縁側で茶をすするオーバーロード   作:鮫林

13 / 36

前回のあらすじ

【悲報】ザイトルなんとかさん、誰にも名前を知られないまま死ぬ


リザードマンがゲシュタルト崩壊してきた。
あと伝聞の語彙が限界。助けてデミウルゴス。

今回何故ザイなんとかさんが動きだしたか明らかになりますよ。






沙羅双樹を摘んだ日・参

 

 

 貢物にでもなった気分だな。

 

 

 簡素ながらも頑強に組み上げられ、篝火と色とりどりの花や果物で精一杯飾られた祭壇の上、明らかに場にそぐわない豪奢な玉座に身を預けて、こっそりため息をついた。

 

 「至高の御方をこのような粗末な壇上に乗せようなど!」と怒り出しそうになった守護者たちを朱雀さんとふたりがかりで宥め、「せめて椅子だけは」と彼女たちに懇願された結果が、このなんともちぐはぐな状況である。ちなみに椅子は「こんなこともあろうかと」と言いながらセバスがインベントリから出してくれた。シチュエーション的にはすごく執事っぽいけど、なんか違う気がする。

 

 一応貢物は貰う方の立場のはずなんだけど、なんかこう、「飾られてる」感が半端じゃない。未開の地で、動物の骨を装飾として扱うところって、なかったっけ。

 

 

 

 

 ……現状を整理しよう。

 

 

 

 

 なんら滞りなくイビルツリーを倒し、主要な魔法も十分使えると確認できて、ついでにアウラの活躍でちょっとレアっぽい薬草が手に入り、結果は上々、とかなり満足していたとき、蜥蜴人(リザードマン)が2体、こちらに向かって走ってきた。

 「殺しますか?」と尋ねてくる守護者たちを抑えながらも、内心攻撃してきたらどうしようかとびくびくしていたが、どうやら襲われる前に降伏しようとしただけのようで、深々と頭を下げて感謝を告げる2体に敵意がないのははっきりとわかった。

 

 とは言ったものの、対処には随分迷った。

 「気にしなくていいよ! じゃあ!」とその場を立ち去るのが一番面倒がなかっただろうけど、この世界のことについて直接情報を聞きたかったので、少し蜥蜴人(リザードマン)から話を聞く機会は欲しかったところだ。深い森に閉ざされた湿地で、相当閉鎖的な暮らしをしているようだったから、大した内容は期待していなかったが、ないよりはマシだろう、と。

 

 しかし、降伏したふりをして後でだまし討ちをする可能性がないわけじゃない。レベル差から言えば不意打ちを食らう程度は全く問題がなかったが、逃げられたり、他の強者を呼ばれたりしたら殲滅が面倒だな、という考えも頭を過ぎる。

 

 決死の覚悟でイビルツリーに突撃しようとしていたのはわかるが、どの程度の脅威としてイビルツリーを見ていたのかは判然としない。こちらが無傷でイビルツリーを倒したことは見ていたようなので、圧倒的な力量差があることは伝わっているだろうが、こちらが強い、と思ったのではなく、向こうが弱いのではないかと思われていたならば。

 

 ここはひとつ超位魔法でも撃っておいたほうがいいかな? と思いつき始めたころ、朱雀さんからひとつ提案が上がった。

 

 

『モモンガさんモモンガさん』

『はい? どうしたんですか朱雀さん』

『モモンガさんって、なんかこう、火の玉っぽいの召喚できたっけ。うい、うぃー……』

『ウィル・オー・ウィスプですね。できますけど』

『それそれ。こっちが合図したらさ、そいつをできるだけたくさん、できれば魔法陣が見えないように召喚して欲しいんだけど、いける?』

『うん? んー……? ええっと、こちらが召喚したことを蜥蜴人(リザードマン)に気付かれないように、っていうことでいいですか?』

『そう! そういうこと!』

『いいですけど、朱雀さん、一体何を……』

『ちょっとね。悪いようにはしないつもり』

 

 その言葉を信じ、了解の返事をして、歩き出した朱雀さんを守護者と共に見守る。<水上歩行>を使っているのか、泥に足が埋まることもなく、実に堂々とした歩みでリザードマン達に近づいたかと思うと。

 

