

 

「ケー……、セ、ケ……コゥク……?」

 

 

 画面がぷつりと切れ。

 途切れ途切れにつむがれた声が聞こえて。

 ぱちり、と頭蓋骨の奥でなにかがひらめく感覚がした。

 

 映っているのは、朱雀さん。と、戦闘中の槍使い。双剣の少年。派手な大剣使い。大盾の男。

 深淵大帝の甲殻騎獣(デルフィオス・オブ・ノーデンス)偏執王の拷問鎖(パラノギアス・チェイン)。老婆。チャイナドレス。女性用装備……。

 

 けい、せーけ、こ……、…………!!

 

 

「アルベドォ!!」

「はっ、はい!!」

「ナザリックの警戒レベルを最大まで引き上げ、100レベルのプレイヤーを想定した少人数の部隊を編成しろ! ナザリックの何を使っても構わん! 2分、いや、1分半だ! できるな!?」

「はっ! 勿論でございます!」

「俺はこれから宝物殿に行き、世界級(ワールド)アイテムとパンドラズ・アクターを連れてくる! それも踏まえて行え!!」

「畏まりました!」

 

 もはや一刻の猶予もない。警戒が過ぎて肩透かしを食うことなど、最悪の事態を想定すれば微々たる損害だ。

 目的を果たすためにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを起動する。……前に、ひとこと。

 

「シャルティア」

「は」

「よくやった」

 

 驚愕か、あるいは歓声か。

 何かしら取られたのだろうリアクションは、宝物殿からは聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いま、()()()()な。

 ニグレドあたりに課金アイテム渡してやり過ごしたか。

 

 現状を把握してから戦力を編成、こっちに来るまでおよそ3分……、あればいいほうだね。

 それまでに、カタは。

 

「つきそう、かな」

 

 相手方の数は既に半分。一番最初に背後攻撃(バックアタック)をしかけてきた男性が、次に情報系統の魔法を使ってきた制服のお嬢さんが、それぞれキノコの餌食になった。もしかしたら食道あたりまで浸食してるかもしれないけどギリギリ呼吸はできているだろうから、死んではいないはず。そのうち酸欠で意識を失うだろう。

 

 続いて如何にも魔法使い然とした男性と、これまた魔法使いというより魔女っぽい大きな帽子のお嬢さんが……、まあ水精霊相手なら<脱水(デハイドレーション)>は使いたくなるよね。あれ生きてるのかな。ネムリユスリカはカラカラに乾燥した状態でも余裕で生存するらしいし、多分……、いけないいけない、種族差を考慮しなくちゃ。後で回復魔法でもかけといたらなんとかなるだろう。生きていれば。

 

 鎖のお兄さんはこっちを捕縛しようとしてきたので、綱引きの要領で引っ張ってからきゅっと絞め落とした。敵に利用されそうな武器をわざわざ選ぶ人の思考ってわかんないね。それから近づいてきた斧の男性に鎖のお兄さんを投擲して、隙ができたところを思いっきりぶん殴った。見るからに頑丈そうだったし、ぼくのSTR(筋力)貧弱だから身体がまっぷたつになるようなことはなかったけど。中身はちょっとどうなってるかわかんないな。

 

 で、仲間がここまでやられてるときに、他の連中だって手をこまねいていたわけじゃない。

 羽根帽子のお姉さんは傷ついた仲間を懸命に治癒しようとしてるし、大盾のお兄さんは常に攻撃の起点へと目を光らせている。そうだね、深淵大帝の甲殻騎獣(デルフィオス・オブ・ノーデンス)のダメージ吸収があるといえど、君がご婦人の前から動けばぼくは何するかわかんないぞ。

 

 ぼくとしては有難いことに、ご婦人のワールドアイテムは複数対象に効果を付与することができないらしい。ならば深淵大帝の甲殻騎獣(デルフィオス・オブ・ノーデンス)の魅了を外してからぼくを、とはいかないのが現状。プレイヤースキルが低いとはいえ、魅了が解除されたのを見逃すぼくではない。そうなったときにはこちらもすぐさま召喚獣を縛っている<偏執王の拷問鎖(パラノギアス・チェイン)>を解く用意がある。それは向こうもわかっているんだろう。現状の膠着状態よりも、騎獣が見境なしに暴れまわる方が厄介と見たか。もしかすると解除そのものができないのかもね。

