今生の暇乞い、不発に終わる
気が重い。
プラグを首筋の穴に挿し込み、データロガーを頭に取り付けて、ゲーム開始時のローディングを待つ。
かつてDMMORPGの代名詞とまで呼ばれたユグドラシル。12年の時を経てその栄光はすっかり過去のものになり、今日はとうとうサービス終了日だ。
この日のために、なんとか休みをもぎ取った。おかげで明日は4時起きになってしまったけれど、ギルドメンバーを迎えるためならなんてことない。
──最後だから集まりませんか。
ギルド長として、かつての仲間全員に送ったメールは自分でも笑えるくらいに未練がましかった。何人かから既に不参加の返事をもらっている。
……メールの文面を考えるくらいなら、一瞬でいいから顔を出してほしいなんて、思っていいことじゃあないとは、わかっているけど。
実のところ、期待しているわけではない。
わかっている。
みんな、忙しいのだ。
ただ、最後なんだから、少しの時間でも来てくれないだろうか。少しの間だけでも、思い出話に花を咲かせることができないだろうか。
そう、願うことくらいは、許してほしかった。
ローディングが完了する。目を閉じて、ため息をひとつついた。
誰かいるだろうか。誰もいないかも知れない。待っていたら誰か来てくれるだろうか。……誰も、来なかったら?
不安とわずかな期待を胸に、入り込んだ円卓の間には―――。
「や」
「……!」
片手を軽く挙げて挨拶する細身のシルエット。少し掠れた、けれども穏やかな低い声。
糊の効いたシャツの上にダークグレーのベスト、質の良い綿の手袋に皺ひとつないスラックス、そしてピカピカに磨かれた革靴。円卓の椅子に優雅に腰掛け、脚を組むその姿は一見非の打ち所のない紳士のようだけど、本来首がついている筈の場所には、サッカーボール大の水の塊が浮いている。深い海の色をした頭の中には、目の働きをしているんだろう光がふたつ、妖しく灯っていた。
アインズ・ウール・ゴウンにおいて、その種族名が差す人物はひとり。まさか、このひとが。
「死獣天朱雀さん……!」
「おお、覚えててくれたんだ。嬉しいねえ」
「忘れませんよ!」
叫ぶようにそう言って、思わずピコピコと「感動」のアイコンを連発しながら近付けば、彼も椅子から立ち上がり、握手を求めてくれた。ピコン、と「笑顔」のアイコンがひとつ。
遠慮なく手を握り返せば、ふふ、と変化のない表情で、声だけが笑う。
「久し振り、モモンガさん。何年ぶりかな」
「本当にお久し振りです。5年ぶり、ですかね?」
「そんなにかぁ。時が経つのは早いなあ、待たせてしまって申し訳ないね」
「そんな! 来ていただいただけで嬉しいです。こんな朝早くに……」
「やー、もうね、年寄りは朝がはやくて」
そう言って、首の後ろを掻く動作。彼の癖だ。懐かしい。
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの最年長者にして大学教授。とは言っても、ご本人が言うほどのお年寄りではなかったはずだ。老獪、という言葉が似合う人ではあるのだけど。
ぴこん、と疑問のアイコンを浮かべながら死獣天朱雀さんが問う。
「モモンガさんさえ良ければ今日は終いまでいようと思うんだけど大丈夫かな」
「大丈夫ですよ! なんの問題もないです!」
むしろ、と。
不安になって思わず聞いた。クソ運営の名にふさわしく、サービス終了の今日はなんとド平日だ。
大学で働いている人が気軽に休める日ではないのではないだろうか。
「朱雀さんの方は大丈夫なんですか? その、講義とか」
「ん? うん、大丈夫。しばらくおやすみなんだ」
「なら良かったです。存分にいてください」
小卒の自分には大学の休みはよくわからないが、大丈夫という声に無理はなさそうだったので大丈夫なのだろう。
ごゆっくり、と、本心からそう言えば、ふたたび笑顔のアイコンが表示された。
「それじゃあ久し振りだし、色々と見てまわろうかな。モモンガさんはずっとここに?」
「うーん、よければ一緒にまわっても良いですか? 誰か来たらログでわかりますし、指輪ですぐに戻って来られるので」
ここしばらくは狩り場と宝物殿との往復しかしていなかったので良い機会だ。ひとりなら円卓の間でずっと待っていようと思ったけど、ナザリックを見て回るくらいのことはメンバーの皆も許してくれるだろう。
