縁側で茶をすするオーバーロード   作:鮫林

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戦闘シーンを書くのが苦手だということをすっかり忘れていました。
面目ねえ。


前回のあらすじ

ベリュース「」
イグヴァルジ「」


実のところ、カルネ村イベントはもっと後に回す予定だったのですが、フル装備と正装のガゼフさんがかっこよすぎて予定を変更してしまいました。フル装備なんていうか牡鹿っぽいよね。



メメント・モリ 肆

 

 道途は傾き始めた陽に照らされている。もうじき朱に染まるだろう道は、もはや20ほどになった行軍の足音を受け止めていた。敵の足跡を追いながら、ひたすらに駆ける。次の村には、間に合わなければ。逸る思いを必死に落ち着かせて、行路の向こう側を睨みつけた。

 

 「王国国境で目撃された帝国騎士達の発見。及びそれが事実だった場合の討伐」。我々戦士団が、王より賜った任務である。

 実際足を運んでみれば、「発見」どころの騒ぎではなく、執拗にまで焼かれた村々と、数多の死体、そして焼け出された僅かな村人が、奴らの所業を物語っていた。

 

 だが、余りにもタイミングが良すぎる。エ・ランテルまで村人の護衛を頼んだ副長はそう言っていた。我々がエ・ランテルに到着したタイミングと、村が襲撃された時期が重なりすぎている。恐らく、否、確実に、仕掛けられた罠。むざむざ殺されに行くようなものだ、と。

 

 事実、そうなのだろう。帝国側の、もしくは王国貴族によって仕掛けられた罠であったとしてもなんら驚きはなかった。

 むしろ、帝国側の罠にしては浅はかだという感想まである。かつて、戦場で俺を直接勧誘してきたあの若き皇帝ならば、もっと周到で逃れようのない罠を用意してくるであろう、と。それができる男であり、それ故に帝国は栄えているのだろうと感心する反面、どうあっても帝国側に寝返る気にはなれなかった。あれほどではなくとも、王国貴族が、もう少し愚かでなければと、思わないときはなかったが。

 

 俺を殺したいのなら、毒のひとつでも盛れば良いだろうに。無辜の民の命を利用してまで、王を蹴落としたいか。

 握った手綱がぎりりと軋む。易々と殺されてやる気は毛頭ない。ない、が、厳しい状況に立たされていることもまた、拭い去ることのできない事実だった。

 

 それでも、戦力を分断してしまったことに後悔はない。

 最善どころか悪手としか言えない手段ではあったが、あそこで、残された僅かな村人を見捨てるわけにはいかなかった。たとえその考えが貴族の手の内にあることだとしても、成さずにはいられなかったのだ。自らの信念においても、大義ある王のためにも。

 

 王のため。王のため、か。

 

 常々思うことがある。ただ一振りの剣であれたなら。王の意思ある剣として、敵を屠るだけの存在でいられたならばどれだけ良いか、と。

 ただの言い訳であることは承知している。だが、何事にも才能と限界があるのだ。どれほどの年月を費やしても、使用できない位階の魔法があるように。王女のために血反吐を吐くような努力を続ける男が、どうあっても到達できない領域があるように。自分は、舌戦や謀略を武器とするようにできていない。にわか仕込みでそれらを習得したとしても、結果は見えている。

 

 ならば、より単純な形で、己を活かすことはできないだろうか。

 

 こう考えるようになったのは今に始まったことではないが、最近、特に強く思うのだ。

 不敬なことではある。許されないことであるとも。しかし、考えなければならないことだ。

 

 もし、もしも、自分よりも先に王が亡くなったとき、自分はその後どうするのか?