 

 で、残りの三人は、と言えば。

 

「シッ!!」

「おっと」

 

 眼前に突き出された双剣を紙一重で避けて、同時に切り上げてきた大剣を、背中の空間から生やした腕でいなす。目の前でギャリギャリと散る火花を、まったく恐ろしいと思えないことに、ほんの少しひやりと背を冷やしつつ。

 それにしても、うん、追加で召喚した百腕卿の侍衛(ガーダー・オブ・ハンドロード)がいい仕事をしている。水を圧縮したような透き通る刀をそれぞれ握りしめた四本の腕は、ぼくへと迫る攻撃に自動(オート)で対応してくれる、優秀な召喚獣だ。ほんとに助かる。三人相手に腕二本で戦うのも、腕六本を手動(マニュアル)で動かすのもちょっときつい。おじいちゃんだからね。

 

 いま戦っている彼ら、漆黒聖典の前衛も良い練度をしていると思う。味方同士のレベル差が開いた状態でパーティを組むのは推奨されていない。ユグドラシルでもそうだったし、異世界(こっち)ならなおさら。にもかかわらず、今のところ彼らの連携はうまくいっている。レベルの低い方が高い方を邪魔することなく動き、動線をきちんと開けて──

 

「ハァッ!!」

「む」

 

──このように、決定的な一撃を叩き込む。

 

「……ちっ!」

 

 あるのかないのかわからない手ごたえが不気味だったのだろう、忌々しげに舌打ちしつつ、槍の坊やがぼくの頭から得物を引き抜いた。

 実際、ぼくと彼のレベル差ほど、ぼくにダメージは入っていない。神器級(ゴッズ)で固めた装備のおかげとか、精霊種にはもともと物理攻撃が効き辛いのもあるけど、原因はそれのみではなく。

 

 槍の坊やから攻撃を受けたことで、ぼくの背後に並び立つ4本のトーテムポール、12ある顔のうちのひとつが口をひらき、そこから赤紫色の水を溢れさせた。それを見て、漆黒聖典の連中もはっきり動揺を浮かべる。そろそろ攻撃を起点にして何かしらの効果が発動していることには気づいているだろう。すでに10の口が解放され、時が満ちるのを待っている。だからといって攻撃しないわけにもいかないよねえ?

 

 と、次の攻撃を受ける気満々でいたのだけど、槍の坊やは前衛を引っ込めて、自分も一旦後ろに下がった。損耗率も激しいし、妥当な判断だとは思うけど。

 だからって、突っ込んで来られなくなるとこちらとしても都合が悪い。

 

 それじゃあ、ひとつ情報を開示してあげようか。

 

「あと2分」

「……何?」

「本隊が来るってさ。どうする?」

「……!!」

 

 いい加減表情を取り繕えなくなってきてるな。もしかすると、見た目より若いのかな?

 情報自体は嘘じゃない。憶測でしかない上に、来てもらったらぼくも困るってことはおくびにも出さないがね。

 そして、槍の坊やは次の手を取らざるを得ない、と。

 

「てっ……」

「<一方的な決闘(ロプサイテッド・デュエル)>」

 

 ひゅ、と息を飲む音。あると思っていた逃げ道を塞がれた、絶望の。

 まあ追尾転移なんて覚えちゃいないけど。はったりとしては十分だったようだ。なまじ魔法の知識があると身動きが取れなくなる好例だね。

 

 こちらとしても、今更逃がしてやることなんてできない。彼らは少々、情報を抱えすぎた。ぼく個人のもそうだけど、評議国と繋がりがある風に見られるのが政治的にいやかな。特定勢力への肩入れは気取られないよう行うべきですね。

 

 やがて覚悟を決めたのか、槍の坊やが姿勢を低くとり、その目が怯えた只人(ヒューム)のものから人類の存亡を預かる存在に相応しいものへと変わる。才能と研鑽の証である武技がひとつひとつ積まれてゆく。