もちろん! と快い返事をもらったので早速下の階から順番に上がっていくことにした。
円卓を出て、ロイヤルスイート。荒野。溶岩。ジャングル。氷河。地底湖。墳墓。
攻略するときに苦労したトラップ。ナザリックを手に入れてから作りこんだ外装。ギルド長には、と口止めされていたらしい内緒のギミック。四十一人がそれぞれ少なくとも一体ずつ、思い思いに製作したNPC。
ひとつひとつ思い出を確かめながらナザリックを練り歩く。
それからぽつぽつと人が来て、その度出迎えて、あっという間に一日が過ぎた。
「すみません、本当は最後までご一緒したいんですけど、眠すぎて……」
ヘロヘロさんがその名にふさわしい生気のない声で告げた。社会人ギルドゆえに社畜と呼ばれる人が多く在籍しているアインズ・ウール・ゴウンだが、その中でもヘロヘロさんの勤務状況は同情を禁じえないところまできている。転職して少しはマシになるかと思ったら余計に酷くなったらしい。死獣天朱雀さんがふうむ、と深刻そうなため息をつく。
「ログインしたままの寝落ちは危ないからねえ、企業も改良しようとしないし」
ニューロンナノインターフェイスをコンソールと連結することで遊ぶという仕様上、最中の睡眠は脳に悪影響が出る、というのが、近頃企業に弾圧されながらもまことしやかに流れている学説だ。脳内ナノマシンの起動によってある程度覚醒はするのだが、それでも疲労による睡魔には勝てない。
「翌朝頭痛どころの話じゃないですもんね……、ゆっくり休んでください、ヘロヘロさん」
「ありがとうございます……、お言葉に甘えさせてもらいますね」
そう言った後、ヘロヘロさんは周囲を見回した。
「でも、正直ここがまだ残っているなんて思ってませんでしたよ。……モモンガさんがずっと維持してくれていたんですね、感謝します」
「みんなで作り上げたものですからね。ギルド長として当然のことをしたまでですよ」
一抹の寂しさを感じながらも、ねぎらいの言葉を素直に受け入れることができたのは、今日一日が想定していたよりもずっと楽しかったからかも知れない。こんなに長い間ゲームの思い出について話し込んだのは何年ぶりだろうか。
「またどこかでお会いしましょう、つぎはユグドラシル2とかで」
「ハンドルネーム変えないでね。捜すから」
「あはは。死獣天朱雀さんもそのままでお願いしますね! それじゃあ、お二人とも、お疲れさまでした」
「……お疲れさまでした、ヘロヘロさん」
余韻も残滓もなくヘロヘロさんはログアウトする。さっきまで彼がいた場所をぼんやり眺めていたら、無意識に声が出た。
「どこか、か……どこで会うんだろうね」
思わず口をついて出てしまった言葉が気恥ずかしくて、はっ、と朱雀さんを見る。彼は小首をかしげて、なんてことのないように言った。
「どこでもいいんじゃないかな。通信手段のない未開の時代じゃないんだし、生きてさえいれば、どこでだって声を交わせるよ」
ね、と諭すのが彼でなければもう少し憤っただろうか。簡単に言ってくれると。その通信手段が発達した今でさえ会いにきてくれないじゃないかと。
けれど。
生きてさえいれば。その言葉が胸を締め付ける。
死獣天朱雀さんの年齢になったら、ご友人で亡くなった人もいるんじゃないだろうか。自分の母もまた、若いといえる歳のうちに過労で死んだ。
命を繋ぐだけのことが、今の時代、とてもとても難しい。
「……そうですよね。すみません、朱雀さん」
「ん?」
「移動してもいいですか?」
もう夜も遅い。今からログインしてくる人は、多分いないだろう。
アインズ・ウール・ゴウンは悪にこだわったギルドだ。最期のときはふさわしい場所で迎えたい。
「最後はやっぱり玉座の間かなっ、て」
「ああ、そうか。そうだね、降りようか。ついでに持ってったら? それ」
朱雀さんの視線の先にはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがあった。ギルドの皆で血反吐を吐くような思いをして作ったギルド武器。これひとつとっても、いくつもの思い出がこみ上げて来る。
「……いいんですかね、俺が持っていっても」
「持って行くとしたら、モモンガさんじゃないといけないと、ぼくは思うけど。最後のときに壁に飾ってあるだけじゃあ勿体無いよ」
