夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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一話:ダージリンはストレート

 授業が終わり、放課後の時間。授業道具を部活で使っていたエナメルバッグに入れていたアキラは、ポケットにあるスマートフォンの振動に気付いた。

 自分に電話などしてくる人間など限られている。果たして、とカバーを開き画面を見ると、そこには予想していた名前が表示されていた。

 昨日の今日での電話だ。大体要件は知れているけど、とスワイプして耳に当てる。

 

「よう。学校終わりか」

『あぁ。今大丈夫か』

「大丈夫じゃなかったら出ねぇよ。何かあったか」

 

 巴の声が聞こえてきて、片手間に帰る準備を終えたアキラは机に肘を立てた。帰っていくクラスメイトに手を振りながら、会話を続ける。

 

『いや、今皆で集まって話してたんだけどさ』

「早速家に来てみたいってか? ひまり辺りが話出したんだろ」

『話が早いな』

「流れ的にな。別にいいけど、少し用事があるから遅くなるぞ。先に入ってるか? 合鍵無くしてないだろ?」

『いいのか?』

「構わねぇよ。ティーセット周りは触るなよ」

『わかってるって。じゃあ、後でな』

 

 通話を切り、壁の時計に目を向ける。あまり遅くなるのも悪い、ましてや初めて家に招く人間もいるのだ。早めに切り上げてさっさと帰ることにしよう。

 そう決めたアキラは、それを実行するべく席を立った。どうせならば、しっかり準備した上で出迎えたい所だったが仕方ない。そう考えながら、早足で教室を後にする彼だった。

 

 

 

 

「お邪魔してるよ」

「明さん、お久しぶりー!」

「あぁ。悪いな、遅くなって」

「押し掛けたのはこっちさ。いきなりで悪かった」

「今更の事だろ。着替えたら淹れてやるから、ちょっと待ってろ」

 

 予定よりかは早く帰宅したアキラだったが、やはり巴達は彼よりは早かったようだ。既に、テーブルを囲むように配置されているソファに座ってくつろいでいた。

 いいや、くつろいでいたのは慣れている巴と、彼と面識のある一人のみ。他の三人は、どことなく緊張して……いいや。

 

「まだパンの準備は早いんじゃないか。てか随分持ってきたな」

「えぇー。これくらいないと物足りないですよー」

「も、モカちゃん。まず挨拶しないと……」

「あ、そっかー。どーも青葉(あおば)モカでーす」

羽沢(はざわ)つぐみです。あの、すいません、いきなり押し掛けちゃって……」

 

 早くも机の上に多種多様なパンを並べ始めた彼女に、というよりはそのパンの量に軽く突っ込みを入れるアキラ。それに答えるモカは、どこからどう見てもリラックスしているように見える。

 緊張しているのは、その隣にいるつぐみと、巴ともう一人、ピンク色の髪が巴と同じように目立つ上原(うえはら)ひまりに挟まれた、黒髪に赤いメッシュが一筋走った、何やら難しい顔付きをした少女ぐらいだ。

 

「ほら、蘭も」

「わかってる……美竹(みたけ)(らん)。よろしく……お願いします」

「よろしくされるようなこともないけどな。まぁ、ゆっくりしてけ」

 

 挨拶もそこそこに、アキラはリビングの奥にある私室にて制服から私服へと着替える。既に待たせているのだ。少しは急がないと申し訳無い。

 そうしてリビングへと戻ると、何やら巴がニヤニヤと視線を向けてくる。意味が分からず眉を潜めつつ、しかし紅茶の準備をしようとダイニングキッチンへと向かうが。

 

「自己紹介はないのかな。先輩」

「うざい」

「おいおい」

 

 反射的に出た返事に、気を悪くする訳でもなくクスクスと笑う巴。それに、何故かモカがおー、と反応する。

 

「今の、蘭にそっくり」

「……どこが」

「そーいうとこだよー」

「全然わかんない」

 

 モカの弄りだと思われる発言に、にべもなく返す蘭。それを耳だけで聴きながら、これは思ってるよりも自分と同じようなタイプの人間だと蘭を評価するアキラ。多分だが、一緒にするなと言いたいところだろう。

 今よりも子供だった頃を見ているかのようで、微笑ましいような、むず痒いような、そんなえもいわれぬ感覚を覚える。

 考えていても手は動く。茶葉を何にしようか横目で見つつ、ケトルに水道から水を入れる。全開でぶちこんでいるために、結構派手な音が響いているが、気にしない。

 が、すぐ横から聞こえてきた声には、さすがに驚いた。

 

「これは、何を?」

「……水に酸素を含ませるためにやってるんだ」

「水道水で淹れるんですね」

「紅茶にはミネラルウォーターみたいな硬水は合わないからな。安全面や味辺り、その辺ひっくるめて考えると、水道水が結局割りがいいのさ」

 

 へぇ、とアキラの横で感嘆しているのは、先程までモカの隣に座っていたつぐみだった。

 聞けば、実家は珈琲店を経営しているらしく。そういえば羽沢珈琲店の姿は確かに記憶にあったな、と顎に手を当てる。

 

