夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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二十三話:隠せない気持ち

「取り敢えず、明日で毎日入るのは終わりってことになるな」

「新しい人でも入るのか?」

「元々の事故で抜けてた人が復帰するのと、新しくバイトを雇ったらしい。元々は緊急のヘルプで入っただけだからな。毎日は流石に疲れてきたし」

 

 バイトからの帰り道。巴を横に連れたアキラが伸びをしながら胸中を言葉にする。彼がバイトに入ってから約三週間が経ったところで、店主から礼の言葉と共に人員の復活と補充をしたことを告げられていた。

 許可を取っていて、元々強制参加ではないとはいえアキラも放課後はダンス部の練習がある。何より学校が終わりそこから九時まで働くというのは疲労面でそれなり以上に身体に負担をかけていた。

 働く内容に不満は無いし、バイト代にも文句は無い。しかし、それなりに疲労もあったのであろう。胸を撫で下ろすというのか、とにかく肩の荷が降りた気分をアキラは感じていた。

 

「で? すっぱり辞めちゃうのか」

「いや、続ける」

「へぇ? お金には困ってないよな」

「まぁな。けど、仕送りに頼りっぱなしなのも良くないだろ」

 

 現在、アキラは学費から生活費等、生きていく上でかかる全ての出費を両親からの仕送りで賄っている。節約する必要も無く、贅沢したとしてもなんら困ること無く暮らしていける程の金額が毎月振り込まれてくるのだ。

 アキラが好きに紅茶を楽しめるのもそれのお陰であり、両親も彼の金の使い方には口を出すことがない。それが、息子を放って仕事を優先することからの罪悪感からなのかはわからない。もしそうなら、そんな理由ならとアキラは不必要な出費を抑えて口座に入れっぱなしにするだろうが。

 

「真面目だな」

「つぐみが学校の用事でいない時だってあったしな。そういう時に入れたらいいと思ってる」

「……なら、今よりは二人で過ごせるようになるんだよな?」

「バイトする前よりかは少なくなるだろうがな」

 

 淡々と事実を口にするアキラに、もう少し気の利いたことは言えないのかと唇を尖らせる巴。

 実際、今は殆ど彼と過ごせる時間が無くなってしまっている。あったとしても朝の登校時間と、今のようなバイト終わりの帰り道。そして、店が休みの日の放課後ぐらいのもの。恋人になったからにはもっと親密な時間が欲しいのが本音の巴としては不満があるのだ。

 勿論、巴は彼にその辺りのことは言葉として伝えているし、

 

「不満そうだな」

「……わかってるなら、少し意地悪だな」

 

 今のように言わなくてもわかってくれている彼に、殊更不満をぶつけるような真似はしたくない。よしんば我慢出来ずに思い切りぶつけようとしたところで、彼は。

 

「そう言うな。彼女にくれてやるプレゼントくらい、自分の金で買いたいもんだろ。今年は――まぁしょうがないにしてもな」

「……ほんと、そういうとこ卑怯だよな、お前」

「こういうとこは嫌いか?」

「――もう! 言わないからな、絶対言ってやらない!」

「残念。俺不安になっちゃうな」

 

 おどけて言うアキラの腕に、それはこっちの台詞だと腕に絡み付く。他の人なら振り払うだろうが、巴ならばアキラはそれを受け入れる。それに安心と優越感、それに少しばかりの情けなさを感じながら、巴は彼の隣を歩き続けた。

 

 不満は言えても、不安は言えない。

 そしてそれ故に拭いきれないそれが、この三週間で確実に育ち続けていた。

 

 

 

 

 

 そして迎えた翌日。日曜日ということでキリが良い、といつもより気力が充実したアキラが開店準備を整えていた。

 そんな彼を見たつぐみが、笑顔で、しかし少しだけ寂しそうに口を開く。

 

「アキラさん、今日で辞めちゃうんですよね」

「ん。別に辞めはしないぞ。毎日入るのが無くなるだけで、週に二、三回くらいのシフトを組んでもらう……って、俺と親父さんで話してただろ」

 

 近くに居たよな、とテーブルを拭きながら聞くアキラ。

 つぐみがはその言葉を聞いて、あ、あれ? と記憶を辿った。今朝はアキラが店からいなくなると思い込み、それからくる予想よりも遥かに大きな寂しさから、少しだけボーッとしていたかもしれないと思い返して恥ずかしくなる彼女。