 攻性防壁への答えとしては及第点と言っていいだろう。発動する前に圧倒的なダメージを叩き込み、一気呵成に殺してしまえば、防壁は意味を成さない。もちろん例外はあるとしても、だ。

 

 さて、ここで確認しておこう。

 <祖霊の報復(トーテム・リタリエイション)>の効果について。

 

 魔法を唱えた瞬間に現れる4本の柱。これらは計数器(カウンター)だ。

 一定時間、ぼく自身に加えられた物理攻撃と魔法攻撃の威力と回数をはかり、総攻撃回数が12回になったとき、ぼく自身を除いた範囲内すべての者にデバフと呪いのダメージを与える。

 物理攻撃を受けたなら攻撃力と防御力に、魔法攻撃を受けたなら魔法攻撃力と魔法防御力に、それぞれ報復としてデバフを与えるわけだ。

 

 柱が立っている間、ぼくへのダメージは報復計算のため保留となり、たとえHPが0になるようなダメージを受けても死ぬことはない。そのかわり、時間内に攻撃回数を満たせなかったり、途中で解除したりすると、大量のMPをコストとして持っていかれる上にすべてのデバフと呪いがぼく自身に返ってくる。ダメージの7割くらいがデバフに変換されるからその場で即死っていうことはないけど。デバフで弱ってるからそのあと敵に殴られてすぐ死ぬ。

 

 で、この魔法を高威力で作動させるにはどうしたらいいか? 答えは簡単。できる限り高威力の攻撃「だけ」を食らえばいい。

 

 今蓄積されているのは<脱水(デハイドレーション)>の2発分、避けそこなった双剣と大剣の攻撃が1発ずつ、あと6発は槍の坊やから。なので残り2発分、攻撃を受ければ。

 

 さあ、むこうの武技も積み終わったようだ。

 罠とは知らず、あるいは罠とわかっていても、彼は向かって来ずにはいられない。そうでなくては、こちらも困る。はは、両手を広げて待つ乙女の気分だな。

 ぼくをはっきりと見定めた視線がかちりと噛み合って、疾走するための一息が整い。

 

 その一歩を、踏み出したとき。

 

 

 

「<氷結爆散(アイシー・バースト)>!!」

 

 

 

 ……は?

 

 

 突如として目の前が白く染まる。

 驚愕と冷気に。精神的な意味でも、物理的な意味でも。

 

 すわ何事かと後ろに退がってしまった槍の坊やを確認すると同時、森の端から出てきた影が五つ、ぼくを庇うように立っていた。

 

 ザリュース・シャシャ。シャースーリュー・シャシャ。

 ゼンベル・ググー。スーキュ・ジュジュ。キュクー・ズーズー。

 

 どいつもこいつも蜥蜴人(リザードマン)の族長クラスの連中だ。なんでこんなところにいる。

 

「なんで、きみらが」

「バカにでかい耳障りな鐘の音が聞こえたんでなあ! 来てみりゃこれよお!」

 

 耳鳴りの鐘(ノイジー・ベル)か!!

 

 ゼンベルからのありがたい説明に、ごぽ、と、舌打ちになり損ねた空気が頭の中で滲む。そうだねぼくだね、呼び寄せたのは。ユグドラシルの頃はあんなもの鳴らしたところで誰も来やしなかったのに。効果範囲を甘く見たか。

 

「ば……っか! 邪魔だ! きみらの敵う相手じゃない!!」

「ならば盾にでもしていただければいい。ここで恩義を返せぬのなら、なんのための誇りか」

「せいれいさま、ま、まもる」

 

 ほぼほぼ本心から吐き出した言葉がまともに届くことはなく、退くどころか戦る気まんまんで蜥蜴人(リザードマン)たちは敵との間に立ちはだかる。

 

「そこを退け、亜人。死にたいのか?」

「断る。たとえこの身が滅ぶとしても、退くわけにはいかない」

「ならば化け物と諸共に死ね!」

 

 ああ、クソ。なんてことだ。

 これだから、これだから善良で無辜な生き物は嫌いなんだ。

 

 こちらが悪意を込めて丁寧に濾過したものを、いとも簡単に濁していくから!!

