夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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超難産回。


十八話:ひとつの終わり

「…………」

「どうかした?」

「いいえ。仕方無い奴だな、と」

 

 準決勝、一試合目。サークルの端に立つアキラの姿を見つめながら友希那へとそう返す巴。

 目を細めて眉間に軽くシワを寄せた彼女は、腕を組んで小さく溜め息をついていた。

 

 

 

「…………」

 

 そんな巴の視線に、アキラはしっかりと気が付いていた。横目で軽くその顔をうかがい、その難しい顔付きに肩をすくめたアキラは、

 

「また見慣れた顔してるぜ」

「いきなりなにさ」

「こっちの話」

 

 後ろ髪を結ったリサの言葉に、目を向けないまま返す。

 どうやら、バトルを待つまでもなく気付かれてしまったようだ、とアキラは軽く頭を掻いた。自分ではしっかり隠しているつもりなんだが、と顔を揉んでみる。ポーカーフェイスもこれではあまり意味がない。

 それでも止めにこないどころか、問いただしにも来なかったということは――信頼してくれているのか、言っても無駄だと思われているからなのか。きっと後者なんだろうと苦笑する。

 心配してくれているのだろうな、と。悪いとは思いつつも止めるつもりのない自分に呆れつつ、アキラは対面にて立っている二人へと視線を向けた。

 

「強敵だぜ。気合い入れろよ」

「今更だねぇ。アタシはずっと全開だよ」

 

 隣にいるリサと、拳を合わせる。

 

 ――そんな単純な動作でさえ、彼の右手首は悲鳴を上げた。

 

 彼女と組む最後の機会、怪我で不戦敗など笑えない。倒れるなら前のめりで、やるだけやって、駄目ならそれだ。その想いは変わらない。しかし、確実に終わりは見えていた。

 

 不完全燃焼は何より自分が納得出来ない。

 

 リサの為に、無理をしている訳じゃあない。俺は俺が納得する為に無理を通すだけだ、と。

 そんな子供じみた意地だけで、ここまで勝ち上がってきたのだが。

 

「…………」

 

 準決勝――MCの煽りが会場を盛り上げる。アキラの目に映るのは、幼なじみであり、負けられない相手。

 

「楽しんでいこうぜ」

「もっちろん!」

 

 ――曲が流れ出す。真っ先に、リサがサークルの中心へと飛び出した。

 

 故にアキラは気付かない。彼女は最早、勝利など望んでいないことに。

 

 

 

 

 

「――楽しそうね、リサ」

 

 軽快に流れる音に乗り、弾けるような笑顔を見せて踊るリサの姿。それを見た友希那が、口元に笑みを浮かべながら小さく呟いた。

 友希那は、彼女が自分に思い詰めた表情で話しかけてきた時のことを思い出す。次のイベントを最後にして、個人的なダンスイベントにはもう出ない。その後は、Roseliaに集中する。そう宣言したリサの姿に、友希那は咄嗟に言葉を紡げなかった。

 嬉しかったのは確かだった。元より、自分の目標の為にメンバーには厳しい言葉を投げ掛けてきた。それはリサにだって例外はなく、中途半端なら誰であろうと切り捨てる覚悟もあった。

 しかし、面と向かって、リサは友希那へとこう言ったのだ。

 

『アタシは、友希那の足手まといには絶対になりたくないの。友希那と一緒に、隣に立って歩き続ける為なら。……アタシは、ダンスを捨てる』

 

 普段、自分が言ってきた言葉を省みたならば、その言葉は好ましいもののはずだった。

 しかし、その言葉を聞いて胸に芽生えたのは、微かな痛み。リサがダンスが好きなのは、当然友希那だって知っている。音楽しかなかった自分には、様々な趣味を持っているリサがとても輝いて見えて。その眩しさから目を逸らして、邪険に扱ってしまった時もあった。

 それなのに、彼女は自分と共に行きたいが為に、ひとつの趣味を捨てようとしている。それがとても、友希那の胸を締め付けて――

 

『そう。嬉しいわ』

 

 口から出た言葉は、そんな素っ気ないものだった。

 それしか言えなかった。言いたい言葉はあった。けれど、それは彼女の覚悟を侮辱しかねないもので。

 それを胸の奥底に押し込めた友希那は、尚も冷たい口調のままに、こう続けたのだ。

 

『悔いは、残さないで』

 