 しかし、それなら話は別だ。お盆を持ったままにアキラに詰め寄った彼女は、本当ですか!? と目を輝かせた。

 

「本当。そんな喜ぶことか?」

「だって、この数週間とっても楽しかったから……。そっかぁ……」

 

 心底安心した、とお盆を抱き締める彼女に苦笑する。が、そこまで頼りにしてくれるなら悪い気はしない。ぽふ、と撫でるというよりかは置いたくらいの力で彼女の頭に手を当てたアキラは、

 

「ま、そういうことだ。お前も無理はしないことだな」

 

 

 そう言ってカウンター奥の部屋へと消えていった。

 触られた頭に手を当ててその背中を見送ったつぐみは、少しだけ頬に熱いものを感じながら、しかしその言葉に首を傾げる。

 そんな娘とアキラのやり取りを見守っていた店主が、そこでようやく口を開いた。

 

「ちゃんとお礼言っておくんだよ、つぐみ」

「え?」

「学校での生徒会、バンドに店の手伝い……きっと友達から聞いたんだろうね。正式にバイトを続ける理由の中に、つぐみの負担も減るだろうからって彼は言ってたんだ」

「私の負担を、減らすため」

 

 言葉の内容を噛み砕くように復唱するつぐみ。

 店主は変わらず娘を見守りながら、おどけるように、けれど半ば本気で思っていたことを口にする。

 

「良い男だよね。彼ならつぐみを任せられるんだけどなぁ……。残念だなぁ……」

「ちょ、ちょっとお父さん」

「ちなみにだけど、つぐみはアキラ君のことどう思ってる? 大丈夫、ここからなら彼には聞こえないから」

「っもう! からかわないでよ! アキラさんには巴ちゃんがいるんだから……それに、私はそういうのじゃなくって……」

「ん? そういうのじゃなく?」

「その……お兄ちゃんがいたなら、こんな感じなのかなって……」

「そっちかぁ……けどまぁ、いいんじゃない? 呼んでみたら?」

「っ、無理無理、絶対無理だから!」

「そう? 結構受け入れてくれそうだけど」

「私が無理なのっ!」

 

「何が無理なんだ、珍しくデカイ声出して」

「あ、アキラ君。つぐみがね……」

「お父さんっ!!」

 

 珍しく騒がしい、開店前の羽沢珈琲店であった。

 

 

 

 

 

 

 ピークタイムも終わり、時刻は夜の七時過ぎ。

 現在客はつぐみ以外のafterglowメンバーという極めて身内の空間の中で、それは起きた。

 バランスが悪かったのか、それとも今までの疲れが顔を出したのか――つぐみが、手を滑らせて皿とグラスを落としてしまったのだ。

 

 甲高い音が響き、全員が振り返る。

 

「大丈夫かつぐっ!?」

「ご、ごめんなさい! すぐ片付けるからっ」

 

 巴が立ち上がり、慌てた様子で走り出そうとするつぐみ。しかし、更に不幸がつぐみを襲う。

 

「あれっ?」

 

 前へ進もうとするつぐみの身体が、一瞬後ろに引っ張られる。エプロンの紐が椅子に引っ掛かり、しかしすぐに結び目がほどけて解放される。

 当然ながら、つぐみはバランスを崩し足をもつれさせた。

 

「つぐっ!」

 

 afterglow全員が、転びそうになるつぐみに手を伸ばした。転んでしまえばその先は凶器が散らばる床になる。酷い怪我を負うのは目に見えていた。

 しかし、場所が悪かった。唯一立ち上がっていた巴でも、あと一歩届かずに伸ばした手も届かない。本人を含む全員が、これから起こることに固く目をつぶろうとして。

 

「そそっかしい奴だな、全く」

 

 間一髪、前から滑り込んだアキラがつぐみの身体を下から支えることで、最悪の自体だけは回避されていた。

 そのまま立ち上がるとつぐみを肩に担ぎ上げてしまうので、ぽんぽんと回した腕で背中を叩き、彼女に自分で立つように伝える。

 

「アキラ、ナイス!」

「一歩間違えたら俺も怪我してたけどな……」

 

