ねんがんの じょうほうを てにいれたぞ!
おで ねんまつ いそがしい わすれてた
そういうわけで遅れまして大変申し訳ありません。
あと、今回予定を変更しまして守護者女子の回想になってます。予定とはなんだったのか。
一応途中まで予定通り書いてたんですけど、これ以上じいさんと骸骨が喋り倒してるだけの話はもういいかなって……(今後書かないとは言ってない)
――モモンガがシャースーリューとクルシュを質問責めにし、死獣天朱雀が酒を飲みながら徘徊している頃。
まったく、器用なものだ。
殺さぬよう、できる限り傷付けぬよう。それが至高の御方からのご命令とはいえ、自分が同じように相手をして、うっかり殺してしまわぬかと言われれば正直自信がない。これが金髪のょぅι゛ょであればいくらでも弄んで、否、揉んでやるというのに。どこをとは言わないけど。
至高の御方を讃えるという粗末な宴が始まってすぐだったろうか。名前は忘れてしまったが、片腕がやたらと大きな
至高の御方の御威光に触れておきながらなんて図々しい、と思わないこともなかったが、我らが御方々の慈悲深さはとどまるところを知らず、「付き合ってやれ」と命じられたセバスが相手をすることになった。
わたしはその見物。本当は御身のお傍についていたかったのだけど、何かしら学ぶこともあるだろう、と仰られてしまっては、それはもう食い入るように見つめるほかない。それがどれだけ退屈なものだったとしても、だ。甲冑の下に存在していたであろうアルベドのどや顔は心の奥底に封印しておくことにした。今のうちにいい気になっているといいわ、あの大口ゴリラ。
異論はない。あるはずもない。至高の御方のご命令はすべてに優先する。それがどんな些末なものであっても喜びに咽び泣きながら享受すべきものであることは確かなのだ、が。
なにせ暇で仕方がない。くあ、とひとつあくびが出た。
攻撃というものは速ければ速いほど厄介だと思っていたが、遅すぎることにも難があるのだと知る。端から見ていてこれなのだから、対峙しているセバスにしたらもっと退屈なことだろう。
そういう踊りなのかや? と茶々を入れたくなるくらいにはすっとろいリザードマンの動きを軽々と避け、怪我をさせないよう立ち回るナザリックの執事は、跳ねる泥を避けるほうによほど苦心していた。
本当に真面目で辛抱強い男だ。ナザリックの門番として、それに相応しい力と忍耐を持ち合わせている自負はあるが、あれはちょっと真似できない。
元々わたしというものが、さして我慢強くないこともある。まあそれはいいのだ。がまんよわいことは美少女の特権だとペロロンチーノ様も仰っていた。
しかし、なかなか終わらない。手甲を着けたままの指先を眺めた。未だ鎧を脱いでよいとお許しがでないので、爪の手入れもできないし。
いっそうっかりを装ってあの
それに、どれほど些細に見えることであっても、そこには至高の御方のご意志が隠れているのだ。見逃すわけにもいくまい。
でも、と、ため息をひとつ。即席で作られた闘技場から目をそらし、至高の御方々を見た。
白皙の美貌を持つ愛しき君は何やら蜥蜴達からあれこれお聞きになっていて、深い蒼色に星の光を煌めかせている大老に至っては、盃片手にあちこち動き回ってなにやらお喋りに興じておられる。
今すぐお傍について相槌のひとつ、酌のひとつでもして差し上げたいのはやまやまなのだが、殿方には殿方としてやることがあることもまた理解しているつもりだった。それをうろちょろと纏わりついて邪魔するのは淑女のやることではない。
良い女の条件は、殿方のやることにケチをつけないことである。
それに、と、思い出す。再びつまらない試合へと視線を戻した。にまにまと勝手に頬が緩む。
そもそもいま、わたしはとても気分が良い。
数刻前、アルベドから聞いた話を脳内で反芻する。何回でも、何百回でも、何千回でも。至高の御方の素晴らしさというものは聞いて聞き飽きるものではないものだ。
「どうして止めたの!」
宴の設営中、湖の畔。誰にも聞かれぬよう気を払いつつ、しかし小さな体をいっぱいにつかい、全身で怒りを表現しながら、ちびすけがアルベドに食って掛かる。死獣天朱雀様のお名前を呼ぼうとしたとき、アルベドが止めたことに腹を立てているのだ。