 ――本当にいいのか、と聞きたかった。

 ――私の為に、そこまでしなくてもいいという想いがあった。

 

 確かに、Roseliaのメンバーの中で、技術的な面でリサは他に一枚劣っている。そこを補う為には、並々ならない努力が必要になるだろう。

 Roseliaのボーカルとしてなら、リサのその決断は喜ばしくもあり、当然のことだ。

 しかし、幼なじみとしての気持ちを言うならば……。

 

 きっと、そんな気持ちはリサにはばれていたんだろうと友希那は思う。それでも、リサは笑顔で頷き返したのだ。

 我が儘言ってごめんね、と申し訳なさそうに笑いながら言ったのだ。

 

「悔いは、残さないで」

 

 もう、友希那の気持ちは決まっている。いいや、今回のことで、更に固く、断固たるものになった。

 貴女が私を選んでくれた。そのことに、絶対に後悔なんてさせたりしない。だからこそ、最後のイベントで悔いは残して欲しくない。

 その一心で、友希那はリサの躍りを目に焼き付けるように見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 リサが先陣を切って、真緒、アキラ、健吾と続く。

 リサのジャズには真緒がワックで対抗し、アキラと健吾が喧嘩腰のブレイクダンスでぶつかり合った。

 準決勝からは2ムーヴ、各人もう一度ずつ場が与えられている。

 曲も代わり、リサが二回目の場に向かう――その前に、

 

「――先輩、ありがと」

「…………」

 

 不意に振り返って、アキラの肩に両手を置いて耳元で囁いた。 力無く眉尻を下げた彼から身を離し、流れるジャズに身を任せて踊り出す。

 髪を結い上げていたゴムを動きの中で外し、その長い髪がばさりと解放された。オーディエンスが一瞬息を飲む。

 ファーストムーヴ、笑顔と元気で押したそれとはうってかわり、儚げながらもキレのあるダンス。それなのに、全てをこの躍りにかけて吐き出すかのような、見るものの胸を打つダンス。

 

 ――いいや。かのような、ではなく、事実彼女は――

 

(もう、充分。これ以上先輩に無理させらんない)

 

 そもそも、彼女の知るアキラは、多少の怪我をしたとしてもそれをこちらに伝えるようなことはしない。

 今回は珍しく自分から右手首の不調を訴えてはいたが、リサがこのイベントを最後にすることを知ってからはひとつも怪我のことを自分から口にすることはなかった。

 それでも、リサはうっすらと勘づいていた。

 

 本当に問題ないなら、それで良かった。

 

 しかし、前バトルでの異様な汗。そして戻ってきた時のテーピングの変化。もっと言うなら、巴にビンタされた時の不自然なアクロバット。

 それらひとつひとつが、疑念を確信へと変えていった。

 それでも、当初の予定通りブレイクダンスを封印しておけば最後まで持ったのかもしれない。しかし、このイベントは何の因果か、最優の手札を保持したまま勝ち抜けるようなものではなかった。

 勝つ為には、アキラはブレイクダンスで勝負するしかない。しかし、それでは彼の怪我では最後まで戦えない。

 

(何にも言ってくれないけど、もう限界なんでしょ?)

 

 どれだけの怪我で、どれだけの痛みがあるのかはわからない。

 けれど、リサはもう確信している。間違いなくあの先輩は、こんなことをしている場合じゃない程の怪我を抱えながらこの場に望んでいるのだと。

 もう既にどれだけ酷使させてしまっただろう。付き合ってくれるのが嬉しくて、向き合える瞬間がどうしようともなく尊くて。でも、それもこのバトルで最後にしなければいけない。

 そう思うと目の前が滲む。終わってしまうのがこれほど悲しいのは久しぶりだ。その想いとは裏腹に手足は最高のパフォーマンスを見せ、そして。

 

「――――」

 

 リサのダンスが、終わった。

 リサの躍りに見入っていたオーディエンスから、歓声が沸き起こる。いつの間にか目の前に来ていた真緒がにっこりと笑いながら、リサの身体を回してその背中を押した。

 

「お疲れさん」

「わふっ」

 

 目元を擦りそうになったリサの顔に、アキラが水で濡らしたらしいタオルを押し付ける。そしてその頭に左手を乗せて、軽く撫で回した。

 その顔は困ったような、それでいてどこか諦めたかのような笑顔。

 

「先輩」

「わかってるよ。このバトルくらいは最後までやらせてくれ」

 