「それじゃあ……」
杖を手に収めた瞬間、醜悪なオーラを放つ赤色のエフェクトが立ち上る。二人でその作りこみに感心した後、第十階層へと向かうべく、円卓を後にした。
目的の階層に降り立ったとき、ふと死獣天朱雀さんが尋ねてくる。
「……もし良かったら、なんだけど。図書館に寄っていってもいいかな」
「もちろん。そういえばティトゥスは死獣天朱雀さんが作ったNPCでしたね」
ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥス。
大図書館「アッシュール・バニパル」の司書長として作製されたNPCだ。アンデッド系の初期種族であるスケルトン・メイジであるが、一段階上のエルダーリッチよりもレベル的には上の存在で、製作系に偏ったスキル編成をされているという中々尖ったキャラクター。古代ローマの賢人の名前を連ねて、とにかく賢いイメージにしようという願いがひしひしと伝わってくる。
「うん。顔だけ見にいきたくてさ」
昼間のうちに上の階層は大体見てまわったけれど、最下層に降りる前に他のギルメンが来たので結局足を踏み入れないままだった。
行きましょう行きましょうと促して、すまないね急がせてと謝る声に、いえいえなんのと返しつつ、図書館の扉を開く。自分が作ったNPCに対してはみんな少なくない思い入れがあることだろう。……自分が作った黒歴史についてはそっと蓋をした。
「…………」
図書館に入ってその姿を発見した後、死獣天朱雀さんは無言のままじっと、こちらを向かせたティトゥスを見つめている。変わらない表情のその内に、どんな感情が渦巻いているのかはわからない。時折、こぽり、と、朱雀さんの頭のエフェクト音が鳴った。
時間にして2分ほどだろうか。朱雀さんはこちらを向き直り、行こうか、とそう申し出た。
「もう、いいんですか?」
「うん、もう十分」
ゆっくりと踵を返し、扉に向けて歩き出す。一歩一歩静かに、厳かに。
その一連の行為がまるで黙祷のようで、ぎゅう、と胸が締め付けられるような心地になった。
そう、彼らは今日、みんな死ぬのだ。サーバーにどのくらいの時間残っているのかはわからないけれど、時間を過ぎてしまったら、もはや誰もこの地下墳墓に足を踏み入れるものはいなくなる。
アンデッドの巣食うダンジョンがこれから死んでしまうなんて、皮肉な話だ。そう自嘲しながら、最期の時を迎える場所へと向かった。
道中でセバスとプレアデスを連れて入ってきた玉座の間は、依然変わらない姿で俺達を迎えてくれた。
ナザリックの最奥にして最重要箇所。その事実にふさわしく、精巧な作りこみと荘厳な雰囲気を持つこの場所にただただ圧倒される。
「おおぉ……」
「はー……、凝ったねえ……」
ゆっくりと辺りを見渡しながら玉座まで進んでいけば、とあるものが目に入った。
純白のドレスを身に纏い、玉座の傍に立つ美しい女性、守護者統括アルベド。……の手に握られた、ワールドアイテム、
ギルドメンバーの誰かが持たせたのだろうか。いつの間に。
「どうしたのモモンガさん」
「いえ、アルベドが
「……ほんとだ、なんでだろ」
「……設定に書いてあるかな、……長っ!」
「ちょっと待って読ませて読ませて」
洪水のような文章量に圧倒されて、さっさと流そうとする俺を止め、まだちょっと時間あるよね、と長大なアルベドの説明文を死獣天朱雀さんがやや急ぎ足に読み進めていく。
真なる無についての記述はないなあ、という呟きに、裏設定かもしれないですね、と返す。ここまで文字を詰め込んでおいて更に欄外に設定を増やすなんて、と一瞬思ったけど、タブラさんならやりかねない。
そう思ったことを朱雀さんに知られたわけではないだろうけど、ふ、とため息のように笑みをもらして、ぼそりとつぶやく声。
「タブラくんも業が深いなあ……」
基本、老若男女問わず「さん付け」で呼ぶ朱雀さんにしては珍しい呼称に、けれど在りし日を思い出してアバター越しに目を見開いた。
そういえば朱雀さんは、リアルで知り合いだったタブラさんに勧誘されてアインズ・ウール・ゴウンに入ってきたんだっけ。それまで人間種でプレイしていたのをわざわざデータロストして今の姿を作ったのだと聞いている。
