夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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久しぶりに更新。
久しぶりなので短め。


三十一話:落とせない涙

 ──いかに人助けの為とはいえ、学生の身で流血沙汰を起こしてしまってはいけない。

 

 警察署にて事情聴取を受けたアキラは、警官からそのような説教を受けた後に解放された。

 説教こそ受けたものの、巴とひまりの証言と、捕まった二人の男の自白が一致。アキラに下される罰は通う高校と両親への連絡ということで話が決まる。

 男達は、ひまりの親告により少年院送りが確実となる。向こう一年は出てくることはないだろう。

 少年院どころかアキラの手によりまずは病院送りとなってしまった男も、入院の後に少年院に入ることになる。

 

「……まぁ、上手くまとまってくれたのかね」

 

 警察署を振り返り、ひとつ息を吐いてからてくてくと歩き始めるアキラ。

 両親への連絡は先程事情聴取の中で済ませてしまった。連絡を受けたのは父親で、警官とどのようなやり取りをしたのかはアキラにはわからない。

 が、アキラに直接聞いてきたのは喧嘩の勝敗のみであった。流石に警官の目の前で病院送りにしたとは言えないので、遠回しにやんわりと勝利を伝えると、なら問題ないと今回の事件を非常に軽く受け止められてしまった。学校についても、退学なら退学で迎えにいくから安心してろ、とも。

 もし負けていたらまだ話が拗れていたのだろうか、と考えたアキラは、色々と勝っておいて正解だったな、と気楽に考えることにした。

 

「良くて停学……大会は……諦めるしかないか」

 

 近場に控えているブレイクダンスの全国規模の大会。そこから世界への代表選抜……。地区予選に県大会も勝ち抜いた、アキラが所属するチーム、grand slam。

 その大会への参加は望めなくなってしまったことに大きな虚無感を感じながら、しかし仕方ないかと両腕を頭の後ろで組んだ。

 この時のアキラは、まだこの事件が周りに及ぼす影響をそこまで考えていなかった。あくまでも当事者である自分の問題、他に責任がいくような話ではないと考えていたのだ。

 

 しかし、そのある種楽観視とも言えるようなアキラの考えは、翌日に、覆されることになる。

 

 

 

 

 

 

『……まぁ、そういうことだ。責任感じるなとは言えねぇけどさ。皆、お前を責めるようなことは言ってない。それなら仕方ねぇなってさ』

「……悪い。もっと上手くやってりゃ、こんなことには……」

『良いって言っても納得しねぇんだろ? 今は取り敢えず大人しくしてよ。次会うときに全部聞いてやるから。……待ってるからな。あんま思い詰めんな。じゃあな』

 

 通話が終わり、アキラは携帯を握りしめたまま項垂れる。

 学校から下された処分は十日間の停学と自宅謹慎。それは予想の範囲内であったアキラとしてはそこまでショックを受けることはなかった。

 問題は、今しがたチームメイトから告げられた、無慈悲な現実。

 

「……これは、流石に」

 

 端的に言えば、大会運営側からの出場拒否。暴力事件を起こした面子が、代表チームのメンバーであるアキラ。そして二位通過をしているLiar styleの三人であることで、問題視されてこの二チームの出場許可を出さなかったのだ。

 大会には繰り上げで下の二チームが出場になるらしいが、アキラの頭は後悔と謝罪で埋め尽くされてしまっている。

 無論、やったこと自体には後悔は無い。あそこで自分がいかなければ、きっと彼女は女性としての尊厳を滅茶苦茶にされていた。それを未然に防げたことは素直に良かったとアキラは思っている。

 しかし、何もかもが上手くいっていたかとは言い難い。状況を隠れ見ていたならば、そこで先に警察なり何なりに連絡することだって出来ていた。

 そうしていたならば、アキラはあそこで介入こそする必要はあったが、殴り合いまでする必要は無かった。ただのらりくらりと連中と相対して時間稼ぎするだけで。最悪暴力を振るわれても警察が来るまで耐えきるだけで、自ら力にモノを言わせるような真似はしなくて良かったのだ。

 

 自業自得。後の祭りとは言え、なぜもっとよく考えて行動しなかったのか。

 大会に向けて緻密な打ち合わせを重ね、時間をやりくりして練習してきた日々を思うと、アキラは下がった頭を上げることすら難しい。

 後悔先に立たずとはこの事か、と。その言葉の意味が本当の意味でわかってしまった気がして、自室のベッドに力無く倒れ込む。

 本当なら泣いてしまいたい。けれど、男と言うのはおかしなもので。見られてもいないのに流れそうになるそれを飲み込んでから、自分には泣く資格もないとそれらしい理由をつけるだけで涙すら引いてしまう。

 結局、その日はそのままそこから動くことすらしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。ようやく自室から這い出してきたアキラを出迎えたのは、目の覚めるような赤い髪をした彼女だった。

 一瞬呆気に取られたアキラだったが、すぐに表面だけを取り繕って、

 

「……何か用か」

 

 すっかり掠れた声に、巴が目を見開いた。そして気持ち眉尻を下げた彼女は、立ち上がって軽く息を吐く。

 

「驚いたよ。そこまで弱ってるお前を見るのは初めてだ」

「…………」

 

 口を返そうとして、この声では意味が無いとその横を通りすぎて台所へと向かうアキラは、適当な飲み物を冷蔵庫から掴んで口に含んだ。

 喉が乾いていたことをそこでようやく自覚した彼は、確かに弱ってるのかもしれないなと一人ごちた。

 それが聴こえたらしい巴は、またひとつ息を吐いてからソファに座り直していた。

 

「らしくないな。いつもなら絶対に認めないのに」

「ほっといてくれ」

「いやだね。今のお前は放っておけない」

 

 そのまま飲み物を持って、ソファの端に腰かける。一体どれだけ自分はひどい面をしているのか。そう思ったものの、確認すら今のアキラには億劫に思えた。

 

「……傷、大丈夫か」

「ん? あぁ、大丈夫だぞ。本当に掠めただけだったし、跡も残らないさ。……というか、お前本当に大丈夫か? 顔色悪いぞ」

 

 頬に大きな絆創膏を貼った巴が、眉を潜めて距離を詰めていく。

 

「平気だよ」

「どこも平気そうに見えない……うわ、顔冷たいぞ」

「平気だって言ってるだろ」

 

 顔を触られ、それを振り払う。

 これ以上近くにいると余計な詮索をされそうだ、と立ち上がり、

 

「いいから……学校いけよ」

「お、おい。本当に──」

 

 自室に戻ってしまえば諦めるだろう、そう考えたところで、アキラの記憶は途切れている。

 当然だった。この瞬間に、アキラは突然意識を失って倒れてしまっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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