夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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二十七話:宇田川家の祝いの日

「なぁなぁアキラ」

「どうした」

「さっき家から電話があってな、家に来いっていうんだけど」

 

 ゆったりと二人でくつろいでいたこの一日。晩の五時を過ぎたところで、二人でべったり身体をくっつけた状態でソファに寝そべっていた巴がそう切り出した。

 ちなみにだが、この日はアキラが紅茶の準備やトイレなどやむを得ない場合を除いて四六時中巴がくっついて回っている。それを面白がってか若しくは嫉妬してか、今もそうだがチノもセットでくっついているので、少しだけ暑苦しいというのがアキラの本音である。

 

「うーん? まぁ、今朝に今度顔を出すっていったけども……今日か?」

「それがさ」

 

 アキラの言葉に起き上がった巴が、たはは、と照れ臭そうに頬を掻く。それに訝しげに起き上がり、横に腰を落ち着けたアキラが机にあるクッキーを口にしたところで、

 

「その……ほら、晴れてアタシら、一線を越えたわけだろ? それを聞いたらしい父さんがさ」

「あー……」

 

 成る程、と目を細めるアキラは、それは確かに行かねばなるまいと覚悟を決める。

 世話になり、仲良くさせてもらっている宇田川家。同性ということもあり、アキラは巴の父親にはある種一番世話になっていると言える。本人は気さくで冗談も通じる優しい人物なのだが、それ故に一番頭が上がらない存在なのだ。

 そして今回のお呼ばれである。愛娘に手をかけた男である自分だ、誠意を持って挨拶に行くのが礼儀であろう、と密かに決心して、

 

「お祝いだとか言って盛り上がってるみたいでさ。もう料理とかケーキとか準備しちゃってるみたいだ」

「あれ」

「はは、父さんらしいだろ?」

 

 予想とは違う状況に、突こうとしていた立て肘が外れるアキラ。そんな彼にケタケタ笑う巴は、で、どうする? とその顔を覗き込む。

 返事はもちろん、決まっていた。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだなぁ、アキラ! まぁ座れ座れ、一杯やろう!」

「父さん、まだアタシら未成年」

「何を言うんだ巴。高校三年にもなれば立派な大人だぞ? ってことで、母さん酒出してくれ!」

「はいはい、飲みすぎないでよ」

「アキラ」

「わかってる。少しだけな」

「飲むなって言ってるの!」

 

 そうして訪れた宇田川家。満面の笑みで迎えた巴の父親に招かれ、その隣の椅子に腰かけるアキラ。肩を組まれて身体を揺らされながらも表情が変わらない彼だが、流石に付き合いの長い第二の家族。嬉しそうにしているのがしっかり全員に伝わっていたりする。

 

「ただいまー……あれ、アキ兄の靴がある!」

「おっ、あこも帰ってきたな!」

「そういえば母さん、あこは……」

「そりゃあ知ってるわよ。あの子も来年は高校生、その辺の知識ぐらいあるんだから」

「だよな……うぅ、どんな顔してればいいんだ」

 

 バタバタと近付いてくる足音にテンションを上げる父親。あっけらかんとカミングアウトしたことを告げる母親。そんなのなるようにしかならんだろ、とどこふく風の彼氏。悩んでいるのは巴のみという状況の中で、宇田川家最後の人間がリビングに現れる。

 当然というかなんというか、あこが最初に取った行動は、

 

「アキ兄っ!」

「よう、ダンスイベント以来だな」

 

 迷わず椅子に座るアキラに飛び付きにいったあこを、慣れたものと椅子ごと倒れないようにしっかりと受け止めるアキラ。

 相も変わらず仲の良い二人に両親はニコニコ微笑んでおり、ひとまずいつも通りの流れに息を吐いたのは巴である。

 

「右手、治ったの?」

「ああ。もう何ともないぞ」

「良かったぁ。じゃああこ着替えてくるね!」

「転ぶなよ」

 

 大丈夫ー! と元気に私室に消えていったあこを見送り、ちらりと横目で巴の姿を確認するように見るアキラ。どうかしたのか、と首を傾げる巴にアキラは、

 

「毎度思うが、年の差がひとつなのがなかなか信じられねぇな」

「あこはあれだから可愛いんだよ。それにお前が思うほど子供でもない。文句つけるな」

 

 直ぐにムッとして反論してくる巴に苦笑するアキラ。相変わらずの姉バカだな、と柔らかく笑うアキラであった。

 

 

 

 

 

「いや、それにしても」

「?」

 

