続、やはり俺の魔王攻略は間違っている。 作:harusame
ー世界が、この目に映る何もかもが美しいー
とある個性的な人物達が集う荘の青年が憧れの年上の先輩と念願の恋仲になった翌朝の出来事だったそうだ。彼には世界が変わって見えたのだろう。まあ、俺が先日読んだとある漫画の話である。
しかし現実はどうだろう。
単なる人間関係の変化で世界が簡単に変わるものだろうか?
×××
本日は3月某日、つまり修了式の翌日。
念願の春休み初日であるが。今までの俺の人生とは大きく変わっている。
昨日、学校の屋上。
村人と魔王との出来事。
村人は俺こと比企谷八幡で。
魔王は雪ノ下陽乃。
県下有数の大手建設会社の社長令嬢であり、才色兼備の魔王系女子大生。誰もがリア充の中の女王と称してもおかしくは無い、俺とはあきらかに違う世界の住人。
そんな村人が魔王を攻略しようとした荒唐無稽な話。
しかし、その結果をどうやら俺は現実のものとして受けとめることができてないらしい。
…。
……。
………。
俺は手に持つスマホの画面を何度も見返している。
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おはよう。
今日も会えるのを楽しみにしてるね。
陽乃
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これってリアルなの?
スマホと共に異世界に転生してないよね。
その、なんだ。
文面的に今日も会うことになっている。
それは、つまり、世間一般的に言うデ…デー…、
「うわー、お兄ちゃんスマホ見ながらニヤニヤしてる…」
リビングのソファに寝転がっていたら小町からそんな言葉を受けた。普段ならそのまま「きもい」や「犯罪者的な」と言った発言が飛び出すところだが…。
小町は俺の分のモーニングコーヒーをテーブルに置くとソファに腰かける。
「陽乃さんからのメールでしょ?」
俺はスマホをポケットにしまって無言でコーヒーを口にするが、飲んだ瞬間ぎょっとする。
練乳入れすぎだ。甘すぎる。
「今日は初デートかな?気合入れてコーディネートしてあげるねお兄ちゃん!」
ニヤニヤしているマイシスターに俺は何も言えなかった。
×××
話は昨日の晩にさかのぼる。
夕飯前にリビングにいるといつの間にか小町が話しかけてきていた。
「-ってことがあってね、やっぱり高校生になったら…ってお兄ちゃん。さっきから小町の話聞いてないでしょう」
「あ?」
「あ?じゃないよ?今日修了式だったんでしょ?」
「ああ」
「……なんかいつにもましてぼーとしてるよね」
「ああ…」
「お兄ちゃん?もしかして今日学校で何か…」
「ああ、うん」
「ええっと…。うーん。いやでも。あのね?小町はお兄ちゃんが話したくないなら何も聞かないけど、いつでも相談にのるからね?」
「ああ」
「なんかお兄ちゃんが『カユ、ウマ』とか言いそう…。うう。すんごい気になる…」
「………ことになった」
「……は?」
「…お付き合いすることになった」
「はあ!?」
「誰が?誰と?お兄ちゃんが?誰と?雪乃さん?結衣さん?生徒会長さん?大志くんのお姉ちゃん?」
「…陽乃さんだ…」
「あっ。やっぱり」
「なんだよ。やっぱりって…」
「だって…。まあいいや。それよりお兄ちゃんおめでとう!!お祝いしないと!!夕飯は赤飯炊くね」
「いつの時代だよ…」
夕飯に本当に赤飯が出てきて、親父や母さんまでニヤニヤしていた。親父が彼女が出来たときの心得とか語り出したからとりあえず無視。母さんと小町からも完全にスルーされていた。
「小町がサポートするから安心してね。デートのファッションとか、頭の先からつま先までお兄ちゃんを完璧にチェックするから!」
とホッチキスを振りかざしそうに小町が張り切っていた。
×××
俺の目から見える世界は果たして変わったのだろうか?朝、顔を洗ったときに鏡で見たその多少個性的な目はいつもと変わらなかった気がする。
午前11時。
リア充の多いスターフロントカフェに身を置きながらそんなことを考えていた。
昨日、あの屋上で俺は無謀を通り越した冒険に挑んだ。その結果は甘んじて受けないといけない。ただ、自己保身と心の平穏を求めて止まないぼっちマスターの俺が、これから訪れるであろう自己否定と波乱万丈な日々に耐えれるだろうか。
そんな不安と心配は正直ある。