 

 あらゆる脅威から王をお守りする覚悟と自信がある。たとえ千の矢が降り注ごうとも、万の敵が襲いくるとしても、すべてこの身とこの剣で打ち倒す決意がある。

 だが、老いをこの身に引き受けることまではできない。

 近頃王は、よりお年を召された。そう感じる。見るたびに、よりか細くなられている、と。実年齢のこともあろうが、心労が重く圧し掛かっておられるのだろう。いつまでも派閥争いをやめない貴族達、後継とするには頼りないご子息。

 

 あるいは、と、思うのだ。

 老いそのものを切り払えなくとも、御身に降りかかるものを少しでも断ち切ることはできはしないか、と。

 

 それができたなら、自分は――。

 

 

「……隊長、ガゼフ隊長!」

 

 呼び声に、はっ、と、意識が引き戻される。副長代理に任命した部下の声だった。どうした、と、聞くまでもなく、異常は眼中に飛び込んでくる。

 

「……なんだ、これは」

 

 それは、一面の霧であった。軽く見渡すだけでも、広大であることが知れる。

 恐らくはカルネ村全域、森の端まで食い込んでいるだろうか。この時期に、こんな場所で、このような範囲の、霧?

 報告は受けていない。とすれば、遠くともここ数日に発生したものだろうか。あるいはこれも、何がしかの罠か。一瞬の逡巡の後、足跡を確認し、迷いを振り払う。

 

 迂回をした形跡は無い。次の村までまっすぐ続いているようだった。そしてこの霧の中、森まで逃げることはしないだろう。そう思い、腰袋に手を伸ばした。

 傭兵時代、カッツェ平野でよく使用した、見通しの薬だ。近頃は王都での警護が主な任務であったため、使用することはなかったのだが、いくつか捨てずに取っておいてよかった。何が役に立つかわからないものだ。

 

「副長」

「はっ!」

 

 代理、とはつけない。時短のためであったが、彼の力強く、落ち着きのある返事と、瞳の輝きを見て、そうであっても構わない、と判断したが故に。それでいらぬ諍いを起こすような部下達ではないという信用もあった。

 余った薬を手渡して、命令を言い渡す。

 

「6人選抜しろ。村の様子を見に行く」

「はっ!」

「他の者はここで待機! すぐに戻る。日が暮れるまでに我々が戻らなければ、エ・ランテルに引き返せ!」

 

 了解の返事と共に、周囲を警戒せよ、といちいち付け加えるまでもなく、防御のための陣を組み始める。本当に、良く育ってくれた。たとえ率いるのが俺でなかったとしても、今後十分にやっていけるだろう。俺に、何かあったとしても、十分に。

 元々そこまで憂いてはいなかったが、酷く安堵した心地で、自分に薬を使う。視界が完璧に晴れる、とまでは行かないが、戦闘に差し支えるほどではなくなった。

 

 選抜した者達にも、ちょうど薬を配布し終わった、そのとき。

 

――オァアアアアアアッ!!!!

 

 聞こえてきたのは、異音。まさしく異音だった。獣の断末魔のような、それでいて、ヒトのなり損ないが叫び散らすような咆哮。

 それは自分のみならず、部下の耳にも入ったようで、今のは一体なんだ、と、さざめきが走る。

 

「副長、先に行く! 準備が出来次第、後に続け!」

「た、隊長!?」

 

 引き止める声も無視して、霧の中へと突っ込む。嫌な予感がする。あれは、放っておいてはならないものだ。どこか確信めいた直感であった。

 

 村が見え、目的のものを探した時間はごく僅か。一目でわかった。先ほどの絶叫は、まさしくそれが放ったのだろう、というあからさまな異形。

 大きな身体。棘だらけの鎧。波打つ剣には赤黒いオーラが纏わりついており、巨躯を覆い隠すほどのタワーシールドには微かに血がついている。兜の中にある顔は見るからに生者のそれではなく、真っ赤な眼光が獲物を前に爛々と輝いていた。

 化け物の眼前には男がひとり倒れている。周囲に仲間らしき者もいるが、腰が引けて動けそうにない。

 

 間に合えよ、と胸の内で祈りながら、弓を取り出し、矢を番え、引き絞り――、放つ!