 そう言って前に出たアキラの背中に、リサは軽く手を添える。彼の無念が、伝わってくるかのようだった。

 

 

 

 

 

 ――情けない。

 

 目元を滲ませながら戻ってきたリサにタオルを押し付けながら、アキラは無念にかられていた。

 リサのダンスは、近場で見てきたアキラから見ても最高だった。技術云々の話だけではない。これまでの集大成、全てを一分足らずの持ち時間でまとめて出し切ってみせたのだ。

 だからこそ、その隣に立つ自分の今の状態が憎らしい。

 限界まで行くつもりだった。しかし何のことはない。前のバトルか、はたまたその前か。とっくの前に、限界なんて越えてしまっていたのだ。

 痛みがある内ならまだましだった、とファーストムーヴで文字通り痛いほどに痛感した。自分の右手首が、まるで言うことを聞かない。絶え間無く襲う痛みの中で、痛みを越えて何も感じない瞬間が現れる。

 痛みが消えた、訳ではない。何も感じなくなる(・・・・・・・・)のだ。

 地面に手をついた感覚すら消えた瞬間は背筋が冷えた。激痛が恋しくなったのは後にも先にも、きっと今日が最後だろう。

 真緒のダンスが終わる。その後ろに控えている健吾とて、アキラの様子がおかしいことには気付いている。しかし、手を抜くような野暮な真似はしない。それがわかっているアキラは、笑みを浮かべてリサの頭に手を乗せる。

 

「まぁ、見ててくれよ」

「うん。見てる」

 

 不甲斐ない先輩で申し訳ない。そんな本心は口に出さないまま、リサに背を向けてサークルへと飛び出した。

 最早満足なムーヴは望めない。

 しかし、最後の舞台に上がらずに終わることだけは、他の誰が許してもアキラ本人が許せない。

 結果度外視、無様でも何でもいいと、アキラはラストムーヴのステップを踏み始めた。

 

 

 

 

 

「で、どうだった?」

「ヒビで済んでる、だと。でも時間が経ってるのと内出血やら炎症やらで酷いことになってるから、向こう一月は右手を使うなとさ」

「そんなものか。むしろ良くそれで済んだわねぇ。痩せ我慢してたんでしょうけど、痛かったでしょ?」

「最後の辺りはもう痛いのかすらわからなかった」

 

 とある整骨院の待合室にて、処置された右手首をさすられながらアキラが言う。

 隣に座り、彼の手首をさする女性――二階堂美空は、手首を解放すると愛息子の頭を優しく撫でる。

 

「悔しかった?」

「……まぁ、ね」

「顔に書いてる。あの娘、リサちゃんって言ったっけ? 組んで踊る最後のイベントだから、無理してたのね」

「別に、優勝したかった訳じゃないんだ。全力出して負けるんなら満足出来た。けれど、最後に俺がアイツの足を引っ張る格好になったのが、どうしても」

 

 椅子の背もたれに頭を乗せて、白い天井を仰ぐ。

 あの後、結果は当然ながらアキラ達は敗北を喫した。最早取り繕うことも出来ない程にガタがきた手首では基本すらもままならず、アキラはかろうじて体裁を保つのが精一杯のダンスしか出来なかった。

 ジャッジが下された直後、今と同じようにアキラは天井を仰いだ。対照的に、笑顔で真緒と健吾に駆け寄ったリサの顔が、今もその頭から離れない。

 

「お母さん、もう行かなきゃ。迎えは頼んであるから、無理しないで待ってなさいね」

「ん。母さんも、忙しいからって無理しないで」

「その優しさ、少しは自分にも向けてあげなさいな」

 

 世界的ピアニストである母親との、あまりにも短く、そしてあっさりとした別れ。

 こうして会える機会は年に数える程にしかないが、互いに顔を見れただけで満足しているので、後ろ髪を引かれるものはさほどない。

 父親は既に日本にはいない。妻である彼女のマネージャーである彼は、時に母親以上に多忙な人間なのだ。此方も、この整骨院に来るまでに顔を合わせているので、そこまで寂しさを感じることはなかった。

 

「じゃあね。アキラが元気で、嬉しい」

 

 最後に、後ろからアキラの頭を抱き寄せた美空が、その頭に口付けを落としてその場を後にする。

 残されたアキラは、ポリポリと左手で頬を掻いてから、

 

「元気、ねぇ」

 

