夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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多分R15相当の描写があります。


二十五話:胸焼けするほど甘いものを

 目が、開く。

 アキラが最初に感じたのは、普段とは違う素肌に擦れるベッドシーツと掛け布団の感触だった。

 次いで、右腕に感じる温かく、柔らかな人肌の温もりと、さらりとした長い髪の触感。

 腕に伝わる穏やかな鼓動と、呼吸による腹部の動き。耳からは静かな寝息が鼓膜を震わせる。

 徐々に覚醒していく五感が、昨夜の記憶を蘇らせた。

 

「…………」

 

 ちらりと横に視線だけをやったアキラの目には、至近距離で巴の寝顔が目に入っていた。彼と同じく、その肢体には何一つ身に付けていない。今は布団で大部分は隠されているものの、しっかりと捕まえられた左腕がその事実を伝えてくれていた。

 

「…………」

 

 彼は黙ったままに、空いている腕で目を覆う。

 ゆるやかに覚醒してきた意識と記憶。巴と一夜を共にした事実。所謂――朝チュンとでも言うのだろうか。そんなぼんやりとした思考の中で、アキラが若干の諦観を感じていると。

 

「ん……起きてるのか……?」

「今起きた」

「そっか……。今、何時だ?」

「起きないと遅刻する時間だな」

 

 ぐしぐしと目を擦りながら言う巴に、時計を見たアキラが返す。実際、朝食を取って身支度を整えて、となると少し危険な時間帯である。

 が、二人は目が覚めたその体勢のまま動かない。どちらも寝起きは良い人間にも関わらず、どちらもが倦怠感と微睡みに支配されていた。

 

「……なぁ」

「どうした」

「……しちゃった、な」

「……あぁ」

 

 会話が途切れ、しばしの沈黙。

 身動ぎする巴の身体が腕に触れ、嫌がおうにも腕に意識が集中してしまうアキラ。

 

「身体は平気か?」

「少し、痛いかな。でも意外と平気だ……優しくしてくれたもんな」

「言うな」

「なんだよぉ、恥ずかしがるなって」

 

 つんつんと頬を巴につつかれながら、うるさい、とだけ返して背中を向けるアキラ。抱いていた腕が逃げたせいでフリーになった両腕で、そのまま背中から胸へそれを回した巴は小さく呟いた。

 

「今日は休んじゃおうか」

「悪いやつだな」

「同じこと考えてるくせに」

「…………」

 

 返事はしない。それが何よりの肯定だとわかっている巴はその背中で笑みを深め、代わりに自分の胸の内を晒す。

 

「アタシも、今日はお前と居たい。今日ぐらいいいだろ?」

「……両親の許可があればな」

「それはきっと大丈夫……ちょっとごめんな」

 

 ギシリと二人のいるベッドが揺れる。アキラを乗り越えるように身を乗り出した巴が、すぐそばにある机から自分の携帯を手に取った。

 そのままアキラの身体によしかかり携帯を操作し始める巴に、溜め息をつくアキラ。上半身を遮るものは何もなく、また隠そうともしない彼女に少しだけ、文句とまでは言わないまでも突っ込まざるを得なかった

 

「堂々とし過ぎだろ」

「……ちょっぴり恥ずかしいけどな。もう今更だろ?」

 

 が、ほんのり頬を赤くしながらはにかむ姿を見ては、それ以上何か言えることもない。しかし、巴ほど開き直れないアキラは微妙に視線のやり場を見失い、結局その目をつぶる事を選んでいた。

 そうこうしているうちに、巴の電話が家へと繋がる。相手は母親だろう、と目をつぶったまま考える彼。

 

「あ、母さん? あの、さ……え? いや、その……う、ん。使った、な」

「……おい」

「うん。上手くいった……のかな、ははっ。――うん。いる。変わるか?」

 

 何やら言葉に不穏なものを感じて目を開けば、そこには先程よりも顔を赤く染めた巴の姿。

 次いで渡されたそれを受け取り、恐る恐るそれを耳に当てる。直ぐ様、聞き馴染みのある声がアキラの耳に飛び込んできた。

 

