夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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水曜日とか書いてた癖に忘れてた救いようのなさ。


十七話:前進あるのみ

 その後も、アキラとリサは順調に勝ち進んでいた。

 ベスト16,ベスト8と勝ち抜いて、今正にベスト4へと名乗りを上げる。

 三人いるジャッジの内、二人が彼らの方へと手を掲げたのを見て、リサは無邪気に跳び跳ねた。そのままアキラを軽くハグすると、相手の二人とも同じように健闘を称え合う。

 アキラもまた、相手チームから差し出された手を握り、笑顔を見せてサークルを後にした。

 

「――ふぅ」

「疲れた?」

「バカ言え、そんな柔な鍛え方してねぇよ」

「でも汗スッゴいよ? タオル貸そうか?」

「自分のあるし。まぁ、少し汗は拭いてくる。ここで待ってろ」

「りょーかい」

 

 額に手を当てて敬礼の格好を取ったリサは、まだまだ元気です、といった風情。勝利の興奮が疲れを感じさせないんだろうな、と分析したアキラは、背を向けて荷物を置いてある控え室へと向かう。

 

「…………」

 

 ひとまずのバトルを終えたはずなのに、彼の額からは尚も汗が吹き出ている。

 それが体温が上昇した故の汗ではないのは、本人が一番わかっていた。

 

「誰も、いないのか」

 

 たどり着いた控え室には、訪れたアキラ以外に人の気配は見当たらなかった。

 扉を閉めて、人目が無くなったことにより張っていた気が緩むのを感じたアキラは、

 

「うぅ…………」

 

 扉に背を預け、苦悶の表情を隠しもせずにずるずると座り込んでしまう。

 左手で掴んだ右手は痛みに震えており、今なら何かがぶつかっただけで彼は悲鳴を上げてしまうであろう。

 つまるところ、その汗は痛みによる脂汗。気合いと根性で顔に苦痛を出さずにいれたとしても、身体は憎らしい程に正直だ。

 

「捻挫とか、打撲とかのレベルじゃねぇ……」

 

 絞り出すような声で呟きながら、ベリベリと巻き付けていたテーピングを剥がしていく。それだけでも顔が歪むのを感じたアキラは、露になったその手首を見て、力なく吹き出し、笑った。

 

「なんだよこの色」

 

 テーピングで圧迫していたからか、腫れてはいない。

 しかし、異常なのは明らかだ。見事なまでに不健康な色が、手首から手の甲へと向かって伸びている。裏返して見れば、こちらは手首から親指が赤く染まっていた。

 完全に内出血を起こした手首を軽く曲げたアキラは、思い切り後頭部を扉へと打ち付ける。

 

「っ痛ぅ……!」

 

 手首のそれと後頭部の痛みに涙目になりながらも、立ち上がったアキラは自分の荷物まで向かい、左手でごそごそと鞄を漁った。

 イベント前に飲んだ痛み止めはとうに切れている。

 ここまでする意味は本当にあるのか、と自問自答しつつ、アキラはゼリー飲料を一息に飲み干すと、次に持ってきていた痛み止めを水で喉に流し込んだ。

 そして、痛みを堪えてもう一度テーピングを巻きなおす。今度は先程よりも頑丈に。変色した部分を覆い隠せるように。

 そうして、五分ほどかけて右手首を補強したアキラは、座ったままに項垂れた。

 

「弱音は吐きたくねぇけど……」

 

 ――最後までは、持たないかもしれない。

 

 ひまり辺りが見れば、その弱々しい姿に別人かと疑われそうな程に今の彼は弱ってしまっている。

 いくらテーピングを巻こうと、激しい運動に耐えられる程の強度はない。そもそもの手首が、贔屓目に見ても病院行きのそれだ。強がりを言うのも馬鹿らしい、と本人ですら思っている程度には。

 痛み止めだって、今飲んで直ぐに効果が出る訳でもない。下手をすれば副作用で、立っているのも辛くなる可能性だってある。

 

「ばっかみてぇ」

 

 立ち上がる。

 扉に向かい、開ける前に強い自分を張り付ける。

 直ぐに剥がれるであろうメッキであることは瞭然で、きっと次のバトルで巴辺りに無理していることがばれるだろうと漠然とアキラは考える。

 下手をすればリサにすらばれてしまい、二人から説教を受ける羽目になるかもしれない。

 それでも――

 

「男の子ねぇ。そういうとこ、どっちに似たのかしら」

 

 扉を開けると、すぐ横の壁に女性が寄りかかっていた。

 先程巴の隣にいた女性だ。アキラに良く似た目元に、肩口で切り揃えられた髪。ほぼ彼と同じ背丈をした彼女は、腕を組んだままにアキラへと横目で視線を向ける。

 そんな彼女に、アキラは一瞬だけ動きを止め――

 