 

 ……落ち着け。時間がない。

 情ではなく打算によって、ぼくは彼らを見捨てることができない。族長クラスの彼らが死ねば蜥蜴人(リザードマン)の集落は揺れるだろうし、リクからの心証もよろしくなければ、ナザリックへの説得力も薄くなる。

 

 放っておけば彼らは間違いなく漆黒聖典に殺されるし、もし仮に万が一漆黒聖典がぼくの討伐を優先したとしても、<祖霊の報復(トーテム・リタリエイション)>の呪いダメージだけで死んでしまう可能性がある。都合よく彼らだけダメージを回避するような魔法は持っていないし、たとえ呪いに耐えたとしても、残るのは強烈なデバフを食らった虚弱な身体だ。なんの拍子で死なれるかわかったもんじゃない。

 

 彼らをここから離脱させるのは……、間に合わない。間に合うような召喚獣はレベルの関係でぼくの言うことを聞くかどうかもわからないし。

 彼らはぼくの召喚獣じゃないからバフも盛れない。回復もできない。都合よくぼくだけを守る召喚獣はたくさんいるけど、都合よくか弱い誰かを守るような召喚獣は持ってないんだよ!

 

 ……時間切れだ。モモンガさんなら何か思いついたかもしれないけど。

 

 とにかく今は。

 <祖霊の報復(トーテム・リタリエイション)>を解除、するしかない。

 

 ざっとMPの計算をする。報復解除の分を差っ引いて、蜥蜴人(リザードマン)に最低限の防御をつけ……、る、分しか残ってないな。打算を優先して死ぬつもりはないんですけど?

 

 ……しょうがない、気は進まないが。

 

「<集団標的(マス・ターゲティング)水精の面紗(ヴェール・オブ・アンダイン)>!!」

 

 とりあえず、と魔法を発動し、薄灰色をした極薄のヴェールが蜥蜴たちを包んだ。ほんとは自分にもかけておきたいところだけど、攻性防壁の威力を上げる代わりに、ぼく自身に付与される攻性防壁ではない防御系の魔法は効果がデメリットに変化してしまう。

 

 準備とも言えないような準備を整えたところで、意を決して、<祖霊の報復(トーテム・リタリエイション)>を解除する。ビョオオオオ、と、風が空洞を通り抜けるような悲鳴がトーテムポールから響き、ぐずぐずと形が崩れだした。

 同時に、デバフと解除コストがぼくに圧し掛かり。

 

 がくん、と片膝が抜ける。

 

「…………っ!」

「精霊様!?」

「へいき。前見て、危ないよ」

 

 MP切れだ。頭の奥がぐらぐらと煮え立つような吐き気がする。さすがに死ぬだの形が保てなくなるだのということはなかったが、これは、ちょっとキツい、かな。

 焼石に水だけど、呪いのダメージはスキルで百腕卿の侍衛(ガーダー・オブ・ハンドロード)に押し付けた。四本の腕がさらさら砂と化し、沼地にひたひたと溶けてゆく。

 

 ……そして、<偏執王の拷問鎖(パラノギアス・チェイン)>の維持コストを払えなくなったことで。

 

「ヲォオオオオオオン!!!」

 

 深淵大帝の甲殻騎獣(デルフィオス・オブ・ノーデンス)が、暗黒の鎖から解放される。

 

「……ままならないねえ、人生ってのは」

 

 もう人ではないんだけれど、人ではないなりに、足掻かせてもらおうか。

 

「……なんだ、あれは」

 

 突然乱入してきた蜥蜴人(リザードマン)と、先ほどまで意味ありげに鎮座していたのにさっさと姿を消したトーテムポールを訝し気に睨んでいた漆黒聖典の残りメンバーだが、新たな戦況の変化に驚愕を隠せないでいた。

 

 派手なんだよなあ、超位魔法の準備エフェクトっていうのは。

 

 発動できるのは1日に4回。MP消費0。強力ながら、チームメンバーで再発動までの冷却時間を共有しなければならないことから、使いどころを選ぶちょっとした切り札。

 まさかこんなところで使うとは思ってなかった。万一使うことがあるとしたらナザリックのNPC相手だとばかり。モモンガさんには口が裂けても言えないけど。幸いにしてぼくには裂ける口もない。