 

 矢は、ぱきん、と軽やかな音を立てて、その大剣に叩き落された。

 双眼がぎろりとこちらを睨む。注意は、引き付けた。

 剣を抜き、息を吸って――。

 

「おぉおおおおおっ!!!」

 

 叫び、異形の方向へと馬を走らせる。

 そのまま突進する、と見せかけて、後ろに跳んだ。身体のあった場所に、剣閃の弧。ぱっ、と血の花が咲く。

 首を落とされながら走る馬の身体、異形との隙間に狙いを定め、武技――!

 

 <流水加速>

 

 背後に回りこみ、縮めたままの体勢で、膝裏に蹴り。

 傾ぐ巨体を視界の端に、<即応反射>で姿勢を無理矢理立て直す。

 終わらせるつもりで行かなければ、これは。

 

 <急所感知>、<戦気梱封>――

 

 

「六光連斬!!!」

 

 

 確かに直撃した全力の剣撃。ざああっ、と異形の体躯が地面を滑る。

 だが、盾を構えたその姿勢はさして崩れておらず、異形本体はおろか、盾にわずかな傷も見られない。

 さて、どの程度の実力であったものかと切り込んではみたが、これは。

 

「長引きそうだ」

 

 剣を構え直した。敵もまた、ゆっくりと姿勢を正す。

 同時に、蹄の音が複数。準備を終えた部下であることを確認し、化け物から注意を逸らさぬまま、ざっと周囲に意識を払う。

 

 間近に倒れている男と、今も立っている男たちは、どうやら冒険者のようだった。プレートはミスリル。人数からして、この霧の調査に来たのだろう。

 あちこちに倒れた帝国の騎兵。散らばった農具。この場で何が起こったのかは今ひとつ判然としないが、こいつ以外の敵の気配はなく、家屋の損傷のわりに村人が死傷している様子も見られない。

 

「私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ! 領内に侵入した帝国騎兵を討伐するために来た! 状況の説明を求む!」

 

 ひと呼吸の間ほど呆けていた冒険者たちは、ほどなく、はっ、と我を取り戻し、口を開いた。

 

「お、俺たちはミスリル級冒険者チーム、クラルグラ! 任務は、この辺りに突如発生した霧の調査だ! 先ほど200体ほどのスケルトンと交戦、討伐! そのへんの帝国兵は、来たときにはもうその状態だった!」

「ここの村人は! 見かけたか!?」

「いや、見てない! 生きてる奴も、死んでる奴も見ていない。どこかに隠れてるんだと思う!」

 

 どこかに、という言葉と共に、男の視線が一瞬、高台にある一軒の家屋へと向かう。なるほど、他の家屋よりも損傷が遥かに少ない。なぜ今の今まで篭城が成功しているのか、という疑問はあったが、考えるのは後回しだ。

 

「感謝する! 君らはそこの彼を連れて村の外まで下がれ! 巻き込んでも知らんぞ!」

「あ、ああ! すまない、ありがとう! そいつ、突然現れたんだ! 気をつけてくれ!」

 

 言うが早いか、ふたり掛かりで倒れた男を担ぎ上げ、場を離れて行く。

 突然、現れた。まだ、他にいる、ということなのだろうか。だが。

 

「副長、聞いていたな!」

「はっ!」

「俺がこいつの相手をする! 帝国兵を回収し、この場を離脱しろ! 村人の捜索は最低限で構わない!」

 

 彼らが言う、スケルトン200体が本当だとして、その間悲鳴のひとつも聞こえないのならば、今もなお篭城を成功させているか、既に全滅しているか、あるいは果敢にも逃げ出しているか。なんにせよ、無闇に時間をかけて探す必要はない。

 

「了解! すぐに……」

「戻らんでいい! 邪魔だ!」

「……はっ!」

 

 何か言いたげな表情で、しかし速やかに副長代理は任務へと戻っていく。副長に比べれば随分と素直でやりやすいと思う一方で、ずけずけと反対意見を突きつけてくる方が優秀ではあるのだろうな、とも思った。贅沢なことだ。俺にはもったいないくらいの部下に育ってくれているというのに。

