夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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短いですが、切りがいいので。


七話:紅茶の香り

 間近に、それこそ今までに無いほどに間近に迫った巴の顔。瞬く間にその距離が正真正銘ゼロになり、感じたのは、熱。

 触れた唇だけではない。添えられた頬が、顔にかかる彼女の髪が、密着した柔らかな身体が、接している全てが、熱い。

 投げ出していたはずの両腕が、気が付けば彼女の背中に回されていて、真っ白になった頭とは裏腹に、その身体を掻き抱く。

 それに呼応するように、巴もまた、アキラの頬に添えていただけの手を、今度は両腕で。

 

「……あぁ」

 

 漏れでた声は、果たしてどちらのものだったのか。

 一度離れた唇。触れただけの、子供のキス。しかし、離れていった熱がどうしようもなく惜しくなって、アキラの頭を抱き抱えるように持ち上げた巴が、本能のままにもう一度行為に及ぶ。

 その時には、互いに正気は取り戻していた。巴は、熱に浮かされながらも。アキラは、鈍いながらも動き始めた頭で。

 目の前にいる存在を求め、受け入れる。

 

 二度目のキスは、一度目よりも長く触れ合っていた。

 それも、アキラが巴の頭を抱えながら起き上がったことで、終わりを告げる。

 唇こそ離れたものの、互いの距離は果てしなく近いまま。

 その至近距離で零れた涙に、アキラは少し動揺して。

 

「……ごめん」

「……なぜ謝る」

 

 堰を切ったように、ぼろぼろと涙を流しながら謝る巴。両手で目を抑え、しゃくりあげて肩を揺らす彼女に、アキラはぼやけた頭でその身体を抱き締めようとして、それは濡れた両手で突き飛ばされて拒否される。

 まるで力の無い、しかし明確な拒否に、彼は一度顔を片手でぐしぐし擦った。

 

「お前の、気持ちも、考えずにっ。アタシは、アタシはぁ……」

「……俺の気持ちだぁ?」

「そうだよっ!」

 

 キッ、と鋭い視線をアキラに向けて、しかしすぐに弱々しくなるそれを受け止めて。

 

「確かに、順序は逆だったな」

 

 がしがしと頭を掻いて、また顔を覆ってしまった巴の両腕を掴み、先程のようにそれを開いて、

 

「こっち向け」

「見れないよ、見れるわけ……」

「いいから見ろ。男の告白を無下にする気か」

「――――え?」

 

 聞こえた言葉が信じられなくて、巴は目を見開いた。

 目の前にある彼の顔は、数えるくらいにしか見たことがない、頬を染めて、恥ずかしそうな顔で。

 アキラは、ひよりそうになる心を叱咤して、逸れそうになる視線を、しっかりと彼女の瞳に向けて。

 

 

 

「好きだ」

 

 

 

 ――ぶわり、と。

 

 全身の産毛が逆立つような感覚が巴を襲う。

 意味を理解する前に、耳から入ったその言葉だけで、燃え上がるような熱が胸に灯り。

 数瞬遅れて全てを理解した瞬間に、その熱が全身に燃え広がった。

 涙こそ止まったものの、真っ赤になったまま動かない巴に、ついに視線を逸らしたアキラが、頬をぽりぽりと掻きながら、

 

「あー……、返事をくれると、ありがたいんだが」

「……バカ」

「えぇ……てかなんでまた泣くんだよ。勘弁してくれ」

「……うるさい、お前のせいだぁ……」

 

 ぼろぼろとまたしても溢れだした涙を拭いながら、困った顔でそれを指で掬い、拭っていくアキラ。

 その手を払い、どん、とアキラの胸へとすがりついた巴は、くぐもった声で言う。

 

「いつから……いつから待ってたと思ってるんだ。ずっと、ずっと、アタシは待ってたんだぞ」

「口下手でな。態度で示してたつもりだったが」

「女は口に出して欲しいものなんだよ」

 