……そんなリアルでの知り合いに自分の作ったNPCの設定をじっくり読み込まれるなんてどんな気分なんだろう、と一瞬薄ら寒くなった。こちらの内心を知らないまま、無邪気に読み進めていた朱雀さんの指が、最後の一文になってぴたりと止まる。
『ちなみにビッチである。』
「あっはっはっは!」
「笑い事じゃないですよ! なんだこれ!」
そういえばタブラさんはギャップ萌えだったっけ。それにしてもビッチは酷い。最後だし許されるだろうと、ギルド武器を利用して件の一文を消す。
消したはいいものの、なんとなくこのままじゃあすわりが悪いなあ、と思い悩んでいたところ、すっ、と死獣天朱雀さんが横からなにやら書き加えた。
『モモンガの伴侶である。』
「これでよし」
「よくない!!! 何してるんですか朱雀さん!!?」
「だってほらタブラくんも『嫁にやるならモモンガさんみたいな人が良い』って」
「タブラさぁーーん!!!」
「はっはっはっは!」
ひとしきりじゃれ合って、はしゃいで、気が付けば残り時間はもうあと僅かだった。玉座に座り、朱雀さんはその横、アルベドと反対側に立つ。座りますか? と聞いてみたけれど、いやいや最後にここの支配者が立ってるなんてそんな、と丁寧に断られた。そんなことしたらウルベルトさんに叱られる、という一言に思わず笑ってしまったので、年長者を立たせる不本意もそのままに、「悪のギルドらしい定位置」に着く。
ふう、と一息ついた朱雀さんが、こちらに顔をむけた。
「今日は一日つきあってくれてありがとう、モモンガさん」
「こちらこそ! 今日は楽しかったです!」
本当に久しぶりに楽しかった。嘘偽りない気持ちで笑顔のアイコンを出す。しかし、朱雀さんの方はアイコンを表示する様子が無い。もしかして楽しくなかったのだろうかと不安が募ったそのとき、朱雀さんはふと俯いて、おもむろにぽつりと溢した。
「……実はね」
「はい?」
「辞めてきたんだ、仕事」
「……えっ?」
死獣天朱雀さんがリアルの話をするのは本当に稀なことだ。朱雀さん自身がリアルとゲームを徹底的に分ける主義であったのもそうだけど、この世界において大学教授なんていう職業はエリート中のエリートで、ギルドメンバーを信じてはいても、万一余計なトラブルの原因になっては寝覚めが悪いだろうと、ギルド長である俺のほかには秘匿しておくことにしようと、リアルでの知り合いであるタブラさんと三人で話し合った結果そうなった。
その甲斐もあってか、基本出しゃばらず一歩引いたところから、誰にでも穏やかな物腰で接する人柄が受け入れられて、ギルドメンバーのみんなには好意的に受け止めてもらっていたように思う。
聞きたいことは色々あったが、それが纏まる前に、朱雀さんは話を続ける。
「長いことねえ、同じ分野で競ったライバルがいたんだけどね。ちょっと厄介な病気でさ。見舞いとかもしょっちゅう行ってやって尻叩いたりしてたんだけど、それがこないだ亡くなって」
ふ、と朱雀さんは短いため息をついた。アバターでは読み取れないけれど、どこか遠いところを見ているような。
「ずっと一人でこの道を続けてきたと、続けられると思っていたんだけど。やっぱり思い上がりだったみたいで」
なんにもする気が起きなくなっちゃった。
本当に寂しそうに言う朱雀さんにかける言葉も無く、じっとその姿を見つめる。
さっき、ティトゥスを見ていたとき、朱雀さんが何を考えていたのか。その片鱗を掴んだ気がした。
「でもね、君からメールをもらって、ここのことを思い出してさ。酷い話だよね、連絡がくるまで忘れてるなんて」
「そんな……」
「それでさ、もし、良かったら。忙しいかも知れないけど、空いた時間に連絡をくれないかな」
「え?」
「や、嫌ならいいんだけど」
「いえ、そんな! 嫌なんてことはないんですけど!」
自分でいいのだろうか、という思いが脳裏に浮かぶ。ユグドラシルも終わってしまうのに、外で会ってどんな話をすればいいのかわからないのだ。俺には本当にユグドラシルしかないのに、大学の教授をやっていた人が普通の会話をして楽しいわけがない、と。もちろん、これからも関係性が続いていくことは嬉しい。ユグドラシルで繋いだ絆が残ることは喜ばしい。けれど、それがユグドラシルの外であっけなく壊れてしまうことがあったら。それが、他のギルドメンバーとこれから外で連絡を取り合う気になれない理由でもあった。