 

 眼前の異様を明確な脅威と判断したか、漆黒聖典はすぐさま乱戦の準備を整え、蜥蜴人(リザードマン)たちもそれに応じるべく隊列を組みなおす。きみらはできるだけ後ろにいてほしいんだけどな……。<水精の面紗(ヴェール・オブ・アンダイン)>には水精霊の目を誤魔化す効果があるから、少なくとも甲殻騎獣(デルフィオス)の餌食にはならない……と、思うけど。

 

 果たして願いが通じたと言っていいのか、深淵大帝の甲殻騎獣(デルフィオス・オブ・ノーデンス)は一直線にぼくへと突進し、蜥蜴人(リザードマン)たちを飛び越えながら、ぐわりと大顎を開く。

 事実としてもそうだけど、直観的にわかるよね、発動前に潰せばいいっていうのはさ。

 

 さぁて、ここが正念場だ。超位魔法の発動まで攻撃を避けきればぼくのかち。今のステータスでは食らえばアウトだろうから、死ぬ気で避けなきゃいけないね。というより避けなきゃ死ぬ。

 水精霊のDEX(敏捷)でどこまでやれるか、試してみようじゃないか、と、腹を据えた、ところで。

 

 今まさに飛び掛からんとしていた甲殻騎獣(デルフィオス)が、突如として飛来した1本の剣に、盛大にひっくり返された。

 

「なに!?」

「リ、……」

 

 ク、と言葉にする前に、慌てて発動直前だった超位魔法をキャンセルする。さすがに彼を巻き込むのはシャレにならない。

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオン。自称リク・アガネイア。

 てっきり静観を決め込むつもりだとばかり思っていたから数に入れてなかった。なんで割って入ってきたんだろう。

 ぼくが疑問を口にする前に、より一層この状況を不可解に思っているだろう漆黒聖典を代表して、槍の坊やが吠えた。

 

「邪魔立てするつもりか、ツァインドルクス=ヴァイシオン!!」

「…………」

 

 意に介さぬといった様子で、リクは無言のまま宙に浮いている。ぼくに偽名を名乗った以上はここで返事するわけにはいかないよね。やっぱりぼくから聞いてあげるしかないか。

 

「えーっと、助けてくれてありがとう?」

「正確には君じゃないな。蜥蜴人(リザードマン)はアーグランド評議国に幾度も旅人を寄越している、盟約の民。それを害するというのならば、介入する理由としては十分だろう」

 

 やったー! 大人の建前だー!

 とはいえ本音もそう離れてはいないだろう。アベリオン丘陵で群雄割拠のどさくさに亜人を殺すのと、僻地で隠遁している善良な亜人をわざわざ殺しに来るのとではわけが違う。政治的に対立するほどか、と聞かれたら微妙だけど、帰さなきゃいいんだもんね、要は。

 多分だけど、ぼくが死ぬことでナザリック(残りの連中)が暴走することも可能性に入っている。あとはなんかわけのわからないでかい魔法を阻止したかった、ぐらいかな。

 

「邪悪に傾倒し、なけなしの大義も失ったか! ツァインドルクス=ヴァイシオン!」

「邪悪邪悪ってうるさいよ、もう。先に魅了しようとしてたのはそっちでしょ」

「どの口が抜かすか! 貴様は黙っていろ、語る口も持たぬ化け物が!」

「語る口なきぼくに沈黙を要求するなら、もはや崇める神()ききみらは何を支払ってくれるのさ」

 

 瞬間、彼らから表情という表情が抜け落ちる。

 ついで、ぶわっ! と、膨れ上がる殺意。先刻までの、本気ながらもどこか義務が垣間見えるものではなく、純粋な、混じり気のない、100%の透明な。

 

 空気が変わったのを察したか、蜥蜴人(リザードマン)たちが、ずず、と半歩下がる。きみらイビルツリーの時より怯えてない? でもわかるよ。人の殺意って怖いよね。いや、やらかしたのはぼくだけど。

 

「……今のは君が悪い、スザク」

「ごめん」

「あまり煽らないでくれ。相手をするのは私なのだから」

 