 ガラスの破片が散らばる床に遠慮無しのスライディングである。しかも自分の身体を制動する為に片手は普通に床についてしまっている。

 自らも立ち上がって掌を確認し、どこも切れていないことを確認してからズボンを軽く手で払った。

 そこで、地面に何やら滴るものが目に入り、即座につぐみの手を取る。つぐみが少しだけ呻いた。

 

「痛っ……!」

「切れてるな。破片が跳ねたか」

「うわぁ、痛そう……大丈夫?」

 

 見れば、つぐみの手の甲から確かに出血してしまっていた。ひまりがポケットティッシュに血を吸わせるが、直ぐに傷口から滲んできてしまう。彼女は直ぐに手を引き戻そうとしてその怪我を隠そうとするものの、アキラが掴んでいる為にそれが叶わない。

 

「待て待て、ちょっと見せろ」

「だ、大丈夫だから! お兄ちゃんは片付けお願い!」

 

 言うが早いか、今度こそ手を引き戻してパタパタと店の奥に走り去っていくつぐみ。

 残されたメンバーは、皆一様に固まっていた。

 いの一番に再起動を果たしたのは、やはりマイペースなモカであった。

 

「……え? いつ養子に入ったの?」

 

 違う。多分そういうことではない。他の全員がそう思ったものの、実際何がどうなっているのかがわからないので、誰もモカの発言に突っ込むことが出来ないのだった。

 

 

 

 

 

 

「つまりー、前にアッキーに妹みたいって言われたのが満更でもなかったって感じ?」

「うぅ……恥ずかしい……」

 

 手の甲に大きな絆創膏を貼って戻ってきたつぐみの顔は既に真っ赤になっていた。両手で顔を覆って椅子に座る彼女の耳すら赤く染まっており、しかし時折指の隙間からアキラへと視線を送っている。

 当の本人はガラスの処理を淡々と進めていた。

 

「じゃあ、普段からそう呼んでる訳じゃないんだね」

「そんなの出来るわけないよ……」

「呼ばされたりは? 無理矢理とか」

「そこ。俺を悪者に陥れようとするな」

 

 失礼な、と袋に入ったガラスをガシャガシャいわせているアキラが文句を飛ばす。ちなみに先程の発言は蘭である。

 

「お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなってここ最近ずっと考えてて……それでさっき咄嗟にアキラさんを……」

「いいなー。あたしもお兄ちゃんって呼んでいーい?」

「呼ぶ理由が適当過ぎるわ」

 

 カウンター裏にそれを置いたアキラが戻り、自身はカウンター席に腰かける。店主はといえば、客もこないのでと店終いの準備をしていた。札はすでにcloseになっている。

 

「でも、怪我が大したことなくて良かったよー。あのまま転んでたら大変なことに……」

 

 うぅ、と身体を震わせるひまり。そこは全員が同意なのか、皆うんうんと頷くばかりである。

 巴が振り返り、

 

「……? 巴?」

「アキラは大丈夫なのか? おもいっきり滑り込んでたけど」

「……あぁ。大丈夫だ」

 

 その姿に何か違和感を覚えたものの、巴の言葉にそう返したアキラ。実際、ついた掌も滑り込んだ足も全くの無傷である。怪我もやむなしと判断した上でのある程度捨て身のアクションだったが、結果良ければ全て良しの精神だった。

 そこに店主が顔を出す。アキラへと一枚紙を渡すと、エプロンを脱いで手元でたたみながら告げる。

 

「さ、今日は皆帰りなさい。明日は学校だしね」

「あ、はい。ごちそうさまでした!」

 

 店主の言葉で解散が決まる。

 その後玄関先にてつぐみと別れ、ひとり、またひとりと別れていき、最後は当然アキラと巴の二人きりになる。

 

 そして――

 

 

 

「アキラ」

「どうした。さっきから様子おかしいけど」

 

 アキラの家。玄関をくぐり先に家に入ったアキラが、声をかけられて振り返る。

 巴が後ろ手で、玄関の鍵をかける。

 

 そして、言った。

 

 

 

「アタシ、今日は泊まってく」

 

 

 

 

 

 

 

 




つぐみにお兄ちゃんって呼ばせたいのと最後の展開につなげたいが為に三時間で書いた。書けてしまった。

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