「爪が割れようが腱鞘炎になろうが、挙げ句の果てに疲労骨折してもピアノを弾き続けようとした誰かさんに似たんじゃねぇかな」

 

 ――そのまま、目を合わせないままその場を後にした。

 

「……逞しくなったというか、そんなとこまで似なくてよかったというか。……あ、もしもしパパ? 先生に連絡取れるかなぁ? 整形外科の、うん……」

 

 

 

 

「おかえり、長かったね」

「そうか?」

 

 ダンスサークルの端、イベントホールの入り口近くの壁に寄りかかっていたリサにそう返したアキラは、その隣に同じように寄りかかる。

 既に次のバトルは始まっていた。対決しているのは、どちらも顔見知りの四人。つまり、あこと一花の中学生コンビ対、健吾と真緒の幼なじみコンビというバトルである。

 今は、あこがその小さな身体を目一杯使って、見る人間全てに移るような笑顔を振り撒きながら踊っている。

 どこかオーディエンスも保護者の視点に立っているような暖かい雰囲気で、それはダンサーとして喜んでいいのかどうか微妙なところだな、とアキラは考える。

 まぁ、あこはダンスそのものを楽しんで踊るタイプなので、勝敗がどうとかはあまり考えていないのだろう、という結論が直ぐに出たのだが。

 あこの後に出てきたのは、踊り子のような衣装に身を包んだ真緒だ。それなりに露出の多い服で、脚も見えればへそだって露になっているのだが、

 

「……あの人見てると、自分が女だって自信なくなってくるんだけど……」

「慣れろ。あれはもうそういう生き物だ。俺はそう考えてる」

 

 どこの部位に注目しても男だと判断出来るものがなく、かといって全体像を見ればもうそこにいるのは女ですとしか言えなくなる人間。それが井上真緒である。

 生物学的にはまごうことなき男性であり、精神面も本人が言うには立派な男らしいのだが、こうして見ているとそれも段々疑わしくなってくる。

 長年の付き合いであるアキラですらそうなのだから、ほぼ初対面になるリサとなるとその衝撃は計り知れないだろう。

 

「ワックってやつ?」

「だろうな。ある意味期待通りっていうか」

 

 女性らしい見た目、女性らしい服装。そして見せ付けるかのような自己主張の強いダンス。

 流石に本業は演劇の人間。技術以上に人の目を惹き付けるものがあり、指先から爪先、表情の細やかな変化など、正に全身で表現するということを実行している。

 元々人目を惹く見た目の真緒だ。その彼が、自ら注目を集める為に本気を出したならば。そのポテンシャルの高さに、少しばかり嫉妬のような何かを感じてしまうアキラ。

 

 その流れを断ち切るように、一花がスライディングからの片手逆立ちのフリーズで入って会場を沸かせる。

 どこか肩の荷が降りたのか、アキラ達とのバトルよりも良い意味で力が抜けている。

 細やかな立ちのステップから、フロアのステップ。そこから、一花はそのしなやかな身体の柔軟性を生かしたムーヴを流れるように決めていく。てっきり自分と同じパワームーバーだと思っていたアキラは、軽く目を開いて一花のスキルの多さに驚いていた。

 

 最後に飛び出して来たのは、四人いる中で唯一の(わかりやすく)男の健吾だ。

 長身で非常にガタイの良い彼が一番得意とするのは、ブレイクダンスの中でもストロングスタイルと呼ばれる種類の、要するに筋肉にモノを言わせるスタイルである。

 ウインドミルやエアートラックスといった回転系の技を多用するのがパワームーバー、フットワーク中心の立ち回りをするのがスタイラーと呼ばれ、アキラはパワームーバーであり、フリーズ系の技も多用する為にスキル系とも言える。ではストロングスタイルとは、

 

「うっわ、すごっ」

 

 アキラの隣で、若干引き気味に呟くリサ。その視線の先では、健吾が軽いフットワークからスパイダーという技、そして上水平の体勢で止まっている。

 腕立ての体勢で足をつけていない、と言えば一番わかりやすいだろうか。その体勢を腕の力だけで実現させている健吾は、更にそこから重力を無くしたかのような動きを連発していく。

 腕力も去ることながら、筋肉の柔軟性、そもそもの身体の頑強さがなければ、とてもではないが出来る芸当ではない。

 

 結局、そのバトルは3-0で健吾と真緒が勝ちを奪い、準決勝はアキラとリサ、健吾と真緒のコンビがぶつかることが確定したのだった。

 


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