『おめでとう、って言って良いのかしら?』

「……どう返せばいいかわからないので止めてください」

『あらぁ、否定しないのね』

 

 予想通りに巴の母親である彼女の声が、反応に困る言葉を投げ付けてくる。アキラは苦い顔をしながら、きっとこの電話の先ではこんな表情をしているのだろう、と脳裏にその顔を思い浮かべた。

 

「事実なので」

『ふふ、そういう正直なとこ好きよ。というか、私からすればようやくか、って感じなんだけれど』

「そういう関係になったのが最近なので」

『それも含めて、の話よ。たまには家にも遊びにきてちょうだいな。もう随分来てないでしょ?』

「えぇ、近いうちに」

『あーっと、何だっけ。そうそう、巴の方からかけてきたのよね。大方学校休みたいとかそんなんでしょ、どう?』

「まぁ、そんなとこです」

『アキラ君は?』

「……まぁ、一日くらいなら」

『うーん……三十点』

 

 意地の悪い人だと溜め息をつく。すぐそばに巴がいるのを知っている上で言わせようとしている辺り、本当に。

 その点数を塗り替える為の言葉を、アキラはたっぷり時間をかけて絞り出す。

 

「…………一緒にいたいので、巴がいるなら、俺も」

『宜しい。……保護者としてはダメなんでしょうけどね、こういうの。今回だけよ? それじゃ』

 

 返事をする前に、プツリと通話が切れてしまう。どう返せばいいかわからなかったアキラはひとつ息を吐くと、巴の携帯を机の上に置いた。

 そして、何やら自分の腹の上で顔を隠すように蹲っている巴の頭に手を乗せる。

 

「良いってよ。……何してんのお前」

「何でもない」

「何でもないって感じじゃないから聞いてるんだが。てかくすぐったいからそのまま喋るな。顔を腹から離せ」

「……じゃ、こうする」

 

 ぱっと身体を起こした巴は、仰向けになっていたアキラの上に覆い被さり、そのまま身を任せるように横になった。

 胸に乗せられた彼女の頭を撫でながら、だからあんまり言いたくなかったんだ、と気恥ずかしさから逆の手で顔を隠すアキラ。

 

「ふふ、へへへ」

「何だよ……変な笑い方するなよ」

「だってさ。お前の口から一緒に居たい、だなんて」

「……お前の母親に言わされたようなもんだ。それに、本音を言って何が悪い」

「だからだよ。お前の本音がアタシとおんなじで、それを目の前で言ってくれたんだ。嬉しくない訳がない」

 

 顔を上げ、無警戒に笑顔を向けてくる巴。その真っ直ぐな愛と信頼が気恥ずかしくて視線を逸らす。

 が、背けたその顔を追い掛けるように上から唇が落とされた。

 激しさは微塵もない、柔らかく静かな触れ合い。数秒程で離れ、互いに息がかかる距離で視線を交わし、どちらからともなく瞼を落として、その距離がゼロになる。

 

「――もうしばらく、こうしていたいな。我が儘かもしれないけど、いいか?」

「……それが我が儘になるなら、お前はもっと我が儘になっていいと思う」

「そんなこと言ったら、今日一日ずーっとべったりになるかもしれないぞ?」

「今既にこれ以上ないくらいべったりしてるくせに」

「嫌だって言っても離れないぞ? なんならこの後風呂も一緒に入りたいくらい」

「それ以上のことしたじゃねぇか」

「……それこそ、我慢出来なくなるかもしれないぞ?」

 

 恐る恐る、といった感じに最後の言葉を放つ巴。

 それに対してアキラは少しだけ考えるように視線をさ迷わせた後に、上に乗る巴の肩を掴んであっという間に身体を入れ替えた。

 押し倒されたような格好になった巴は、いきなりのことにパチパチとまばたきを繰り返す。そんな彼女に、アキラは意地の悪い笑みを覗かせて、

 

「俺がそう言ったとしたら、お前はどう答えるつもりなんだ?」

 

 アキラの問いに、巴は言葉を返しはしなかった。

 

 

 代わりに、少しだけ間を置いてその両手がアキラの顔に伸びて、自分へと誘うように、その腕が縮んでいった。

 

 

 

 

 

 


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