 しばらく使用不能となった右手に視線を落として、大きな溜め息をつく。

 そして立ち上がり、迎えにきたのであろう人間へと向き直る。どういう顔をすればいいのかわからない、と言った雰囲気で立っている彼女に向けて、アキラは努めて普段通りに振る舞って。

 

「お迎えご苦労さん。じゃ、帰ろうぜ」

 

 

 

 

 整骨院からアキラ達が住む街へは、電車一本で繋がっている。電車内での会話は皆無だった。

 少しの間電車に揺られ、徒歩への移動へと移ったところで、ようやく一人が口を開く。

 

「結局、あいつらが勝ったって?」

「あ、うん。相手もスゴかったんだけど、それ以上にあの二人が圧倒的でさ」

「けっ、悔しくなんてないね」

「……悔しいんだ」

「そういうお前はどうなんだ?」

「アタシ? アタシは」

 

 トン、と並んで歩いていた状態から一歩踏み出したリサに、アキラは立ち止まる。振り返ったリサは、儚げな笑みを彼へと向ける。

 

「実はね、そんなに悔しくない」

 

 軽く目を細めて、後ろ手を組んだ彼女は軽く空を仰いだ。そんなリサを、黙って見つめるアキラ。

 

「だって、楽しかった。今までダンスを続けてきて、一番今日が楽しかったかもしれないくらい。全部出せたって、胸を張れるってこういうことなんだってわかるくらい。……でも」

「…………」

「先輩の怪我、薄々気付いてた。ちょっとでも無理だと思ったら棄権しようって考えてた。でもごめんなさい。あんなに終わるのが嫌だとは思わなかった。結局、限界まで先輩に付き合わせちゃった。……それを、後悔してる」

 

 夕日が、落ちていく。薄暗くなり始めた空が、リサの表情に影を落としていく。

 言葉通り、リサの胸中は後悔で一杯だった。自分の我が儘で無理を通させてしまった事実に、作り笑いをするぬが精一杯だった。

 

 が。

 

「――なんだ、それなら良かった」

 

 そんな、ともすればまるで場違いな彼の言葉に、リサは目を見開いた。

 目の前にいる彼女の先輩は、ボリボリと頭を掻くと、少しはにかみながら笑っている。

 

「大事なのは、お前がバンドに向かう為の締めとして納得出来るかどうかだ。その点、全部出したって胸張れるんだろ?」

「う、うん」

「だったらいいじゃねぇか。負けたのは俺の健康管理と力不足が原因だ。間違ってもお前が気に病むことじゃない。……俺も本音を言わせて貰えばな、この怪我が原因で、お前が納得出来ずにダンスから離れることになるんじゃねえかって、ずっと不安に思ってたんだ。残念ながらお前の心中は俺には計れんし、わかりやすく勝ち続けることでしか不安を晴らせなかった。優勝出来りゃあ言うこと無しだったんだが……まぁ、そこは仕方無し」

 

 言いながら、リサの隣に並ぶ。

 今度は歯を見せて笑ってみせたアキラは、横目でリサへと視線を向けながら。

 

「もう一回聞くぞ。俺の怪我とかは抜きにしてだ。――楽しかっただろ? やりきったって、言えるんだろ?」

「――うん。楽しかった。やりきったよ、アタシ」

「ならよし」

 

 満足げに頷いたアキラが歩き出す。

 その背中に、ドン、と軽い衝撃。立ち止まったアキラが、ポケットに手を突っ込んだまま、光始めた星に目を向ける。

 

「悪いな。胸、貸せなくて」

「ううん、ここで、いい」

「バンド、頑張れよ。怪我しない程度にな」

「先輩見てたら、大丈夫だよ」

「どういう意味かはあえて聞かない」

 

 

 

「……ごめんっ……でも、今だけ、だからっ……」

「お前の先輩は優しいみたいだしな。好きにしろ」

 

 

 

 

 

 

「悪いな。この手じゃ紅茶は出せん」

「別に、構わないさ」

「さっきからずっとそんな感じだな。そんなに怪我を隠してたのが気に入らなかったか? ……悪いとは思ってるよ」

「いや……そういうわけじゃないんだ。いや、それもあるのは確かなんだが」

 