 

 ずん、と重々しい一歩。今の今まで沈黙を保ち、微動だにしなかった異形の騎士が、動き出した瞬間であった。

 

「はっ。待っててくれたのか?」

 

 返事は無い。果たしていつから屍であったのか、腐りかけの顔からは表情というものが読み取れなかった。少なくとも逃がしてくれる気はないようだし、アンデッドである以上、こいつがこの後どう動くかわからない。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。血が冷たく沸き立つ感覚。世界に敵と自分しかいないという、ある種多幸的な興奮。早まっていく鼓動が心地よく感じられた。

 

 やはり考えるのは性に合わない。

 倒すべき敵を倒す。実にシンプルだ。

 

 俺は、それだけの剣であればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 盾が強固と見たか、剣を弾き飛ばすべく一閃。打ち合い、迫る盾を横跳びに避け、顔面へとひと突き。時に剣を手放し、体術を織り交ぜて、まるで剣舞のような激突が続いている。

 なるほど、確かに今までの連中とは一線を画している。さすがはリ・エスティーゼ王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフといったところか。近隣諸国でも名高い実力者だと、朱雀さんのレポートにも書いてあった。

 ……が。

 

「……こんなものか」

 

 少々の落胆を交えて、ぽつり、と溢す。周囲には聞こえなかったらしく、発言を拾う者は誰もいない。

 あらかじめレベルは聞いていたので予想はついていたけれど、加減させたデス・ナイト相手に互角、というは、ちょっと期待はずれだ。この世界特有の、武技、とやらも、スキルの範囲を脱していないように思う。

 

 もしくは、自分の目が肥えているだけかもしれない。俺の中で剣を扱う実力者、といえば、それこそ世界王者(ワールド・チャンピオン)のたっち・みーさんや、彼を目指して剛剣を振るっていた武人建御雷さんであり、その他、ユグドラシル内に範囲を広げたとしても、レベルはカンストしてるのが当たり前。70以上のレベル差があれば、大した実力に見えなくても仕方ない、か。

 

 これでは会場も盛り下がってしまうのでは、と不安になったのも束の間。意外と、というか、ちょっとこっちが引くくらいには盛り上がっている。悪いことではないんだけど、むしろ楽しんでくれるのはありがたいんだけど、「危ないクスリとかやってませんよね?」と問いたくなるくらいのテンションだ。

 

『意外と楽しんでますね。レベルも大したことないのに』

『敬愛する君主のカブトムシ対野生のクワガタムシ、ってところなんじゃない? 良い傾向かどうかはともかく』

『あー……』

 

 なんとなく、わかったかも。ブルー・プラネットさんが持ってきてくれた資料映像にそんな試合があった。小さな丸太の上に乗せられた、今は絶滅したカブトムシとクワガタムシが向かい合って、場外へ放り出されたほうが負け、っていう。確かに、意外と白熱しながら見てたような記憶がある。

 まあ、今のこの盛り上がりは、それだけが理由じゃないんだろうけど。

 

「ふむ……、そうだな。コキュートス」

「ハッ!!」

「お前から見て、あの男、どう見える?」

 

 この場でカルマ値が最も高く、武器の扱いに秀でたコキュートスならば、何か思うところがあるんじゃないかと考え、聞いてみた。

 問われたコキュートスは僅かに頭を上げる。表情からは、どのような思いを抱いているのか想像もつかない。

 

「確カニ、至高ノ御方ハ元ヨリ、我々ト比ベテモ脆弱デショウ。……デスガ、アノガゼフトイウ男、戦士トシテノ輝キガ見エマス」

 

 賞賛、というところ、なんだろうか。ガチン、と顎を鳴らしたコキュートスの声は、どこか弾んでいるように聞こえた。

 