「それじゃあ、適当なものは飲ませられないな」

「そんな……私だって、まだまだですし」

「まぁ、俺は好きで色々やってるだけだしな。気に入ったのがあれば飲みにくればいい」

 

 棚からダージリンとウバの茶葉を取り出し、二つのポットに入れていく。ダージリンはストレートで、ウバはミルクティーにでもしよう。パンがどっちに合うかは……まぁ、パンの種類によるか、と深く考えずに。

 

「まーだでーすかー」

 

 モカの気の抜けた声が聞こえてくる。黙って待ってろ、と言いたいところだが、待たせたのは自分だ。そう言い聞かせて、黙々と準備を進めていく。隣で苦笑しているつぐみだが、その目はアキラの手元に釘付けだ。正直やりづらかった。

 火にかけた二つのケトルをただ眺めていてもつまらない。そう感じて、ふと顔を上げたアキラと、じっと彼を見ていたのか、ちょうど巴の視線がかち合った。

 先程のようないたずらっぽい笑みではなく、柔らかい慈愛すら感じる微笑みだ。隣にいる蘭が妙に驚いていたが、気恥ずかしさを感じていたアキラは気付かない。すぐに視線をケトルに落とし、照れ隠しそのままに口を開く。

 

「そういえば、今日は練習なしか」

「スタジオの予約は明後日だからな。それまでは自主練さ」

「明さんもたまには見にくればいいのに。ねぇ巴」

「冷たい男だからな。アタシ達の練習なんて興味ないのかもな」

「言ってろ。俺は俺で忙しいんだよ」

 

 ケトルのお湯が沸騰しはじめる。つぐみがアキラへとチラチラ視線を向けているが、まだ早いとだけ彼は返した。

 

「大会あるんだろ? 調子はどうなんだ?」

「小さなイベントだよ。勝ち負けより、盛り上げる為に出るようなもんさ」

「なになに~? アキラ、さんは何かやってる人なの?」

「呼びにくいなら好きに呼んで構わんぞ。軽くダンスをかじってるだけさ」

 

 温めておいたポットに茶葉を入れ、つぐみを下がらせて煮立った熱湯を高い位置から注ぐ。余談だが、アキラはこの作業にて火傷の常習犯であった。今でこそ慣れたものだが。

 そうして、二個の砂時計をぽいぽいひっくり返し、ここでようやく一息つく。そういえば、ミルクティー用の牛乳はあっただろうか。低温殺菌の牛乳は長持ちしないので買い置きはしないが、先日何の気なしに買っておいたような。

 

「へー。じゃあ、リサさんとおんなじだ」

「今井リサか。最近見ないな」

「あれ、知らない? リサさんもバンド始めたからねー。あんまりダンス部に顔出せてないらしいよー」

「そういや、なんかそんなこと言ってたような……」

 

 つらつらと会話をしているうちに、茶葉の抽出も終わる。どうせだから、と出してきた新品のティーセットをテーブルの上に乗せ、

 

「いや、パン邪魔くせぇ」

「ひどーい」

 

 ちょくちょく妨害に遭いながらも、無事にお茶会の準備は整った。紅茶のお供はパンで充分だろう。後は自分達で楽しんでくれればいいか、とアキラは私室に向かおうとして、

 

「明さーん。ほれほれ」

「……なんだよ」

 

 四人掛けのソファだから、一人分空くのはわかる。が、アキラは隣の空いた部分をぼふぼふ叩くひまりの意図がわからない。

 いや、座れと言うのはわかる。わかるが、何故自分をこの仲良しメンバーの中に加えようとしているのかがアキラにはわからなかった。

 その疑問に答えるように、ひまりはニコニコしながら、

 

「だってぇ、久しぶりなんだもん! 楽しく話しましょうよ~」

「いや、お前らで楽しめばいいじゃん」

「往生際が悪いぞ、アキラ先輩っ、と」

「わお。トモちんだいたーん」

 

 大して渋っていた訳でもないのに、いつの間にか立ち上がっていた巴に、半ば押し倒されるように座らされる。手で押すだけならまだしも、肩で押し込まれ、全体重をかけて座らされたものだから避けようがない。

 ちゃっかりひまりからアキラの隣を強奪する形になっているのは、果たして計算付くか成り行きか。

 

「アキラの家なんだから、堂々としてればいいのさ」

「……全く」

 

 観念したかのように頬を掻いたアキラを見て、満足したように笑う巴。彼女は気付いていない。他のメンバーが、そんな巴の行動に少なからず驚き、視線を向けていることに。ひまりだけは、ちょっぴりむくれていたりもするのだが。

 

 

「まぁ、気になることは後で聞くとしてー。まずは」

 

 

 ――いただきまーす。

 一人切り替えの早かったモカが、パンを頬張りながら言って。

 

「もう食ってんじゃねぇか」

 

 アキラが、いつもより疲れた声で突っ込んだ。


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