夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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前半、ブレイクダンスの技の名前がいくつか出ますが、なんかすげぇ動きしてんだな、程度の認識で構いません。


十五話:渾身

 薄暗いイベントホール。

 その中心、ライトアップされたダンスサークルの中心で、彼の相棒であるリサが、楽しげに、しかし力強いムーヴを見せている。

 その女性らしいしなやかさと、普段は見せない色気を存分に振り撒く彼女。音に合わせてアキラを誘うような仕草を見せると、ギャラリーから歓声が上がった。

 腕を組んだままに、アキラは苦笑する。

 

(味方挑発してどうすんだよ)

 

 リサとアキラのコンビはそれなりに知名度が高い。

 全てのイベントに二人で参加している訳ではなく、かといって出たイベント全てで優勝をかっさらっている訳でもない。

 そもそもリサがこうしたダンスバトルのイベントに出るようになったのはアキラと出会ってからで、それも彼女が高校に入ってから。つまりはここ一年程しか活動していない。

 それなのに、周りから注目されるようになったのは、一重に――

 

 

 

 

 

 ――悔しいけど、やっぱりお似合いなんだよな。

 

 リサが何やら合図を出したのか、飛び出して彼女の隣に並んだアキラが、リサと共に踊り出す。

 ジャズダンスでのルーティーン。リサとは種類の違う、かっちりとしたキレのある動き。その息の合った動きに、会場の熱は更に上昇していく。

 最後にアキラがリサの腰を抱き抱え、空を仰ぐように大きく体をのけぞらせたリサが相手――あこと一花に向けて腕を伸ばした体勢でピタリと止まった。瞬間、オーディエンスから大きな声が上がり、肩で息をしながらアキラの肩にもたれ掛かったリサは、笑顔で彼の背中を叩いた。

 二人の人気の源は、ダンスの実力もさることながら、この仲睦まじい様子にもある。

 華やかな見た目のリサに、無愛想ながらも彼女を受け止めるアキラのペアは、ある種の目の保養にもなっていた。

 しかし、巴の立場からしてみれば、それは。

 

「…………」

 

 ――ぶっちゃけ、面白くない。その一言に尽きる。

 

 アキラがダンスに真剣で、そこに恋心や下衆な下心を持ち込まないのはわかっている。彼女もきっとそれがわかっているからあれだけ身を任せられるのだろうし、振り付けに文句を言うだなんて身勝手な我が儘なんて言うつもりもない。

 しかし、それとこれとは話は別である。先程、隣でじいっとサークルを見つめている友希那にも言った通り、自分の彼氏が他の女とベタベタしているのを見るのは、当然ながら気に入らないのだ。

 今日の夜にはその辺りを理由に意地悪でもしてやろうか。

 ――つらつらとそんなことを考えていた巴だったが、不意にその唇に横から指が伸びてきて、知らず知らずのうちに尖っていた唇が優しく押されてしまう。

 指の持ち主に視線を向けると、彼女はにっこりと笑うだけ。きっと今の気持ちを読まれてしまったんだろうな、と考えると、無性に恥ずかしくなってしまう巴だった。

 

 

 

 

 巴のそんな内心も知らず、リサの背中を軽く叩いて下がらせたアキラは、一ノ瀬一花と視線を絡ませる。

 あこ、リサと踊り、次は彼女のターンだ。が、数秒程彼女は前に出ず、ただアキラを見つめて――いいや。

 

(睨んでやがるよな、コイツ)

 

 アキラがそう判断したと同時に、彼女が動き出す。

 ステップを踏みながら、彼女は自分の両目を両手の指で指し示す。アキラは肩を竦めて軽く顎を引き、彼女がどう動くのかを注視した。

 女性のブレイクダンサーに、オーディエンスが沸く。

 その熱に乗るかのように、一ノ瀬一花はその表情とは裏腹に荒々しいムーヴを見せ、表情こそ変えないものの内心でアキラは驚いていた。

 しかし、彼女はそこから更にアキラを驚かせる。

 

 フットワークからのウィンドミル。そこからトーマスという技に繋ぎ、エアートラックスに移行。

 

(マジか)

 

 最後に、1990という片手逆立ちのような状態で回転する技をかましてみせた彼女は、見事に着地した後に、無表情のままに両手の親指で自分の首もとを切るジェスチャーを見せた。