 朱雀さんは、彼らの前でおもむろに片膝をついた。

 

 シャルティアが引きつった声を上げ、アウラは狼狽し、セバスまでもが顔色を青くして息を飲む。アルベドだけは朱雀さんのしたいことを理解していたのか、冷静にアウラの口をふさいでいたが、総合的な状況としては、「悪いように」の定義を朱雀さんとちょっと話し合わなければならないんじゃないかな、と思う程度のものだった。尊敬している会社の幹部がいきなり蜥蜴に膝をついたら、そりゃ驚くだろう。

 ともあれ、まだ合図も出ていないことだし、と、慌てふためく守護者を身振りだけで必死に落ち着かせていたところ、おまけとばかりにさらっと大嘘をつく朱雀さんから、<伝言(メッセージ)>で合図が届いたので、やけくそ気味にウィル・オー・ウィスプを大量展開した。

 

 するとどうだろう。

 感謝の言葉を述べながらも緊張に強張っていた蜥蜴人(リザードマン)たちが、涙を流しながらウィル・オー・ウィスプに見入っているではないか。

 

 祖霊、という単語が聞こえてきたということは、ご先祖様の霊と勘違いしているらしい。こんなことで騙されるとか、生存競争を放棄しているんじゃないかと言いたくなったのだが、かくして我々は無事に蜥蜴人(リザードマン)の信用もとい信仰を勝ち取ったのであった。

 

 

 

 そして現在。

 日はすでにとっぷりと暮れて、空には星が瞬き、大きな月が酒宴を照らしている。

 

 曰く、我々と祖霊を称えるため、そして死者を追悼するための宴だそうだ。保存しきれなかった魚を処理してしまうという目的もあるらしい。これから来る食糧難を考えればもう少し数を確保しておきたかったが、と、ザリュースという蜥蜴人(リザードマン)が嘆いていた。彼らでも腐った魚は食べないようだ。

 

 そんなわけで、あちこちで飲めや歌えやの騒ぎになっているのだが……、正直、そろそろ帰りたくなってきた。

 

 飲み食いが不可能な上に、元々飲み会そのものに良い印象を抱いていない。そしてこの場所、雨上がりの湿地特有の泥の匂いと、蜥蜴人(リザードマン)の体臭、そして何より大量の酒気が混ざり合って、言っては悪いがちょっと臭い。爬虫類だからまだ良かったのかもしれない。これが獣人なんかの体臭がきつい種族ならどうなっていたことか。ゲームに嗅覚が実装されない理由が身にしみてわかった。

 

 加えて、蜥蜴人(リザードマン)達手製の祭壇の上に座っているのは俺ひとりだ。一応アルベドが傍についてはいるが、どうにも見世物にされている感じがして落ち着かない。一番鱗の綺麗なメスを傍仕えに、と言われたときは、どうにか丁重にお断りした。

 

 この状況を作った張本人はと言えば、杯を片手にあちこちの蜥蜴人(リザードマン)と実に楽しげな様子で話をしている。行く先々で杯に酒を注がれているので相当量を飲んでいるはずだが、毒に対する完全耐性を持っているのでその足取りは非常に軽い。「いける口だなじいさん!」とか「ぐいっといけぐいっと!」なんていう声も聞こえてくる。いつの間にそんな仲良しになったんですか朱雀さん。俺にもそのくらいフレンドリーでいいって言ってくれませんか朱雀さん。

 

 至高の御方を軽視している、と守護者達がまた怒り出したりはしないかと目を配ってみたが、先程アルベドが守護者を集めて何やら説明してくれたようで、過剰に反応することもなく、それぞれ適当に蜥蜴人(リザードマン)と交流している。

 

 セバスは片腕がやけに発達したゼンベルという蜥蜴人(リザードマン)と手合わせをしており、シャルティアはそれを丸太に座り込んでぼんやりと見物していた。アウラは4本首の多頭水蛇(ヒュドラ)を気に入ったようで、絡みつかれながらも撫でてやっているのが微笑ましい。

 うっかり殺してしまったりなどしないかと最初は心配したが、無事に交流を深めているようだ。それ自体は大変喜ばしいことなのだが、個人的には居心地が悪いというか。

 

 

 

