続、やはり俺の魔王攻略は間違っている。   作:harusame

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第3話 俺と魔王と他人の顔

「私ね…時々…」

 

 

他人に見せる顔は自身の一面に過ぎず、

 

他人に見せる本当の顔など存在しない。

 

いったい誰から聞いた言葉だったのか。

 

 

「自分の顔がね」

 

 

俺は自分が比企谷八幡だと認識しているが、彼女から映る俺はどうだろうか。そして、彼女が俺に見せる顔は本物の雪ノ下陽乃なのか、数多の中の一つなのか。

 

 

それとも…。

 

 

 

「----に見えるんだよ」

 

 

 

×××

 

 

 

やはり学生の本分は勉強である。

 

本来、勉学とは自己の研鑽であることから、他人と群れず孤高に自宅で行うのが最も正当なスタイルだろう。授業ならともかく、予習や復習、ましてや宿題なんかを他人と一緒にするなど勉学のスタイルとしては邪道かつ非効率ではないだろうか。よって、孤高な自宅学習こそ俺が最も得意とするスタイル(というかこれしか知らん)である。

 

ちなみに、勉強が出来れば、好きな科目が苦手な才女達の家庭教師をしながら元選手の先生の家を掃除したりもするし、勉強が苦手な五つ子の見分けも付いたりする。

 

とりあえず、勉強が出来きるのに越したことはない。まあ、そんな訳で俺は春休みの宿題を片付けようとして、

 

 

何故か千葉の図書館の自習室にいるのであった。

 

 

 

×××

 

 

自習室はほぼ静寂そのもので、程よい緊張感を与えてくれる。学習する環境としては最適だろう。

 

しかし、俺のペンを走らせるはずの手は、ほぼ止まっていた。

 

 

8人掛けの長机。

入口から一番遠い端の席。

 

 

俺は意を決して左隣に小声で声をかける。

 

 

「あ、あの…」

 

「やっとこっち見たね」

 

机の上に乗せた腕組みを枕にしながら顔だけこちらを向いて、

 

陽乃さんは、にまーとした笑顔で俺を見つめる。

 

やっ、やりづらい。

 

目が合った瞬間に頬の温度が上がった気がする。

 

「た、退屈だったら後で合流しますか?一時間後くらいで」

 

意を決して言ってみる。

 

普段から何かと忙しいだろうし、退屈させているのではないかと心配になった。

 

「いいよ。見てたいから、八幡のこと」

 

からかい好きな同級生みたいにあどけなくおっしゃられる。

 

「わ、分かりました…」

 

そう言われると何も言い返せない。

これ…新手の拷問ですか?

 

と、思ったがそれはほんの小手先であり、本番はそれからだった。

 

 

だってさあ!

 

 

魔王様がこっちのペンが止まる度に教えようと体を寄せてくんの。そしたら痺れるようないい匂いするし、何かいろいろ当たるし、小声で伝えようとするから耳元に吐息が当たるし、発せられる言葉は勉強のことなのに言われるたびに背中が何かゾクゾクするし。それに、教えてくれることに俺が反応したり、問題に正解すると、すんげえ嬉しそうな顔すんの!!

 

ともかく、もう、そう!

どう考えても集中できないでしょう!!

八幡のSUN値がガリガリ削られてんのね!!

 

どうにか一時間ほど頑張ったが、「少し休憩しますね」とギブアップを宣言した。

 

 

 

×××

 

 

 

とりえあえず戦略的撤退のためトイレを理由に離席することにした。

 

そして、自習室に戻る途中の文庫コーナーでとある本が目に留まる。

 

名前に逃げられた男が現実の存在感と他人からの認識を喪失するという話で、なかなか興味引かれるものであった。

 

そして、パラパラと本をめくっていると、

 

 

「それは芥川賞取ったやつだったかな?」

 

 

陽乃さんが俺の手にした本をのぞき込むように声をかけてくる。

 

しまった…。つい、読み込んでしまっていた。

 

「す、すいません。お待たせして」

 

「別にいいよ。実は、ちょっと前から見てたんだけどね~」

 

怪獣を作って世界をリセットする少女のような満面の笑顔を浮かべておっしゃられる。

 

「…声かけてくれていいですから」

 

「ちなみに、その作者好きなの?前も読んでたよね」

 

「ちょっと興味があって。前に読んだ段ボール被った男の話しは内容がさっぱり分かりませんでしたが」

 

「あれはね~。私も4回くらい読んだけど、語り部が途中で何回も変わって話を理解するのが大変だったよ」

 

「まあ何となくこの作者が人間というか『他人』をものすごく意識しているのは伝わりましたが…」

 

「私もそう思うよ」

 

「他のも読んでみようと思ったのですが、この短編もなかなか難解で…」

 

「そうだね。難解というか奇想天外な話も多いけど」

 

「他はどんな話が?」

 

「う~ん、これなんかはね。かいわれ大根が膝から生えた男が自走するベットで病院を彷徨う話なんだよ」

 

「かなりシュールですね。それは…遠慮しときます」

 

「そうだね。失踪三部作は押さえたいけどどれも長編だし…。このあたりの短編でもいいけど」

 

 

陽乃さんは何だかとても楽しそうだ。

 

俺自身も人と本のやり取りなんかほぼしたことが無いからとても新鮮だった。

 

 

「ならこれ…」

 

陽乃さんが手に取った本を一旦止めて、

 

「やっぱりこっちかな。一応現代の話で割と読みやすいやつ」

 

別の本を差し出してくる。

 

「えっと。どんな話ですか?」

 

普段はあまりネタバレというか話の内容を事前に仕入れ無いのだが、陽乃さんの要約を聞いてみたくなった。

 

「それはねー」

 

 

 

××××

 

 

 

「今日は勉強も教えてもらってありがとうございました。その…本も」

 

図書館からの帰り際、駅までの道のりで陽乃さんに改めてお礼を伝える。

 

「どういたしまして。でもあんまり教えすぎると雪乃ちゃんに怒られるからね」

 

「いや、べつに雪ノ下は…」

 

「一応、雪乃ちゃんがメインの先生ってことになってるから」

 

「そうなんですね…」

 

というか初耳なのですが。それにメインの先生はスパルタ過ぎて…。

 

 

「それと、これ。この間の忘れもの」

 

そう言って、なんか高そうなデザインの紙袋を渡される。

 

「すいません。お手数おかけしました」

 

前のデートで店に俺が忘れたパーカーだ。

 

受け取ると何だかふんわりとした匂いがした。わざわざ洗濯してくれたのだろうか。

 

 

陽乃さんは爽やかな笑顔で、並んで歩く俺との距離を詰める。

 

と同時に手を繋がれた。しかも指と指を絡めるやつね。

 

「ど、どうされました…?」

 

 

まだ日が完全に落ちて無いせいか、春先のせいか、外は十分に暖かい。少し汗をかかないか心配だ。

 

 

「何でもないよ~」

 

 

落陽を背にした陽乃さんの笑顔は、

今日、一番の鮮やかなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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