当然の怒りだ。そう思った。あんなゴミにも等しい生物を相手に、死獣天朱雀様がお膝をつかれるなど。一族郎党、首を吊るしたって許される罪ではない。
「落ち着きなさい」
「落ち着いてるよ! だから説明して!」
今にも飛びつきそうなアウラとは真逆に、アルベドの様子は至って涼しげなものだった。この女に限って、至高の御方を軽んじているなどということはないはずだから、何か思惑があるのではないかとは思ったが、死獣天朱雀様直々の制止を受けていなければ、わたしも同じように突っかかっていたことだろう。
アルベドは、ふー、ふー、と獣のように息をついて興奮を抑えるアウラの小さな肩にそっと手を乗せ、鎧の下からまっすぐに色違いの瞳を見つめた。
「気持ちはわかるけど、抑えなさい。すべては至高の御方が思い描かれている計画の内なのだから」
至高の御方の計画。そのことばに、アウラがようやく呼吸を整える。わたしも、聞き逃すまいとぐいぐい距離を詰めた。
聞く準備が出来たわたしたちを見て、満足そうにひとつ頷くと、アルベドは密やかに説明を始める。黒い手甲をつけた掌が、周囲を見渡せとばかりに、ゆっくりと中空を滑った。
「まずこの場所は、至高の御方によって既に整えられたフィールドだということに気が付いているかしら」
「えっ?」
重なる疑問符。そのうちひとつはわたしの喉から出たものだった。そこからか、と言うようにため息をついて、アルベドはまずアウラに問う。それまでよりも、殊更に抑えた声量であった。
「アウラ。イビルツリーが元々この場所にいたものではないことくらいは、流石にわかっているでしょう?」
「うん、でも……、モモンガ様と、死獣天朱雀様が、ここまで誘導なさったっていうこと?」
ちら、と、アウラは森の方へと目を向ける。その視線を追えば、確かに木々がなぎ倒されたような痕跡があった。そうだったのか、と、今の今まで気がつかなかったことをとりあえず棚に上げて、そ知らぬ顔でぽつりと呟く。
「いったい、なんのためでありんしょう?」
わたしの言葉に、アウラもまた頷く。
イビルツリーをここまで連れてきた。そこまでは、わかる。至高の御方であれば赤子の手を捻るようなものだろう。
しかし、わからないのがその理由だ。こんなところまでイビルツリーを誘導してきたとして、なんのためにその尊い御手を煩わせることになったのか。
なぜ。なんのために。それを隠さないわたしたちに、アルベドは思考を続けるよう呼び掛ける。
「もういちど、よく考えてちょうだい。この場所に、一体何があるのか」
「なにが、と、言われんしても……」
「森と、
ひとつひとつ丁寧に挙げていたアウラの指が、ふと止まった。
「湖……?」
「そうね」
それもまた正解のひとつよ、とアルベドは言う。確かに、ここまで大きな湖なら、死獣天朱雀様のお力が存分に発揮できることだろう。
けれど。
「別に、奴をここまで連れてくる必要はなかったんじゃ……」
「そう。湖だけを手に入れるなら、ね」
アウラの問いに答えたアルベドは、次いで設問を投げ掛けた。
「そもそもの話。御方々が、この世界において脅威とお考えになるものは、一体なんだと思う?」
脅威。その単語に、思わず、きゅ、と唇を噛み締めた。
絶対にして至高なる御方々であるが、無敵であるか、と言われれば、残念ながらそうではない。個人的には絶対無敵だと言いたいところなのだが、事実として存在する過去があるのだ。
今はどの勢力がどのあたりにいるだの、どこどこの誰々に殺されたから報復するだの、さぞ激しかったのだろう戦の様子を、まるで昨日の夕飯を語るように和気藹々と話し合われている御方々のお姿を覚えている。
「……ほかの、プレイヤーでありんすか?」
かつて口惜しくも侵入を許してしまった、忌々しき愚か者共の名を口にすれば、アルベドはそれを肯定した。
「私達と同じように転移している、若しくは過去に転移してきた、あるいはこれから転移してくるプレイヤーに対して」
守護者統括は厳かに語る。どこか恍惚とした様子で、ゆっくりと手を広げた。
「この場所こそが、重要な布石となる」