「……どうか、なさいましたか? 死の精霊様」

「ん? ああ、なんでもない。少し考え事だ。それより、その位階に含まれない魔法のことだが――」

 

 白い鱗を持つ蜥蜴人(リザードマン)、確かクルシュと言ったか、祭壇の下から心配そうに見上げる彼女に続けて質問をぶつけた。

 朱雀さんが水精霊と認識されたこともあり、彼らは俺達を精霊の一団と定義することに決めたようだ。名前はもう少し伏せておいた方がいいのではないか、と朱雀さんと話し合って決めたこともあり、俺は「死の精霊様」、朱雀さんは「水の精霊様」とそれぞれ呼ばれている。骸骨って言ったって、なにか魔法的な力で動いているようなものだし、あながち間違ってはいないと思う。

 

 

 まあ状況にはいくらか不満が残るが、情報源として蜥蜴人(リザードマン)を選んだのは正解だったと言える。大当たりだ。

 

 てっきり閉鎖的な暮らしをしていると思っていた蜥蜴人(リザードマン)。それは概ね予想通りであったのだが、彼らの風習には「旅人」と呼ばれるものが存在しており、いくつかの条件を満たせば、外の世界を見たいと思った者が外界に出て見聞を広めることが許されている。多くの者は過酷な道のりに耐えかねて命を落とすらしいが、今この場においては、ザリュースやゼンベルといった集落で1、2を争う強者が外界の知識を得て帰ってきていた、と。

 

 それはもう色々聞いた。根掘り葉掘り聞いた。最初に朱雀さんが「ぼくたち精霊界から来てさ、折角だから人間の町とかも観光していこうかと思うんだけど」と微妙に真実を交えたでたらめを吹き込んでくれたこともあって、特に疑問を持たれることもなく情報を聞き出すことができた。やっぱりこいつらちょっとチョロすぎやしないか。

 

 色々と思うことはあったが、なにせ様々なことを尋ねたわけだ。

 魚の養殖に詳しいという「森の人」のこと、山脈に住む山小人(ドワーフ)の話。通用する貨幣や物の相場、一般的に使われているアイテム。この世界で流通しているポーションはどうも青いものらしく、試しに手持ちの下級治癒薬(マイナーヒーリングポーション)を見せてみたら、そんな禍々しい色のポーションは見たことがないとその場の全員に言われてしまった。下手にどこかで使ってしまうことにならなくて良かった。きっと怪しまれるなんてものじゃない。

 

 武器や防具の話。彼らが知る一番硬い鉱石はアダマンタイトだと言う。蜥蜴人(リザードマン)に伝わる至宝というものも見せてもらった。氷結効果を持つ剣、無限に酒が湧き出る大壺。持ち主の知力を吸って硬度に変えるという鎧には、朱雀さんがえらく興味を示していた。別に着たいというわけではないらしい。レア度という意味では大変魅力的だったが、能力的には大したことがなかったので、彼らには大事にするようにと忠告しておくに留めたのだが。

 

 この世界の強者の話。事前に聞いていた通り、このあたりに限定してのことではあるが、20レベルほどしかないザリュースでもかなり強い部類に入るのだそうだ。過去出会った人間に、「冒険者で言えば上から3番目くらいのランク」という評価を受けたことがあり、よくわからないながらも褒められていると認識したとのこと。そもそも亜人と人間では基礎能力が違うようなので、そこらへんはユグドラシルと同じなのか、と納得した。

 プレイヤーと思われる存在のことは誰も知らなかったが、山脈に生息するという噂の竜については色々と興味深い話を聞くことができた。竜といえばユグドラシルでも特別なモンスターだ。高い身体能力を持ち、強力な魔法を行使する。高レベルの存在であれば、100レベルプレイヤーであってもソロで狩るのはまず不可能だ。用心しておいて損は無い。

 

 

 その他思いついた雑多なことはあらかた聞き終えて、今は開放した元旅人達の代わりに、蜥蜴人(リザードマン)の間で祭司と呼ばれている者達から話を聞いている。クルシュと、シャースーリューという2体が壇の下から俺の話に付き合ってくれていた。

 