そんなこちらの内情を見透かしたように、ふふ、とこちらにわかるよう、はっきりと声を出して朱雀さんが笑う。
「それなら、時間のあるときに話相手になって欲しいな。老い先短いじいさんで悪いけれど」
「……朱雀さんこそ、俺で良いんですか?」
「君は本当に自己評価が低いね。もう少し自信を持っていいんじゃあないかな」
その声ははっきりと事実を断定するように、きっぱりと告げた。嘘偽りの無い言葉だと、聞くだけで思えるような声だった。
「ぼくは、ここで切らしてしまうには勿体無い縁だと思う。なかなかいないよ、モモンガさんみたいな人」
「……それはどういう意味でですか?」
「ははは」
「……ふふ」
ようやく笑う余裕ができて、ふと時計を見れば、本当に僅かな時間しかない。
ちらりと朱雀さんを見る。これからやるロールプレイに、乗ってくれるだろうか。これで乗ってくれなかったら恥ずかしくて二度と連絡できないかも知れない。
そう思っていたらなんと、朱雀さんが玉座の前の階段を数段降りて、まっすぐこちらに語りかけてくる。
「偉大なる死の支配者よ。末期をここで迎えることができて、ぼくは本当に嬉しい」
急なロールプレイだったが、返す台詞はすぐ頭に浮かんだ。
いい歳した大人がこんなことを、と馬鹿にするひともいるけれど、いい歳をした大人が全力でこういうことをするのだから楽しいのだと、心から思う。
そう、楽しかった。この12年間、ユグドラシルで、ナザリックでみんなと過ごした日々。
本当に、楽しかったんだ。
「それは何よりだ、我が友よ。その死、その最期が、あなたにとって安らかなるものであることを、心から願う」
視界の端でカウントダウンが残りの時を刻む。あと数秒。最後の台詞は朱雀さんに託す。
「ありがとう、友よ。また来世で会おう」
ああ、完璧な最後だ。きっとウルベルトさんが聞いたら悔しがるに違いない。俺もその場にいればよかったと。
そう思い、そっと目を閉じて、強制ログアウトを待った。
待った。待っ……た?
おかしい。待つほどの時間が余っていただろうか。
目を開いて確認すれば、なんとコンソールが開かない。GMコールも効かない。
ありえない現状に心の中で叫ぶ。
最後の最後までなんなんだあのクソ運営は!!!
怒りを共有してくれそうな人物に視線を移せば、死獣天朱雀さんはこちらを見ていなかった。何かと思って彼の視線を追えば、そこには驚愕すべき光景がある。
……黒髪の美女が、はらはらと涙を溢していた。
「そのような……」
その表情は哀しみに満ちている。寄せられた眉根が、赤く腫らした眼が、涙を堪えるようにときおり噛み締められる唇が、ドレスの裾を握り締める指先が、それぞれあまりにもリアルに悲哀を伝えてきた。
「そのような、ことを仰らないでください」
美しい声が、途切れ途切れに自らの意思を紡ぐ。聞いたこともない声だった。そのはずだ。ギルドにいた女性メンバーの誰一人として、NPCに声を吹き込んだ者はいなかったのだから。
死獣天朱雀さんは相変わらず、無言のまま彼女を見つめている。
「わたくしと、モモンガ様との、縁を結んで下さった方が、そのような」
膝から崩れ落ちる彼女を見て、思った。
どうなってんだこれ、と。
至高の方々が転移するにあたってこの辺はみなさんもう見飽きてるでしょうし、原作にあるところはさらっといく方針です。
本日の捏造
・死獣天朱雀さんの見た目
???「『朱雀』なのに水属性……ギャップですね!」
???「バードマンはもういるしね」
・ティトゥスさんの創造主
まだ決まってなかったよね? よね……?
・死獣天朱雀さんの加入理由
手元にBD特典小説がないので詳しくはわかりませんが、なんとなくナザリック攻略戦の後に入って来たイメージがあります。
いい歳したおじさん? 下手するとおじいさん? に没入型RPGの戦闘は辛い……辛くない?
※2022/07/29追記
2022年7月29日に発表された死獣天朱雀さんの公式ビジュアルとは違う見た目で書いておりますが、2017年に執筆を始めたものなので、「ぼくのかんがえたさいきょうのしじゅうてんすざくさん」としてお許しいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。