ざわざわと心が騒ぐ。アンデッド故に止まっているはずの心臓が早鐘を打つ心地すらした。至高の御方が敷かれたという布石が、これからどのように展開していくのか、ひとつも逃すまいと、わたしたちは聞き入っていた。
「湖は言うまでもないわね。加えて、あそこにいる連中」
「
ちびすけとふたり、首を傾げる。至高の御方がお選びになったものにケチをつける真似はしたくないが、戦力としても、はたまた交易の相手としても多少どころではなく心もとないように思える。
「大事なのは、種族じゃない。ここの原住民であるということよ」
「原住民? 元々ここに住んでるっていうこと?」
「そう。この場所で平穏に暮らしていた彼らは、“不幸にも”“偶発的な災害によって”絶滅の危機に瀕することになってしまったわ」
アルベドは片手を頬に当て、いかにも気の毒そうに、“不幸な事故”であることを強調した。レンジャーとしての資質を与えられたアウラですら、「移動してきた」ということ以外の痕跡を見つけられなかったのだから、確かにこれは“不幸な事故”なのだろう。
「それを慈悲深くも、我らが御方がお救いになった。仮に、他のプレイヤーがいたとして、彼らと友好的な存在ならばひとまず懐柔する足がかりになり、敵対的行為をとったならば、大義名分を得たうえで背後から攻撃することができる」
誇らしいことではあるけれど、我らがナザリックには敵が多いのよね。悩ましげにため息をついてアルベドは言う。本気でアインズ・ウール・ゴウンを滅してやろうと考える者は少なくとも1500人以上。その名が知れ渡っているのは結構なことだが、イコール敵だと即断するであろう輩のなんと多いことか。
故に、奴らを使う。言うなれば緩衝材だ。たとえ殴りかかられたところで、へしゃげるのはナザリックではない。
ああ、至高の御方々とはなんと慈悲深く狡猾であられることか。既に感動し始めているわたしたちへと、続けざまに計画が明かされてゆく。
「そうして、“不幸な事故”から哀れな
「通過してしまうのでありんすか?」
「シャルティア、あそこに山が見えるわね?」
確かに見える。そう頷けば、立派な雪山よね、と世間話が返ってきた。くすくすと笑うアルベドに、首を傾げているのは、わたしひとりだった。横を見れば、ちびすけは目を見開き、口元を押さえてふるふると震えている。
「ちょ、ちょっと! なに? なんなの?」
「アンデッドのシャルティアには、すぐには理解しづらいかも知れないわね」
「馬鹿にしてるわけ!?」
「ああ、ごめんなさい。そうじゃないのよ」
アルベドはひらひらと否定の形で手を振って、この世界に人間が生息していることは聞いているか、とわたしに問うた。肯定すれば、くつくつと低く笑う声。完全に、悪巧みをしている者のそれだった。
「ナザリックと敵対しているプレイヤーの大多数は人間種。この世界においても、潜伏しているとすれば人間の町である可能性が高い。そうね?」
「え、ええ。間違いないでありんす」
「生きている以上、人間というものは水を飲まなければ死んでしまうわ。……さて」
守護者統括は、一旦そこで言葉を区切り、そっと指を組んだ。
「人間が飲む水というのは、どこから来るのかしらね?」
ぽかん、と口が開く。首が山の方を向いた。湖を越えた先、真っ白な雪で覆われた山脈が見える。
人間が飲む水。川。地下水。水は高きから低きに流れる。雪山。雪解け水――。
ひゅ、と、息を飲んだわたしの横で、アウラが震える声で呟く。
その要所を、水精霊である死獣天朱雀様が押さえるということは。
……ああ、ああ! ああ! なんて、なんてこと!
もうどうにでも、どうにでもできてしまうではないか!
この場所でなければ、この場所でなければ駄目だったのだ。
水の出所を押さえ、蜥蜴共を懐柔することができ、かつイビルツリーが“勝手に”移動するにあたって不自然ではないぎりぎりの距離。
ナザリックに異変があったと思しき時刻から、まだそれほどの時間が経っているわけではない。そんな短時間に、ナザリックに居ながらにして、異世界においての要所を見つけ出し、準備を整えてしまわれるとは!
身体中が歓喜で満たされる。至高の御方の叡智に触れることが許されている。至高の御方に支配されることが許されている!