 蜥蜴人(リザードマン)がいつから位階魔法を使えるのかは残念ながら伝承がなかった。彼らが言うには、部族の始まりから当然のように使っていたとのこと。

 この世界が最初からユグドラシルの魔法が使える世界なのか。あるいは遥か昔に転移してきたプレイヤーがいたのか。やはり人間種の伝承も調べてみる必要があるかも知れない。

 

 祭司の中で最も魔法に長けた者でも、個人で操ることができるのは第三位階までだという。個人で、というところに引っかかりを覚えたので聞いてみれば、人数を集めた大儀式なるものを行うことによって、もっと強力な魔法を使うこともできるらしい。内容としては大変興味をそそられるものだったが、準備に時間がかかるので今気軽に見せられるものではない、としょんぼりされてしまった。到達する位階も大したことがなかったので、気にしないよう告げておいたのだが、ユグドラシルには存在しない魔法強化である以上、警戒はしておかなければならないと思い、儀式の手順だけは聞いておいた。方法さえ知ることができたなら、もしかしたら自分達でも使うことができるんじゃないか、とも希望を抱いて。

 

 さらに魔法について詳しく聞いてみれば、位階に含まれない魔法も多く存在するらしい。皿を暖めたり、指先に火を点したりする程度のものだが、ユグドラシルに存在しない魔法を現地の者が独自に開発したというのは、驚嘆に値する事実だった。MODもなく、お願いする運営もいないのだから、大変だっただろうに。

 運営にお願い、と言えば、今、運営に要求する類の魔法はどうなっているのだろう、という考えが脳裏を掠める。もう課金できない以上、ユグドラシルのアイテムは現存するもの以上には手に入らないのだから無駄遣いはできないが、どこかで試せはしないだろうか、と。

 

 

 そんなこんなで大体聞き終えたかな、と思った頃、そのあたりをうろうろしていた朱雀さんが木の杯を片手に戻ってきた。まだ飲んでたのか。そんなに美味しかったのかな。

 

「ただいまー」

「おかえり。楽しんできたようだな、朱雀さん」

「いやあ、お酒とか久しぶりでさ。ごめんねほったらかして」

 

 言いながら、くいーっと杯に残っていた酒を飲み干して、近くにいた蜥蜴人(リザードマン)に渡してしまうと、そうそう、とクルシュに向き直った。

 

「クルシュ・ルールー、だったかな」

「は、はい!」

「この度はご成婚おめでとうございます」

「は、ぅえっ!? ふぁ……、はぃ……」

 

 ありがとうございます……、と消え入りそうな声でクルシュは礼を述べた。蜥蜴人(リザードマン)なので顔が赤くなるということはなかったが、びたんびたんと暴れる尻尾が彼女の心をはっきりと表している。

 そういえば、ザリュースがクルシュのことを妻とか言っていたな。新婚さんだったのか。

 

「それはそれは。私からも祝福しよう、おめでとうクルシュ」

「あ、ありがとうございます」

「ご兄弟なんだっけ? シャースーリューとは」

「はい。困ったものです、今までどんなメスを薦めてもつがいには選ばなかったというのに、彼女を一目見て気に入ってしまったようで」

 

 ゆらゆらと嬉しげに尻尾を揺らすシャースーリューの言葉に、うぅう……、と両手で顔を覆いながらクルシュは呻く。部族間の政略結婚とかではないようで、彼女の尻尾は怒りや哀しみではなく、羞恥で暴れているらしい。泥が跳ねるからそろそろやめてもらいたいんだけど。

 

「それでは、何か贈り物を考えなければならないな」

「おく……、そんな! あの魔樹を倒していただいた精霊様からこれ以上何かいただくわけには!」

「気にするな、あの程度は些細なこと。我らにとっても利のあることだった」

「もらえるものはもらっといたらいいよ。この先大変だろうし」

 

 朱雀さんの言葉で、一族の未来と自分の遠慮を天秤にかけ始めたのか、うんうんと唸り始めたクルシュだったが、突然、はたと何かに気が付いたように顔を上げた。

 

 

「……もしかして、既にいただいているのではないでしょうか」

「えっ?」

 

 疑問を浮かべるこちらを意に介さぬまま、クルシュは過去を思い返すように、口元にそっと手を当てて言う。

 