 お、相手してくれる気あるんだ、とは言わない。思っても言わない。MPがろくすっぽないことがリクにバレているとしても、それを自ら宣言してやる道理はないよね。お任せしとこう。

 

「きみらは下がりなさい。今度は本当に邪魔になる」

 

 敵の前に立ちはだかって死ぬのは良くても、味方の剣に巻き込まれて死ぬのは遠慮したいらしい。蜥蜴人(リザードマン)たちはじりじりとこちらに下がってくれた。

 

 さて、まあ、しかし。こぽ、と、短いため息をつく。

 もうすぐナザリックの勢力が到着するだろう。モモンガさんなら万一ほっといてくれたかもしれないけど、NPCはまずこっちに来る。

 やだなあ、どのくらい来るんだろう。一個小隊でも戦力過多なんだよな。<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>のかかった兵がもうそのへんにいたりして。リクが無反応だからないと思いたいけど。

 

 「世界」に対してのアプローチを問うだけあって、リクの強さは本物だ。槍、刀、ハンマー、大剣を巧みに扱い、隙あらばこちらへ抜けてこようとする前衛を容易く妨害する。のみならず、前衛3人のうちレベルの低い2人をあっという間に昏倒させ、大盾を弾き飛ばして無力化し、羽根帽子のお嬢さんも地に引きずり倒した。彼自身の思惑か、それともぼくの意を汲んでくれたのか、死人は出ていないように見える。状態としてはぼくがやっつけた連中の方が酷いかな……。

 

 残るは2人。ワールドアイテムのご婦人と隊長格の坊やだけ。

 槍の坊やは一対一ならばもう少し実力が近づくのだろう、しかし今は、あからさまに狙われるご婦人を守ることで精いっぱいの様子。

 このまま決着がついてくれたのなら、「ぼくとは関係ないところで戦っていた二勢力にちょっと、ほんのちょっと巻き込まれただけ」で押し通せる……、かな? ……駄目だな、頭が回らない。MP切れの弊害こんなに重いの? 嘘でしょ?

 

 まったく想定していなかったところから妙に弱るぼくを見て好機と捉えたか、一瞬の隙をかいくぐって深淵大帝の甲殻騎獣(デルフィオス・オブ・ノーデンス)がぼくらの方へと突進してくる。おっとそう来たか。

 

 うっかりを装って見逃す、ということもなく、凄まじい速度で飛んできた大剣が、騎獣の横っ腹に突き刺さった。

 ご婦人へと注がれたダメージを肩代わりすることで弱っていたのだろう甲殻騎獣(デルフィオス)は、しばしもがき苦しむような挙動を見せた後、深々と突き立てられた大剣を溶かさんとばかりに煙を上げつつ、ぐずぐずと崩れてゆく。

 

 そうして、死……、あっ。

 

「アガネイア! ()()だ!!」

「外側……!?」

 

 反射的に手を横に突っ張ってくれたことで、白金の鎧は巨大な一対の手のひらに押しつぶされることなく、拮抗状態を保っている。濃紺のルーンが刻まれたターコイズブルーの両手はどこか機械的で、白金鎧のリクがみしみしと圧を押し返す様は、たっちさんご推薦のロボット大戦じみていた。……あれだ、そろそろ死に際のカウンターを全部把握しておかないと。

 

「……なるほど、外側、ね」

「ごめん、ほんとにごめん」

「騎獣が死亡したときの罠だろう。どのみち……」

 

 リクの言葉が不意に途切れた。なにかあっただろうか。もはや拮抗状態はリクの勝利に傾きつつあり、ほどなく抜け出せることだろう。そもそも彼は武器を操るのに両手を必要としない。もはやご婦人のダメージを肩代わりできる甲殻騎獣(デルフィオス)も死んでるからあとは──

 

──待てよ、深淵大帝の甲殻騎獣(デルフィオス・オブ・ノーデンス)が死んだということは。

 

「スザク!!」

 

 気づいて、視線を移したときにはすでに遅く。

 その衣装にふたたび龍を宿したご婦人が、こちらに構えているのが見えて。

 

 

 視界が、一色に染まった。

 

 

 

 

 

 

 




次回、ナザリック到着

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。