わたしたちが一頻り興奮したところを見計らい、最初の質問に戻るわ、と、アルベドは言った。先程よりも厳粛な様相。落ち着いた声で、ちびすけに確認する。
なぜ、死獣天朱雀様への進言を、止めたのか、だったわね? と。
この場所の有用性は痛いほどよくわかった。それでも、尊き御身がそのお膝をつくに値するか、と言われれば。
その疑問を顔に貼り付けたままのわたしたちに、質問は続けてぶつけられる。
「あそこにいる
「えっ? ……うーん、魔獣を使って、包囲する、かな。足止めのスキルもあることだし!」
至極、真っ当な解答だと言える。わたしであっても似たような答えになるだろう。眷属化、という選択肢は増えるにしろ、なんらかの形で囲まなければ話にならない。
間違いではない、とアルベドは言った。手持ちの能力を使って取る手段としては、間違いではない、と。
「でも、完璧と言えるかしら。あなたのレンジャーとしての資質を疑うわけではないけれど、見知らぬ土地で、幾千もの生き物を、果たして一匹も漏らさず捕らえられると断言できる?」
「それは……」
御方より与えられた仕事を、完璧にこなす。その自負がないのは不敬ではあるが、万が一を想定しないのもまた職務怠慢だ。悔しそうに目を逸らしたちびすけを笑えるほど、生け捕りに向いた能力を自分が有しているとはとても言えない。
「それを、至高の御方は、最小限の手間をもって行われた。至高の御方への、崇拝という形で」
圧倒的な力を見せておきながら、敵意がないことを示し、更には場の演出を使って精神的な拠り所さえ利用する。
自分達より圧倒的に強い生き物が、自分達に対して膝をついている。上げて落とす趣味を持つ快楽殺人者でもなければ、まず敵であるなどという思考にすら至らない。
自分達よりも格下である、と増長する可能性もあるにはあったが、そのリスクがあってなお例の行為を為されたということは、
我らナザリックのシモベのように創造主を最上として考えるわけでなく、人間のように権威を重んじるでもなく、もっと原始的かつ本能的な、強者に従うことを良しとする種族であることを、この短い時間で、御方々は見抜いておられたのだ。
取り逃しがいることを確認する必要さえない。手間を、時間を、人員を、ありとあらゆるリソースを極限まで抑えた上で。
そこまで一息で言い切ったアルベドは、噛み締めるように呟いた。
なによりも、と。
「死獣天朱雀様は、私達へのメッセージとして、そのお膝を土につけられたのよ」
「わたしたちへ……?」
「そう。手段を選ぶな、という死獣天朱雀様からのメッセージなの」
……もはや、絶句するしかない。
なんという自己犠牲の精神であろうか。我々ごときに、そこまでして下さるなんて。
こちらに来てからというもの、死獣天朱雀様から与えられる慈愛と叡智はとどまるところを知らない。
そして、その上をいく才知でもって至高の御方々をおまとめになられていたというモモンガ様の手腕たるや!!
知らぬ間に、涙が零れていた。これ以上わたしたちを溺れさせて、御方々は一体どうしようというのだろう。
素晴らしい。その言葉さえも安っぽく感じられてしまう。
そんな方々にお仕えできる喜びを噛み締めながら、わたしは――。
「シャルティア様?」
名を呼ばれ、はっ、と意識を飛ばしていたことに気がつく。
目の前にはセバスが立っていた。執事服には泥跳ねのひとつもついてはいない。彼は職務を全うした、と言って良いだろう。
「気がすんだかや?」
「そのようですな」
誰が、とは言わない。あの程度の雑魚相手ではこの男の気晴らしにすらならないと理解しているからだ。
そこまで考えて、はて、と何かが引っかかった。気晴らしが必要だ、と、そう思う程度には、セバスの心が沈んでいる、と?