「戦士としての、輝き?」

「ハイ。モモンガ様ガ召喚ナサレタデス・ナイトヲ強敵ト見ルヤ、真ッ先ニ自ラヲ囮トシテ晒スソノ心意気。アルイハ、指揮官トシテハ誤ッタ行動カモ知レマセンガ、迷イナク付キ従ウ部下ノ動キカラ見テ、少ナカラズ信頼ヲ集メテイル者デアルコトモ見受ケラレマス」

「……なるほど、な」

 

 言われてみれば、部下の動きが段違いだ。細かい指示が無くても法国の……、彼らから見れば帝国兵をきちんと回収しているし、霧の外で待ってる戦士たちもサボる気配は欠片も見られない。最初の兵とは、比べるのが申し訳ないくらいだ。

 やっぱり上に立つ人間が見本を示さないと、下がついてこないってことだよなあ。ほんと勉強になる。

 

「良い意見が聞けた。礼を言うぞコキュートス」

「オオ……! 有難キオ言葉……!」

「他に、何か気がついたことがある者はいないか? どんなささやかなことでもいい、言ってみるが良い」

 

 NPCが学習の場、と銘打ってはいるが、俺自身、なにかしらのヒントを得られる機会でもある。参考にできる意見があるならどんどん吸収したい。

 最初の者が口火を切った瞬間から、流れるように意見が吐き出されていった。

 

 現地人の単純な弱さについて。

 魔法のアイテムや補助魔法の使い方。

 移動手段。

 戦闘要員の男女比と装備の露出について。

 戦術と人数から見る王国の政治情勢。

 冒険者と国有兵士の関係。

 冒険者のプレートから推測できる希少鉱石の価値。

 金属の加工技術。

 家畜の状態から見る食料事情。

 森林の開拓と森のモンスターの関係。

 現状を鑑みての監視魔法の普及率。

 街道の整備状況と建築技術の質。

 

 うんうんと頷ける意見もあれば、お、おう……、としか言いようのない感想、あ、はい……、と置いてきぼりにされるような高尚な議論まで。

 半分魂が抜け、ついていくのがやっとだったが、聞いた限り、思ったよりも「人間はやはり愚かだ」という話になっていないような気がする。考えを改めてくれた、というよりは、無駄な話を省くため、という側面が強いような気がするけど。

 なにか感想はないものかと朱雀さんをちらりと見たが、いま彼は()()()()()()()()にかかりきりになっている。これは話しかけられないな、と思い、ふと視線をそらせば、目に入ってきたのはひとりの司会。

 

「……パンドラズ・アクター、お前はなにかないか?」

「私でございますか?」

 

 マイクを持ったままくるりと振り向き、尋ねる仕草までいちいちオーバーだ。身体にひねりを加えながらこっちを見るのをやめろ。ポーズをつけるな。

 願いが通じたか、パンドラズ・アクターの視線は画面に戻り、間近で鑑定してみないことにはわかりませんが、と前置いて言うことには。

 

「戦士長なる男が装備している指輪。あれが気になるところですね」

「む?」

 

 言われてみれば確かに、左手の薬指、翠色の石を嵌めた指輪がある。結婚指輪か? と口から出そうになった言葉をギリギリで飲み込んだ。まさか妻帯者がどうの、という話にはならないだろうし、何より後ろからどんな視線が刺さるかわかったもんじゃない。

 

「一見して特殊な力が込められているようですが、宝物殿にあるどの指輪とも形状が一致しておりません。ナザリックに、外界すべての指輪が集まっている、とは申しませんが……」

「この世界独自の方法で作られたものだという可能性がある、と?」

「あくまで可能性に過ぎませんが、確かめてみる価値はある品だと思われます」

 

 その際は! 是非! 私に! 鑑定を! お任せくださいましたら!