 

 爆発的な歓声。恐らくは、イベントが始まって最高の盛り上がり。ジャッジの人間は立ち上がり、歓声で大音量で流されているはずの音楽が霞む。

 それだけのムーヴを見せた彼女は尚も変わらない表情で、大喜びで彼女に抱き付くあこの頭を撫でている。

 

「やってくれるじゃん」

 

 既に勝負はついたかのような雰囲気の中で、アキラはサークルの中心へ――そこから更に進み、一ノ瀬一花の目の前まで飛び出した。

 そして、見つめ返してくる彼女へ、手をひらひらと横に振る。

 

 ――別に大したことねぇよ、と。

 

 そのジェスチャーを見たオーディエンスは更に盛り上がり、ならその証拠を見せてみろと言わんばかりに声を上げた。

 あこがべーっと舌を出しているのを見て口角を上げたアキラは、地面を蹴って後退。そのままフットワークへと突入する。

 

(俺に憧れたってのは本当みたいだが)

 

 そこから、ウィンドミル、トーマス、そしてエアートラックス。

 一花の動きをそのまま真似たようなダンスに、彼女は怪訝そうに形の良い眉を潜めた。

 

(最後の首切りはいただけねぇなぁ)

 

 最後まで同じだとしたら、ただの一花の焼き直し。しかし、完全に熱くなっていたアキラは、当然そんなつまらないことでは終わらせない。

 

 ――お前はもう終わっている。そんなジェスチャーをやられて、黙ってる訳にはいかないのだと。

 

 最後の1990という技を、2000に変える。片手の1990に対して、それは両手で回る技だ。難易度は下がるが――アキラは、そこから更に繋げる。

 もう一度エアートラックスに戻した上で、再度1990に移行。そして、エアチェアーというフリーズ技で締めて見せた。

 立ち上がったアキラは、澄ました顔で煙草をふかす仕草を見せる。

 もはや、会場は予選とは思えない程の盛り上がりを見せていた。

 

 

 

 

 

「――――疲れた」

「大人げないとか言ってらんなかったとはいえ、飛ばしすぎだよ」

「人のこと言えるかよ、いきなり1個ルーティーン使っちゃった奴が」

「使わずに終わるよりいいじゃん!」

 

 予選の全てが終わり、小休憩に入った二人。

 既に結果は出ており、無事に予選は突破している。十六組中の三位という結果で、どうやらアキラの後先考えないムーヴが評価されたらしい。あこと一花のペアも、あのバトルでこそアキラ達に破れはしたものの予選は突破していた。こちらは八位と、中学生コンビ唯一の予選通過ペアとなっている。

 

「っていうか、さ」

「あぁ。言いたいことはわかる」

 

 会場の外、自販機の横に配置されているベンチに座っている二人は、空を仰ぎながらぼやく。

 

「レベル高い人多いよ……アタシ場違い感すんごいんだけど」

「たかが街のイベントのはずなんだけどなぁ。なんであんなに……なんか賞金でも出たっけか」

「んー……出るには出る、けど。商品券だよ?」

「そんなんに集まる訳ない……」

「お前だよ、お前」

「あん?」

 

 目をつぶっていたアキラの顔に影が差す。同時に聞こえてきた声に目を開けたアキラは、そこにあった顔に、何だお前かと溜め息をついた。

 隣に真緒を連れた健吾は、予選三位おめでとさん、と軽く言うものの、それに返すアキラの表情は苦いものだ。それもそのはず、彼等はアキラとリサの上で、二位で予選を通過しているのだから。

 

「嫌味でも言いに来たのか?」

「違う違う。実際お前のムーヴは良かったぜ? 尚更チームに戻って欲しいと思ったくらいだ」

「本題があるならさっさと言えよ」

「せっかちだなぁ。自分勝手はモテないぞ?」

 

 腰に手を当てた真緒が、むくれた顔で言う。

 今この瞬間に何の関係があるんだ、と思ったアキラだが、ふと巴の顔が思い浮かんだので、ほんの少しだけ自慢げに笑いながら。

 

「生憎間に合ってるんでな。殊更モテる必要がない」

「えっ……まさか、リサちゃんと」

「ち、違います違いますっ! あたしじゃなくって、いっこ下の」

「だから本題に入れって。健吾、さっきのはどういう意味だ」

 