 帰宅したアキラを出迎えたのは、当然ながら巴だった。

 が、どうにも先程から様子がおかしい。

 巴へと視線を向ける。が、その視線は交わることがない。つまるところ、巴の方がアキラに視線合わそうとしないのだ。

 そんな彼女に、怪我を隠していたという負い目から素直に謝罪するものの、それに対する反応も芳しくはなかった。

 

 ――怒っている? いいや、そんな雰囲気ではない。

 

 少なからずその点については不満を持ってはいるようだが、それが原因なら既にアキラは説教を受けている頃だ。そうなっていないということは、何か他に言いたいことがあるということなのだろう。

 他に心当たりがあるとすればリサのことだろうが、嫉妬、というような感じでもない。

 じゃあ何が、と頭を捻ろうとしたところで、彼の横に座っている巴が、よし、と小さく声を漏らした。

 軽くアキラへと身体を向けて座り直した彼女は、軽く両手を広げると、

 

「来い」

「…………は?」

「いいから、来い」

 

 力強く言う巴に、呆気に取られるアキラ。

 何やら決意を秘めたような彼女は、しかとアキラがその腕の中に来るのを待っているかのようで。普段なら赤く染まっていそうな顔も、今は至極真面目な顔である。

 アキラは困惑しながらも、おずおずと身体を近付ける。同性では良く見られる、いわゆるカッコいい巴の姿だ。そのまま、巴はアキラをその胸へと抱くと、優しくその髪へと指を通した。

 

「……なんだよ、いきなり」

「いいから、たまには甘えてくれ。アタシだってお前を支えてやりたいんだ」

「……そんなに頼りなく見えたか?」

「お前が無理をするのは、決まって誰かの為に何かする時だ。どうせ、今まで強がってきたんだろ?」

 

 胸に抱かれ、されるがままに撫でられるアキラ。

 身体から力が抜けていき、そのせいか普段なら絶対に人前で出さない弱音が、口から漏れ始めた。

 

「……不甲斐ない先輩だよな。結局、強がりも最後まで持たなかった」

「あぁ」

「最後まで付き合ってやりたかったんだ。せめて、決勝の舞台くらいには立たしてやりたかった」

「あぁ」

「それが、この様だぜ。最後なんて、きっとカッコ悪かっただろうよ」

「あぁ」

「……あぁ、悔しい。悔しいんだ、巴」

「あぁ」

「カッコ悪ぃ、駄目だ。……本当、駄目だ」

「そんなことない。お前はアタシの自慢の彼氏だ。今井先輩だって、自慢の先輩だって言ってたんだぞ」

「…………くそ。しばらく、胸貸せ」

「アタシの胸でいいなら、いくらでも貸してやるよ。なんだったら、くれてやる」

 

 いつになく弱い自分をさらけ出してくるアキラに内心ドキドキしながらも、優しくその頭を撫で続ける巴。

 去り際にアドバイスをくれた彼の母親に感謝をしつつ、巴はアキラの弱音を受け止め続けた。

 

 

 

 

 

『巴ちゃん。ひとつ、お願いしていいかしら』

『はい、なんでしょう?』

『あの子、びっくりするぐらい甘えるの下手くそでしょう? 顔には出さないけど、結構堪えてるみたいだから、貴女が受け止めてあげて』

『……アタシに、出来ますかね』

『大丈夫。私が保証する。付き合ってるんでしょう? 支えてあげて。……大事な時に近くにいれない、情けない親のお願いよ』

『――わかりました。アキラのことは、任せて下さい』

 

 

 

 

 もちろん、小さな嫉妬がなかったわけではない。

 けれど、こんな彼の姿を見てしまえば、そんな些細な感情は消しとんでしまった。

 強い人間なのは確かで、けれどその裏には確かに弱い部分が存在する。それを打ち明けてくれて、そして受け止められるのは自分なんだ。そう巴は自分を叱咤した。

 ともすれば、その人間性から強い部分に目がいきがちな彼。ならば自分は恋人として、見えづらい弱い部分を支えていこう。

 そう、決意を新たにした巴だった。

 

 




長らくお待たせしました。元々難産気味で色々書いては消しての繰り返し。こういう形に落ち着きました。
そして、話の内容にリサが深く絡んでくる中でのバンドリでの衝撃的なニュース。
皆さんはどんな感想を持ったでしょうか。私は取り敢えず気持ちを切り替えて楽しむことにしてます。
これでリサ姉回は取り敢えず終了。次回からはしばらく普通に巴との日常を書く予定です。
次回更新は水曜日。

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