「昨晩、深夜のことです。私たち朱の瞳(レッド・アイ)の集落に、突然大きな音を立てて、水の塊が突っ込んで来ました。家屋の屋根を幾つか吹っ飛ばしていったこともあって、何事か、と部族のみんなで起き出して見たものは、こちらに迫ってくる巨大な魔樹だったのです」

 

 赤い瞳が潤んでいる。恐怖か、感動か。こちらからは判別がつかなかった。

 

「あのとき皆が起きていなければ、被害はもっと大きくなっていたことでしょう。何から何まで、本当に感謝しています、精霊様」

「……それはよかった。何よりだ」

 

 さっきと打って変わって押し黙る朱雀さんの代わりにとりあえず返事をしておいた、が。

 まさか。いや、間違いない。少なくとも俺の中では繋がってしまった。

 何らかの要因で死んだ八咫烏。突然動き出し、こちらが着く頃には眠っていたイビルツリー。もうあれだ。あれしか考えられない。

 

 

――――深き者の羊水(クレイドル・オブ・ハイドラ)

 

 

 朱雀さんが八咫烏にかけた攻性防壁、<深き者の御簾(ブラインド・オブ・ハイドラ)>が発動したときに召喚されるモンスターのひとつで、看破系統の魔法やスキルを受けたときに選ばれる水精霊だ。

 攻撃力はほぼ皆無と言って良いが高い耐久性能を持ち、対象者1名を体内に取り込んで拘束し、防御力を一時的に0にして窒息効果を与える。HPが0になれば、周囲に睡眠効果をばらまくというスキルも持っていたはずだ。

 

 それだけなら特に脅威というほどではないが、こいつの恐ろしいところはINTが一定以下のモンスターのヘイトを一身に稼ぐということ。当然攻撃されれば中にいるプレイヤーにもダメージが通る。しかもフレンドリーファイア解禁のおまけつき。助け出そうと仲間が攻撃しても同じようにダメージが入る。一定量のダメージをモンスターに与えれば中のプレイヤーは吐き出されるが、その頃にはプレイヤーも深刻なダメージを食らっているという寸法だ。ようやくHPを削りきったと思ったらスキルによって眠らされ、周囲のモンスターの打撃を受ける。地味に嫌な召喚獣である。

 アインズ・ウール・ゴウンの後発組で採集担当だったにも関わらず、朱雀さんが他のギルドに思いっきり嫌われていたのは、PKギルドの狩場に不可視性能を持つ召喚獣を度々突っ込ませて遊んでいたからだ。対策をかけた監視魔法で覗きながら、るし★ふぁーさんさんやウルベルトさんなんかと一緒にきゃっきゃと笑っていたような記憶がある。

 

 昔のことはともかくとして、現在。

 何者かが八咫烏と接触し、看破系統の魔法をかけ、モンスターが召喚された。イビルツリー本体が看破の魔法を使った、という可能性は限りなく低いだろう。もしそうなら先ほどのイビルツリーはもっとえげつない死に方をしている筈だ。朱雀さん本人にかかっている攻性防壁は八咫烏の比ではない。

 誰が、なんのために八咫烏を攻撃したのかは不明。現地のものか、プレイヤーなのか、その生死さえも。これも真剣に考えなければいけないことだが、今は少し置いておこう。

 

 深き者の羊水(クレイドル・オブ・ハイドラ)の特性によりイビルツリーのヘイトが引き付けられ。木々をなぎ倒し水を吸い上げながら湖まで移動し。深き者の羊水(クレイドル・オブ・ハイドラ)が倒されたと同時に、付与された睡眠効果によりその場で眠りについていた、と。

 

 今、イビルツリーを倒したということで俺達は蜥蜴人(リザードマン)の信頼を得ているのだが。

 そもそも<深き者の御簾(ブラインド・オブ・ハイドラ)>が発動しなければイビルツリーは動き出さなかった可能性が高いわけで。

 イビルツリーが動き出さなければ蜥蜴人(リザードマン)の集落は襲われなかったわけで。

 

 つまり、もとを正せば、この騒動の原因は。

 

 

 

「……どんな外見だったかわかる?」

「えっ? いえ、申し訳ありません。私も、見た、という者の証言を聞いただけですので、実物はちょっと。……気が付いたらどこかへ行ってしまっていたようですし、水の塊、とだけ伝わっております」

「そっか……」

 

 朱雀さんはそれを聞いて数秒ほど俯いて悩む素振りを見せ、その後ぱっと顔を上げた。

 

 

 

「……もしかしたら先走った眷属かも知れないね。ぼくは知らないけど」

 

 あっ。

 

「そうなのですか……」

「もしわかったら謝らせに行くよ。おうち壊してごめんなさいって」

「いえ、そんな! そういうわけには!」

 

 あっ、あっ! 誤魔化した! 誤魔化したぞこの人!