というか今後のことを考えると冷や汗が止まらない。
デート中らしき大学生くらいのいかにもリア充っぽいカップルをぼんやりと眺めながらそんな思考を堂々巡りさせている。
客観的に見ると、俺もあんなリア充の仲間になるんたろうか。小町のコーディネートのおかげで見かけには問題無いと思うが…。
…。
……。
……ないな。
なんだかとても場違いな気がしてきた。
この場に自分がいるのがなんだか間違っているような気さえしてくる。いつもなら気にしない周囲の目も心なしか気になりだす。
もし、
全ては俺の勘違いで。
全ては俺の思い違いで。
全ては俺の妄想だとしたら。
俺は…。
当然、そんな事はあり得ないことも分かっている。昨日自分が手を伸ばしたものを否定することはもうしない。そう誓ったのだから。
だがしかし。
十数年で練り上げられたぼっちマインドがたった一日で180度変わるのかと言えば、そう簡単な話では無いのだ。常に保身を、リスクを、相手の裏を見つめ続けてきた日陰者の俺には今から自分が歩むであろう道が明るすぎる。
眼が眩むほどに。
…。
気が付いたら、頼んだコーヒーは空になっていた。いつの間にか飲み干したらしい。しかし喉の渇きが何故か癒えないような気がする。
我ながら自分の小心者ぶりに呆れてしまう。
ふと、
柑橘系の香りが脳裏をかすめたような気がした。
入口の自動扉が開く音。
飽和した店内の空気が入れ替わるような。
迷いなく、淀みなく、はっきりと分かるように俺に向かってくる足音。
店内の何人かの男性が思わず流した視線を背にしながら。
「お待たせ。八幡」
赤のコートみたいな、丈が太ももくらいまでのワンピース。黒のストッキングにヒールの高い靴。そんな、ただそこにいるだけで周囲を圧倒する魔王様こと雪ノ下陽乃。
だが、そう言って俺に向けるのは外骨格を纏ったでもなく、蠱惑的でもない、ただまっすぐな微笑み。
まるで子供のように楽しそうな。
…。
…いや、…その。
しょっぱなからそういうのは困りますよ。
八幡のHPの最大値は少ないので。
「その、あれです。改めて…。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
何事も初めの挨拶は肝心だ。
「うん。よろしくね」
「ちなみに…き、今日はどうしましょうか?」
「あのね」
「八幡と話したいことがいっぱいあったんだけど…」
陽乃さんは対面の席をスルーして俺の隣に座りながら、
「今はこうしてるだけでいいかな」
俺の肩に体を預けてくる。
アイエエエエエエ!!!
鼻腔をくすぐる甘い柑橘系の香りに意識が持っていかれそうになる。
だってさあ!
さらにさあ!
俺の肩をぐりぐりしてるんだもん!
なんか猫みたいにさ!
なんかいろいろ柔らかいところが当たってるの!
それにさあ!すんごい、いい匂いするし!
そんなんされたらHPが持ちません!
八幡の鼓動がどったんばったん大騒ぎ!
そして、甘い吐息が俺を痺れさせそうな距離で。
獅子は鼠を狩るときでも全力を出すかのように。
俺のどうしようもない頭を見透かすかのように。
誰しもが到底目を背けることができないように。
吸い込まれそうなただ美しい瞳で俺を見上げる。
…。
……。
………無理です。
理性と言う名の、八幡の内なる何たらはすでに瀕死であります。魔王様はやはりとんでもない。
何とか目をそらしながら。
「えっ。あっ。陽乃さん、周りが…」
周りからの視線を感じる。どう見ても注目を浴びてる。それはそうだろ。以前の俺なら、こんな公然といちゃついてる男女見たら爆発しろと思う。
「は・る・の。さん、はいらないよ」
だが、魔王様は全く気にされないようで。
「その…いきなり呼び捨ては…」
いや、まあ世間一般ではそうなのかもしれないが。しかしいきなりはハードルが高すぎる。
「そのうちお願いね」
「ええ、まあ…善処します…」
結局。
世界が変わらないことも。
相変わらず厳しいことも。
改めて身に染みて理解した。
しかし、
うだうだ考えている余裕は無さそうだ。
とりあえず目の前のことに集中しよう。今日1日何とか生き延びるために…。予想以上に心身への負担は大きそうだが…。
村人は村人なりに魔王様についていくしかないだろう。
ー外は相変わらず眩しいが。
「と、とりあえず店を出ましょうか…」
ー今が楽しくて仕方ないような。
「じゃあ、行こうか!」
ー子供のような笑顔を向ける彼女のために。