 ぐりぐりとアキラの胸に頭を擦り付ける巴と、その頭を優しく撫でるアキラ。彼からは見えはしないが、巴の表情は嬉しくてたまらない、抑えきれないその気持ちが、笑顔となって溢れている。

 脇の下から通された手は、アキラの両肩をしっかりと掴んで離さない。

 

「で? そろそろ返事を聞かせてくれないか」

「馬鹿。そんなの決まってるだろ」

「男だって、口で言ってくれなきゃ安心出来ないんだよ」

「……ずるい生き物だな、男って」

「ずるくて結構。俺だけに言わせて満足なんて、許さねぇよ」

 

 言いながら、巴の肩を掴んで身体を離そうとして、

 

「ちょ、ちょっと待った」

「……なんだよ」

「こ、心の準備を」

「人の唇勢いで奪っておいて、今更だな」

「なんでもいいから!」

 

 顔を上げて、その真っ赤な顔のままに見上げて懇願してくる巴に、呆れながら告げる。涙は既に止まっており、今はただただ恥ずかしいと言わんばかりに、もう一度胸に顔を押し当てる彼女に、不覚にも彼は心を激しく揺さぶられる。とはいえ、あまり顔に出ていないだけの話で、アキラもまた内心では動揺のし通しではあるのだが。

 

「こ、このままでもいいか」

「ダメ。ちゃんと俺の目を見て言うこと」

「そんなことしたら、恥ずかしさで死にそうだ……」

「お前、自分だけが恥ずかしいとでも思ってんのか? 俺の心臓は今にも破裂しそうなんだけど」

 

 え? と。

 疑問の声を上げながら、その言葉を確かめるように、アキラの胸へと耳を押し当てる。

 そこから伝わる鼓動は確かに、今の自分にも負けないくらいに脈打っており。自分のことでこんなに緊張してくれているアキラのことを想うと、巴は恥ずかしさよりも嬉しさの方が強くなってしまって。

 

「はは、なんだこれ」

「だから言ってんだろ。……初恋で、長年好きだったやつとこんなことになってんだ。緊張しない方がおかしい」

 

 だから、早く楽にしてくれ。

 そう言いながら、再度肩を掴んだアキラの力に逆らわずに、巴は少しだけ身体を離す。

 そして、緩んでいるであろう自分の顔を軽く両手で張ると、

 

「よし」

「……気合いの入れ方が男らしいな」

「茶化すな」

「ごめんなさい」

 

 要らぬ言葉を挟んだ男に、同じようにその頬を張ってやると、巴は一度深呼吸を挟んでから、告げた。

 

「アタシは……ううん。アタシも、アキラが好きだ。ずっとずっと、好きだった。だから」

「待った。そこからは俺から言わないと、格好がつかねぇな」

 

 これからも、と続けようとしたところで、アキラの人差し指が巴の口に当てられる。一瞬呆気に取られた巴だったが、直ぐに笑顔を彼に向けて。

 きっと同じことを言ってくれるであろう彼の言葉を、待つ。

 

「両想いなら、躊躇うこともない。……俺と、ずっと一緒にいてくれ」

「……アタシでいいのか?」

「お前じゃなきゃ嫌だ」

 

 臆面もなく言い切られ、恥ずかしいやら嬉しいやらで頭の中がごちゃ混ぜになってしまった巴は、引き締めたはずの頬がどうしても緩むのを感じて、たまらずアキラの頭を自らの胸に抱き抱える。

 そして、勢いで動いてしまったことをごまかすように、

 

「あ、アタシは。お前の紅茶を毎日飲みたいから、さ」

「ふふっ、なんだそれ」

「う、うるさいっ」

「……好きなときに飲ませてやるよ」

 

 胸に抱えられた体勢から抜け出し、不意打ちのように、アキラは巴の唇に自分のそれを重ねる。

 目を見開いた巴だったが、すぐにふにゃりと強ばった表情は身体と共に力が抜けて、

 

「……紅茶の香りがする」

 

 離れた後に、自分の唇に触れた巴は、小さく小さく呟いた。




次回更新は水曜日。
巴の☆4ようやく来たよ……!

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