「どうも浮かない顔でありんすね」
指摘してやれば、多少運動したことで気が緩んでいるのか、普段の鉄面皮はどこへやら、若干気まずそうに顔をしかめている。
「同じナザリックで働く大事な同僚でありんす。話を聞くくらいはやぶさかではありんせんが?」
そう伝えれば、セバスは数呼吸ほど逡巡した後、意を決したように口を開いた。
「……前々から気になっていたのですが、アウラ様とは仲がよろしくないのですか?」
思いがけない質問に、ぱちぱちと幾度か瞬きをする。ちら、と、向こうでヒュドラと戯れているちびすけを見た。確かに、顔を見れば一言二言、言い争いにならぬこともない、が。
「本気で悪いとは思いんせん。かくあれかし、と命じられたゆえに従っているまででありんす」
なにしろ、ペロロンチーノ様とぶくぶく茶釜様はご姉弟でありんすから。
とっておきの情報を教えてやれば、おお、そうでしたか、と礼まで言われてしまった。
セバスのこの様子、わたしとちびすけの仲を憂いているというよりは。
「……そういえば、ぬしもデミウルゴスと仲が良くありんせんぇ? 命じられたわけでもないというのに」
ぎく、と、一瞬、セバスの体が僅かに強ばる。意外とわかりやすいことだ。
わざとらしく、くすくすと笑ってやれば、ふー……、と細く細くため息をついて、ぼそぼそと何やらこぼし始めた。
「否定はできません。が、無理に改善する予定もありません。職務に支障を来すつもりは、毛頭ありませんので」
「ふうん」
「……ですが」
「ですが?」
髭のせいで判りづらいが、苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう、若干の悲痛さすら湛えた目を、そっと伏せた。
「向こうも同じように思っているものとばかり考えていたのです。つい、最近までは」
きっといま、わたしはきょとんとした顔を晒しているに違いない。その認識は、わたしにも確かにあったものだから。
それを否定するということは、最近何かしら事件でもあったろうか、と記憶の糸をたぐり、ああ、とひとつ得心する。
そういえば、アンフィテアトルムで、デミウルゴスがセバスに頭を下げていたな、と。端から見れば、利益のためにプライドを捨てた結果なのだろうと予測できるが、当事者からすればまた違って感じるもの、ということか。あのとき、もし立場が逆だったらどうなっていただろうかと、少し考えればわかりそうなものだが。
まあ、わりかし本気で思い悩んでいる執事長に、そんな意地悪を叩きつけてやるほど機嫌が悪いわけでなし。解決策のひとつでも与えてやろうかという程度には、気分が良かった。
「聞いてみれば良いんじゃありんせんか?」
「ご本人にですか?」
自分だけが、と気にしておきながら、嫌なものは嫌らしい。微妙な顔で聞き返してきたセバスに、違いんす、と否定の言葉を送る。
直接聞いたからって、あの悪魔が素直に答えるわけもなし。良くて躱されるか、悪ければ私では考え付かないような罵詈雑言が投げ掛けられる可能性も否定できない。ゆえに、ここは。
「ペロロンチーノ様が仰っていたでありんす。“ふらぐが立たぬまま目標に突撃しても玉砕するだけ。真の漢足るもの、将を射んとすればまず周りを固めよ”と!」
「ふらぐ……? 旗、でございますか?」
「わらわは、きっかけ、という意味でとらえていんす。わざわざ本人のとっかかりを探さなくても、別の方向からアプローチしたって良いんではありんせんかぇ?」
「別の方向……とは」
「確かコキュートスあたりが、デミウルゴスと仲良くしていたはずでありんす」
「コキュートス様、ですか」
セバスの顔が少し曇る。
別段、セバスとコキュートスの仲が悪いというような話は聞いたことがなかったので、大方、無関係の者を巻き込むことについて何やら思うところがあるのだろう。あるいは、そこまでしてデミウルゴスとの関係を整理する必要があるのか、と考えているのやも知れない。
「デミウルゴスと歩み寄るか離れるかは、行動してみてから考えても良いんではありんせんかぇ? コキュートスなら、快く話し相手になってくれると思いんす」
「……そう、でしょうか」
「御方々も、今までになかった親交を深めることには、きっと賛成してくださることと存じんすぇ」
きっと嘘は言っていない。かくあれかしと命じられたのでないならば、仲が悪いよりは良い方が望ましいと思う。至高の御方をだしに使ったことへの罪悪感がないわけではなかったが。
セバスはしばしの間、何事か考えていたが、やがて自分の中で折り合いがついたのか、少々吹っ切れた様子でこちらに頭を下げた。
「ありがとうございます、シャルティア様。もし時間が空いたならば是非実行してみようと思います」
「どういたしまして」
意気込みはよろしいことだが、同じ至高の御方に創造された身、いつまでも様付けでは親交を深めるのに差し支えが出るだろう。
わたしってばなんて気の利いた女なんでしょう、と自画自賛しながら、敬称についてもの申すべく、口を開いた。
アルベドちゃんの台詞を考えてると、「キャー! 至高の御方ステキー!」と何故かこっちもテンションが上がってくるのが楽しいですね。
そして無理矢理にでもフラグを立てないと1章の間にコキュートスの出番がないじゃんと気づいたので捩じ込みました。馬車イベント大好きです。一触即発に見えて全然そうじゃないところが良い。
長くなったので分けます。
次回明日か明後日。