 家族がそろい、飲めや歌えやの騒ぎが始まって数時間。すっかり酔いの回ったらしい父親が不意に小さな声で言いながら目元を押さえた。

 どうかしたのか、と此方も少しだけ赤い顔をしたアキラがその顔を覗き込むと、そこには微かに光るものが。

 慌ててその背中を強く擦ったアキラが、

 

「ちょ、ちょっと、どうしたんです」

「あー、やっぱりこうなったか。ごめんなさいね。この人お酒が入ると涙もろいのよ」

「お父さん泣いてるのー?」

 

 やれやれ、とその肩をさする母親。てこてこと近寄ってアキラの背中によしかかり、同じようにその顔を覗き込むあこ。巴は苦笑しながらジュースの入ったコップを傾けている。

 父親は微かに肩を震わせながらも、その顔を上げるとアキラの両肩を突然ガシッと捕まえた。わっ、とあこが離れて巴の元へ逃げるも、アキラにそちらを気にする余裕がない。

 

「巴のこと、宜しく頼むぞ。母さんに似て男勝りな娘だけどなぁ……君なら安心して任せられるからなぁ」

 

 赤い顔で、赤い鼻で真正面からそう告げられる。

 酒が入ってぽやっとした頭でも、その言葉にかかる重みはしっかりと理解出来たアキラは、

 

「父さん、少し飲み過ぎじゃないか?」

「そう言わないの。お父さん感動してるとこなんだから」

「感動するなら素面の時にして欲しいんだけどな」

 

 そんな外野の言葉も気にならず、逆に相手の両肩をガシリと掴む。言葉にこそしないものの、アキラは真っ直ぐにその瞳を見据えて深く頷きで返していた。

 それに感極まったのか、流れる涙が一際多くなった父親は一度がっしりアキラと男の抱擁をかますと、鼻をかんで声を上げた。

 

「ようし! 母さんもう一杯! これで最後にするから!」

「はいはい。アキラ君は大丈夫?」

「えぇ。付き合います」

「無理しないでね。巴、帰りは送って上げなさいな」

「なんだ。帰しちゃうのか」

「もう一日休まれても困るから。節操は持ちなさい」

「べ、別にそういう意味で言った訳じゃない!」

「お姉ちゃんもお酒飲んだの? 顔真っ赤だし……」

「飲んでないから!」

 

 時刻は八時過ぎ。騒ぎも佳境に差し掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か? あんまり強くないのかもな」

「具合悪いとかないから、きっと大丈夫だろ……帰ったら寝るけどな」

「そうしとけ」

 

 宇田川家の祭りが終わり、アキラが帰ることに不満を漏らす父親やあこを振り切ってアキラを連れて帰路へつかせた巴は、彼に肩を貸しながらゆっくりと歩いていた。

 とはいえ、家同士の距離はそれなりに近い。酔っぱらいの歩みでもあっという間にアキラの家は近づいてきて、気が付けばもう玄関前である。

 

「ほら、着いたぞ」

「ん……」

「――ど、どうしたんだよ。らしくないぞ」

 

 アキラの身体を解放しようとして、離れたくないと言わんばかりに身体を抱きすくめられる巴。どちらかと言えば嬉しいのだが、アキラからこうされることにはあまり馴れていない彼女の心拍数は上がる一方である。

 それを知ってか知らずか、酔いのせいで理性のブレーキが効きにくくなっているアキラは一層強く想い人の身体を抱き締めた。

 

「……離れたくないんだ」

「う、うぅ」

「けど、ここまでだな。送ってくれてサンキューな」

 

 耳元で、普段ならあまり明かさない本音を漏らしたアキラだったが、完全に酔っていないおかげか最後のブレーキは効いていたらしい。

 名残惜しげな顔でその身体を解放すると、

 

「気を付けて帰れよ」

「うぅ……!」

「……?」

 

 そんな寂しそうな顔で言わないでくれ、と巴は動きそうになる身体を必死に押し留める。

 庇護欲と情欲が混じり合った感情ががんがん理性の壁を打ち崩してくるのを感じながら、しかしなんとかそれを堪えきって笑顔をむけた。

 

 ――アタシは勝った……堪えてみせたぞ!

 

 そんな、妙な達成感を感じて、じゃあな、と踵を返そうとして、

 

「あ、忘れ物」

「えっ」

 

 ぐっ、と腕を掴まれて引き寄せられる。

 次の瞬間には、少しだけ酒の匂いが混じった、それでも消えることのない紅茶の香りがふわりと香っていた。

 

「おやすみ」

 

 素面ではきっと見られないふにゃりとした笑みを残して、アキラは家に消えていく。

 ガチャン、と鍵が閉まる音が聞こえて、

 

「もう………あぁもうーーーー!!」

 

 言葉にならない何かを吐き出しながら、巴はその場から走り去るのだった。

 


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