 余計に話が拗れた、とちょっと自慢したくなったさっきの自分に呆れつつ、もう一度自分で話を戻すアキラ。

 健吾は、あぁと返事をしながら自販機に小銭を入れつつアキラへと横目で視線をよこす。

 

「予選の相手の青髪、アイツがお前と入れ替わりでウチに入ったのは言ったろ?」

「あぁ」

「んで、アイツがお前に憧れてるのも言ったわな」

「がっつり睨んでやがったがな」

「はは、それはわざとだ、わざと。最後の首切りジェスチャーも、本心からの挑発じゃない」

 

 おらよ、とスポーツドリンクの缶が二個飛んできて、アキラがそれをキャッチする。片方をリサに渡して、アキラは怪訝そうな顔のままにそれを開け、一口飲んだ。

 

「一花はな、お前と踊るのが夢だったんだと。憧れの『Akira』の隣に立てるように、俺らの動画で勉強して、独学で覚えてウチに申し込んできた。ウチにそれまで女はいなかったからな。それなりに出来ないと、入れないと思ったらしい」

「…………」

「それだけ苦労して入ったのに、肝心のお前はもうチームにいない。それを知った時に、アイツ泣いちまってな。いや、号泣したとかじゃないんだが」

 

 いやぁあの時は焦ったな、と頭を掻いて笑う健吾。確かに、あそこの連中は、自分も含めて女の扱いなんて不馴れな奴らばかりだ。実際、自分がその場にいて何が出来たろうか、とつらつらアキラは考える。

 

「でも、アイツはチームに残った。『ブレイクダンスが好きなのは変わらない』って、ほろほろ涙流しながら言われちゃあ、ウチだって入れない訳にはいかなかったし」

「……なんとなく、話はわかってきたけどよ。入れ替わりで入ったなら、それは一年前の話だろ? 今更俺に何の関係が」

「バッカお前、会えなくて泣くほどの憧れが一年やそこらで消えるわけねぇだろ。逆なんだよ、逆。一年経って、一花の力は目に見えて上がった。チームにいた頃のお前と瓜二つのムーヴはお前だって見ただろ」

 

 それは、まぁ、と。

 彼にしては歯切れの悪い返事。だんだん何故だか説教でもされているかのような雰囲気に、いたたまれなくなってきたアキラ。しかし、ここで話を終わらせてもモヤモヤするだけなので、黙って話を聞くことにした。

 

「今回のイベントが発表された頃かな。皆でイベントのポスター見て、ワイワイやってた時によ」

 

 

 

『もしかしたらアキラの奴これ出てくるんじゃねぇか?』

『有り得るな。ダンスイベントにはちょくちょく出てるみたいだし……健吾、出てみろよ』

『俺っすか』

『同い年のお前なら取っ付きやすいだろ? ついでに勝ったらそのまま引っ張ってこいよ』

『いや、けど多分アイツ2on2の方に出ると思うし……ほら、あの可愛い娘と』

『ならこっちも可愛い娘ちゃん出すだけだろ……一花!』

『はい……なんですか? 皆さん集まって』

『お前の憧れの人に一発かますチャンスの話。興味あるか?』

『聞かせてください』

 

 

 

 

「……そんなに即答だったのか?」

「即答どころか食いぎみだったよ。けどまぁ、一花は先にあのツインテと出る約束してたらしく、俺はこの女モドキと出る羽目になったわけだが」

「話の流れでさらりとバカにすんのやめろっ」

 

 げしげしと、どこまでも女の子っぽい動きで健吾に蹴りを入れる真緒。そんな、昔から変わらない流れに微妙に癒されながらも、アキラは続きを促した。

 が、健吾は首を横に振る。

 

「……なんだよ」

「いや、最後は本人から聞いた方がいいんじゃないかってな」

 

 言いながら、顎である方向を促す健吾。それにならってその方向に目を向けると、そこには確かに本人――一ノ瀬一花が立っていた。

 ぺこり、と一礼してから歩き出してくる彼女の姿に、缶を置いて立ち上がるアキラ。

 ゆっくりとした歩み。やがて、彼女がアキラの目の前にたどり着く。そして、しばし沈黙が訪れる。

 