 

 黒い穴しか開いてないはずの顔をやたらときらきらさせて、パンドラズ・アクターは乞う。そういえば、「マジックアイテムに関することだけでご飯が食べられる」っていう感じの設定をつけたような気はする。

 

 考えておこう、と、先延ばしの常套句を突きつけながら、「この世界独自の方法」について思考を巡らせた。

 位階魔法があるからと言って、他の魔法がない、と断定するのは、確かに早計だった。今のところ、探索した範囲でそんな魔法は確認されていないと聞いているけれど、もしかしたら、こちらの防御手段を突破してくるような魔法が存在するかもしれない。

 要注意だな、と頭のメモに付箋を貼ったところで、モモンガさん、と隣から掛けられる声。

 

「お待たせ。2割切った」

「ああ、すまないな朱雀さん。ありがとう」

 

 作戦も佳境に入った、ということだ。重要なのはここからのタイミング。遅すぎても早すぎてもよろしくない。

 

「それでは、アウラ。予定通り進めてくれ」

「……ほんとにいいんですか?」

 

 いつもきりっと上がった眉を八の字に下げて、見るからに不安げな様子。俺が召喚したデス・ナイトにデバフをかけることを嫌がっているんだろう。

 できる限り安心できるようにと思いを込めて、言葉を紡ぐ。

 

「ああ、やってくれ。そうでなくては、この作戦は成り立たないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 主力はシールドアタック。剣の腕も相当だが、盾の扱いはそれ以上だ。守りに異様に長けており、攻撃にすら転用している。

 乱れがちな呼吸を整え、剣を持つ右手側に回りこんだ。巨体とは思えぬ素早さで対応してくるが、必死に喰らいつく。自身への攻撃を気にしている場合ではない。盾によるノックバックの方が厄介だ。次に離されたら、距離を詰められるかどうか。

 

「オォアァアアアアッ!!!」

 

 やがて焦れたか、大降りになる剣。首があった場所、頭上すれすれを薙ぐ風。

 懐ががら空きになる。今しかない。

 

 密着する距離まで踏み込み、渾身の力を込めて。

 

「戦気、梱封……!」

 

 狙うは、ひとつ。盾を持つ、手首の関節! 

 

 振り向きざまの一撃、確かな手ごたえ。ごこん、と鈍い音。

 手首ごと外れた重い盾はしかし10歩ほどの距離を跳ねとび、がらん、と一周、縁を地面に転がして動かなくなった。

 

「はっ、はあっ、はあ……っ!」

 

 後ろ跳びに距離を取る。うまくいった、否、()()()()()()()()()()()()()が、それだけで勝てるほど生易しい相手ではない。

 異形は、じっと盾を見ていた。在り得ない、とでも言いたいのか。動かないまま、しばらくそうしていたかと思えば。

 

「オアアアアアアッ!!」

 

 今日幾度目かの咆哮。もはや盾に見向きもせず、剣と共に突っ込んでくる。巨体から繰り出される一撃は見た目通り強烈なもので、風を巻き上げ、地面を抉り、こちらの皮膚を削いで行く。まともに当たれば、無事では済むまい。

 

 だが、と、剣を交えながら不審に思う。

 どういうことだ。全力を込めた一撃とは言え、ああも簡単に関節を破壊できるとは。

 

 加えてもうひとつ。ここへ来て、明らかに敵の動きが鈍くなっている。アンデッドは疲労など感じない。その穢れた2度目の命尽きるまで、能力を減衰させずに戦い続けるのがアンデッドだ。だというのに、これは一体。

 

 疑問に思いつつ、恐らくは全力なのだろう一撃を、剣で弾き飛ばす。

 ……まただ。やはりおかしい。

 

 こちらのインパクトの瞬間、明らかに威力が上がっている。

 本当に一瞬だけ。力や速さは変わらない、ほんの一瞬だけだ。が、長年振るい続けてきた剣、かち合う衝撃を読み間違えることは在り得ない。

 

 他に、誰かいるのか――?

 

 周囲に感覚を凝らしても、恐ろしいほどになんの気配もしない。さきほどの、冒険者の言葉を思い出す。こいつは突然現れた、と。

 どこから? なんのために? 