 

「というわけで、お祝いは別のものがいいね。良ければ、期限付きで食料の援助をしようかと思うんだけど、どうかな」

「……! それは、願ってもないことですが……!」

「モモンガさんも、いいよね? それで」

「……高くつくぞ?」

「うん、わかってる」

「え?」

「こちらの話だ。援助自体は喜んでさせてもらおう。勿論いくつか条件付ではあるが、な」

 

 罪滅ぼしのつもりだろうか、提案をしつつ、お願い黙ってて、というような視線を送る朱雀さんに、年長者としてどうなんだという思念を返しながら、それでも蜥蜴人(リザードマン)の食料を援助することには同意した。

 一度助けた蜥蜴人(リザードマン)と敵対することになるのは避けたいし、元はといえば、朱雀さんひとりに索敵を任せた俺の落ち度でもある。

 細かいところはあとで人をやって詰めるが、とりあえずは、何かの際に、命や健康を損なわない程度の実験や単純な労働力として若い蜥蜴人(リザードマン)を貸してもらうということで締結した。期間は食料の自給が整うまで。蜥蜴人(リザードマン)は全部族をあげて自給自足に全力を尽くすこと。

 クルシュとシャースーリューは心の底から喜んでいるようだ。是非ザリュースにも聞かせてやらねば、と。……どうか彼らが気付きませんように。

 

 

 

 

 

「しかしこれだけ集まると壮観だね。5部族だっけ」

「はい、魔樹へと一矢報いるために集結した者たちです」

「風習とか信仰も微妙に違うだろうに、よく纏めたものだ」

 

 酒宴を見渡して、心底感心したように朱雀さんが言った。

 良く見れば、蜥蜴人(リザードマン)はそれぞれ鱗の色や体の特徴が少しずつ違っている。現実世界の人間も、文化というものが生まれてから相当の年月が経っているけど、未だに見た目だけで差別する習慣がなくならない。ゲームにまでそれを持ち込むのだから、それはとても根が深いものだ。蜥蜴人(リザードマン)達も、きっと苦労したんだろう。

 クルシュは少し声のトーンを落として呟く。白い尻尾が泥の上にゆっくりと1本の線を引いた。

 

「……纏めたのは、ザリュースです。彼がいなければ、ここまでのことはなし得ませんでした」

「……ふうん」

 

 いつものように襟の後ろを押さえながら、朱雀さんはすっと目の光を細める。意地悪な聞き方をするけれど、と前おいて、言った。

 

「迷惑だと、思うことはない?」

「……どういう意味でしょうか」

「今まで分かれて暮らしていたものが、何かしらの圧力でひとつの集団になることで生まれる鬱屈というのは相当なものだ。飢饉による戦争もあったと聞く。遺恨もあることだろう。クルシュ自身は、本当にうまくいくと思っているのかな?」

 

 温度のない声。その目に既視感を覚えた。最初に守護者達と対峙した、あのときの目だ。

 レベル100の守護者達ですら息を飲んだ沈黙を真正面から受け止めながら、クルシュ・ルールーはぽつぽつと語りだす。彼女の目は伏せられているが、決して死んではいなかった。

 

「重い、と思ったことは確かにあります。逃げ出した方が良かったんじゃないかって、よけいな血を見るだけなんじゃないのか、って」

 

 一呼吸。落ち着けた心を表すように微動だにしない尻尾。赤い瞳がはっきりと前を見据える。

 

「けれど、もしあのとき逃げ出していたら、私たちはいつ襲ってくるかわからない魔樹に怯えながら、精霊様と出会うこともなく、餓えに苦しんで生きることになっていたでしょう。それは、とても、辛いことです。戦って死ぬよりも、ずっと」