 先に口を開いたのは、アキラだった。

 

「一花、だったか」

「……はい」

「粗方話は聞いたけどよ。いまいち、お前の目的が俺にはわからん。勝手にチームを抜けた俺に文句を言いたいのか、もしくは、単に俺とやってみたかったか。……もし、チームを抜けたことで文句があるんだったら聞いてやる――謝りはしねぇけどな」

「ちょっと先輩! そんな言い方……」

「リサちゃん」

 

 あんまりと言えばあんまりなアキラの物言いに、たまらずリサが立ち上がる。しかし、それはいつしか近付いてきていた真緒にいさめられる。

 小声で、大丈夫だからと言われて再度座らされるリサだったが、内心ではハラハラして仕方なかった。どうしてこう、あたしの大事な人は不器用な人が多いんだ、と。

 そんなリサを他所に、二人はまた沈黙に身を委ねている。

 アキラから言いたいことは言った。後は、目の前の彼女から本心を聞くだけだ。

 そんな、アキラのもつふてぶてしいとも言える余裕は――不意にその瞳から溢れた涙によって、呆気なく崩れ落ちていた。

 

「……ずっと、夢だったんです」

「…………」

「貴方に憧れて、ブレイカーになりました。貴方と踊りたくて、crewになりました。でも、どこにも貴方はいなかったんです」

「……なんで、そんなに俺にこだわる? 俺ぐらいのレベルなら、他にもいるだろ」

「――貴方に、憧れたからです」

 

 はらはらとその瞳から涙が零れ、目の下にあるハートの上を滑り落ちていく。

 その表情は変わらない。会った時も、バトルの最中であろうと――そして、涙を流している今であっても、変わらない。

 けれども、震えた声は、彼女の内心をしっかりと表していた。

 

「謝る必要なんて、ないです。だって、私は今とっても嬉しいんです。顔には出てないかも、ですけど。本当です。本当に、嬉しい」

 

 流れる涙を拭いもせずに、胸の前で手を組んでそう言う彼女からは、大人びた雰囲気は無くなっていた。

 そこで、ようやくアキラも目の前の少女の言葉を信じた。この娘は本当に、ただ自分に憧れてくれていたのだと。

 あの睨みも挑発も、アキラに本気を出させる為のものだとすれば納得いく。まんまと意地になったのを考えれば、踊らされたのは俺の方かと彼は頭を掻いた。

 

「……そんなに嬉しいか」

「はい。本当に」

「そうか、じゃあ」

「ふぇっ」

 

 急に、アキラの両手が彼女の顔に伸びる。流石に予想外だったのか、驚きながらも抵抗する間もなく――

 

「笑え」

 

 ――ぐいっと、その口の両端が強引に指で押し上げられる。

 

「嬉しいなら、笑ってみせろ。泣いてばっかりじゃ信じられないんでな」

「い、いきなり言われても……」

「いいから」

 

 いきなり顔に手を当てられ、しかも至近距離に憧れの人物がいる状況に、一花の頬が急激に熱を持ち始める。

 長年の夢を叶えて内心感激でどうにかなりそうな中で、これだ。けれど、とにかく笑わなければいつまでもこのままの可能性がある。そんなことになれば、間違いなく頭が熱暴走を起こす。

 既にクラクラしてきた頭でそう判断した一花は、言われるままに不慣れな笑顔を浮かべようとして。

 

「……なんだ、笑えるじゃん」

 

 そう言って、アキラは彼女の顔から手を離す。

 不慣れだったはずの笑顔。それなのに、一花は今自分でも信じられないくらいに、自然に笑顔を浮かべられていた。

 そう考えると、止まりかけていた涙がもう一度込み上げてくる。

 目の前で、自分と同じように笑ってくれている人。ああ、本当に嬉しいと、笑顔ってこんなに溢れて、止まらない――

 

 

 

 

「――――こんのぉ、浮気ものぉぉっ!!!」

「ぶっ!?」

 

 そんな一花の笑顔も、ついでに涙も、いきなり目の前で横っ面を張られたアキラを見て、一瞬で引っ込んだ。

 

 そこにいた一同が唖然とする中で、肩を震わせた巴が、渾身の張り手を放った右手を握り締めていた。

 

 

 

 


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