 これもまた罠の一環なのか。そのわりには追撃が来ない。なにかの、なにか。

――大きな力が、働いているような。

 

「オァアアアッ!!」

 

 余所見をするな、と言わんばかりの叫び声。

 どこか申し訳なくなる反面、そう思う自分に対して自嘲が漏れた。ほとんど反射だけで相手をしていた剣に、心底からの力を込める。

 

 猛攻であることには違いない。しかし、今となっては、大振りの攻撃は悪手と言えよう。

 隙を見て、膝から下を切り飛ばした。剣だけで立とうとしているところを、腕ごと薙ぎ払う。ずん、と、巨体がうつ伏せに倒れた。

 

 残された、手首のない左腕だけが地面を抉り、オォオオ、と、正しく亡者のような呻き声があたりに響く。悔しいのだろうか。

 アンデッドというものには、生前というものがある。微かな未練は死後の魂をゴーストにし、強い執念はレイスにするように、生前の恨み辛みで強力なアンデッドになるのだとも。これだけの力。どれだけの怨念が遺体に込められているというのだろう。

 

 しかし、とも思う。

 これだけの実力が、死後の怨念だけで形成されたものだというのは、あまりにも救われない。生きて、剣を振るい、盾を構えていた頃から、相応の実力者であったのだと、そう願いたかった。

 

「貴公とは、生前に戦ってみたかった、な」

 

 望みえぬ願いを溢し、敵だった者の首を刎ね、頭を潰す。どれだけ小さな部位であっても、力尽きるまで動くのがアンデッドだ。とどめは完璧にささなければならない。

 

 完全に動かなくなった身体を、そこらにあった石で叩き潰した。

 

「終わった、か……?」

 

 さらさらと崩れる敵の遺骸を確認し、ふぅう……、と、深く息を吐く。

 相変わらず、周囲には何の気配も感じない。だが、ここにはまだ、何かがいるはずだ。我々の戦いに介入し、こちらを観察しているであろう何かが。

 

 警戒を新たにしたそのとき、ざわり、と空気が揺らいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同時刻、トブの森。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、なんという幸運だろうか。

 神は私の働きを見てくださっているのだろう。

 

 最上位天使の働きによって、霧を吐き散らしていた醜悪なモンスターも撃破することができた。

 倒れ付している部下の中にも、死人はいない。時間を空ければ立て直すことができる。

 

「では……」

 

 そして、今から本国へ、手土産を持っていけるのだ。

 

「覚悟はいいか?」

 

 一応尋ねてみた。

 よかろうと悪かろうと手を緩めるつもりなどさらさらありはしないが。

 

「クレマンティーヌ……!」

 

 肩の高さで切られた金髪は乱れ、玉のような汗をかき、呼吸は荒い。

 数多の未来ある人間を刺し貫いてきた腕、そして疾風走破の異名のままに、すべてを置き去りにして駆け抜けるしなやかな脚には、それぞれ深々と鉱石のような棘が突き刺さっていた。子供の腕ほどもあるだろうそれは、ぼんやりと黒色の光を放ち、今も尚、じくじくと傷口を蝕み続けている。

 

「……クソ、が……ッ!!」

 

 鈴を転がすような美しい声が、地を這うような響きで汚い言葉を吐く。哀れなことだ。末期のひとことがそのような罵声とは。

 

 愚かな女。法国を裏切った快楽殺人者。今すぐ、この手で屠ってやらねば。

 止めを刺すべく、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)に攻撃を命じた。

 

 

 

 

 

――時刻は、クラルグラがスケルトンの軍勢と戦っているところまで遡る。

 

 

 





馬はさすがにスクワイアゾンビにならない……ならないよね?

ようやくここまで、という感じ。
お待たせしましたニグンさん。出番ですよ。次で死ぬけど。

ここを空けたくないのでできるだけ早く投稿したいのですが、どうなることやら。

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