 

 部族によって多少の差異はあるが、基本的に蜥蜴人(リザードマン)は強い者に従う種族なのだと聞いた。それは強者に媚びへつらうことではなく、戦って自らの力を示すことなのだと。

 

「彼には、部族を正しい方向へと導く力があります。今この場所こそがその証明。……そして、もっと単純なことですが」

 

 そこまで強く言い切っていたクルシュは、ふ、と息を吐いて、肩の力を抜く。

 

「彼は、ザリュースは、皆を愛している」

 

 そう言って、彼女ははっきりと微笑んだ。蜥蜴人(リザードマン)の美醜は理解できなかったが、きっと、見惚れるくらい美しい笑みなのだろう。

 

「伴侶が愛するものを、同じように愛するのは、当然のことですから」

 

 俺の勝手な期待であり、願望でしかなかったが、凛と伸びた背筋は、これからのし掛かる重圧にも折れることはきっとない。本当に苦しいときはわからないが、そうなったときは、彼女の伴侶が支えるに違いない。素直に、祝福したいと、そう思った。

 ……昔はクリスマスのリア充アカウントに突撃したりもしてたんだけどな。俺も大人になったってことか。

 

 で、意地悪な質問とやらをした本人は、まだ少々納得が行かない様子で、襟元から手を下ろした。

 

「……結果論、か。まあ、本人が納得してるならいいんだけどさ」

「それでも、あなた方は来て下さったでしょう。我らが祖霊のお導きによって」

 

 む、と朱雀さんがひとつ唸る。これは朱雀さんの負けだな、と、心の中だけでそっと笑った。現れて助けてしまったのはこっちなんだから、これ以上突っ込みようがない。

 その場の勝者は困ったような顔で小さなため息をついた。

 

「ひどい方。試しておられたのでしょう」

「問答が好きなだけだよ。ごめんね付き合わせて」

「いいえ。私でよければお付き合いいたしますとも」

 

 重い空気も完全に弛緩して、お開きにするなら今しかない、と、アルベドに声をかける。

 が、彼女はうんともすんとも言わないまま、ただそこに立ち尽くしていた。

 

「……アルベド?」

 

 未だ鎧を着たままなので表情がまったくわからない。

 恐る恐るもう一度呼べば、はっ、と我に返った様子で、慌ててこちらに頭を下げた。

 

「も、申し訳ありません! モ……、御方様!」

「い、いや、気にするな。そろそろ戻ろうと思う。皆を呼び戻してくれるか」

「畏まりました、すぐに!」

 

 もうお帰りになってしまうのですか、と、何人もの蜥蜴人(リザードマン)に惜しまれながらも、やることがあるのでな、と丁寧に誘いを断って帰り支度をする。

 実際やることは山積みだ。攻性防壁の顛末も朱雀さんと解明しなければならない。

 

 守護者達が集まったところで、盛大な別れの挨拶を受けつつ、周囲に敵が潜んでいる可能性を考慮して幾つかの魔法を展開し、我らがナザリック地下大墳墓へと戻った。

 

 

 

 

 

 召喚獣が吐き出す霧は深く、種族スキルがなければ一寸先も見えないことだろう。ナザリックを手にいれるために沼地を進んだかの日を思い出す。

 

 外壁の隠蔽工作も進んでいるようだ。これなら近いうちに完全なものが出来上がるに違いない。

 

 さあ、会議ならどこかな。自室かな、円卓かな、と思っていた矢先、走り寄ってくる小さな影が見えた。

 

「モモンガ様! 死獣天朱雀様! ……あっ、お姉ちゃんたちも!」

 

 仕事がひと段落ついたのか、マーレが嬉しそうに駆けてくる。

 

 

 

 月の灯りで、薬指に嵌るリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをきらめかせながら。

 

 

 





オバロお家芸マッチポンプ(無自覚)。一度はやってみたかった。
お逃げくださいマーレ様。

ウィル・オー・ウィスプを勝手にアンデッド扱いしましたが果たして良かったのか。この世界では沼地に住んでるらしいけど、間違っていたらごめんなさいしまむら。


次回は多分7日後。少々お待ちを。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。